Es regnet
な、なぁまだ1ヶ月しか経ってないからセーフだよな(震え声)
Es regnet
「ほぅ……こんなとこにのこのこ出てくるなんて皇女殿下はよっぽど死にたがりと見える」
鋭い笑みを浮かべたまま男はゆっくりと狙いを少女に向けた。それでも、少女は怯まなかった。
背中を汗が伝う。それは暑さだけじゃなくて――
「ミズハは……渡さない。貴方たちなんかに、テロリストなんかには絶対に」
「テロリストだなんて。俺達は革命軍ですよ? 殿下」
「詭弁はやめて。同じものでしょ、そんなの」
彼女はさっきまでの怯えた様子とは打って変わっていた決意を瞳に秘めていた。それを見て男はくつくつと笑う。
「お前も愛されてるな」
それを侮辱と受け取ったのか少女はなにかを振り切るように男に銃を向けた。それを冷めた目で男は見つめるだけ。
「……撃てるか? お前に、おんぶにだっこだったオヒメサマに」
「……撃つよ。ミズハを守るためだもん」
その銃は、僕が気絶させた誰かから奪ったものだ。どうせ撃てない、そう思って見過ごしていたけれど。
僕を守るため、ね。
そんな気遣いは、同情は必要ないのに。
「冗談は口だけにしとけ。確かにお前が俺を殺しても罪には問われんだろ。俺たちはテロリストとやらでそっちは正当防衛て済む。だが俺を殺してどうだ? 耐えられるか? 人を殺した重みに」
「五月蝿い! 貴方たちは人なんかじゃない! 私の、大事な人の命ばっかり奪って……そんな奴は私が殺す! みんな死んじゃえばいい!!」
「答えになってないな……もっとも、話し合う気なんてそちら側にはないんだろうが」
両手で、銃を握りしめるように構えた少女は照準を男に向ける。誰が見ても分かる、素人だ。それでも素人でも引き金さえ引けば誰でも人を殺せるのが銃器。今、少女の指は引き金にしっかりかかっている。
「撃ってみろよ」
「ッ」
「お前に殺す意思があるなら今、この場で俺を撃ってみせろ」
テロリストによる発破。本当に自分が憎いならここで射殺しろ。男はそう言ってるのだ。
一般人が突然銃を渡されて「殺せ」と言われる。普通は殺せるだろうか。多分、無理だと思う。
しかし何が彼女をそこまで大胆にさせるのか、彼女は更に狙いを着けるように銃を深く握った。
足が震えてる。誰が見ても分かる。怖いのだ。殺すことが、誰かを傷つけることが……当然だ。誰だって最初の1回は怖い。
だけどさ
手を汚すのは僕の役割なんだよ。
それは貴方のすることじゃない。僕が、動く。僕が――貴方のために殺す!
体勢を整えて走る。一瞬だ。体を前にかたむけ、地面に着いた手で勢いをつけて走る。やることはそれだけでいい。彼女が銃を向けアイツの気が僕から逸れるその一瞬で十分に、巻き返せる。
体全てを使った突進。殺させない。全部僕が背負う。
アイツが僕に気付いた。でも―――関係ない。もう、間に合わせない。
眼前の男が銃を構えるより疾く男の懐に潜り込んだ。掌底で銃をはねのけて見せ――男と目が合う。その目は……何か言いたそうだね。でも、
――これが、僕のやり方だ。
全てを物語るには十分な間、先程の憂さ晴らし、という訳では無いが少しだけ力を入れて……腹に拳を叩き込んだ。
「ッ」
テロリストの首魁が何かの冗談みたいに跳ねていく。1回跳ね、2回跳ね、そのまま地面をボールみたいに転がっていく。
残心。それからゆっくりと息を吐いて僕は体勢を元に戻した。そして視線を少女の方へ。少女の体がビクリ、と震えた。そんなに驚かなくていいと思うけど。
「わ、私……」
「別に怒ってないよ」
これだけで意味が伝わるといいんだけど。
当然というかなんというか少女の顔が晴れることは無かった。やっぱり、僕はこういうこと向いてないな、と思う。少女が望むような都合のいい男に僕はなれないし、その候補と考えていた"お兄さま"ももうこの世にはいない。
じゃあ誰が彼女を支える?
少なくともそれは僕でないのは確かだ。
とりあえず僕は少女に言葉を放つ。
「貴方が、撃つ必要は無いから」
「ごめん」
謝ってほしかった訳でもない。だから早くその銃を下ろしてほしいんだけど。ずっと銃口がこっちを向いてる。
「ねぇ、これで満足? 試験ってやつは」
「お前がふっかけてきた気がするんだが?」
「そっちだって僕の力を知りたかったんでしょ?」
地面に倒れていた奴がその上体を起こした。
「「で、どうだった?」」
お互いがお互いに評価を求める。それは契約に必要な過程。力を貸すに足るか、場所を与えるに足るかの是非を問う真っ当な疑問。
僕は少し考えて一言。
「……まあ、合格?」
僕の言葉を聞き男はその場に立ち上がって、それから顔色を変えずに念を押して確かめをする。
「それは、契約ととっていいんだな」
「少なくとも僕は。そっちは?」
「言うことない。俺の頑張りのおかげで万事な」
そう。それは良かった。腕は……鈍ってはいたけどこれがいいウォーミングアップになった。これならすぐに勘を取り戻せるはずだ。
立ち上がりって、男は炎の先――皇居の外を顎で示した。
「なら行くぞ。長居は無用ってな」
確かにやらなきゃいけない事が終わったんならもうここにいる必要は無いだろう。
なら、ここでサヨナラだ。お別れは……要るよね。
僕は振り返って少女と目を合わせ――気づく。その瞳は怯えに、捨てられることに恐怖している色だった。
「もう、安全だよ」
テロリストの部隊はもう撤退してる。僕らが逃げた方角と逆の方向へ行けば間違いなく助かる。
「あっちに走れば、そのうち軍に合流できる」
「ま、待っ――」
「待たない。貴方が、言ったんだよ? 僕ね、"やりたいこと"が見つかったからさ。これからは好きなようにやらせてもらう」
言い終わったタイミングで雨がポツリと一雫だけ天から零れてくる。しかしそれも数瞬、その一滴を皮切りにしてザアアァと本降りになった。
「……………………そんなの、あんまりだよ」
少女の掠れたつぶやきは雨に飲み込まれ届かない。
パタリ、とぬかるんだ地面に座り込み、顔を俯かせたまま彼女は黙り込んでしまった。
「…………ねえ、ミズハはそれやりたいことなの……?」
その言葉だけやけに鼓膜にこべりついた。それに――頷く。
「そっか……じゃあ、仕方、ない、かな……? そう、だよね、仕方ないよ、私、それなら――」
続いて届いたのは空虚な笑い声。胸が締め付けられる。
……なんで、訳が、分からない。
自分からこの話を切り出したのに、なんでこんな――
「やっぱり欲って出ちゃうね。もう会えないってそう思ってたのに、たまたま助けてくれただけでまた会える、なんて考えちゃう」
「僕は――」
「いいよ。ミズハのやりたいことが見つかったんだもん。誰だって自分優先、でしょ? 」
それは翼の折れた天使、粉々に砕かれた美術品のような痛々しさだった。泥にまみれ自慢の髪もテロリストによってボサボサに切り裂かれ……挙句大事な人がみんな死んだ。
あんまりだ、とは思う。しかしその心の内を推量することはしない、いやそもそもそんなことなんて誰にもできないのだ。推し量ろうなんてのは上から目線の同情がすぎる。だから、僕は何も言わない。ただ黙って優しい言葉のナイフを体に受け入れる。
「また……会える……よね、私たち」
「…………うん」
――きっと、その時は
「わかった。待ってるね、ずっと、待ってるから」
だから、いつかは――
男の視線を受けて僕は振り返るのをやめた。それから鎖で引かれてるような重い足取りでその場を後にし、炎の中を歩き男と合流を果たした。
「想い人との逢瀬はすんだか?」
「そんなのじゃない」
あの人と、僕が釣り合う訳が無い。これは――ただ一方的な僕からの……なんだろ、気持ち、か……?
「まぁいいさ。お前のパフォーマンスに支障が出ないならそれで」
深く追求するつもりがないのか男はそれについてはもう触れなかった。 それからしばらくして男がなにかを思い出したように口を開いた。
「俺の名はギャレン。<方舟の担い手>のリーダー、ギャレンだ。お前はミズハ、でいいのか?」
ミズハ
それは彼女が僕につけてくれた識別記号。頷く。
「そうか。ならミズハ、休んでる暇はないぞ。俺たちは成し遂げるために戦い続けなければいけないんだからな」
「わかってる。だからくれぐれも途中で死んだりなんてしないでよ」
その言葉に男は――いやギャレンは鼻で笑った。
「はっ、お前こそ途中でおっちんでくれるなよ。お前が死んだら計画は全部おじゃんだ」
僕だってそんな簡単に死ぬ訳には行かない。なんたって、僕にはやりたいことがあるんだから。
2人でそんな言葉を掛け合っていると僕たちの少し先に1台の防弾処理がされた車が止まった。
「迎えだ。ゲームクリア、だな」
「よくこんな大胆な作戦が出来たもんだね」
「覚悟の表れ、だろうな。詳しい話は後でだ。とりあえずはここを離れるぞ」
遠くでグガランナの殺し合いの際聞いた声がギャレンの名を呼ぶ。それに手を挙げて答えているギャレンを後目に僕は後ろを少しだけ振り返った。
置いてきた1人の少女。
後悔はない。
ただ、少し寂しい思いをさせるな、とだけ思った。
「……………………またね」
――待ってて
次に会う時は全てか終わった時。
それはすなわち――
貴方が望む王様になった時だから。
× × ×
喧しい。
それは当然だろうね。なんたってテロリストに皇居別邸が襲われてる。ややもすればローラン皇太子が危ない。
そんな時、頭の中に去来するのは1人の少女。
いや、少女だなんて失礼だな。腐っても皇族……おや、また失言したっぽいね。
「カルレナ博士?」
「はいはい」
「また考え事ですか?」
隣にいた助手のアラムクンが僕にそう声をかけた。
「心配、ですか? カリス様のことが」
「…………さぁどうだろね」
この子は疑問ばかり僕にぶつけて僕の心を発掘しようとする癖があるね。それは僕があまり本心を語らないからが原因なんだろうけども。
僕は立ち上がって研究室を出ようとした。
「博士!?」
「なに、ちょっとした散歩だよ」
「まだそこら中にテロリストがいるんですよ!?」
「なーにもう撤退してるさ。それにここは基地の中、基地内にテロリストを通す程ここの軍人さんはゴミゴミなのかな? とか言ってみたり」
「今の聞かれてたらグンポーサイバンものですからね? 私は関係ありませんからね? 死ぬなら博士だけにしといてくださいよ?」
はいはいと適当にあしらって研究所を抜け、基地を抜け…………はてさて一体どこに行くんだろうね。
「ふぅん雨、ねぇ」
傘を持ってくるのを忘れちゃったよ、と一人肩を竦めた。基地内からでも皇居に迫る火の手は見えた。
「希望は薄いかね」
それでもせめて死体ぐらいら見にいってあげよう。丁度雨が降って火も少しだけ収まるだろうから。
と、そこで
「おやおや無事でよかったですよ。姫様」
少女が顔を上げてかの徐と目が合う。
そしてその瞳に意識を吸われた。
なんて深い絶望なんて深い哀愁。その瞳を見るだけで全てを理解しそうになるほどに。
「――――――――て」
か細く今にも絶えてしまいそうな幼い少女の声。懇願、願望。
それを聞いた時に僕は――笑みを深めた。
僕は地獄に行くだろうね。間違いない。
こんなか弱くて1人じゃ何も出来なさそうな少女を今、実験台にして戦場に行く後押しをしようとしてるんだからさ。
差し出した僕の手を彼女は――――
タイトルはドイツ語で"雨が降っている"です。学校のせんせが昔教えてくれました。どいつごむずかしいね
あ、次で多分1章は終わると思いますよ多分