バーナムの森が動いたらあるいは
作中のバーナムの森はマクベスですね。シェイクなんとかです。
「お兄さま!!」
また、また死んじゃう。私の大切な人がまた居なくなっちゃう。お兄さまに駆け寄ろうとするがまたもそれをミズハが止める。
「離してっお兄さまが!」
「目の前にテロリストがいる」
だから貴方を行かせるわけにはいかない。そんな言葉をミズハは目で語った。炎の中、そのテロリストが口を開く。
「俺を呼び付けるなんて随分いい度胸してるな」
「……ホントに来るアンタもアンタだけどね」
「"兵を動かすにはまず将から"……だったか? 誰の言葉だ?」
「知らないよ、そんな言葉」
呼び付ける? それってどういうことなの、ミズハ?
「で、敵にも味方にもこれだけの被害を出しておいて『はいすいません』じゃ済まないよな?」
「敵とか味方とかって誰のこと? 僕は1人で戦っただけだけど」
「そうだな今はそうなんだろうな……|今は(、、)」
馬鹿な私でも分かる含みしか持たない発言。その言葉に口を挟みそうになるもテロリストの目にそれを阻まれる。
まるで、鷹の目……だよ。獲物を狙う獰猛な眼差し。
「それで? お前はそんな所で誰を守ってるんだ? そいつの敵のはずのお前が」
「別に……誰を守るとか、誰を殺すとか人に言われるはもうやめただけ」
「ミズハ……」
私が言ったこと、守ってくれるんだ。もう機械になるのはやめるって。場違いでも、そのことが少しだけ嬉しい。
本当に薄情
フィオネが死んだのにーー
お兄さまもテロリストに撃たれたのにーー
それなのに嬉しい? 冗談だよね。
「ッ」
怖い。頭の中の真っ黒な私が耳の内側からそう語り掛けてくる。それが無意識なのか心を刺す棘は罪悪感と憎悪でどんどん膨らんでくる。怖い、自分が自分じゃないみたいにその黒い私は冷めている。
「テロリストにこういうことを聞くのはアレなんだけどあアンタらの目的って何。なんでこんなことするの」
「ははっおいおい『なんで』『どうして』は意味ないだろ? それが誰かに理解されるとは限らないんだから……ましてやテロリストだぜ? 頭のおかしい人間の戯言なんか聞く必要ないだろ?」
まるで、ううんまるでじゃなくて詭弁だ。明らかにはぐらかしてる。
「ーーーーだからでしょ?」
ミズハが口を開いたタイミングでどこかで爆発が起こる。だからミズハが何を言ったのかは私の耳には届かなかった。それでも向かいにいたテロリストには口の動きから何か分かったのかニヤリと意味ありげな笑みを浮かべる。
「あぁそうだ。俺たちはこの国を引っくり返す。全てはあるべき姿に、ニホンを元の姿に戻す。それが俺たち、<方舟の担い手>が望む世界だ」
それが、あるべき姿。ニホン人が幸せになる方法。私が|掲げていた(、、、、、)夢より確かな方法。
だけど何でだろう。今はその夢は素直に応援できない。
「……意味わかんない。従属から解放されることが幸せなの?」
ミズハは辛辣だ。ヒトを救いたいなんて善に満ちた願いを馬鹿正直に信じることはしない。必ず素朴な、一見どうでもいいようで核心ついている問いを投げかける。それをテロリストは一笑に付した。
「愚問だな。一概にそうとは限らない」
なんで? 支配から解放されるのはいいことじゃないの?
そんな私の顔を見てかテロリストが疑問に答える。
「理解できないって顔してるな。たとえばだ、戦争に負けて支配に屈したとしよう。支配した国は本国を中心に、そして臣民が生活しやすいようにインフラを整えていく。"戦後復興"なんてものは二の次になって支配した土地の奴のことなんか何とも考えちゃいない」
そこで1回話を切る。よく考えたらおかしな話だ、私の大切な人を2人も殺したテロリストに物事を教えられてるなんて。
「そんな時、宗主国が植民地支配をとりやめるって言ったら? 理由はなんでもいい、戦争に負けて国が立ち行かなくなったでも……それこそ革命が起きて、でもな。それで晴れて植民地支配から解放された訳だが……どうだ? その改めて国になった地域に|国力(、、)なんてものは存在すると思うか?」
ある訳、ない。だって復興は二の次だったんだから、その国民はまだ疲弊してるに決まってる。
私の顔を見て答えに辿り着いたと気付いたのかテロリストは笑った。
「これが国だ。力がなければ国が維持できるわけがない、そうだろ?」
一見真っ当に見える。いや、理屈自体は正しいのだろう。じゃあそうだったらーー
「アンタたちがしようとしてることは経緯はどうあれそういうことなんだけど」
そうだよ。このテロリストが言うには自分たちはニッポンを独立させようというのだ。弱くなってると知った上で。
その指摘にテロリストは更に笑みを深める。何がしたいの? この人は壊れてる。頭がおかしい人の言ってることを分かろうなんてできるはずがない。
「そうだな。俺は全て承知の上で事を起こしてる。だから言わせてもらう。クソ喰らえだ、そんな理論、長口上、経験、邪魔でしかない。俺の悲願のためには全部が障害だ」
だから国はどうなってもいいの? その悲願と独立は天秤で釣り合う等価なものなの?
「つまり、アンタとその……方舟? の最終地点は一致しないってこと?」
「あぁ、そうだ。だがその2つが排反になることもない、あくまで2つの事象は独立だ」
排反……事象……このテロリストはやたらに難しい言葉を使いたがる。
「ふぅん、そう。で? それで僕が力を貸す理由になるの?」
力を貸す? なんで、ミズハ……ずっといてくれるって約束したよね……?
もはや言葉は頭の中を過ぎる風だ。事態に頭が追いつかず、ただ目の前に突きつけられる言葉を聞くだけ。
「あぁ、なるんだよ。お前だって理由があって俺をここに呼んだんだろ? ギブアンドテイク、相互利益、よく出来た関係だと思うが?」
「力を貸してダメでした、じゃ困るんだよ。アンタの言う"兵"はどうでもいい、代わりなんていくらでもいるから。でもアンターー"将"は替えがきかない。アンタがどの程度か、見させてもらわないと。話はそれからだ」
「なんだ、つまりは俺の頑張り次第ってか?」
「平凡な言葉だけど、そう、だね」
テロリストが握っていた銃を構えた。素人の私でもわかる、動きが手馴れてる。
「危ないから、下がって」
既に庇われてるのにミズハは私に更に下がれって言う。
「言っとくけどこの人に手を出したらーー」
「あぁ、計画はご破算だ。そうだろ?」
そうだね、と短くミズハが呟いてそれから後ろを、私の方を振り返る。だから私は祈るようにミズハに声をかける。
「死なないでね、ミズハ」
「死なないよ」
短い言葉。だけど今まで見てきたから分かる。その一言は重みを持っていた。
ミズハが身体をかがめる。走り出す構えだ。それを見てテロリストは少しだけ双眸が細められる。私が呼んだ鷹の目だ。
膠着が長すぎて緊張の糸が切れる、なんてことはなくミズハは流れ星のように一直線に駆け出した。
× × ×
隙が、ないな。
走りながら僕は相手のことをそう評した。目の前の相手は自分のことを"将"と呼んだが指揮だけができるわけじゃない。立ち振る舞い、挙動、何もかもに油断がない。現に相手は僕の動きをただ見つめ引き金を絞ろうとしている。
見極めさせて、もらう。僕の願いを叶えるに足るかどうか。
「ッ」
相手との距離が2メートルまで縮まった。そこでアイツは引き金を引く。慣性がついた状態では簡単には左右に避けられない。なら、僕はーー
袖の下に仕込んでおいた軍用のサバイバルナイフ。それを展開して叩くように銃弾を切り伏せた。これでまだ走れるね。
「おいおい、やっぱ噂は本当か……?」
弾を切るの見て奴が引きつった笑いを顔に貼り付ける。こんなの誰でもできることだからそれで驚かれても困る。
「噂じゃなくてさ、目の前の僕を見ろよ」
突き上げるように繰り出した右拳。それを奴は右側にいなした。驚かない。想像の範疇の内だ。右手で構えた銃がこちらを捉える。瞬きは、厳禁。瞼を閉じて、開ける、その間に銃弾が僕の体を撃ち抜くから。
右にいなされたのを活かそうかな。
勢いに任せてそのまま右側に転がるように避ける。それでも完璧には避けきれず弾丸が左脇腹を掠める。慣れた痛み。今更怖がらない。当然だけど顔にも出ない。表情は敵に付け込まれる隙だ。
「容赦ないね」
「お前が望んだことだろ」
そうだけどさ。こっちは殺しちゃ、意味が無い。だから銃は使いにくい。だけど向こうはこっちが死なないと分かっていて銃を使う。最初から不平等だ。それでも僕はーー死なない。それで負けない。そう約束したから。僕には負けて立ち止まることが許されない。
すぐに起き上がってナイフを構える。連射じゃないなら銃弾は切れる。
僕がさっき弾を切ったのを見てか奴は銃をしまう。
「どうだ。もう終わったか?」
「まだまだ、付き合ってよ」
「体を動かすのは苦手なんだがな」
生憎そうは見えないよ。
相手は待ちの構えだ。だったらこっちから攻めるしかない。走り出して僕は今度は左で殴りかかった。さっきと同じようにいなされ、今度は向こうから拳が飛んでくる。狙いはーー頬。なら、よけれる。首を右に曲げてかわしてみせる。僕は奴の右腕を左手で掴む。
右手の中でくるり、とナイフを回して逆手で握り直した。それから相手の脇腹を抉るようにナイフをねじ込もうとしたーーがそれも阻まれる。奇しくも僕が左手でやっているように腕を掴まれることで。
「千日手、か……?」
「あの乗り手と言いアンタといい殺し合いの時によく喋るね」
「乗り手? あぁコヨリのことか。あいつはまぁ……そういうもんだろ。俺は怖いからな、殺し合うのが。それを紛らわせてるんだよ」
「……冗談、言うんだね」
「本当のことだ」
呑気な会話。それでも僕ら2人はお互い力を弛めることは無い。弛めたら均衡が崩れる。当然のことだからだ。
「ていうか案外動けるじゃん。アンタ」
「鍛えた甲斐があったな」
また柄じゃないことを言う。
「そういうお前こそ、そんな細腕でよくそんな力が出せるな」
「使い方次第でしょ」
何事にも効率がある。効率よく力を最大限発揮してるだけだ。
「どうだ? 合格点は出たか?」
「全然、本調子が出ないよ」
「おいおい、俺はサンドバックじゃないんだが」
汗が奴の額を流れる。どっちかが流れを変えなきゃこの膠着は変わらない。ふと空気が変わるのを感じた。どうやら流れを変えるのはあっちみたいだ。
向こうは僕の右手を掴んでいた手の力を弛め均衡を敢えて潰す。それならナイフが刺さるよ……?
「ッ」
肉薄。10センチはあったであろう距離は数センチにまで縮まっていた。ナイフは空を切る。密接した状況下、空いた手で胸ぐらを掴まれた。
ここで踏ん張らなかったら拙い!
頭がそう警告を発する前に僕の体は宙を舞う。やられてみれば答えは簡単。足払いだ。その技に足元をすくわれた。
ここで手を離さなかったのが仇になるのか。
どうする、手を離すか? 慣性が乗って遠くに離れられるかもしれない。ただ痛みと距離は等倍だ。それとも手を離さない? それは詰みの未来が沢山見える。
痛みは、堪えきれるな。
そう冷静に評価を降し、僕は握っていたあいつの手を離した。分かる。飛んでいく感覚だ。数メートル位? よくそんな力が出せるな、なんて人に言えないでしょ。
背中かを強かにぶつけた。肺の中の空気が押し出されて一瞬喉に詰まる。苦しいって言えばそうなのかな。だけど、そんな弱音は厳禁。すぐに起き上がり相手の姿を捉えようとするが――いない?
いや、これは――
すぐ近くまで迫られてる。回し蹴りだ。避けるなんて無理だ。ガードして、受身を取らないと――!
腕でのガードが間に合う。それでも助走のついた回し蹴りの威力は消しきれず再びボールのように跳ね飛ばされる。
「――」
ここに来て、さっきの痛みが。銃弾が掠めた箇所が痛みをじくじくと訴えてくる。痛い、けど我慢できないものじゃない。
押されてる。僕が。
「どうした、しばらく動かないうちに鈍ったか?」
視線の先。こちらに隙無く銃を構えた男の姿。
「負け、た……?」
「動くなよ。次で殺せる、だ」
そこで男は皮肉げな笑みを顔に浮かべた。
「その調子じゃお前は永遠に勝てないぞ。それこそバーナムの森でも動かん限りな。なんたってお前には信念がない。守りたいって願いが、自分のエゴを押し通したい気持ちが余りにも欠け過ぎてる。そんなんじゃ"守る"? なんてタチの悪い冗談でしかないぞ」
……そう、かもしれない。
僕は誰かを守る、なんて向いてない。それよりは誰かを機械的に殺すことに特化しすぎてる。だけど、それでも勝てないのは心理的に劣ってるからじゃない。僕はそんなモノ信じてない。あくまで総合力で劣っているからだ。
「さて、と……俺に負けるような腑抜けた鶏の翼なんて俺達は望んでない訳だが?」
マズルが僕を捉える。
考えろ……まだ戦える。まだ折れてないんだ。銃口を向けられて、後は引き金を引くだけなんて状況、そんなの今まで何回も味わってきた。今回だってどうにかなる。まだやれる。だから考えろ。どうしたら僕はアイツに勝てる……?
「もう止めて!」
まだあどけない少女の金切り声。それは聞いたことある声でその声の主は僕を庇うように僕とアイツの間に割って入った。
男の顔が獰猛な笑みに変わる。それは獲物を見つけた目。肉食獣を彷彿とさせるような瞳だった。
邪魔しないで。
僕は貴方のモノなのに。所有者である貴方が自分のモノを命を懸けてまで庇うなんて……それは、変だよ。矛盾だ。貴方を守る僕と僕を守る貴方は両立しちゃいけない。
炎の中決意を秘めた少女の瞳が男を真っ直ぐ見つめていた。