絶望による窒息死
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予想外のミズハの登場に私はただ呆然と彼を見上げてしまう。
「……ミズハ、どうして、ここに」
「貴方が頼んだことだよ。"どんなことがあっても守ってくれる?"って。まだ、その約束は続いてる」
それだけ言ってミズハはなんてことない顔で死んじゃったフィオネの傍によった。その手にはずっと着いている手枷。
「なに、してるの……?」
「別に」
そしてミズハはフィオネの首元に手を当てる。それから数秒。
「あぁ、死んでるね」
なんてことはなく私にそう告げた。
「この背中のナイフは……貰っていいのかな」
ただ事務的にそう問いかけるミズハに私は暗い顔で頷いた。
「……大事な人?」
「っ! ……そう、だよ」
あんまりフィオネのことは聞かないで欲しい。思い出がいつまでも風化しなくなるから、私がずっと苦しむだけだから。
「ふぅん、そう」
だけどミズハはそれ以上のことは聞かずあくまでどうでもよさそう。適当な相槌をうちながらフィオネの背中に刺さったナイフを一本一本丁寧に抜いていく。
「それにしても、貴方じゃなくて良かった」
え?
「……なんて?」
「? 死んだのが貴方じゃなくて良かったって」
その言葉で胸の内に閉じ込められてた憎悪の炎が再び燃え上がる。
「なんで!? そういう問題じゃないよ!! フィオネが、ずっと一緒にいたフィオネが死んじゃったんだよ!? なんでそんな冷静でいられるの!? ミズハっておかしいよ!?」
一度に一気にまくしたてたせいで呼吸困難に陥る。それを冷めた目でーーいや、他の人から見たらいつもと変わらない眼差しなんだろうけどーー見ていたミズハはやがてゆっくりと口を開く。
「そうだね、僕は……おかしいね。多分、そう」
私が放ったその一言は取り返しがつかない。それに気付くのは、これが全部終わった後。
「ただ冷静に言わせてもらうけど僕はこの女給のことは知らない、あくまで他人だ。でも、貴方は違う。ならどっちが僕にとって重要か、わかるよね」
ミズハは「それに、」と付け加えた。
「戦場では人が死ぬのは当たり前だよ」
「……」
それはまるでこの世の全てを見てきたかのように達観した答えだった。……きっとミズハはそうやって割り切ってるんだ。
ミズハは私との話を切って遠くを見る。そっちは……ミズハが飛ばした男のいる方向だった。
「がはっ……てめぇ、何しやがる」
先程の男が咳き込み、苦しそうな声を上げて憎々しげにミズハと私を睨む。
「何しやがるって意味がわかんない。そっちこそ何してんの」
「ふざけやがって……! 俺たちは"方舟の担い手"……革命軍だ!」
……革命?
方舟の、担い手……?
じゃあテロリストなの?
「ふぅん、で? だったら何してもいいの?」
「当たり前だ!! 俺たちは正義なんだから!!」
「へぇ、そう」
さっきからミズハがやけに冷めてる。それが、少しだけ怖い。ミズハの目をまともに見れない。
「でもさ」
ミズハが切り出す。
「弱かったら自分の正義は貫けないよ?」
ミズハが駆け出した。それから手枷で縛られてるのにナイフを、フィオネを殺したナイフの1本を男に素早く投擲した。それは……まるで手品みたい。引き寄せらるように男の右腕に突き立つ。
「これが正義なの?」
すぐさま手枷の鎖の部分で男の首を絡みとる。その鎖は蛇みたいだ。
男は苦しそうな顔でもがく。その鎖を掴もうと自分の爪を首に突き立てるーーけど首に食い込んだ鎖を人間の手で取れるはずがない。男の努力は虚しくただ無駄な時間だけが過ぎていく。
次第に男の顔が赤く変色してきた。目は目玉が飛び出さんばかりに見開かれ口の端からは泡の様なものが出ている。
不意に男と目が合った。その瞳は凡人の私にでも分かる、助けてくれと私に目で訴えかけていた。
フィオネはそんな助けすら求められずに死んじゃったんだよ。
だったら、貴方はもっと絶望して死ね。助けを求めても誰にもCQを受信されない救いのない状態で絶望に首を括って死ね。
だから私は目を逸らさない。死に行く人を目前にしてただじっと男が死ぬのを待つ。それが、私なりの殺し方。私のフィオネを殺した男への復讐。
やがて男の目から血が流れ始める。私が見たことがないくらい恐ろしい光景。それでも、心の焼き切れた私は恐れない。むしろ、よく出来た見世物を見るような目でその様を見る。
ボギンッ
刹那、私が生まれてこの方聞いたことがないような音がして、男が動かなくなる。目は完全に白目を剥いて充血していて、首には自らが作った引っかき傷、無残な哀れな姿だね。
ヒトを自分の都合で傷つけるからそんな目に遭うんだよ?
男が完全に死んだのを確認してからミズハはその男の首から手枷の鎖を放す。
「終わったよ」
「うん、見てたよ。ありがとね、|殺してくれて(、、、、、、)」
「……良かったの? あなたの言う国民な訳だけど」
その言葉に私は小さく首を傾げた。
「ん? 革命軍なんでしょ? それって国民になるのが嫌だからだよね? だったら……私は守りたいなんて、思わないよ?」
それは私に生じた小さな綻び。ミズハはなにかに気付いたようだけど何も言わない。
「……ねぇミズハ。フィオネを、どこかに埋めたいな。このままじゃ……可哀想だよ」
「埋めるのは、難しいよ。外にはグガランナが徘徊してる。そんな中で穴を悠長に掘るのは少し厳しいかもね」
ミズハの答えは至って現実的。だったら代替案を考えるしかない。
「それなら、せめてベッドに寝かせてあげよ?」
「……わかった」
そしてミズハは死んだ男の懐から何かを漁る。
「? 何してるの?」
「戦えるものを捜してる」
ミズハは銃をひとつ見つけたみたいでそれが何発入っているか確かめている。 そしてついでというように予備弾倉を何本か抜き取った。
「場所は?」
私の、私が使ってるベッドに寝かせてあげよう。
「こっち。少し遠いけど……手枷は、外す?」
「……じゃあ、そうしようかな」
昼間ミズハがやってたことをするみたいだ、私は自分のヘアピンを貸してミズハが手枷を外すのを見ている。1回できてるからか前よりも早い時間でそれは終わった。
「ミズハ、私に出来ることはないかな」
「貴方は戦わなくていい。そのマットの上を足音を殺して歩いてくれれば」
そう、だよね。素人の私は何の役にも立てないよね。
「それじゃ、行こっか。それと、これ」
ミズハはフィオネを肩に担いでから私に人振りのナイフを手渡した。
「この人の形見? っていうんだっけ。大事にするなり捨てるなりしてよ」
私はそのナイフを両手で受け取る。いまだに、このナイフがフィオネの命を奪ったんだっていう実感はない。それでも、私の手の中のナイフは命を吸った分の重みがあった気がした。
「今度こそ行こ。外が、少し気になる」
窓に近づいて外を見るとグガランナとグガランナが戦っていた。お互いがお互いに向けてグガランナ用の銃を撃っている。その光景、いや戦っている一方のグガランナを見て私は声を上げた。
「あれは……軍!」
ミズハが無表情で肯定する。
「いつ弾がこっちに飛んでくるかわからない。さっさと出よう」
× × ×
外からの通信を気にかける、が未だに"革命の翼"が見つかったって報告は来ない。
「さっさとこんなトコおさらばしたいんだけど」
なんの目的もなくグガランナに乗り込みその場で役割が来るまで待機し続ける。それが今回あたしに与えられた、役目だ。
あたしを収める棺桶、コクーンの中で私は「忙しい時の最適解!!」という謳い文句で発売されてるゼリー飲料を開封して口にくわえる。
『あぁ〜コヨリんまたそんなの食べてる〜!』
サイドモニターに目をやるとどこにでも居そうな少女があたしをからかっていた。
「別にいいじゃない。暇だし……それに落ち着かないのよ、何かしてないと」
『出撃前の儀式みたいな?』
「そそ」
あたしはパックを握り潰して中のゼリーを口の中に運ぶ。新作のラスベリー味は悪くない。これが終わったらまた追加で買おうと心の中のメモ帳にそう記しておく。
「ところでヒナタはいいの? あたしと喋ってて。もう屋敷の中には突入してるはずだけど」
『今回の私の役目は乗り手のフォローだからね〜。まだ暇なの。突入部隊の方はシロウゾノのおじさんがやってくれてるし』
「あんたねぇ。もう少しくらい緊張しなさいよ」
会話の合間にゼリーを口にする。
『悲しいことに私が戦う訳じゃないからね〜、気楽なもんですよ』
そういうもんかね。その割には忙しなく手でキーボードを操作してるっぽいけど。声の割に顔はあんま笑ってないし。
あ、飲み終わった。「忙しい時の最適解!!」ってことなら量もそんなに多くはないよね。
咥えっぱなしだったパックから口を離してキャップを閉めてからコクーンの中に投げ捨てた。
『ゴミはあとから持って帰るんだよ?』
「はいはいわかってるって」
何気ない会話。それでも今なら分かる。あたしたち全然笑ってない。あたしに至っては肩の力が抜けてない。これじゃまともな操縦が出来るはずがない。
ーー落ち着け、あたし。
ギャレンも言ってたじゃない。もう後戻りはできないって。そしてあたしは、ここにいる全員はそれに乗った。だったらもう一蓮托生、呉越同舟だ。あたしだって、この組織の中じゃ若い方だけど覚悟は当然してる。これは、遊びじゃない。
不意にどこかからアラートが鳴る。それにあたしとヒナタの顔が強ばった。
『早っ、もう軍に嗅ぎつけられたみたい』
本格的にキーボードを操作し出したヒナタはあたしの顔を見ずそう告げる。もう乗り手のみんなに知らせてるのかもしれない。
「了解。じゃああたしたちが時間稼ぎをすればいいのね」
電源を起動。これまで温存しておいた燃料を温め始める。
『敵は第三世代の<オーディナル>、スペック的には不利だけど……』
「弱音は言ってられないでしょ!」
先手必勝、あたしはコクーン内のハンドルを操ってグガランナを操作する。
銃弾を叩き込む。その何発かが軍のグガランナに当たった。
うん、できる。あたしでもまともに戦える。このグガランナさえあれば。
グガランナとの撃ち合いが続く。ひりつく様な緊張感。肌がビリビリするような状況。
『コヨリん後ろ!!』
情報管制官から来たアラートにあたしは即座に振り向いた。
「まだいたの!?」
違う。あれは軍のグガランナじゃない。あたしたちが使ってるのと同型、第2世代だ。でも、それがあたしたちを駆逐している。
それにしては動きが何か変だ。なんというかぎこちない。
そのグガランナの手が動く。銃を撃つ構えじゃない。これはーー
「ーーは?」
掌を地面と水平にして指5本を同時に何回も折り曲げる。それは明らかに挑発、"かかってこい"と言っているようなものだ。
ーー誰だか知らないけどやってやろうじゃない。誰だろうと敵なら倒す!
瞬間犬歯を剥き出しにして「上等ッ!!」とコクーンの中で叫び、それから飛びかかるようにその機体に飛びかかった。
カリーサが叫んで怒ったり突然微笑んでありがとうって言ったりしてるのは大事な人が目の前で殺されて情緒不安定になってるからだと思います。