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炎の中の記憶

緩急つけたいです

× × ×



私は……その光景を見て呆然としていた。


「う、そ」


これは夢だよ、それもとびっきり悪い夢だ。

私の、私とお兄さまの家が……燃えてる。

そして炎の中を踊るのは数機のグガランナ。

バララララと景気よくその手に握っている銃をそこかしこに向かって撃ち付けている。


「あ、あぁあ」


なんで?

ナンデコンナコトニ?

頭が現状を理解するのを拒む。でも、そんな少女を置き去りにして現実は進み続ける。残酷に刻一刻と針が時を刻む。誰も逃れられない、全員に平等な時間が。


とにかく、お兄さまやフィオネの無事を確認しないと。


濁りかけた頭はとにかく目先の目標を設定して私に動け、と命じる。私は自分が動きやすい服なのをいいことに全速力で走り出した。


ひどい。


あんまりだよ。


なんでこんなことするの?


炎に次第に近づいていく。暑い、すぐに汗が出て全身を濡らした。でも、それは多分暑いからだけじゃなくてーー


「っ」


グガランナがこちらを向いたので息を潜め隠れた。グガランナを前に人は無力。見つかったら、抵抗する間もなく殺される。

焼き払われる庭を見つめる。テロリストに襲われてるのに何も出来ない自分が歯痒くて……でもそんなことを考えてもどうにもならない現状にひっそりと臍を噛む。


「でも、これだけ暴れたら軍が来るはず」


近くには軍のグガランナ駐屯基地がある。否が応でも動かざるを得ないはずだ。

じゃあ待ってるの? このままずっと。


「それは……できないよ」


私が、すぐに動ける。もし私が動かなかったらお兄さまやフィオネが死んでしまうかもしれない。だったら、行くべきだ。私が行かなきゃ。私には何もできないが。

ガツン、ガツンと耳障りな金属音とお腹が揺さぶられるような地響き。私のすぐ近くをグガランナが通り過ぎる。

あれは……セツナ社が作ったものじゃなくて軍の第二世代グガランナって昔カルレナ博士が私にそう教えてくれた(ちなみに今の軍で正式に採用されているのは第三世代グガランナだ)。あの型落ち機、どこで手に入れたのだろうか。

いや、そんなことはどうでもいい。

とにかく先に進もう。

私は最大限の注意を払って屋敷の中に潜り込んだ。ここは自分の家のはずなのに少しおかしな気分だ。でも、遊びじゃない。


「はぁ、はぁ」


緊張で足が震える。喉はカラカラに乾いてごくり、と唾を飲み込もうとするがそれすらない。怖い、動きたくない、殺されるかもしれない、死にたくない、もっとひどい目にあうかもしれない。それが怖い。気が狂いそうな程に怖い。

でも……行かなきゃ。動かないで事態が好転するとこなんてない。なら、進まなきゃ。

まずは……お兄さまの部屋を見に行くべきだろうか、フィオネの部屋に行くべきか。

頭の中で家の見取り図を思い浮かべる。近いのは……フィオネの部屋だ。とりあえずはそこに行くべきだろう。

外でまたグガランナが弾を撒く。いつその銃口が屋敷に向くのだろうか。急いだ方がいい。

階段を登る。普段はなんてことない赤い絨毯が今は不吉なものに感じた。

目的地は2階。その一番奥だ。そこがフィオネの部屋。

ゆっくりと、窺うように廊下を見てからそっと歩きだそうとしたーーところで何かに躓いた。


「? ……ッ!?」


したい死体肢体が投げ出された屍体の姿態

知ってる。屋敷で働いていたメイドの1人だ。確かフィオネの一個下だった。明るくて活発な人だった。

その人が死んでる。胸にいくつもの穴を開け、そこから溢れんばかりの血を流しながら。


「……う」


生前の姿を思い出し急にお腹の奥の方から吐き気が込み上げてくる。すぐに口に手を当てて吐き気を抑え、蹲る。そのまま息を殺すように口の中の何かを必死になって飲み込む。


「……っ、ぅ」


やがて、喉の中ほどにまで上り詰めた胃液がまた元の場所へ帰ってくるのを確認して私は目を瞑ったままその彼女の横を通り過ぎる。


「ご……ごめんなさい」


こんな状況では満足に弔ってあげることも出来ない。


「っ」


ふと頭の中で不吉なビジョンが再生される。それは先程のメイドがフィオネで……胸がズタズタに銃弾で蹂躙される姿。


「……いかなきゃ」


早く確認しに行かないと。でも、前に進みたくなんてない。何が待ってるのかわからないのが怖くて仕方ない。


「……」


しかし不思議なもので私の歩に淀みはない。ゆっくりで、少しずつだがフィオネの部屋に向かって歩いている。まるで肝試しだ。度胸試しって言っていいかもしれない。

今までならなんてこと無かった距離がとても長く、果てしないものに感じる。それでも、進んでいく。

やがて扉の前にたどり着く。

1回、深呼吸。落ち着いて、大丈夫。

私が扉のノブに手をかけた時、扉が勝手に開いた。


「ッ!?」


心臓が口から出そうなほどに驚く。そして懐かしい匂い。


「お、おじょう、さま」


「ふぃ、フィオネ?」


待って、待ってよ。何かがおかしい。この懐かしい匂いに混ざる不純物はなにーー?


「ふ、ふふまったくどこに、いってらしたんです、か? だんなさまが、しんぱいしておりましたよ」


フィオネのふらついた足取り。そこで気付く。フィオネから出るむせ返りそうになるくらいの香り。それは先程嗅いだ"死"の匂いだ。


「おじょうさま? どこにかくれているんですか、なにも、みえなーー」


その様は糸の切られた人形みたいだった。糸の切れた人形はどうなる? 動かないの、ずっと。


「あ……あ、ふぃおね?」


そこで気付いた。フィオネの背中に刺された無数のナイフ。体の各所に刻まれた切り傷に。


「ひっ!?」


生きてるはずがない。誰だってわかることだ。むしろ今まで動いていたのが不思議なくらいだ。


「うそ……うそ、だよね、フィオネぇ! 冗談がすぎるってばねぇ!!」


彼女の体を抱き寄せて必死になって揺さぶるーーが閉じられた瞳が開くことは無い、吐息も聞こえてこない。



しん、じゃった。



ふぃおねが、ちっちゃいときからいっしょだったふぃおねが。



あまりにも唐突な大事な人の死。それを受け入れられなくて私はただ涙を流して彼女に縋り付くことしかできなかった。


「うそだよ、おきてよ、ふぃおね……なんで、なんでこんな、いやだ、わたしやだよぉ!!」


「あら? なんだぁ、お前? ……っその身なりじゃわかんなかったけどお前、王族だよな」


部屋の奥から声が聞こえる。

でも、かんけいない。

わたしなんて、もう。


「なぁあんたに聞きたいんだけどよ、ガキがここにいねぇか? 年頃の坊やなんだけどよぉ」


男は喋り続ける。


「そこのおっちんじまったメイドさんにあれこれして聞いてみたんだけどよ、全っ然ダメ。あぁあれだね、臣下の鑑ってやつだ。ところでさ、あんたは知らない? そこのそいつみたいに色々怖い目に会いたくねぇだろ? 俺は歓迎なんだけどよ」


ミズハのこと、だろうか。

でも、どうでもいいや。

わたしがおしえなきゃいけないりゆうもない。

すきなようにすればいい。

フィオネにしたみたいに。


男は焦れたように私に掴みかかって床に組み伏せた。


「なぁ、俺が聞いてるよな? なんで答えないんですか? 王族さんよぉ!!」


だって別に答える気がないんだから。仕方がない。

男の瞳を通して私の瞳が写る。濁ってる。土砂降りの雨で出来た汚れた水溜りみたい。


「……ぁ」


男が振り下ろしたナイフが頭の上を掠めざくり、と私の大切にしていた長い髪の毛が切れた。


「おおっと手が滑っちまった。次は当たるかもなぁ」


だから早く言え、と私を急かす、が私は答えない。


「な、んで」


「あぁ? なんて?」


なんで私はこんな人まで救おうなんて考えてたんだろう。


ミズハは言ってた。私がどれだけ救おうとしても仇で返す人が必ずいるって。それでも後悔しないかって。

私は後悔しないって答えたよね。


するよ。私は今後悔してる、いや人が嫌いになった。


救う価値がないって心からそう言える。みんな嫌いだ、どうして世界はこんなに厳しいのだろう、私はみんなが幸せになればいいって考えてるのにどうしてなんだろう、みんな幸せになりたくないのかな。

私の中で何かが割れて粉々になる音が聞こえた。それは、取り返しのつかない致命的な崩壊。

ごめんね、フィオネ。

ごめんね、ミズハ。

私が馬鹿だった。


ーーあなたなんか


「あなたなんか」


「あ?」


「ーー死んじゃえばいいんだ」


私を、私の周りの人を傷つけるなら、みんな死ねばいい。一切の慈悲なく、惨たらしく死ねばいい。

その瞬間私に馬乗りになっていた男が横に思いっきり吹き飛んでいった。


「あぁ……来て、よかったね。大丈夫?」


その声は。

私が聞き慣れた声だ。

あぁ、ごめんねミズハ。私は、もう。ダメだよ。

渇ききったはずの涙が再び流れ始める。止まらない、おかしいよ、みんな死ねばいいって思ってたのに、みんなフィオネみたいな目に合えばいいって思ってたのに……ミズハの顔を見たら、自分が助かったらそこで安心なんて、酷い女だよ。

私の中で憎しみの炎が|一旦は(、、、)なりを潜める。

私の視線の先、こんな状態でも変わらない表情のミズハがそこには立っていた。

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