表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

異世界に転移したら盲目のお嬢様に拾われたので、礼を返すために執事として仕えたいと思います。 〜盲目の姫君と最強の騎士のプロローグ〜

作者: ユーリ

「ここは...どこだ?」


 眼が覚めると、視界の先に見知らぬ天井が広がる。

 どこかの部屋のようだが、自分の記憶の中にはない場所だった。

 俺は寝かされているベッドから上半身を起こし、周囲をよく観察する。

 床には細やかな柄の入った絨毯が引き詰められ、天井のシャンデリアやアンティークの家具からはセンスの良さを感じた。

 清掃も隅々にまで行き渡っており、この家主の生活水準の高さが伺える。


「お目覚めになられましたか」


 声がした方に振り向くと、部屋の入り口にクラシックなメイド服を着たショートカットの女の人が立っていた。


「少々お待ちください」


 メイドの女性はお辞儀をし、部屋を出ていく。

 それからほんの少しして、メイドさんは車椅子に乗った可憐な少女を押して戻ってきた。


「はじめまして、私は、シャルロット・アルディス・ローエンシュタリエと申します、貴方のことを伺ってもよろしいでしょうか?」


 少しはにかむ彼女の髪は、俺の居た日本では見たこともない美しい銀髪だ。

 その一本一本が上等な絹糸のようであり、窓から入ってくる風に揺れるとその輝きがより一層強調される。

 見るからに彼女は日本人ではないが、なぜか言葉が通じるのは有難い。


「はじめまして、私の名前はさかき 惣右介そうすけと申します、苗字がサカキで、名前がソウスケです、学生で歳は16歳になります」


 部屋に入ってきた時から彼女の瞼はずっと閉じられている。

 その理由は不明だが、おそらくそのせいで車椅子に乗っているのだろうと推測ができた。


「まぁ、サカキ様は私と一歳違いなのですのね、私は今年で17歳になります」


 俺の年齢を知った彼女は花の咲いたような満面の笑みを向ける。


「どうか、私の事もシャルロットとお呼びくださいませ、ところで、サカキ様は何故ここにいらっしゃるのかはお分かりになりますか?」


 先程から思考をフル回転させているが、何故ここに来たのか、その前後の記憶が綺麗さっぱり抜け落ちているようだ。

 普段の生活や学校での記憶、家族の事、自分の素性などは全て覚えている。

 でも、今の状況と、日本にいた時の状況が繋がらない。

 昨日まで普通に暮らしていたのに、気づいたらここに居た。

 普通なら戸惑う状況だが、思ったより平常心で対応できていると思う。


「すみません、どうしてここにいるのか全く見当がつかなくて、申し訳ないですが、ここが何処なのかも教えていただけるとありがたく思います」


 今、俺がすべき事は彼女からできるだけ多くの情報を得る事だ。

 現在の自身の状況の把握し、どうしてここにいるか、俺に何があったのかの情報を得る事。

 彼女の髪色や外に見える風景からして、どうみてもここが俺が居た地球とは思えない。

 ここから自分の居た場所へと帰還する方法を探すことも重要だろう。

 もし帰還できない場合、どうやって生活をしていくかのも課題になる。


「そうでしたか、サカキ様はこのお屋敷の裏庭で倒れていたのをメイドのグレースが見つけて、庭師のジャンじいがここまで運んでくれたのです」


 俺はグレースさんにお礼を言うと、どうかお気になさらずと返された。

 後でジャンさんという方にもお礼を言おう。


「あと、その時サカキ様のそばに落ちていた黒いバッグと黒塗りケースはクローゼットの中に入れてあると聞いています」


 通学カバンの事だろう、ケースについても見当がつく。


「申し訳ありませんが、その際、身分の確認のためとはいえ、中身を拝見させていただきました」


 まぁ、敷地内に不審者が倒れてたら普通はそうするだろう。


「それとここの場所は、エルライン公国の水都ハイドランジアになります、場所はわかりますか?」


 俺は首を左右に振る。

 やはり、どちらも聞いた事のない地名だ。

 予想通りここは異世界と呼ばれるところだと思われる。


「質問なのですが、日本、もしくはジャパンという地名や、地球という単語を聞いたことがありますか?私の故郷に繋がる場所なのですが」


 もし、過去に自分と同じような状況の人間がいれば何か記録を残しているかもしれない。

 考え込むシャルロットさんに、グレースさんが耳打ちする。


「もしかしたら、サカキ様は渡り人ではございませんでしょうか?」


 渡り人とというのは、世界を渡ってきた異世界人の事で、過去に何度かそういった人達が此方の世界に来ているようだ。


「おそらくそうだと思います、僕のいた世界では、シャルロット様のような美しい髪色の女性を見た事がありません」


 彼女は唇を薄く開き、少し驚いた表情を見せる。

 隣のグレースさんも口を開け目を見開いている事から、俺の発言に何か問題があったようだ。


「すいません、私の発言に失礼があったのでしたら謝罪いたします」


 シャルロットさんはお淑やかな印象を脱ぎ捨て、首を大きく横に振る。


「サカキ様が謝罪される事はなにもありません、少し驚いただけなのです...その...殿方にこの髪色を褒められたのは初めてでしたので」


 シャルロットさんが頬をほのかにピンク色に染めるのにつられて、俺も気恥ずかしくなる。

 彼女の容姿もそうだが、所作の美しさ、物腰の柔らかさ、その全てから上品さを感じられた。

 一瞬、見惚れてしまった俺はグレースさんの咳払いによって思考を引き戻される。


「それと、助けてもらった手前、非常に申し上げにくいのですが、住み込みで働ける職業などご存知ありませんでしょうか?」


 帰還をするにしても、生活をするにしても、まずはお金は必要だろう、

 そして、おそらく彼女は貴族だ。

 この世界に伝手のない俺が普通に職を探すより、貴族である彼女を頼った方が可能性が高い。

 俺は彼女に帰還するにしても現時点では難しいと思われる事、お金がない事など、現在わかり得る範囲で事情を説明した。


「まぁ、それでしたら、ここで住み込みで働いてみませんか? ちょうど男手が欲しいと思っていたのです」


 余りにも有難い申し出に俺は即答する。

 普通ならこんな不審者、庭で倒れていても放置するか、どっかに突き出すのが普通だ。

 それなのに、助けてもらった上、生きる術まで与えてくれる。

 この恩義は、俺が日本に戻る前に絶対に返そうと心に誓う。


「有難うございます、こちらこそよろしくお願いします、でも、本当によろしいのでしょうか?」


 俺はちらりとグレースさんの方を見る。

 その意図を悟ったグレースさんはニコリと微笑む。


「サカキ様、私もお嬢様に拾われた身なのです、過去に同じように助けられた者として何が言えますでしょうか」


 彼女は反対すると思っていたが、理由を聞いて納得した。

 俺はほっと胸をなでおろす。

 

「では、決まりですね!今日はもう遅いので仕事は明日からにしましょう、ところで、食事はどうなさいますか?」


 食料にあてのある俺は、食事の申し出を断る。


「では、サカキ様もお疲れでしょうし、今日はご自愛くださいませ」


 俺は彼女の厚意をありがたく受けることにした。


「わかりました、それと、雇用主のシャルロット様がサカキ様というのは些か違和感があるのですが」


 仕える人から様づけで呼ばれるのは違和感しかないし、なによりも俺が気後れする。


「確かに言われてみればそうですね、では改めて、明日からよろしくお願いしますねソウスケ」


 これは不意打ちだ。

 てっきり“サカキ”と呼び捨てにされるのかと思っていただけに、ここで下の名前で呼ぶのは反則だろう。

 呆気にとられた俺に微笑んだシャルロット様の可憐な笑顔を、俺は一生忘れない。


 思えばこの時、いや、初めて彼女を見た時に俺はすでに堕ちてたのかもしれない。

 これが俺とお嬢様の始めての出会いだった。







 2人が部屋から出たあと、俺はベッドから立ち上がり窓から屋敷の外を眺める。

 水都と呼ばれているだけの事はあり、街の中には整備された水路が張り巡らされとても幻想的だ。

 イタリアのヴェネツィアに近いだろうか、時刻は夕刻を回っており、オレンジの日差しを反射する水面はとても美しい。


「家族は元気にしているだろうか?」


 日が沈み、薄暗くなっていく情景が俺の心に影を落とす。

 もしこのまま戻れなかったら、という不安な気持ちが自分の中に押し寄せていく。

 俺はそんな気持ちを紛らわせようと窓を開けると、心地のいい風が駆け抜ける。

 窓の外の風景をよく見ると、街に暮らす人々の賑やかな喧騒が垣間見えた。


「まずは、この世界のことを知らなきゃいけないな」


 暗闇に沈みゆく街並みにガス灯がともっていく様をみて、沈んでいた気持ちが再度浮上していく。

 俺は窓から離れ、ベッドの隣にあるクローゼットの扉を開ける。


「俺のバッグと、これもこっちに来てたのか」


 まずは、クローゼットの中にある黒いバッグを取り出し、ファスナーを開け中身を確認する。

 中には学校で使う教科書や体操服などが入っていたが、この世界では使い物にならないだろう。

 俺はバッグの中から目的のポーチを見つける。


「日本に帰ったら母さんに感謝しないとな」


 ポーチを開けると、中には絆創膏や傷薬、胃薬、風邪薬といった物がパンパンに詰まっている。

 心配性の母は、もしもの時にと言って持たせてくれていたが、まさか、こういう展開で必要になるとは思っても見なかった。

 俺は他にもいくつか使えそうな物を確認した後、必要な物を取り出し、バッグのファスナーを締める。


「これも身につけておいた方がいいか」


 バッグにつけられた妹からもらったお守りを取り外し、シャツの胸ポケットにしまう。

 これは、高校受験の時に妹が買ってくれた安全祈願のお守りだ。

 普通ならそこは学業なのだが、妹には試験より事件や事故の方が気がかりと言われたのを覚えている。

 おかげでそういった類の事には巻き込まれず、無事に希望する高校へと合格できた。


「こんなもんだな」


 俺はバッグをクローゼットに戻し、隣の黒塗りのケースを床の上に横置きにして、ゆっくりと蓋を開ける。


「よぉ相棒、お前も異世界に来てくれるとは心強いよ」


 ケースの中から、そっとヴァイオリンを取り出す。

 俺は3歳の頃からヴァイオリンとピアノを習っていたが、進学先の学校にはオケ部がなく、その時、声をかけてくれた吹奏楽部の先生との取引で、部活のピアノの演奏を引き受ける代わりに、放課後の学校で好きなだけヴァイオリンを弾かせてもらった。


「俺も弾きたいが、少し我慢してくれよ」


 本体と弓の状態を確認した俺は、ケースに入れておいた簡易折りたたみスタンドを展開してそっと立てかける。


「さてと、食べれるといいんだがな」


 俺は、バッグの中から取り出した水筒とモスグリーンのタータンチェックの風呂敷包みを手に取り、テーブルのある場所へと向かう。

 水筒からお茶を出し一口飲むが匂いも味も問題なかった。

 次に風呂敷包みを解き、中から弁当箱を取り出す。

 朝早くに父さんが作ってくれた奴だ。

 父さんは料理が得意で、いつも早起きして俺たちの弁当を作ってくれていたのを思い出す。


「これが腐らないなら、本当はとっておきたいんだけどな」


 蓋を開けると、中には卵焼きにウインナー、ミニハンバーグに唐揚げと男子高校生の王道のメニューが揃っている。

 時間が経ったせいか少し痛んでいるが、食べるのに問題はないようだ。

 もしかしたら、これが俺の最後に食べる日本食で家族の味になる。


「頂きます」


 俺は作ってくれた父さんに感謝しつつ、家族のことを思いながら一つ一つゆっくりと味わいながら食べた。


「ご馳走さま」


 俺は弁当箱に両手を合わせ片付ける。

 明日どこかで水洗いしよう。

 弁当箱を片付けた俺は、新品のノートを取り出し新しく日記をつける。

 もし、このノートが家族の元に届かなくても、俺以外に日本から来る人がいればその人の手助けになるかもしれない。

 後々の事を考え日記をつけ終えた俺は、クローゼットから用意してくれていた寝間着を取り出して着替える。

 軽くストレッチした後にベッドに入ると、疲れていたのか直ぐに意識を手放した。







 朝早くに目が覚めた俺は、部屋の移動のために再び荷物を一纏めにする。

 ここは客間なので、今日からは使用人用の部屋に移る予定だ。

 使ったベッドを整え、寝間着は畳んでベッドの上に置く。

 それでも時間に余裕があったので、昨日の夜できなかった分の日課の筋トレを軽くこなした。


「おはようございます」


 一通りメニューをこなすと、グレースさんが部屋を訪ねてきた。


「おはようございます、グレースさん、すみません、こんな格好で」


 上半身裸の俺は、タオルで軽く浮き出た汗を拭う。


「少し早めに起こしにきたのですが、問題ないようですね」


 グレースさんは周囲を見渡すと、満足そうに微笑む。

 ちゃんと部屋の中を綺麗にしてたのがよかったみたいだ。

 何故だか、この人はあまり怒らせない方がいい気がする。


「ありがとうございます、できれば食事前に体を拭きたいのですが」


 俺はタオルを畳み、シャツを羽織る。


「それでしたら使用人用のシャワールームがありますよ、案内しましょう、ついでに部屋の移動もするので荷物を持って後をついて来てください」


 机に置いてあった備え付けの筆記用具が、ボールペンやサインペンではなく万年筆だった事や、部屋にある窓が板ガラスだった事、そして、シャワールームがあるという事は、文明的には19世紀レベルだろうか。

 仮定異世界だと考えて、この世界の文明レベルの把握は重要だろう。


「わかりました」


 俺は纏めていた荷物を持つと、部屋を出た彼女の後をついていく。

 客間のある2階から、使用人の住む屋根裏部屋へと案内された。

 俺は床に荷物を置き、部屋の中をぐるりと見渡す。

 部屋の中にはベッドとクローゼット、机に本棚まであり、家具は一通り揃えつけられていた。

 天窓からは朝陽が差し込み、部屋の中は思ったより明るい。


「では、シャワールームに行きましょう」


 屋根裏部屋から出て再び2階に戻り、シャワールームの前に案内される。

 中には石鹸とたらいがあり、ここでタオルとかを洗ってもいいようだ。


「食事場所は1階になります、シャワーが終わったら下に降りて来てください」


 俺は案内をしてくれたグレースさんにお礼を述べた。







 シャワーを浴びた俺が1階に降りると、グレースさんにダイニングへと案内される。


「おはようございます、ソウスケ」


 今朝のシャルロット様は、綺麗な銀の髪をブルーのリボンで纏め、リボンと同じブルーの差し色が入った城のドレスを着ている。

 相変わらず綺麗な人だ。

 昨日の落ち着いた色合いのモスグリーンのクラシックなドレスも良かったが、今日のような深窓の令嬢を思わせるスタイルもよく似合っている。


「おはようございます、シャルロット様」


 俺は腹部に左手を当て、右手を後ろに回しお辞儀をする。

 普通、使用人はご主人様と食事を取る事はない。

 しかし、シャルロット様の気遣いで、当面の間は彼女とともに朝食を取る事ととなった。


「よく眠れましたか?」


 俺が着席すると、テーブルの横に食事が乗せられたカートが運ばれてくる。

 給仕をしてくれているのは、小学生くらいの男の子と女の子だ。


「はい、朝までぐっすりと休むことができました、感謝いたします」


 目の前に、焼きたてのパンやスコーン、ハムにチーズ、オムレツなどが並んでいく。

 料理の説明を聞く感じ俺の知る洋食と同じようだが、フルーツなど知らない食材も多くあった。

 グレースさんは、目の見えないお嬢様の隣で食べ物の位置を口頭で伝える。


「それは良かったです、ところで、仕事の内容ですが、ソウスケは今日からフットマンとして仕えて貰います」


 仕事内容は主に屋敷内の力仕事や、シャルロット様が外出する時に同行する事だ。

 通常であればバトラーと違ってフットマンの仕事は多いはずだが、俺が不慣れである事も考慮してくれたのだろう。

 そういう気遣いが心にしみる。


「勤務時間は朝食後から夕食後の間、休みは3日ごとに1日休日を挟みます、また、勤務時間以外はご自由にお過ごし下さい」


 思ったより自由になる時間が多い。

 勤務時間が終わった後に、書庫の本を借りて調べ物ができるし、外に出で街をうろつく事もできる。。

 給金も、俺にお金がないのを知ってか、準備金という名目で幾らかいただいた。


「さて、食事も冷めますし、まずは食事を頂きましょう」


 シャルロット様がフルーツを頂いているのを確認して、俺もフルーツを最初に食べることにした。

 花びらのように広がった白いフルーツにフォークを刺すと、刺した場所からリンゴの蜜の部分のように半透明になっていく。

 一体どういう事なのか全く理解できないが、滴る蜜には抗えず、躊躇なく口の中に放り込む。

 スッキリとした果汁が口を潤し、さわやかな香りが口の中に広がる。

 俺が初めて食べた異世界の食べ物は、とてもジューシーで甘かった。







 食事を終えた俺はお嬢様をその場に残し、グレースさんにキッチンへと連れて行かれる。

 キッチンの奥にあるテーブルでは、同僚と思わしき4人が座っていた。

 通常、使用人はここで食事を取るのだろう。


「では、1人づつ自己紹介をお願いします」


 グレースさんが横に捌けると、先程給仕してくれた小学生くらいの男の子が手を挙げ席を立つ。


「はじめまして!お兄ちゃんと同じフットマンのルカです、僕の方が先輩なのでなんでも聞いてね!」


 元気いっぱい挨拶をしたルカは、水色の髪に猫耳が生えている。

 揺れる尻尾を見ながら、やはり、ここは異世界以外の何物でもないなと確信させられた。

 ルカは白いシャツの上に黒い燕尾タイプのベストを羽織り、胸元には黒のリボンタイをつけている。

 下はベストと同じ黒い膝上のハーフパンツに同系色のハイソックスを履いていた。


「ルカの双子の姉になるメイド見習いのキアラです、よろしくお願いします、お兄ちゃん」


 姉弟のキアラの髪色も水色で、当然のごとく猫耳と尻尾が備え付けられていた。

 グレースさんと同じクラシックなメイド服をきており、スカートは靴が見えるくらいの長さである。

 ルカと同じ澄み渡る青空のような瞳は、日が陰る場所で見ると星空のように輝く。

 この子もあと数年もすれば、シャルロット様のように美人になるだろうなと予感させた。


「シェフのスティーヴだ、よろしくな坊主」


 でかい、俺も身長は183cmあるのだが、スティーヴさんはそれよりもでかい。

 間違いなく190cmは超えているだろう。

 年齢は40代くらいで、中年だが引き締まった肉体をしている。

 白いコックコートを身にまとい、料理の邪魔にならないように黒い髪を後ろで縛っていた。


「庭師のジャンじゃ、みなからはジャン爺と呼ばれおる、元気になったようで何よりじゃ」


 倒れていた俺を運んでくれたのが庭師のジャン爺だ。

 ジャン爺は小柄だが、どうやって俺を運んだんだろう。

 白いふさふさのヒゲが特徴的で、長くつに手袋、シャツの上からエプロンを羽織っている。

 頭の上には手ぬぐいを巻いており、眉毛もふさふさなのでこちらからは目が見えない。

 なんというかマスコット的な可愛さのあるような人だ。


「はじめまして、榊 惣右介です、ソウスケと呼んで下さい、今日からよろしくお願いします」


 俺が挨拶を返すと、グレースさんが再び前に出る。

 グレースさんは少し茶色がかった黒髪で、前下がりのボブカットは清潔感があり、全体的に落ち着いた印象だ。


「この4人に私と家令のジョージを含めた6人が、お嬢様の側仕えとなります」


 ジョージさんは仕事のために不在という事なので、後日改めて紹介という事になった。

 しかし、家令がいない時に勝手に俺を雇ってよかったのだろうか。

 まぁ、俺が気にすることでもないのだがな。


「では、私は仕事に戻ります、ルカ、あとはお願いしますよ」


 グレースさんがシャルロット様のいるダイニングへと帰っていくと、キアラが後をついていく。

 スティーヴさんは洗い場へ、ジャン爺は庭に向かい、俺とルカの2人が奥のテーブルに取り残された。


「では、よろしくお願いします、ルカ先輩」


 年は俺の方が上っぽいが、先に仕えているのはルカだ。

 それに、もしかしたら年齢も見た目通りではない可能性もありえる。


「ルカで良いよ! 先輩だけど歳はお兄ちゃんの方が上だし、僕も同じ見習いだしね!」


 ルカが見た目通りの年齢で、ほっと胸をなでおろす。


「それじゃ、一通り屋敷の中を案内しつつ仕事について説明していくね!」


 俺は、先を行くルカの後ろについてキッチンを後にした。







 一通りルカから説明を受けた俺は、同僚たちと昼食を取っていた。


「ソウスケ、ちょっといいですか」


 昼食が終わると、グレースさんが俺を呼び止める。


「買い出しにでかけるので付き合ってください、ついでに貴方の身分証も作ります」


 願っても無い機会だ。

 休日には街に出てみようと思っていただけに、先に案内してくれるのは有難い。

 俺はグレースさんの後について屋敷を出る。


「道すがらに、ハイドランジアの街について説明しておきましょう」


 グレースさんによると、ハイドランジアは元々は小さな島の集合体だったそうだ。

 その島々の距離が近かった事もあり、橋や道路でつなぎ合わせて水都ハイドランジアは造られた。

 エルライン公国の首都とは、蒸気機関車の通るアーチ橋で繋がっており、ハイドランジアはコーナス湾を挟みエルライン公国の東側に位置している。

 水都と呼ばれるだけあって、整備された運河と島を囲む防波堤はとても幻想的だ。


「街は全部で6区に分かれており、お屋敷があるのは街の中心部にある1区の貴族街にあります、ちなみに、私たちが向かっているのは6区の交流街ですね」


 なお、2区が平民街、3区が貧民街、4区が海洋街、5区が観光街となっており、俺たちが向かっている交流街は街の西側に存在している。

 ちなみに駅を隔てて南西側が交流街、北東側の島の北部に広がるのが5区の観光街だそうだ。

 観光街の方には休日にでも行ってみようと思う。


「着きましたね、ここです」


 グレースさんに案内されたのは、駅のすぐ目の前にある3階建の建物だった。

 建物を見上げると看板らしき物が付いており、なんらかの文字らしき物が書かれている。


「グレースさん、今気づいて申し訳ないのですが、ここで使われている言語を書く事ができません」


 言語が通用するから文字も読めるのではと思っていたが、どうやら一から学ばないといけないようだ。


「わかりました、ソウスケが文字を学べるように手配します」


 本当に、何から何までお世話になりっぱなしで申し訳なく思う。

 俺は、ありがとうございます、とグレースさんにお礼を述べた。


「気にしないでください、フットマンとして雇われるなら必要事項です、それより建物に入りましょう」


 俺はグレースさんの後に続いて建物の中に入る。

 建物の中は騒がしく、椅子に座った人たちがテーブルを挟んで談笑していたり、掲示板の前に人だかりができていたりした。

 俺たちはその間をぬって、壁際のカウンターの前にたどり着く。


「身分証の新規発行をお願いします」


 グレースさんが声をかけると、ボサボサ髪の無精髭を生やした中年のおっさんが振り返る。


「はいよ、それじゃ準備するからこれ書いたら、しばらく椅子に座って待っててくれ」


 受付の男が用紙を差し出すと、グレースさんはスラスラと文字を書き、用紙を男に返す。

 男はその用紙を持って奥に引っ込む。

 俺たちは、指示されたカウンターのすぐ横にあった壁際のベンチに腰掛ける。


「ここは役所になります、行政に関わる事の窓口は大抵ここなので覚えておいてくださいね」


 窓口など分からない事があれば、入口の横にある案内所で聞けば教えてくれるそうだ。


「おまたせしました、こちらにどうぞ」


 先ほどの受付の男性とは別の女性が、俺たちを別の部屋へと案内する。


「それでは、魔法陣の上に立ってください」


 魔法陣ということは魔法が存在する世界なのか。

 俺はまじまじと魔法陣を見る。


「どうかしましたか?」


 俺が立ち止まっていると、案内してくれた女性が怪訝そうな表情を見せる。


「すみません、なんでもないです」


 気を取り直して魔法陣の上に経つと、足元に描かれた模様が光を放ち浮かび上がっていく。

 すると、目の前に設置された金属の板に文字と思わしき物が浮かび上がる。

 案内してくれた女性がまじまじと覗き込み、書かれている内容を確認していく。


「問題ありませんね」


 確認を終えた女性は、一枚のカードを取り出す。

 それを、文字の描かれた金属の板の前にかざすと、描かれた文字がカードへと吸い込まれていく。


「はい、これで完了です」


 カードを受け取ると、そこには先程書かれていた文字と同じものが描かれていた。

 俺は女性から、カードを絶対に無くさない事、無くした場合はすぐに役所に来る事など、注意事項を口頭で伝えられる。


「ありがとうございました」


 一通り説明を聴き終わると、俺たちはお礼を述べ役所を後にする。

 俺はグレースさんに案内されて大通りを歩く。


「ここら辺の建物は主にギルドですね」


 商売を始めるなら商業ギルド、農業を始めるなら農業ギルドなど、各分野に合わせてギルドが用意されているようだ。


「そして、ここが傭兵ギルドです」


 傭兵ギルドは、実際に傭兵として戦争に参加する依頼も未だにあるものの、大半は個人や商店などの依頼を受けて魔物を討伐したり、依頼された物を調達したり、運搬や護衛など多岐にわたる。

 ギルドの扉をくぐり中に入ると、先程の役所と同じような作りで中も人で賑わっていた。

 人混みを抜けてカウンターにたどり着くと、こちらに気づいた受付の女性が先に声をかける。


「あら、グレースじゃない」


 声をかけた受付の女性は、手を後ろに回しウェーブのかかった長い紫色の髪を纏めていた。


「久しぶりねライラ、この時間にいるなんて珍しいじゃない」


 グレースさんが柔らかい笑みを見せる。


「今日はたまたまよ」


 ライラさんはいつもは夜担当で、日中に受付にいるのは珍しいようだ。


「もしかして傭兵に戻る気になったのかしら?」


 グレースさんは首を横に振る。


「今日はソウスケ、うちの新しいフットマンの登録にきたの、ついでにギフトの確認もしたいのだけど」


 ライラさんは残念がると、グレースさんに用紙を手渡しこちらに体を向ける。

 彼女は隠すつもりもなく、俺を上から下まで値踏みするように見ると、改めて笑顔を作る。


「そっちがソウスケ君ね、はじめまして、私は受付のライラよ、いつもは夜にいるからよろしくね」


 俺はライラさんと握手を交わす。


「はじめまして、サカキ ソウスケです、こちらこそ新参者ですが、よろしくお願いいたします」


 俺たちが挨拶をしている間に、記入を終えたグレースさんが用紙をライラさんに手渡す。

 グレースさんに促されて、カウンターの上に置いてある平べったい板状の金属の上に、先程渡されたカードを置く。

 すると、板状の金属が発光し青から緑へと色が変わる。

 ライラさん曰く、問題があれば赤色、特記事項があれば黄色、未登録は青、問題なければ緑色に発光するようだ。


「登録はこれで終わり、次はギフトの確認ね、こっちよ、ついてきて」


 ここで俺は疑問に思ったことを聞く。


「ギフトについて伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」


 ライラさんがキョトンとした顔をしているのを見ると、どうやらここでは一般常識のようだ。

 グレースさんが、ライラさんに掻い摘んで俺の事情を説明する。


「なるほどね、渡り人なら何かしらのギフトを貰っているかもしれないわね」


 ギフトというのは様々なものがあるそうで、怪我が治りやすかったり、見た物の情報が開示されたり、便利なものが多いようで、それらを持っているかどうかで人生まで変わってくるそうだ。

 基本的には生まれた時から授かった先天型がほとんどだが、後天的にギフトを授かる場合もあるらしい。

 ライラさんに案内された部屋に入ると、市役所で身分証を発行した時と同じく床には魔法陣、壁には金属の板が貼り付けられている。

 ギフトは個人と一部の職員以外には秘匿情報らしく、グレースさんは部屋の外で待つことにした。


「魔法陣の上に立って頂戴」


 俺は先程と同じく魔法陣の上に立つと、下の模様が発光し金属の板に文字が展開する。

 何か書かれているという事は、なんらかのギフトを授かってるようだ。


「ふへっ、セブンホルダー!?」


 間抜けな声を取り繕ったライラさんは、先程までの余裕のある雰囲気を崩し、金属の板に駆け寄り描かれた文字をじっくりと眺める。


「どうかされましたか?」


 振り向いたライラさんは俺の両肩を掴む。


「おめでとう、ギフト7個持ちなんて生まれて初めてみたわ」


 ライラさんの話を聞くと、ギフトは普通100人に1人の割合で授かるものらしい。

 2個持ちのダブルホルダーが1万に1人、3個持ちのトリプルホルダーが100万に1人の割合で、今までに確認できた中では7個持ち、セブンホルダーが最高記録だとされている。


「ただね、貴方のギフトは何かに隠匿されているのか、それともまだ未発見のギフトなのか、文字化けしていて何一つ読めないのよ」


 隠匿というのは、神の悪戯か、こういう事は何度かあるらしく、発動するまで何のギフトをもっているのかわからないそうだ。

 逆に未発見のギフトの場合は、今まで誰も発現していないので情報が開示できなかったという事らしい。


「申し訳ないけど、これ以上はこちらでもわからないし、気長に発動する機会を伺うしかないわね」


 ちなみにギフトが発動すれば、頭の中に声が響くので一発でわかるようだ。


「わかりました、ありがとうございます」


 現状どうしようもないと悟った俺は、ライラさんに礼を述べ部屋を退室する。

 部屋の外で待っていてくれたグレースさんと共に、俺たちは傭兵ギルドを後にした。


「今のところはこんなものでしょうか...あと、ギフト鑑定の際に傭兵ギルドにも登録したので、空いてる時間はギルドで依頼を受けてお金を稼ぐ事も出来ますが、あまり無茶はなさらないようにお願いします」


 グレースさんは、依頼を受けるならどういったものから受ければ良いかをアドバイスしてくれた。


「では、最後に買い物して今日は帰りましょう」


 その後、俺の生活に必要な物と、屋敷の仕事で俺が使う物を調達してもらう。

 終わる頃には少し暗くなっており、街角に並ぶガス灯に火が灯っている事に気がつく。

 俺たちは水路に反射する幻想的な光を横目に、屋敷への帰路に着いた。





 こうやって俺の異世界生活は順調に始まった。

 俺はいつの日か元の世界に帰ることができるのだろうか?

 


読んでくださり有難うございました。

連載用に書き溜めていた奴を放出してます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] すこです もっと読まれろ
2022/07/27 17:22 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ