月は目映し、狂えよ乙女
おはようございます、遊月です。
久しぶりの短編投稿となりました。月が綺麗なある夜のお話です。
では、本編スタートです!
夜風はざわめき、冬の夜の冷たさを更に強めているように感じた。川縁に短く植わった草も、春になれば美しい花を咲かせる桜の木も、対岸に植わった常緑樹の茂った葉も、強く吹き付ける冷たい風にその身を揺らしている。
まるで誰かの悲鳴みたいな風の音だと思った。
気を抜けばどこかに吹き飛ばされてしまいそうな風は、まるでそのなかに氷の粒でも混ざっているのかというくらい冷たくて痛い。
けれど、そんな風の夜も悪くないと思った。
私は、風に遮られて聞こえないくらいのハミングを連れて川縁の小道を歩く。時々ステップを踏んだり、ターンをしてみたり、踊るような足取りも交ぜながら、行けるところまで行ってしまいたい――そんな気持ちで、ただひたすら歩く。
いつもはどっしりと構えて揺らぐことのない大木も、その枝を大きく揺らして冷たい風の痛みから楽になろうとしている。いつもは穏やかな顔をして黙って流れている川だって、ぱちゃぱちゃと音を立てながら、ただ風が吹くのに任せて水面を波打たせている。
悲鳴のような音に紛れて、空気がなにかを大きく振りかぶっているような低い音も聞こえてきて、さながら風のアンサンブルのよう。
「ふふふ……♪」
なんだか気持ちがよくなって、いっそ風とひとつに溶け合ってしまいたくなる。もし今、月明かりのスポットライトが照らす青白い空間のなかで全てをさらけ出したなら、私はこの儚い月の光と、そんな月を愛して月にも愛し返されるこの夜の景色と、ひとつになれるのかな?
暴力的で荒々しい風に全身を蹂躙されて、抵抗すらままならないほどに満遍なく弄ばれて、思わず目尻から零れた涙の一滴すらも無造作に掬い取られながら、その様をじっと月に見つめられ続けるのかな? 草むらに倒されて、せっかく綺麗にしてきた身体も服も、あますことなく滅茶苦茶にされてから、その辺りに打ち捨てられてしまうのかな? この風のような声で何度も泣き叫んで、懇願して、それでも終わりにならない凌辱を受け続けるような気持ちになって、もしかしたら狂ってしまうのかもしれない?
月明かりはあまりにも耽美的で、風はあまりにも暴力的で、足下の草や、前に見える大木や、さっき通り過ぎてきた枯木たちは、あまりにも静的だった。空に小さな点になって輝いている星々はただ遠くて、もしかしたら伸ばした手をサッと掴み取るための見せかけの光なのかもしれないとさえ思った。誰が掴むって? きっと、誰かが。
だって、今日はこんなに月が綺麗な夜。
昔は人が狼になると言われていて、魔力が満ちると信じられていて、潮の満ち引きとかそういうものにも影響を及ぼす、夜にだけひっそり光り輝く大きな扉。それがこんなに美しいのだから、きっと私だけじゃない。
この欲望に身悶えして、蹂躙も凌辱も、それら全てを受け入れてしまいたいほどの感情の昂りが、私だけのものであるわけがない。風にさらわれて、侵されて、私が私でなくなるくらいにまでグチャグチャにした挙げ句に、私を夜空の一部にしてしまう――そんな一方的な暴力を求めるのが私だけだなんて、そんなのあるわけがない。
同じ欲望を持つもの同士が交わり合ってしまうなんて、よくあることでしょう? 心なんて曖昧なものよりも熱く燃えている欲望の確かさを拠り所にして、きっとただ燃えるだけになってしまうことだって、あるにはあるはずでしょう?
そういう望まない形の交わりでさえ、こんな特別な夜には赦されるはずだ。だって、そもそもこんな欲望を持って放置しておけというのが無理だということじゃない。
ただ風が吹き抜けていく。
既に心を風にさらわれた歌声が響く静かな川縁を置き去りにして。
前書きに引き続き、遊月です。
彼女の心は既にさらわれているのかも知れず、もしかしたらその様を見ている私たちも……?
また次回の更新でお会いしましょう。
ではではっ!!




