第07話 常識
腕を包んでいた光は消え、セルフィスの左腕はもとに戻った。
それと同時に腑抜けた声がセルフィスから漏れた。
「えっ!?」
だが、驚いているのはなにもセルフィスだけではない。
シャルネアもまた驚いていた。
驚きに体を固くするシャルネア。
そのシャルネアは驚きつつ、恐る恐る夕日に問う。
「夕日。今のはまさか⋯レベル6の回復魔法『逆行回復』か?」
ゆっくりとした声で確かめるように夕日に問うシャルネア。
かなり緊張した面持ちをしている。
夕日はその様子を察し、慎重に返事をする。
「そう、だけど」
「⋯やはりか」
(何かまずかったか?)
夕日の肯定の返事をセルフィスは聞いていた。
セルフィスは信じられないとばかりに口を押さえ、驚きをあらわにしていた。
「本当に『逆行回復を使ったんですね?』」
「はい。使いました、けど」
「セルフィス。信じられないかもしれないが、実際に腕は治っているんだ。諦めろ」
「⋯そう、ですね」
セルフィスはそう言うと自身の左腕を撫でるように触る。
左腕は紛れもなくここにある。
魔法を使用しなければ腕は戻っていない。
そう考えセルフィスは夕日が『逆行魔法』を使ったと認めた。
だが、なぜシャルネアたちがここまで驚くのか夕日はさっぱりわからなかった。
「なんでそこまで驚いているんだ? 魔法なら誰でも使えるだろう?」
平然とした顔で言う夕日にシャルネアはため息をつき、説明を始めた。
「夕日が使ったレベル6の魔法っていうのはな。この国で使える奴はそういないんだ。正確にはレベル5以上の魔法から極端に発動するのが難しくなる。そして、レベル1の魔法は基本魔法と言われ、誰にでも使うことができる。家で使った『回復』は、レベル1だ。だから、魔法の扱いに秀でていない私でも使えたってわけだ。だが、基本魔法は誰にでも使える分、魔力の消費量が多く、デメリットも大きい。逆にレベルが上がるにつれ魔力の消費量は抑えられ、メリットも大きくなる。と言ってもそれはレベル5まで。レベル6になると魔力の消費量はかなり多くなってくる。レベル10ともなると消費する魔力は計り知れない」
「ということは⋯俺が使った魔法はかなりやばいのか?」
「やばいってもんじゃない。夕日の魔法はいろんな場所から喉から手が出るほど欲しがるほどだ」
「それは⋯まずいな」
「それと、セルフィスが使った『聖焔」は、光属性の浄化魔法だ。今回は遺体を燃やす為に使ったが、本来は特殊な魔物等に有効な魔法でレベル5の魔法だ。そのレベルの魔法を使えるだけで国の戦力になる」
ここで夕日はようやく事の重大さを思い知らせれた。
系統は違うとはいえ、セルフィスの使う魔法のレベルを超えてしまった。
国家の最高戦力である魔法部隊『マルグリア』の隊員であるセルフィスの、だ。
だからセルフィスは信じられない。
いや、信じたくなかったのだ。
「先程も言ったとおり魔法はレベル6以上になってくると魔力の消費が激しくなってくる。噂によればレベル5に必要な魔力の5倍は必要になってくる」
夕日はシャルネアが言わんとしていることを理解していた。
「ああ。魔力なら別に大丈夫だ」
「ん? どういうことだ?」「どういうことですか?」
この説明をするにあたってセルフィスにはどう言うべきか考えていた夕日だったが、魔法を使った以上事情は少しでも話すのが筋。
シャルネアたちに問われ、少し考えるために黙っていた夕日は口を開いた。
「俺は特殊スキルを持っていてそのスキルが関係しているんだ」
この説明はセルフィスのためのもの。
シャルネアは夕日から語られる次の話を待っていた。
「そしてそのスキルは魔力を必要とせず魔法が使えるというものだ」
「はっ!?」「えっ!?」
これには二人とも声を出して驚いた。
シャルネアは「なんだそれ」と呆れ顔、セルフィスは一切動かずに固まっていた。
「夕日。それは聞いていないぞ」
「言う必要はないかと思って。それに条件付きだし」
「条件付きじゃなかったらそのスキルで神になれるぞ」
神という単語を入れ、軽く皮肉を言ってきた。
(誰があんな神になるものか)
シャルネアと会話をしていた夕日だったがセルフィスはまだ動いていなかった。
「おい。セルフィス。現実に帰ってこい」
「⋯」
「おい。おい。セルフィス!!」
呼んだり、頬を軽く叩いたりしたがここまでしても戻ってくる気配がない。
仕方ないので肩を揺さぶる。
揺さぶると首に力が入っていないのか頭がグラグラものすごい勢いで揺れた。
「これ大丈夫か?」
「死んではないと思うが」
セルフィスが生きているのか二人とも自信がなかった。
「わっ!? え、え? どうしましたか?」
「どうしたか、じゃないぞ。本当に心配したぞ」
セルフィスが生きてたことにより二人は安堵の溜息を漏らす。
「それにしても夕日さんはすごいスキルをお持ちなんですね」
「まあ、色々あって、な」
夕日は多くは語らなかった。
さすがに神のことまで言うのはためらわれた。
セルフィスは途端、表情を暗くし下を向く。
「⋯私だけ生き残って、しかも失った左腕まで治って⋯本当に良かったんですかね」
「セルフィス⋯」
「でも、そんな事言ったって死んで仲間達に失礼ですよね」
そう言いセルフィスの表情は暗いものから明るいものへと変わった。
「仲間の遺体を灰にする前、皆が私の前に現れて俺たちが死んだのはセルフィスのせいじゃない、だから俺たちの分まで生きてくれって、そう言われたんです。だから、私は前を向いて生きていこう。そう思えるんです」
セルフィスの話を聞いていると、収まっていた温かい心が蘇った。
だが、頭の中にアンスの声はせず、魔法を発動することできなかった。
(そういことか。俺はあの時、セルフィスと仲間の絆を感じていたんだな)
夕日は心が温かくなった時のことを思い出していた。
あの時セルフィスは周りをキョロキョロ見ていた。
信じられないかもしれないが、それは、仲間たちがすぐ側にいたからなのだろう。
それを夕日は直感的に感じ取り、心が温かくなっていた。
「それでセルフィスこれからどうする?」
「私は、これから王都に戻ろうかと。それで、魔物を討伐した報告に私と一緒に王都に来てもらえませんか?」
ここまで魔物を討伐しに来たセルフィスたち『マルグリア』だっったが、結局魔物を倒したのはシャルネア。
魔物を倒せなかったら、もしかすると大変なことになっていたかもしれない。
それも国にとって危機になるほどの。
セルフィスそれとは別にもう一つ考えていることがあった。
シャルネアは強い。
それに今後魔法では倒せない敵が現れる可能性も決して低くはない。
それを考慮して王都で武術を教えてほしい。
そういう思惑もあった。
「別に構わんが⋯」
セルフィスがそんなことを考えているとは露知らず、了承するシャルネアだったがどこか浮かない表情をしていた。
「どうしたんだシャルネア?」
「いや、何でもない」
「?」
(シャルネアのやつ、どうしたんだ?)
その時セルフィスはというと仲間たちの遺体を燃やした場所で、手を合わせていた。
仲間たちへの弔いを終え、セルフィスは持っていた袋の中に灰を入れていく。
灰は小さい袋に全部入っていった。
灰を入れ終えたセルフィスは、しっかりと前を向き元気な声で発する。
「あ、それで俺はどうすれば」
「夕日も一緒に連れて行っていいか?」
「別に構いませんよ。それに、夕日さんにはお礼もしなければいけませんからね」
セルフィスの夕日に対するお礼というのは左腕のこと。
失っていた左腕を戻してくれた。
それは、感謝してもしきれないだろう。
「それでは行きましょうか」
仲間たちの死に場所を背後にし、前を向く。
そして王都へ向け、3人は疲れを出発した。
空は赤く染まっていた。
今回いかがだったでしょうか。
次回は王都に着くところからです。これから王都での話になります。