第13話 家族
夕日は目の前に立っている男性を不思議な目で見ていた。
(誰だこの人?)
夕日の目の前に立っているのはシャルネアがずっと見ていた男性。
おそらくシャルネアの知り合いなのだろう。
(シャルネアの知り合いなのかもしれないけど、知り合いを見つけてあんな表情をするかな)
夕日はその男性を見ていたシャルネアの表情を思い出していた。
シャルネアの暗く固い表情。
そんな表情を夕日は今まで見たことがなかった。
「あの、俺に何か用ですか?」
夕日はとりあえずその男性に用件を聞くことにした。
夕日の尖った口調で放たれた言葉を聞きその男性はゆっくりと口を開いた。
「君が倒したあの青年ディルナンドはな、国家の最高戦力であるマルグリアの隊長、言わばこの国の頂点。魔法は使えないとはいえ、そんな彼が見ず知らずの君に倒されたとあっては彼に色々指導してきた身として面目が立たん。そこでだ私と魔法有りで勝負してくれんか、もちろん本気で。さっきの試合を観ている限りまだ本気ではないのだろう」
夕日は確かに本気を出していない。
手加減をしなければディルナンドは死んでいたからだ。
その事実は数々の戦闘を行ってきたシャルネアの記憶からも、シャルネアが魔物を倒したところを見ていた夕日の記憶からも明白だった。
「だとしても、俺が戦う理由はないはずです」
男性には戦う理由があるかもしれない。
だが、夕日には何のメリットもない。
男性は夕日の返答を聞き、軽くため息をついた。
「なぜ今まで武術があったのにも関わらず、魔法の方が優先されてきたかわかるか?」
重い声で話しを始めた男性に夕日は気圧され、体が固まる。
「なぜなら魔法の方が強いから。武術では魔法に勝てないのだよ。それが理由だ。私の友に魔法に勝てないのをわかっていながらもずっと武術をやり続けていた者がいたよ。まあ、そのお陰で私たち家族は助かったのだが⋯おっとすまんな名前を言っておらんかったな。私の名前はダナトリア・タースだ」
「なっ!?」
その男性の名前を聞き、夕日は妙な苛立ちを覚えた。
(これがシャルネアのお父さん。あの表情はそういう事か)
シャルネアを子供の頃居ないものとして扱っていた者の1人。
夕日は15の頃に親を亡くしている。
だからこそ親を失う気持ちは痛いほどわかっていた。
だが、夕日は15歳。
対してシャルネアは5歳の時から既に親と呼べるものはもういなかった。
そしてそれはシャルネアを家出させてしまうほどに追い詰めてしまった。
その事に夕日はどうしても苛立ってしまう。
自分の心がどんどん怒りに染まっていくのがわかった。
「俺の名前は龍崎夕日。そして、シャルネア・タースの弟子だ!!お前の話しを聞いて戦う理由ができた。俺が勝ったらシャルネアに謝れ!!それが条件だ」
夕日の感情は怒り染まっていた。
ただ、この世界に来たときのように体から魔力が漏れ出す、なんてことにはならなかった。
あのときの夕日はただただ内にある怒りを神にぶつけていた。
ただ、今回はシャルネアの為の怒っている。
そのせいか、感情はしっかりと制御されていた。
夕日の対戦受諾返事を聞いていたダナトリアは娘の名前が出てきたことに大変驚いていた。
「そうか、娘は無事か」
(何を、言っているんだ?)
娘の名前を聞いたダナトリアから聞こえたのは安堵の声。
そのことが夕日の怒りを更に加速させた。
《闇属性魔法の使用権限を与えます》
途端、脳内に魔法使用許可のアナウンスが響いた。
《なお闇属性魔法の精神干渉系統に限ります》
〈精神干渉系って?〉
《その名の通り相手の精神に干渉する魔法だ》
〈なんか危なそうだな。⋯それで何が使えるんだ?〉
《それは⋯》
意識が現実に戻ってくる。
「早く勝負をしましょう」
夕日の口調は尚も尖ったまま。
その怒りをこめた夕日の声にダナトリアは非常に申し訳なさそうな顔をしていた。
「シャルネアには後できっちりと謝らせてもらう。だが魔法師としてこの勝負、負けられない」
お互い、先程まで決勝戦が行われていたコートに入る。
そのコートには夕日とダナトリア、それと慌てふためく審判。
「審判。合図を」
「は、はい。で、では試合を開始します」
ダナトリアの声に審判はビクッとはね、軽くパニックになりながらも試合開始の宣言を言う。
「それでは、始め!!」
夕日は試合開始と同時にアンス様に教えてもらった魔法名を唱える。
『殺気』
夕日が魔法名を唱えた瞬間、ダナトリアの動きが止まる。
夕日が使った魔法は文字通り殺気を放つ魔法。
だが、夕日が放った殺気は魔法で作った擬似的なもの。
「殺される」と相手に強く錯覚させ怯ませる精神干渉系の魔法。
相手が殺気に耐えきれないと死んでしまうこともあるらしい。
殺しの達人なら殺気を出せるかもしれない、だが夕日は人を殺したことがない。
だから夕日には殺気を出すことができない。
一応シャルネアの記憶の中に人を殺した記憶はあるが、実際に体験していないのでやはり殺気を出すことはできない。
『殺気』でダナトリアの動きが止まったのはほん一瞬だった。
「これは殺気か!?」
ダナトリアは夕日の放った殺気に耐えた。
これだけでダナトリアがどれだけ強いのかわかる。
でも、一瞬とはいえダナトリアの足を止めることができた。
すかさず夕日は『纏魔』を使用。
『纏魔』使う、それは魔力を体に纏うということ。
そうして体に纏った魔力がいつもと違うことに夕日は気がついた。
普通、魔力は無色。だが今纏っている魔力は禍々しい黒いオーラを放っていた。
(何が起こっているんだ?)
シャルネアの記憶にもこんなことは1度もなかった。
《それは今、怒りの感情になり、闇属性魔法が使えるようになっている。その影響で夕日の体内にある魔力も闇属性になっているんだ》
〈なるほど。それでこれには何か効果でもあるのか?〉
《すまん。それはわからない》
〈そうか〉
《それより、今はあいつを倒すことを考えろ。あいつは強い。油断はするなよ》
アンスの忠告で会話は終わり、意識が現実に戻る。
夕日は魔力を纏った状態のまま、動きが止まっているダナトリアに詰め寄る。
「ほう『纏魔』を使えるのか。だが、魔法が使えることを忘れるなよ」
なぜダナトリアが『纏魔』のことを知っているのか夕日は気になったが、相手はすぐ目の前、思考を切り替え、突き進む。
だが、夕日がダナトリアに迫る中、ダナトリアは魔法を唱えた。
『炎柱』
ダナトリアが魔法を唱えた直後、夕日の今いる地面に魔法陣が出現する。
(これはやばい)
直感でそう判断し、避けようとする。
だがダナトリア目掛けて走っていた夕日。
勢いのついた体のベクトルをいきなり変えることは不可能。
そう判断し咄嗟に体を捻る。
その直後勢いよく魔法陣から炎の柱が上がった。
夕日の服を少し焼き、炎は勢いよく上がっていく。
間一髪避けられたものの「纏魔」により身体能力の強化を行ってなければあのまま負けていた。
(これが魔法師との闘い⋯)
気を抜いたら速攻で負けてしまう。
魔力により炎も威力は軽減されたが、当たったらひとたまりもない。
相当の魔法の使い手だ。
夕日は無闇に攻めずに、一度距離を取る。
ダナトリアも一度距離を取った。
ダナトリアはもう完全に動けている。
(これで振り出しか)
それからは完全な膠着状態。
二人とも攻めあぐねていた。
攻撃をどちらが先に仕掛けるのかを。
この試合を見ている観客たちの視線が2人に集中する。
そして遂にその均衡が破られた。
破ったのはダナトリア。
ダナトリアは先ほどと同じ魔法を唱え、夕日のいる地面に魔法陣が浮かび上がる。
夕日は、魔法陣を確認し、右に避けた。
だが、夕日は重大なミスを犯した。
ダナトリアが唱えた魔法は一つではない二つだったのだ。
その事に気づいた時はもう遅かった。
避けた先の地面に浮かび上がる魔法陣。
(しまった!!)
夕日は纏っている魔力を下方面に集め、魔力の密度を高め魔法をなんとか防ごうとする。
そして、魔方陣から勢いよく炎が上がった。
夕日の体は炎に包まれた。
(危なかった)
夕日はダナトリアの魔法を防ぎきった。
反撃するためにダナトリアの姿を探すが、全く見当たらない。
(どこだ?どこいった!?)
キョロキョロとダナトリアを探す。
すると、強い衝撃が頭の上から襲ってきた。
「かはっ!!」
夕日はそのまま地面に倒れ、起き上がることはなかった。
それを見た審判は戦闘不能と判断し、夕日は負けた。
「いい試合だった」
ダナトリアはそう言うと夕日に回復魔法を唱える。
すると体が動かせるようになってきた。
ダナトリアが手を差しのべてきたので、不本意だが夕日は手を借り立ち上がった。
(なんでこんな強いのにシャルネアを見捨てたりしたのだろうか)
夕日は踏み切ってダナトリアに質問してみようと思った。
「何でシャルネアを居ない者として扱っていたんですか」
「どういうことだ?」
「どういうことも何も貴方たちがシャルネアのことを居ない者として扱っていたって」
「なんのことだ?俺たちはそんなことしてないぞ」
「え?」
(どういうことだ?)
話しが噛み合わない夕日とダナトリア。
更に詳しく聞いてみることにした。
「じゃあ、なんでシャルネアが通っていた道場を潰したんですか」
「ああ、それはあいつとの約束だからな。奥義を継承したら自分の道場を持つ決まりになってるからって、だから俺の道場を壊してくれって」
「は!?」
シャルネアの方を向き、来いと促す。
シャルネアの表情は依然として暗いまま。
観客席からゆっくりとこちらに歩いてくる。
ここにシャルネアがいると思っていなかったのか、ダナトリアは慌てていた。
シャルネアはダナトリアの前に立ち、止まった。
「どういうことだ?」
夕日は改めて聞き直す。
「シャルネアは俺に子供の頃、居ないものとして扱われてたんだよな?」
「あ、ああ」
シャルネアと思えない弱々しい返事。
それに夕日は心配せざるを得なかった。
「ダナトリアさんどういうことですか?」
「それについては俺たちタース家は代々魔法の一族。毎日魔法の研鑽に明け暮れる日々。そんな俺達が魔法を使えないシャルネアにどう接すればいいか全くわからなかった。親としてそれではだめだと思い、積極的にシャルネアに関わっていこうと思いました。だがちょうどその時シャルネアが家出し、俺の友人のやってる道場に泊まり込みで修行しに行ったので俺たちが育てるよりも友人が育てた方が幸せになれるんじゃないかと思い、そのまま放置していました」
シャルネアの話とほぼ同じだが中身が全く違った。
ダナトリアにも色々理由があったのだ。
だが、それはシャルネアを今まで放置していい理由にはならない。
それはダナトリアわかっていた。
「でも、こんなことじゃ親として失格だよな。すまん、シャルネア。今まで一人にさせて」
ダナトリアは腰を深々と折り、シャルネアに謝辞を述べる。
それを見てシャルネアは暗い顔を驚きの表情に変えた。
ダナトリアは曲げていた腰を起こし、シャルネアに話しかける。
「それで、道場はどうだ?ジルスが気にしていたぞ」
「道場?」
ジルスとはおそらく友人で、シャルネアの師匠にあたる人だろう。
「奥義を習得したら自分の道場を持たないといけないんだろう?」
「⋯」
シャルネアはしばし無言になり、表情がいつものシャルネアに戻っていく。
「⋯あのクソジジイそんなこと言ってねぇぞ」
「え、そうなのか?」
「そう言えばあのジジイ色々抜けてやがったな」
かなり厳しい口調で師匠のことを罵るシャルネア。
いつものシャルネアが戻ってきた。
ダナトリアはシャルネアの豹変に意外な顔をしていた。
「それよりもシャルネアが無事でよかった。道場を壊した後、行方がわからなくなっていたからな。探そうかと思ったんだが、ジルスが探さなくていいっていうんでな」
「あのやろう。今度あったら殺してやる」
シャルネアの怖い発言にダナトリア苦笑いをしていた。
だが、急に真剣な顔つきになる。
「シャルネア。無理にとは言わん。また家族一緒に住まないか?」
「⋯遠慮しておくよ。私は一人で生きるのが性に合ってる。でも、王都で武術を教えることになったからまたいつでも会える」
シャルネアは今、とても柔らかい表情をしている。
「えーお取り込み中の所悪いのですが、大会を終わらさせていただきます」
2日間に渡る武道大会は今、呆気なく幕を閉じた。
ダナトリアとの一件の後、王様に呼ばれシャルネアと夕日は王城に来ていた。
ちなみにシャルネアはあの騒ぎの後、ダナトリアと一緒に来ていた母親と姉に会って久しぶりの会話を交わしていた。
会っていない時間が開きすぎていて、会話はかなりギクシャクになっていた。
久しぶりの家族の会話。
シャルネアはどこか嬉しそうだった。
(家族ってやっぱりいいな)
夕日は今は亡き親の姿を頭の中に思い浮かべ、密かにそう思うのだった。




