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読みに来ていただいて
有難うございます。
切れが悪くて、
長くなってしまいました。
ジークフリートお兄様と
レオンハルト様……お二人を、
見送った日から、半年が過ぎ、
私は七歳になっていた……。
半年前の、混乱を極めた
お茶会の後、父様も母様も、
兄様達を見送りに行った
あの日の他に、私を王城へ連れて
行く事は無かった。
第一王子が、戯れにでも、
求愛したという噂の少女を、
一目見ようと、母とは別に、私宛の、
お茶会の招待状が舞い込んでも、
両親は相手にする事は無かった。
第一王子本人が不在で、
王様からも王妃様からも、私に対して、
特に何も無かった。
******
この国では、貴族の子共が
七歳になると、子供の正式な
貴族籍の取得手続きをする
義務があった。
成長報告(虚偽では無い証明)に、
親子(子と親族)での登城と
同年代の子供同士の顔合わせ、
交流の意味でのお茶会が、王城で、
年に二回、開催されていた。
国王陛下勅命の、招待状という名の
召喚状……。
漏れる事なく、我が家にもソレは届いた。
朝から気合の入ったお母様の指揮のもと、
メイドのラナをはじめ、侯爵家の優秀な
スタッフに隅々まで磨かれ、香油で整えられた。
お母様がこの日の為に用意した、
淡いスミレ色のドレスを着付けられた。
髪はハーフアップアレンジに結い上げられ、
仕上げに、ジーク兄様から貰った、
紫水晶の髪留めをつけた。
「可愛いな〜、精霊のお姫様だね。」
そう言って、私を抱きしめようとする
お父様を、壊れるから駄目!と、
お母様が止めていた。
お母様とお父様も、主役である子供より、
華美にならない、その場、状況に合わせた、
模範的な服装をしていた。
とはいえ、母と娘は、さり気なく
ドレスの裾に、揃いのレースを
あしらっていた。
二人だけズルいと、父も、
上衣の袖口に、さり気なく揃いの
レースを使っていた。
血縁など無くとも、私達は、
愛に溢れた家族だった。
******
城の大広間に着くと、
アイゼンベルク辺境伯令嬢、
リズベット様に、声をかけられた。
「リリィ、お久しぶり……」
「リズィ、あなたも後期だったの?」
一昨年……
私がエーデルシュタインの
養女になった年の、社交シーズンが
終わると、両親は兄と私を連れて、
侯爵領に戻った。
その時に、お父様に連れられて、
学園時代からのお父様の親友で、
悪友のアイゼンベルク辺境伯、
ベルンハルト様と、そのご家族に、
お会いしたのだ。
ベルンハルト様と、初めて
お会いした時、私は複雑な
気持ちだった。
前世の……日本にいた時の父親に、
ベルンハルト様が、とてもよく
似ていたからだ。
ベルンハルト様から、
ご子息のライムンド様、
ご令嬢のリズベット様を
紹介して頂いた。
リズベット様とは、出会ってすぐに
お友達になった。それからは、
お互いを愛称で呼び合うくらい仲がいい。
「リリフローラ嬢、お久しぶりです。」
そう言って私の右手を取って、
口づけしたのは、リズベット様の兄の、
ライムンド様だった。
私はカーテシーで挨拶を返した。
ライムンド様は、ジーク兄様を、
兄の様に慕っていた。兄弟のいなかった
ジーク兄様も、ライムンド様を弟の様に、
可愛がっていた。
ライムンド様に初めてお会いした時、
言われた。
「リリィがジーク兄の妹なら、
僕にとっても妹だな。僕の事は、
ライ兄様って、呼んでいいぞ。」
そんな話をした後だった。
辺境伯夫人のデルフィニウム様が
私とライムンド様を婚約させたら、
と提案された。
私が返答に困っていると、
ライムンド様が、私の事を、
妹にしか見えない、と言って、
立ち消えになった。
蒸し返されないよう、
私も、ライムンド様の事は、
ライ兄様と、意識して
呼ぶようにしている。
ベルンハルト様は、
両親と私達三人を見て
微笑んでいた。
前世の父親に似ている
ベルンハルト様に、
初対面から懐いている私を、
ベルンハルト様も、我が子の様に、
可愛がって下さっていた。
私もついつい、甘えてしまう……。
やり過ぎると、拗ねるお父様が、
少しだけ、面倒だった。
******
定刻になり、国王陛下、王妃様、
第二王子のアルマンド様、
第二王女のセラフィーナ様が、
大広間最奥にある、王族専用の
入口から入室された。
国王陛下が、新たに貴族籍を得た
子供達を言祝ぐと、文官により
名を呼ばれた子供から、一人づつ
国王陛下、王妃様に、挨拶をする
事になっていた。
誕生日によって、名を呼ばれたので、
私が呼ばれたのは、一番最後だった。
私の名が文官により告げられると、
大人達の間に、ざわめきがたった。
私はしっかりとした足取りで、
陛下の前に進み、カーテシーで
挨拶をした。
「エーデルシュタイン侯爵が娘、
リリフローラと申します。」
「久しいの、リリフローラ、
半年ぶりか……。
正式な貴族籍を取得した
其方はもう、余が、いや国が認めた
貴族令嬢だ。しかも、我が従兄弟殿の
愛娘となれば、我にとって姪だからな。
自由に城への出入りを
認める。……好きに遊びに来るが良い」
王城のフリーパス……聞いていた
貴族の面々は、ざわついていた。
(え〜うれしく無い、むしろ要らない?)
「有難きお言葉、嬉しゅうございます。」
「貴方一人でも、遠慮しないで、
遊びに来てね。それとも、レオンが
いないと駄目かしら?」
「そんな事無いです。レオ……」
「まぁ嬉しい。レオンがいなくても、
遊びに来てくれるのね。」
「……」
(え〜!?今の言質取られた?
エグい!王妃様やり方がエグいわぁ!)
私が恨めしげに王妃様を見ていると、
そんな私の目線さえも、王妃様は
楽しそうに、余裕で微笑んでいた。
私より、一つ上の第二王女、
セラフィーナ様が、私と国王陛下、
王妃様とのやり取りを、怪訝そうに
眺めていた。
ハッキリとした感情を出さない
セラフィーナ様は、腹の底が
読めない、ある意味完璧な
王女殿下だった。
国王陛下と、貴族籍を取得した
子供との謁見は終わり、大人と子供に
別れて交流(お茶会)する事になった。
第二王子と第二王女が中心になり、
子供だけのお茶会が、始まった。
私達二人が、ハメを外さない様に、
ライムンド兄様は、お目付け役だ。
ライムンド様がいるテーブルには、
他の参加者の、兄姉たちも座っていた。
「第二王女のセラフィーナよ。
私は今八歳、学園に入ったら
貴方達の、一つ上の学年になるわ。
同学年で学園に入る前の、顔合わせも
兼ねているの……今日は楽しんで、ね。」
茶会なので、主催は王女という
体裁になっていた。
王女が挨拶をして、左回りに、
自己紹介する事になった。
「ウィレム・オークランドだ。」
「リアトリス・クレイマーよ。
私のお祖父様はアシダンセラ侯爵なの。」
「ダニエル・ケージントンです。」
「レベッカ・ホールデンですわ。」
「セオドア・ボンネフェルト……」
「リリフローラ・
エーデルシュタインです。」
「アルマンドだ。君達と学園で、
共に過ごす機会は無いと思うが、
専門学に進んでいれば、重なる
時期もあるだろう。その時は、
困っている事があれば、相談してくれ。」
「リズベット・アイゼンベルクでしゅ」
最後に自己紹介したリズィは、
王子と、王女に挟まれ、
緊張したのだろう、噛んでいた。
微妙な雰囲気の中、リズィの顔色は、
真っ赤に染まっていった。
「プッ……クスクス……アハッ……ハ」
リズィが噛んで、赤くなったことより、
どうすれば良いのか、固まっている、
微妙な雰囲気に笑ってしまった。
「ム……笑うなんて、ヒドイわ。
リリフローラ様……」
「クスクス、ゴメンなさい、
リズベット様が可愛くて……」
「失敗を笑うなんて、失礼ね……
リズベット様、気にする事なんて
ありませんわ。」
「セラフィーナ様の言うとおり
リズベット様は悪くありませんわ」
「レベッカ嬢の言うとおりだ。
以前会った時に、説教したのは、
どの口だったかな?」
そう言って、右隣の私の左頬を、
アルマンド様が、ムニュ〜っと摑んだ。
「い、いひゃい!ぶちゅり
きょーぎぇきひゃんつぁい!」
地味に痛いし、カミカミで、
何言ってるか、自分でも、わからない。
アルマンド様、私はやられたら、
倍返しの元JKなんだから……。
殺気を感じたのか、私の頬を掴んでいた、
アルマンド様の手が、離れた。
「アルマンド様、リリィにひど、
ひどい事……ププッ……」
「リズベット嬢?」
アルマンド様が、急に笑い出した、
リズベットを見て、片眉を上げた。
「リ、リリィの、頬が……頬が
あんなに伸びるなんて……」
ツボに入ってしまったリズベットの、
笑いは、直ぐには止まらなかった。
私は笑い過ぎて溢れた涙を、ハンカチで
拭うリズィにコッソリ近付いて、
後からそっと、リズィの両頬を
引っ張った。
「!」
「ウフフ、笑ったりするからですわ」
「あら?先に笑ったのは、
リリィでしょ、忘れたの?」
「ぅ……リズィが可愛いのが
イケないのよ〜」
フザケて戯れ合う私達に、
お目付け役の
ライムンド兄様は、頭を抱えていた。
「場も弁えず、見苦しいわね。
さすが辺境(田舎)の令嬢と、
元平民ね……。学園に入学したら、
最低でも三年間は一緒だなんて、
憂鬱ですわ。」
フンっと鼻から息を出し、私とリズィを
貶めたのは、リアトリス様だった。
リズィを笑った時の私、自分がまるで、
悪役令嬢みたいと、思ったけど、
真正の悪役令嬢がいたわ。
それにしても……私の事は、
元平民と言われても事実だし、
どうでもいい相手に
何言われても、気にならないけど……。
大切なリズィまで貶めるのは、
許せない……。黙ってなんていられない、
我慢なんて、できないわ。
「場を弁えて……そうね、そうよね。
場を弁えるのって、重要よね……」
「そうよ。本当の貴族の子じゃない
貴方みたいな平民の子が……」
「リアトリス・クレーマー、
それ以上、彼女の事を貴族では無い、
そう言うなら……」
リアトリス様の言い様に、セオドア様が、
苦言を呈して下さいました。
優等生ですね……でも、私、自分で、
やり返すので、手出しご無用ですわ。
「セオドア様……私が養女なのは、
事実です。でも、先程陛下より、
貴族籍を賜わりました。
元平民ですが、今の私は、
陛下が、国が正式に認めた貴族令嬢……
これ以上、私が貴族では無いと、
貴方が言うのなら……」
私は威圧を込めて、リアトリス様を
睨みつけた。リアトリス様は、
小さな悲鳴をあげて、顔を青くしたあと、
真っ赤になり、ベソベソ泣き出した。
リアトリス様は、私の威圧に、
チビってしまったらしい……。
私は小さなため息を吐くと、
リアトリス様の手を取り、
立ち上がらせた。
「申し訳ございません。少し席を、
外しますわ。」
私は泣きべそをかいている、
リアトリス様を連れて
【淑女の小部屋】(トイレ)へと、
向かった。
「リアトリス様……」
「……グス、ヒッグ……ナニよ……」
「ごめんね。ちょっとやり過ぎたね。
今、キレイにしてあげるから、
ジッとして……」
私は右手の人差し指を立て、クルクルと
円を書くように回しながら清浄
と、呟いた。
「ぁ?……」
リアトリス様の周囲を、微風が
通り抜けた。
「あ、貴方は……」
「リアトリス様、今の事は、誰にも
言ってはいけませんよ。私も、貴方が
粗相をした事は、言いませんから……」
リアトリス様は、首振り人形の様に、
無言でコクコクと、首を縦に振っていた。
「そんなに首を振っては、髪が
乱れてしまいますよ。」
リアトリス様の顎をクイッと
右手で持ち上げると、ハンカチで
涙を拭いてあげた。それから、
リアトリス様の、前髪を整えると、
何故か顔を赤くしていた。
「さぁ、会場に戻りましょう。」
エスコートする様に、私が右手を出すと、
リアトリス様は素直に左手を乗せ、
熱い瞳をして、横目でチラチラ
私の事を見ていた。
そんなリアトリス様の様子を見て、
警戒しながら懐いてくる、野生動物
に似ているなぁと、私は思っていた。
******
この世界……
エリンジウムでは、魔法が使える。
誰も彼も、使えるというものではないが、
魔力を持つ者は、魔法が使えるのであった。
私がエーデルシュタインの養女
になって、初めて領地に行った時、
お父様と二人で、領地を接する隣の
アイゼンベルク辺境領を訪れた。
ライ兄様とリズィ、私の三人で、
森に行った時、素手で魔物を倒した。
それは偶然?いや必然の
出来事だったかも知れない……
魔物の毒と、死にゆく魔物の
断末魔の呪いで私は死にかかった。
森で、偶然妖精を魔物から
助けた事で、精霊が私を癒してくれた。
私には魔力があるとわかり、
精霊が私の師匠となって、
魔法の使い方、魔力の
コントロールの仕方を教わった。
鳥の精霊と、使い魔契約もしていた。
助けた妖精は、私を命の恩人と、
慕ってくれている。
魔物の毒で、体調を崩した私は、
ベルンハルト様のお城に、
半月程、滞在していた。
作物の収穫が減り、冬を越すのが
難しいと、悩んでいた
ベルンハルト様の助けになる様に、
森の恵み、メープルシロップを
特産品として利益が出るよう開発した。
森の腐葉土を畑に施したり、
ベルンハルト様、お父様の
役に立てるよう、動いていた。
お父様とベルンハルト様には、
私が前世の記憶持ちだと、
伝えてあった。
元JKの知識だから、内政とか、
産業革命なんて無理だけど、
それでも、この世界には無い
何かで、役に立ちたい……
そう思っていた。
浅はかな私の想いに、お二人は、
子供は無理しなくていいと、
無理に何かを聞き出したり
することは無かった。
******
お茶会の会場に戻ると、
今日初めて見る、顎髭まで白い、
白髪の男性がいた。
「お祖父様!」
そう言うと、リアトリス様は、
嬉しそうに私から離れていった。
「リリィ、おかえりなさい。」
「ただいま、リズィ……
っていうか……アレ、
アレは、どうしたの?」
「ああ、なんか、ね、リアトリス様の
お祖父様のアシダンセラ侯爵様からの、
寄贈品ですって……」
「そうなの?」
私は、リアトリス様のお祖父様が、
寄贈された物から目が離せなかった。
だって……だってアレ……
「ピアノだぁ〜」
中世ヨーロッパみたいなこの世界に、
ピアノがある……。そういえば、前世の
世界でも、ピアノって、昔からあった
気がする……。
スマホがあれば、グー○○
先生に、教えてもらえるのに……。
そんな事を考えていたら、誰かに
手を取られた。誰かと思ったら、
リアトリス様だった。
リアトリス様に連れられて、
行った先には、白い顎髭が、
ヤギっぽい、如何にも
高位貴族という威厳の
おじいさんがいた。
「お祖父様、私のお友達の
リリフローラ様ですわ。」
「……?リリフローラと申します。」
「おお、孫のリアが世話に
なったとか……これからも仲良く
してやってくれ。」
「お祖父様、お世話じゃなくて、
リリフローラ様は私の恩人で、
お友達なのですわ。」
「フム、……そういえば、
先程ピアノと、言っておった様だが、
コレが何かわかっているようだ。
どんな物か、やってもらえんかね?」
「お祖父様?」
「まだ仕入れたばかりで、演奏者の
手配も出来なくての……
真新しいコレの名前を
知っておったぐらいじゃから、
使う事も出来るじゃろ?」
アシダンセラ侯爵は、私が孫の
リアトリス様に取り入ったと、
勘違いされていた。
平民出が……と、
私に恥をかかせようと
しているのだろうか……。
「リリィ……」
リズィが、心配そうに、私の手を
両手で掴んでいた。
私は、リズィの手を握り返し、
不安げなリズィに、ウィンクをした。
アシダンセラ侯爵の隣で、
ニヤニヤと、嫌らしい笑い顔の、
チャラい男性が立っていた。
侯爵が連れて来た、ピアノ奏者
なのだろう。
私がピアノの前に座るのは、
転生してからの年月も含めて、
十数年ぶりぐらいだろうか……。
確かめる様に、撫でながら、
鍵盤の蓋を開けた。
「えっ?」
鍵盤の色が……黒と白が、
逆になっていた。
ピアノの前で、身動きを止めた私に、
アシダンセラ侯爵は笑い出した。
「ハッハッハ、出来無いのだろう?
無理せずに、場所をあけ……」
音階と、鍵盤の感触を確かめる……
私の耳には、ピアノの音しか、
聴こえなかった。
子供の手なのが、悲しい……。
まずはハノンで指慣らし……
音が狂っていない事も確認できた。
次に指慣らしで、選んだ曲は、
エリーゼ○○○だった。
受験勉強で弾かなくなって、
どこまで暗譜してるかなぁ……
まぁ、誰も原曲知らないから、
しくっても適当に、誤魔化そう……
私がピアノを弾き始めると、
会場中が、静かになっていた。
(ぁあ、楽しい……)
十数年ぶりに弾くピアノの楽しさに、
エリーゼの次にレット・イット・○○
アイ・ライク○○○○を、弾いて、
しかも歌まで口ずさんでいた。
立て続けに三曲弾いて、疲れたので、
最後に適当にアレンジして終了した。
溜まっていたイライラが、
昇華された様な気がした。
「あ〜気持ちよかったぁ〜」
蓋を閉めて、椅子から降り、
お辞儀をする……と、パチパチと、
拍手の音がした。
顔を上げると、お父様、お母様、
国王陛下、王妃様、辺境伯様、他の
参加者の家族に、お城で働いている、
方達まで……沢山の人が、私の弾く、
拙いピアノを聴いていた様です。
「素晴らしかったですわ、
リリフローラ様……」
「リアトリス様……」
「ぁあん、私の事は、リアと
呼んで下さいませ。私もリリィ様と、
愛称でお呼びしたいですわ。」
「リリフローラ嬢、貴方は、歌も
上手なのだな……」
(レオン兄上がいたら、歌と演奏を
褒めて、抱きしめるのだろうな……)
「アルマンド様に、褒めて
いただけるなんて……」
半年前……私はアルマンド様に
言いたい放題、偉そうに
説教した挙げ句、投げ倒してしまった。
私の顔なんて、見たくも無い程、
嫌われていると思っていた。
それなのに、褒めて下さるなんて、
実は何かの、罠なの……?
「他にも何か、奏でてくれないか?」
アルマンド様は、純粋にピアノの
調べが、気に入った様だった。
余力があれば、もう少し弾きたいとも、
思ったけど、今も覚えている曲は、
子供の手と、体力では、この後に
引き続き演奏するのは、難しいだろう。
「申し訳ございません。今の私では、
これ以上は無理で御座います。」
楽しい、と思って弾けるぐらいが、
丁度いいのよ。ね、兄貴……。
******
前世の私の家族構成は、
普通よりも、少しだけ?強烈だった。
料理研究家の父は講演で
国内を飛び回り、テレビに出たり、
本を出したり、不在がちだった。
一方武道家で、某国王室警備主任の母も、
世界を飛び回り、いつも不在だった。
忙しい両親に変わり、
私の面倒を見ていたのは、
音楽家の兄と、たぶん北欧系の
ヨーロッパ人の曽祖父だった。
たぶん……というのは、
曾祖父が祖国がどこなのか、
教えてくれなかったからだ。
ピアノは兄が、嫁入り道具の
一つとして、私に教えてくれた。
クラシックより、ジャズやポップ、
アニメの曲目を多く覚えているのも、
兄貴とその、愉快な仲間達の
影響だった。
曾祖父はときどき、
私の瞳を見ては、溜息をついていた。
金と赤が混じった虹彩の様な瞳……
普段はカラーコンタクトをして、
誤魔化していたその瞳は、亡くなった
曾祖父の祖母に、よく似ていたという。
曾祖父は、大変長生きだった。
「これからは田舎暮らしだ」と言って、
転がり込んできた父と一緒に、
死ぬ直前まで畑に出ていた。
曾祖父は私に、呼ばれたら済まない……
そう言い残して、息を引き取った。
その時の私には、何のことなのか、
意味不明で、すぐに忘れてしまっていた。
******
それにしても、私に恥を
かかせようとした、アシダンセラ侯爵の
思惑は、真逆の結果に終わった。
お父様の、誇らしげな顔が見える。
きっとまた、『家の子、凄い』自慢を
していそう……。嬉しいけど、溺愛が
過ぎて、たまに暴走してしまう……
お母様、お父様の手綱は、お任せします。
楽しい?お茶会の時間も終わり、
リアトリス様から、何故か熱烈な
お誘いを受けたり、交流出来なかった
他の参加者からも、お茶の誘いを受けた。
そして、国王陛下、王妃様、
第二王子、第二王女に身送られ
ベルンハルト様達と連れ立って、
私と両親も、城を後にした。
退出して行く私の背中を、
嫉妬にかられた蛇の様な視線が、
張り付いていることに、
気がつく者は、誰一人として
いなかった……