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読んで下さって、
有難うございます。
ブックマーク頂き
有難うございます。
目覚めたら見知らぬ天井……再び……
目覚めた私がいたのは、
豪華な天蓋付きのベッドだった。
手刀で蜘蛛を叩き落とした時、蜘蛛の牙に
触れていたのだろう……
私の右手は……青紫を超えて、ドス黒くなっていた。
ドドメ色っていうのは、正にこの色を言うのだと思った。
******
私のすぐ後ろをついていた兵士が、私の姿を見失い、直後ライムンド様と、もう一人の兵士の三人で周囲を隈無く探したという……
けれど、リリフローラといくら呼んでも返事は無く、
その姿も見当たらなかった。
応援を呼んで、本格的に探すしか無い……
護衛の兵士が、そう判断した時、ライムンド様が、私が小休止にと、腰掛けていた切り株の所で、倒れている私を発見したそうだ。
私を探していた兵士は、先刻見た時には、いなかった、見落とす筈が無い、と、まくし立ていていた。
無事に見つかったと、安堵の息を吐いたライムンド様と護衛の兵士は、私の右手を見て、呆然としたそうだ。
毒にあてられた私の右手は、倍の大きさに腫れていた。
更には高熱を出し、意識不明に陥っていた……
私の身体を心配したデルフィニウム様が、無理に移動して、体に負担をかけるより、良くなるまでこのまま、此方で預かると、義父に申し出ていた。
お義父様は一人で、泣く泣く自領へと戻り、私は体調が良くなるまで、辺境伯様の所で、療養する事になった。
私の世話をするために、私専属のメイドのラナが、
エーデルシュタイン家から連れて来られた。
意識を失っている間、私は懐かしい……とても懐かしい夢を見ていた……
******
辺境伯様の所で療養している私を、毎夜訪れるモノがあった。
件の妖精……シェルビーだ。
シェルビーは、蜘蛛から助けた私に、恩を感じている様で、使い魔として、私と契約して欲しいと、夜毎押しかけていた。
使い魔だ、と?
荒ぶる魂の持ち主だった我に、黒歴史を彷彿とさせる甘い囁き……
って、違うわー!
要る、要らないと聞かれたら、間違いなく欲しい。
でも……精霊との契約についての情報が、無さすぎる。
メリットもデメリットもわからないのに、契約なんて出来るかー!
シェルビーは、私が持っている魔力量なら
自分よりも、もっと高位の妖精とも……精霊とだって、契約出来ると言っていた。
「それって、普通なの?」
私の問いに、シェルビーは、そんな人間、見た事無い、と答えた。
私は超レアな、人間らしい……まぁ、転生者
という時点で既に、レアなのだが……
契約するにも、情報が足りないので、使い魔契約は、待ってもらう事にした。
それまでは、友として、妖精や精霊について、教えてもらう事にした。
私がアイゼンベルク家で、療養するようになって、五日が過ぎていた。
高かった熱も下がり、右手の腫れも、治まっていた。
けれど、手刀で蜘蛛に触れた右手の、小指の外側から手首にかけて、稲妻の様な痣が残っていた。
シェルビーの話しでは、あの蜘蛛は魔物で、毒性が強く、
危うく死ぬ一歩手前だった。
妖精を救った私を、森の精霊が
癒やしてくれなければ、二度と目覚める事は
出来なかっただろう。
魔物の毒は強く、また命を奪った者を、
呪う事もあると言う。
私の右手は毒に晒され、魔物の、と断末魔の呪いを
受けてしまったようだ。
そのせいで痣が残ったのだと言われた。
そして、この痣は、今はダメでも、いずれ消す事が出来る
と、シェルビーが教えてくれた。
「この痣はシェルビーを守れた証だよね。
名誉の負傷ってヤツだね……」
私の言葉を聞いたシェルビーは、私の手に癒やしをかけてくれた。
《ツカイマモ、イイケド、
トモダチ、エヘヘ》
シェルビーがデレていた……
意識が戻り、熱が下がっても、一向に部屋から出て来ない……
部屋で独り言ばかり喋っている私に、責任を感じたライムンド兄様とリズィが、部屋に押し入ってきた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ……」
そろそろ起き上がろうと、私はラナに着替えさせてもらっているところだった。
ラッキースケベに遭遇したライムンド兄様は、絶叫しながら、部屋を出て行った。
悲鳴を上げるのって、本来なら私だよねぇ?
五歳児の下着姿を見たからって、絶叫する必要があったのだろうか?
首を傾げる私に、リズィが謝っていた。
「ライ兄様が……ごめんなさい」
「だ、大丈夫、気にしな……ううん、ライムンド兄様には、責任を取ってもらうわ」
「責任?リリィ、それってまさか……」
私はリズィに、ライムンド兄様を、部屋まで連れてきてもらった。
「ライムンド兄様、乙女の着替えを見た以上、責任を取って下さい。」
「乙女?リリィは、まだ子供じゃないか!」
「子供だって思っていて、なぜ絶叫して逃げたのですか?恥ずかしい……」
「な、なにを……」
「私の着替えを見た責任を取って下さい」
「な、責任って……」
「ライムンド兄様、私を森まで、連れて行って下さい。そうしたら、許してあげます。」
「駄目だ!森には連れて行けない。
また倒れたらどうするんだ……」
「大丈夫です!もう、倒れたり
しませんから……お願いします」
「何故?何で森に行きたいんだ?」
「それは……行って、見ないと……とにかく、あの森の、あの切り株の所に、連れて行って……お願い、ライムンド兄様」
私はライムンド兄様の顔を見上げ、泣きそうになるのを我慢しながら、必死に頼み込んだ。
「……はぁ~……わかった、連れて行ってやる。でも、決して俺から離れずに、手を離さないこと……いいな?」
私は黙って、コクコクと、頷いていた。
次の日、私はライムンド兄様に、あの森の、あの切り株の所に、連れて行ってもらうことになった。
シェルビーから聞いた、私を救ってくれたという精霊に、会いに行きたかった……
会って、助けてもらったお礼を言いに行くのだ。
まぁ、他にも用事はあるのだけど……。
起き上がれるようになった私を見て、ベルンハルト様も、デルフィニウム様も、我が子の事の様に、喜んでくれた。
「大事を取って、もう一週間は、此方に居ましょうね」
デルフィニウム様が、と~ってもイイ笑顔で、言っていた。リズィから、責任云々の話を聞いているのだろうか……?
ウン、あれは逆らってはイケない類の表情だね。
ベルンハルト様と私は、自然と顔を見合わせて、微笑みあっていた。
******
朝食の後、私はライムンド兄様に馬に乗せてもらって、あの森に来ていた。
あの切り株の所まで、ライムンド兄様は、ゆっくりと馬を進ませた。
二人で行きたいと、言ったのだが、子供とはいえ、男女が二人きりでとか、心配だからとか、久々に遠乗りしたいとか、言い訳をして、ベルンハルト様が付いてきていた。
「大丈夫、二人の邪魔はしないから」
とか言って、ウィンクするの止めて下さい。
ベルンハルト様……親友なだけあって、どことなく、義父と行動が似ている……
しかも残念な方向に……
切り株に座って、私は小さくため息を吐くと、呟くように、シェルビーを呼んだ。
虹色に輝く、美しい羽根を持ち、流れる蜂蜜色の長い髪をした妖精が、私の呼びかけに応えて、姿を現した。
「リリィ……ワタシヲ、ヨンダ~?」
「ええ、シェルビー。私を精霊の所に案内して」
「リリィ、誰と喋っている?」
「ご、ごめんなさい、ライムンド兄様、
私、行ってくるから、待ってて」
「な!ま、待て、リリィ、約束が……」
引き留めようとするライムンド兄様を残し、シェルビーに手を引かれて、私は精霊王の施した結界を超えた。
《ワタシガ、手を引いているからといって、何の抵抗もなく結界を超えるなんて……》
「シェルビー、話し方がスムーズになったね?」
《こっち側は、私たちのテリトリーだからね》
「私たち?って、うわっ、増えてる??」
《だれー》
《いいにおーい》
《わーい、あそんでー》
《あそんで、あそんでー》
私の周りを取り囲むように、何体もの妖精がその姿を現した。
《駄目よ!リリィは私の友達なんだから》
《いじわるー》
《ひとりじめずるーい》
《何よ!やる気?相手になるわよー》
「ちょ、ちょっと、シェルビー?」
数えきれないほどの妖精の多さと、収拾がつかない、やり取りに、私は困惑していた。
『姦しいぞ、お前たち』
緑の巻き毛に、真っ赤な、宝石をはめた様な目、二メートルを超える巨躯の、ギリシャ神話の神様の様な男性が、すぐ近くにいた。
「あ、あなたは?神様?」
『ブクッ、クックワッハッハッハッ……』
《アハ、トレント様が笑ってる~》
《トレントサマ、たのしい?》
『ああ、こんな愉しいのは、何年ぶりだろう。礼を言うぞ小娘』
「あ、あなたは?」
『我は樹木の精霊〈トレント〉……
娘よ、我が名を呼ぶ事を許そう』
「あ、あの、トレント様、先日は、助けて頂いて、有難う御座いました」
『ん?違う、それは、我ではない』
「え、?だったら、誰が……?」
『それは、私ですよ』
琥珀色の真っ直ぐな髪を、足元まで伸ばし、
翠の宝石の様な眼で、子供程度……
私と変わらない背丈の、神話の中の女神様の様に美しい女性が立っていた。
《アーブル様、私を助けてくれたリリィを連れて来ました。》
『わかっています……シェルビー、リリィを、
よく……連れてきてくれました。』
「あ、あの……」
私が話そうとするのを、その女性は
私の唇に人差し指を、“ちょん”、と、
触れる事で制した。
『ふふっ、私は草木の精霊
〈アーブル〉よ。貴女には、名で呼んで欲しいわ』
アーブル様は、私と向き合うと、目線がほぼ、同じぐらいの高さで、自然と目が合った。
私を見て、アーブル様は微笑むと、いきなり私を抱き締めてきた。
(え?な、なに……?)
「あ、あの……?」
『ああ、懐かしい……彼の方の香り……』
そして、アーブル様は、私の項に顔を埋めると、鼻息荒く、フンフン、スリスリ、を始めた。
『あぁ……懐かしい、香しい……ハァハァ』
「……」
どうしたら良いか分からず、呆然としていたら、アーブル様の頭に、ゲンコツが落とされた。
『イッ、イタイ!何をする』
『いい加減にしろ!ムスメが戸惑っている』
そう言うと、トレント様は、私からアーブル様を引き剥がし、軽々と片腕で、私を抱き上げた。
『ふむ……小さいな……』
「……あ、ありがとうございます」
『いや、アーブルが、すまない……
まぁ、あ奴が取り乱すのも無理は無いか』
『痛いじゃないか、トレント、って
ずるいぞ!姫を独り占めするとは……』
ぐぬぬ……と、唸り始めたアーブル様の髪が、
ウネウネと触手の様に蠢いていた。
シェルビー以外の妖精たちは、巻き込まれるのを恐れて、
姿を隠してしまった。
アーブル様の髪が空高く伸びたかと思うと、
トレント様を目指して一一斉に襲ってきた。
「……トレント様、危な、」
アーブル様の攻撃がトレント様を襲うよりも早く、
トレント様はアーブル様の頭に、手刀を落としていた。
プシュウ~っと音がしそうな勢いで、
伸びてウネウネしていたアーブル様の髪が、
元に戻っていた。
アーブル様は、頭を押さえて、呻いていた。
『あぅぅ……』
トレント様は、アーブル様を見て、溜息を吐いていた。
私はトレント様に、子供の様に片腕で抱きかかえられていた。
落ち着きを取り戻した私は、シェルビーに連れてきてもらった当初の目的を思い出し、トレント様にお願いして、下してもらった。
トレント様は、匂いを嗅ぐように私の頭に顔を近づけ
私をギュッと抱きしめると、満足したようにホウッと、
吐息を漏らし、私をそっと、地面に下ろしてくれた。
私は未だ頭を抱えて呻っているアーブル様の前に跪いた。
「あの、アーブル様、先日は、助けて頂き、有難うございました」
『ひ……姫ぇ〜』
パァァっと、嬉しそうに破顔して、私に飛びつこうとしたアーブル様だったが、トレント様に、猫の様に襟首を掴まれ、私に向けて伸ばした手が、届かずにいた。
『クッ……いいえ、姫には小さきモノを
助けて頂きました』
《ソウソウ、アリガトー》
『それよりも、力及ばず、姫に傷痕を残してしまいました……』
アーブル様は、項垂れて肩を落とした。
私は右手の小指の先から、手首まで残っている青紫の痣を見た。
『完全には、取り除けぬが……』
いつの間にか、トレント様が私の前に、膝をつき、私の右手を取ると、何かを呟きながら、手の平に唇を落とし、
そのまま吸い付いた。
私は手の平から何かが、トレント様に吸い出されている感覚がした。
やがて、トレント様の緑の巻き毛が輝くと、私の右手に残っていた稲妻の様だった痣が、小指の付け根に、描いたような緑色の葉に、変化していた。
『全て取り除けず、済まない』
トレント様は、私の手を撫でながら、辛そうにしていた。
「いいえ、こんなに小さく、可愛い葉っぱにしていただきました。有難うございます、トレント様」
私は感謝を込めて、目の前にあるトレント様の頬に、
キスをした。
『ひ、姫……』
トレント様の巻き毛が、緑から真っ赤になってしまった。
そんなトレント様を横に、琥珀色の髪をウネウネさせながら、アーブル様がやさぐれていた。
『ズルい……トレントばっかり……』
体育座りで背中を丸め、浮かんだ髪の毛の先が、のの字を書くように、クルクルと動いていた。
面倒くさい性格そうな、アーブル様を放置して、
私が精霊に会いたかった別の目的について、
トレント様に聞いてみることにした。
「トレント様、教えて頂きたい事があります」
『ふむ……我に答えられる事のみでも構わぬならば、
問うが良い、姫よ……』
平常心を取り戻したトレント様は、髪の色が、
いつの間にか緑色に戻っていた。
『ハイハーイ!私も答えるよー、だから姫ぇ、
私にも、聞いて、聞いてー』
うふふ、質問に答えて、姫にチュッてしてもらうんだあー
……アーブル様、心の声がダダモレ……っていうより、普通に言っちゃってますけどー。
多分高位の精霊様なのだろうに、すっかり残念なアーブル様……
私は小さく息を吐くと、気を取り直して、トレント様に聞きたいことを話し始めたのだった。