008 予定はチキン
「……またか、レオニード。私はどれだけお前の尻拭いを職務に追加しなければならんのか」
「まあそういうなって、ジジイ」
ベッドに横になり、右目から頭にかけて包帯で巻かれたレオは、また小言か、という様子を崩さすに肩を竦めた。ベッドの横に椅子を置いて、呆れ気味に愚痴る男はアッシュ・ノイマン。レオと同年代の青年に見えるが、ヴァンパイアなので実年齢は遥かに上だ。
その職務は遊撃警備隊、という言わば軍隊と言って差し支えないところだ。それでも合計で50名行くか行かないか、が実際らしいので、微妙なところではある。警察よりも危険度の高い団体だ。……このアッシュ、そのトップである。そのモスグリーンの制服には、ピカピカしたバッヂがいくつもついている。
さあ、ではなぜ、そんな人物とこの違法職業がこういう仲なのか。答えは彼が警察ではなくて、そもそも現行犯逮捕だけが確実な世の中だからだ。それに、色々過去の話もある。アッシュは少なくとも目も傷も隠しまわる必要はない。
「……今回の要点は聞いた。明日にでも女王の使者がくるだろう。にしても、……政治がらみか……処理したくない……」
「おじいちゃん、がんばれ?」
「ああ……フィーだけが私の癒やし……」
「……俺が止められないのをいいことにしてくれんなよ」
斜め前、ベッドに腰掛けていたフィーへ、容赦なくアッシュは擦りついた。太ももに乗る頭へ、フィーはよしよし、と撫でてやる。これはほぼ毎回、よくあるやり取りで、レオが動けるときは容赦なく引き剥がすものだ。
今回は不可能なので、いいだけロリコンを露呈していくのだろう。おままごとのようなそれに、フィーが上機嫌に翼を揺らした。
あのあとレオ達はまだ屋敷にとどまっている。原因はレオが動けないから、である。
魔法毒はおもったより効いたらしい。松葉杖を使えば歩くことは可能だろうが、旅はどう考えても無理だった。いろいろな説明を、ルシアンとリア、そして先程のアッシュから求められていて、レオは少々頭が痛い。そういうのは、とてもがいくつ付くかわからないほど苦手だからだ。
召喚獣をフィーが吹き飛ばしたのを見届けて、レオはそのまま意識を失った。事件は二日前の午後のことで、目を覚ましたのは昨日。そして今はもう昼だ。寝ている間に手当されて、ストールまで外されていた。言及されたらそれはそれでいいとして、……アッシュは仕事で来たから、とそこそこのロリコンを披露したあと部屋を出ていった。最後に「死ぬなよ」なんて縁起でもないことを捨て台詞に。
「レオ、まだ歩けない? 具合悪い?」
心配そうに、ベッドの縁へ座ったフィーが首を傾げる。
「ああ、歩くのはちょっとまだ、だろうな。感覚はあるが、どちらかと言えば力が入らない、だ。このシーツだって持ち上がらないよ。体調は、本調子ではないが、十分だ」
「そっか……、あのねあのね。リアはね――」
こんこんと、ノックの音がした。
「ユーリアと、ルシアンです。……はいってもいいですか?」
「……、どうぞ」
ドアがあいて、少しだけ驚いた。ルシアンに支えられてこそいるものの、ユーリアはちゃんと自分の足で歩いていた。その様子に、レオは良かったな、と笑みが浮かぶ。珍しく、フィーがすたたっと、ベッドの横へ椅子を並べて用意する。
促されて、二人は並んで席についた。どちらも、言いたいことがいっぱいある、とすぐに分かる様子をしていた。おおよそながら予想はついているので、レオが口を開く。
「横になったままで悪いな」
「あっ、いえ。いいんです。その――なんらか、すごい魔法を使われたのではないでしょうか? だったら、その消耗もわかります。……足に関しては、ごめんなさい」
「魔法、ね。ルシアンの左腕のことも含めてだろ? 説明はするさ、ちょっと特殊な状態だからな。……あと、足は気にするな。時間がなかったから手当たり次第食って調べただけなんだ。賭けだった。……ここまできっついの仕込まれてるのは予想外だったけど」
フィーはごめんなさい、と繰り返すユーリアのそばに寄って、俯いてしまったその頭を、アッシュにしたように撫でる。にこやかに、大丈夫だよ、と。そのフィーの顔を見て、ユーリアは涙を浮かべて、フィーに抱きつく。聞いた話でしかないが、メディのユーリアへの攻撃のすべてをその身で受け、池に蹴り飛ばされたらしい。女性には少々、キツいシーンだ。
「次は俺の話だ、レオ。……この腕はなんだ。魔装具で聞くような、そんな腕じゃねえ」
ルシアンは左腕を差し出す。継ぎ目もなにもない今までのルシアンの腕と変わりない。――一度吹っ飛んだのに。
「魔装具って、こんなに人間に近かったか? 彫刻とかの加工でごてごてしてて、人の肌してこんなに……温度も全てわかる。でも……ただ、ひとつ。傷一つ入らねえ。ユーリアも、生きてる」
「……クソめんどくせえ説明になるぞ」
一言、それは前置きだ。実際面倒な話だし、知らないほうが良い話だってある。ほんの少しだけ悩んだ。どこを嘘にして調整したほうがいいのか、と。
「レオ。嘘はいらねえ。いかにお前の仕事とかで言えねえとか、そういう――」
「俺が知ってる危ない話を、お前らが知ってどうなる? よくよく考えろ。……まあ、隠しきれないような見て取れる話はするさ。商品説明はしないといけないからな」
見下すような、関わりを拒絶するような、そんな表情と声音で注意をする。すぐにそれを切り替えたが、ルシアンはごくりと音を立てて唾を飲み込んでいた。フィーと抱擁していたユーリアも顔を上げる。
「短絡的に説明すると、今のルシアンの腕は魔装具ではない。オーパーツで間違いないな。魔装具は言ってたとおりコアがある。そのコアを砕けば動かなくなるのさ。通常コアは誰かに与えたい、その意志があるもののマナを使用する。マナは単純に命だけを指すとは言い切れない力でな、思いや願いはそれを増幅させたりもする。……ここまでいいか?」
「オーパーツって、最近の国際取引のメイン、だよな」
「合ってはいるが違うとも言える。あのオーパーツは、誰の願いでもなく……ちがうな、集約された複数の人々の願いでできたもの、だな。魔導コアもその内に含められることもあるが、コアは基本ひとりのマナで出来てる。例外もあるが、それはいいとして。大抵集めてくるのは、専用の攻略部隊か、怪しげな場所なら俺みたいな奴らから。一般にある、ダンジョンからな。……本来オーパーツは世界を漂ういろいろな人の共通した願いが固まってやっと、何らかそれに関わる力を持つ魔道具、オーパーツが生まれる――といっても、それは俗説だ。おおまかには合ってるから、その認識で良い」
「じゃあ、ルシアンの腕は、私の願いだけでオーパーツになった、のですか?」
「正解だ、リア。まあ、そうだな。リアの願いっていう、……恋心? くっく……まあ、そんなので、ルシアンの腕にオーパーツが生まれた。マナ、命、オーパーツはイコールで繋げられるんだよ。それぞれ補完しうることはできても、入れ替わりはしないがね。……オーパーツのコアは基本的に壊れない。バラしたことはないから、コアがあるのかさえ俺もわからない。通常の魔装具と違う所はそこだ」
「……まだ説明できてねえよ。あのお前の目は、なんなんだよ、レオ」
「ああ、この目か」
包帯の上から、思わしげにレオは顔を触る。ふてくされたような表情をしたルシアンが、それだと大きく頷く。
「この目は、マナだけを見ることができる目だ。生来のものじゃねえよ、これもオーパーツだ。オーパーツにはどんな高度な魔法も、しょぼっちい魔法も、ひとつだけ埋め込める。その埋め込まれた魔法が、――めちゃくちゃ大雑把にいうとオーパーツを作れる。条件はかなり厳しいがな。それに常に出してると半日で倒れるほどロクでもないもんだし、こうやっていつも隠してるのさ」
はあ、とため息をつく。ため息というより疲れてきた。
「いいか、リア、ルシアン。見ての通りオーパーツは肉体と変わらない見た目だ。検査やレントゲンをしてもわからないような、そんなレベル。ただ違うことといえば、……傷ひとつつかねえ、だろ?」
「そうだな。料理下手なんだが用意しようとして、うっかり指をすぱっといって……なにもなかった。感触もあったのに」
「瞬間回復とか、だろうな。幻影系とは思いづらい。……そういった魔法がそれに入ってる。よくよく使えよ。お前はリアの王子様、だろ?」
「なッ!?」
ぴきっとルシアンがフリーズする。真横のリアはぽっと頬を染めて、もじもじとしていた。
にたぁ、とレオは笑う。面白いことしてる? とフィーはベッドによじ登り、レオの横でその様子をわりとおとなしめに見ていて。
「昇降機直す時いったよな。 かわりになにかしてもらうって」
「……くっそ、卑怯だぞ……ッ」
「俺は知ってるぞ。リアは、『お前が死んでしまう、愛してる人を死なせたくない』みたいな覚悟の言葉だった。――男のお前が、それに答えられねえのか?」
思惑をしったのか、ルシアンは顔を赤らめて咳払い、姿勢まですっと伸ばして――、ユーリアをみる。
――あー、リア充やだ。爆発して、お願いします。でもほっといて、あのなんとも得ない早く付き合え、を味わいたくもない。
笑顔を取り繕うレオの内心など一切知り得ぬまま、目の前のキラキラした二人の顔が近づく。
「お、俺も! リアを……リア、を。愛して、ます」
「知ってましたよ、ルシアン」
ぱっとレオはフィーに目隠しした。嫌がって頭を振り回すが、そうそう手放す気はない。
そりゃもう、初々しいながら熱烈なキスだ。ユーリアが引き寄せ、ルシアンがそれを受け入れる。
見ていられない、さすがにおっぱじめはしないだろうけれど、レオは布団にフィーごと引きこもった。
「ひとつ、お楽しむのはここ以外にしてくれ。ふたつ、オーパーツであることは基本隠せ。みっつ、俺は疲れたのでおやすみ」
それを聞こえるように告げて、布団に完全に丸まりこむ。少しやいのやいの聞こえて、扉が開いて、閉じる音。
一緒に布団にくるまるフィーが、少し身じろぎして質問してきた。
「ねえレオ。どしたの?」
「今晩出るぞ。リアとルシアンには挨拶しない。明日には女王の使者がくるんだ、知り合いだったらまずい」
「あいあい、さー!」
彼らは踏み込んでこそ来なかったが、気になることは残っていただろう。
レオの首の周りをまわる、十字架のような傷。フィーの機械の翼。もしかしたら、他にもあったかも知れない。
行く先は決まっていた。アッシュが持ってきた話の種だ。はいった人が帰ってこないダンジョンの報告。難易度の高いダンジョンのオーパーツは、レオたちが探しているオーパーツの可能性が高い。
場所は――砂漠。近くにはオアシスがあって、小さな町になっているらしい。そのもっとさきは、頻繁に国を閉じて、交流を避ける傾向にある島国がある。今回はオアシスの付近が行く先なので、その国に行く予定はない。
本当に何も言わず、レオ達は屋敷を出た。この一件で、リアの政治的発言権が戻るだろうし、レーゲンは裁かれる。リアの飲んでいた薬だって、出しやすくするためか食堂横のキッチンにあった。……ただの栄養剤や精神安定剤だったのだから、彼女の今後は劇的に変わるだろう。体調不良は魔法毒の継続による、副作用。
ルシアンがうまいこと立ち回る前提、ともなるが、ユーリアの意思が変わったのは見るに明らかだ。良いものか悪いものか、それはレオが決めるものでもない。
「ねえ、レオ。転移で首都まできたけど、つぎはどこ? どうやっていくの?」
「まあまて、頼むからまって……っ」
街の中にある転移の受け入れ用の建物の中――このミーグレヒ首都のシルビアは教会風――、レオは座り込んでいる。あっちまで運んで、と近くにあったベンチを指差し、フィーはズルズル引きずりながら、レオをそこへ運ぶ。
きょとん、とフィーがこちらを見ている。腕の力でなんとかベンチに座れたレオは、深々深呼吸――というよりため息を吐いた。
「ろくに動けないまま、ってのはマズかったか……、いやなあ。今回が、単なる表稼業なら良かったんだが」
「あっ、わかった! レオは騎士様にあいたくないのか!」
「……でかい声出すな。否定はせんが」
レオのぼやきに反応したフィーが、にっと笑う。
「レオにがてだもんね? 騎士様」
「得意ではないよ……あんな決闘馬鹿」
レオは再度深々とため息を吐いて、ゆっくりと調整しながら立ち上がる。フィーが支えようとするが、その小さい体で、それは不可能だ。
「大丈夫だ、ゆっくりなら歩ける。魔法がミリでもつかえるなら、色々補完しようがあったけど、無理なもんは無理」
そう言って、レオがルシアン達につかったハッタリを思い出す。思い出して、笑った。レオは魔法が使えない。供物とか、依代とか、道具をつかってやっとだ。苦手とか、知識がない、という理由で使えないと表現する人がいるだろうが、レオはなにをやっても発動の兆しさえ現れないのだから、それ以下だ。ここへの転移だって、フィーが行った魔法で来ている。
――あれは、ひどい嘘だっただろう。一歩間違えば最悪の結果だ。
「レオ、なにかおもしろい? フィー、ごはんほしいな? チキンがいいな?」
「いや――、よし。飯いくか」
よろよろと歩き出す。その周りをくるくるとフィーが走り回って、――頭に拳骨が落ちる。泣き出しそうになりながら大人しくなった少女を連れて、レオとフィーは街中に消えていった。