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マナ・ライフ・オーパーツ  作者: 矢澤怜
Case1 魔装技師と意思なき令嬢
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007 失敗作のクッキー


 あの二人のメイドたちは端末だ。情報共有も組み込まれている。

 ひゅひゅひゅ、とブーメランのような風切り音が後ろから迫る。レオは横にステップして、姿勢を低くする。先ほど走っていたところと同じライン、その腰辺りを高速回転したサーベルが通り過ぎていく。


「こっわ……」


 率直な感想を漏らしつつ、また走り出した。次は斧が飛んでくるかも知れない。


 彼女らを撃破する前提としてはこうだ。端末として、メイドの仕事と監視役としての仕事が与えられているはずだ。ああいった機械人形には思考能力がない。手足をもぎ取るか、頭を破壊もしくはそれだけで活動しなくなる。首から下はあくまで補助パーツだ。

 今レオを追っているのだって、通信先の術者から、あいつを殺せとでも命令されたのだろう。メイドは三人だったはずなので、ルシアンに向かわせたほうが術者だ。


 レオは一瞬立ち止まり、メイドは速度を緩めずに迫ってくる。そこでレオはすぐに真横の部屋にはいりこんだ。入口にあった自分のコートを引き取る。すぐにドアから離れると、やぱりドアはすぐに斧で破壊された。

 幸いここは一階だ。二階だったら怪我を覚悟するがその心配もなく、窓ガラスに体当たりして、外へ飛び出る。たまたま通りすがっていた町人がなんだなんだと野次馬のような視線を向けるが――それはすぐさま悲鳴になった。

 そりゃあ、斧をブンブン振り回すメイドが、レオに襲いかかろうと跳躍してくれば、目に見える殺意に恐怖は覚えるだろう。


「なりふりかまう暇ねえ、って? それとも術者がやべーのか、どっちだろうな」


 コートを羽織りながら、レオはその手を――コートから出したスティレットをその斧を振り上げたままのメイドの首の真ん中に深々と突き刺した。跳躍の重量を一身に受けたその喉は、刺し潰れている。

 四肢へ指令を出す管を切ることに成功したのか、力なく垂れ、斧も落ちる。

 続けざまに次のメイドがその斧を拾って襲いかかろうとしてくるが、もうそれはとっくに遅いのだ。

 レオはスティレットごとメイドを捨て、次のメイドを壊した。斧を拾おうと屈んだその頭に、密着させられたデリンジャーが放たれたからだ。

 その様子に逃げ惑っていた町人の恐怖は、レオヘ向く。襲われたようだったのが彼でも、それを殺したのは彼でしかないから。


「……まだ、足りない鍵があったな」


 そうつぶやいて、レオは屋敷へもどる。どことなくその後姿はふらついていた。






「――リア!」


 中庭は花豊かで、邪魔にならない程度に木々が植えられている。中心には小さな広場があって、正面の入口からすれば、右に小池、左にはレンガ造りの、ユーリアがお気に入りのお茶会の場所がある。

 ……なんら、変わりない。変わりなく、そうみえた。


「フィー! ……そ、んな」


 情けなく声が震える。レオに頼まれたんだ。

 その少女は、池に浮いている。酷くボロボロで、顔は見えているが意識はない。ただぷかぷか、そう浮いているだけだ。ユーリアに結ってもらったと喜んでいた髪だって、解けて広がって、――それだけのことがあったと、物語っている。目を、逸らした。


「っ、リア! どこだ! どこに――」


 返事がない。世界が歪んでいく。揺れる、回る。


「まったく、計画違いになってしまいました。執事、ルシアン。あんな客人に話してしまうのは、従者としてどうなのですか?」

「……メイド長」


 力なく答えた。もう誰も、俺や、リアを――。


「ルシアン! そこにいては、」


 飛び退った。声がしたからか、地面が発光したからかはわからない。ただその声は、リアのもので間違いなかった。


「あの客人もすごかったです。とても察しが良い。平凡に暮らしているのとは、やはり違うのですね。端末の映像情報がなくなりましたから、片付けてしまったのでしょうけど」


 そんな話よりも、ルシアンは探す。声のもとは、やはりあのレンガの小屋だ。駆け寄って、そのきれいな髪を見つけて――っ!


「ああ、大丈夫。ただちょっと、()()()()()()()()()()かね?」


 白々しく、メイド長のメディは言う。今更見れば、メガネはないし、微笑んだ表情は酷くいたずらで妖艶なサキュバスのようだ。片手に持った棒をおもしろそうに振り回している。おそらく、魔道具ということは見て取れた。

 ユーリアのほうは、力なく床に倒れ込んでいる。薄手のワンピースから見える肌は、鞭に打たれたように腫れ、裂け――一方的な蹂躙を証明していた。


「っ――!」

「……ルシアン、大丈夫、大丈夫です。メディの、望みはよく聞きましたから」


 震えた。怒りに震えた。しかしそれを、子供をあやすような様子で、ユーリアがなだめる。


「ね、メディ。私がマナも命もその全ての権利を、レーゲンに与えればよいのですね? そうすれば、ルシアンやレオ達も、助けてくれるって」

「ええ、そうですわ。命――魔導コアにはそれほどの価値があります。たとえ妾と発覚しようとも、それまで血縁者とされていたユーリア様の命の価値はたかいものですから」

「――ふざけるなッ」


 今まで出したことのないような叫びが出た。だってその話は、ユーリアが、ルシアンのために命を使うのと同じだ。そのために死ぬと、言われているようなものだ。


「俺は、そんなことより、リアとお茶したり本を読んだり、出かけたり……そうしたいだけなんだ。それじゃ……できない」


 それにレーゲンの道具になる、単なる政治でそいつが偉くなるためだけに、死ねって――。


 また涙が出る。これじゃ泣き虫で、なにもできない子供と一緒で。わかっても、言葉が出ない。嫌だ、といって拒否することしか。


「でも、しなければ。そうじゃないと、ルシアンが、……いなくなってしまうから」


 悲しげな声がルシアンに向けられた。

 ごぶっ、とおかしな音がした。泡立つような、喉に何かつまらせたような。思わず、ルシアンもユーリアもそちらに顔を向ける。

 メディの口から、赤い液体が溢れている。どさり、と音を立てて崩れ落ちた。顔も俯いて、溢れた血痕がひろがっていく。その首には、鋭いダーツが深々と突き刺さっていた。


「……いちゃいちゃしてくれるな、まったく。おかげで律儀に待つタイプだったのか、時間稼ぎできてたけどな」


 先ほどと違って、コートを纏ったレオが、メディの奥のドアに伸し掛かってたっていた。その表情は怒っているわけでも悲しんでいるわけでもなく、ただ無表情だ。つまらなさそうな声音で喋ってこそいるが、アンバランスな雰囲気を感じる。フィーのいた池を一瞥して、一瞬だけ顔を歪めたが……。

 何かをレオが投げよこしてくる。受け取ったそれは、毎日茶菓子だとくれていたクッキー。料理長がつくったものではないのは、ルシアンもユーリアも知っている。メディがきて趣味だから、と毎日つくっていたそれだ。


「これは……?」

「それ、魔法毒入りだ。感覚を麻痺させる。……おかげで足がアホみたいにしびれてるよ」


 最後の一言は決定打だ。

 ゆらゆらふらふらしながら、レオがメディを放置してこちらへきた。ちらりとみたメディはぴくりともうごかな――ッ!


「――ぅ」


 泡立ってよく理解できなかった言葉が、メディの口から、大量の血液と一緒に出た。同時に、彼女の真上へ、発光する魔法陣がぐるぐると広がる。――でかい。

 そこからでたのは、大きな豹のような生き物だ。過るのは、ユーリアの父の死。

 さすがのレオも、尻餅をつくように転ぶ。足はほんとうにろくに使えないらしい。表情もいささか、余裕を失ったのがわかった。


「……さすがに召喚魔法をこう、対価なしに――いや、出してるか。苦し紛れすぎるだろ」

「やけっぱち、か?」


 差し出した対価は、おそらくメディの命だ。辛うじて座るような体制だった彼女は、ぐったり倒れ、確実に生きては居ないだろう。

 ただわかることがある。いま、これをどうにかできるのは、ルシアンただひとりだ。


「なあ、レオ」

「……足的に無理だ。転移は、自分を含めて二人が俺の限界」


 狼と熊を混ぜたような咆哮がひびく。屋敷の窓が一気に砕け散った。分かっていた、これを倒せるような、そんな力はないことぐらい。


「やめて、」


 小さく、ユーリアの声がする。困ったように、泣き虫小僧はこんどは笑う。

 ルシアンはユーリアの頬を撫で、立ち上がって歩き出す。


「やめて、いかないで」


 悲痛な言葉は、段々と大きく悲鳴になっていく。

 皮肉に、さっきやろうとしてたじゃないか。そう答えたかった。


 一瞬だった。獣が動いた、そう思った時にはもう左腕がやけるように熱い。こんなやつに自分の魔法は欠片もダメージは与えられないだろう。与えられたなら、きっともっとできたことがあるはずだ。








「レオ、おねがい。とばないで、私のお願いをきいて」

「……内容による」


 立ち向かう男の後ろ姿を見る。もう左腕は引き千切れ、力加減を調整して遊び始めた獣のおもちゃだ。

 同じ返事をどこかでしたな、と思いながら、レオは視線も向けずに話を聞いた。


「私を、……して」


 聞き取りづらい獣の咆哮のなか、レオは聞こえた。少々意地が悪そうな顔で、少しだけ笑う。飛んできた石が、頭にあたった。今回一番のダメージかもしれない。ぱらり、眼帯の支え紐が千切れたようだ。


「私を、彼の腕にして! ルシアンが死んじゃう! 私は……っ、彼を愛してる」

「あぁ――、いいだろう。よく光ってるよ、お前のマナは」


 きっとユーリアはめちゃくちゃな泣き顔なのだろう。レオはそちらを向いた。しかし、片目を閉じたレオには見えない。眼帯の奥の、溶けた血色の目だけで見た世界は、いつもいつも真っ暗な星空だ。

 一番星よりよく光る、目の前の(ユーリア)へ。


 獣の咆哮が止まる。その異様な空気に止まったのだろう。

 ぼろぼろなルシアンも振り向いた。いつもこの時を見たレオはこう言われる。『ありえないぐらいらしくない顔』、らしい。転移ではないその魔法と、暖かく光るユーリア。その光の収まらないうちに、レオは口を開いた。


「もういいぞ、フィー」


 獣が見事に割られた。真っ二つだ。

 ブロンズの機械の翼の少女が、池の上に浮き、冷たい目で風の刃を放つ魔法を放っただけである。



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