003 チョコレートに食べられる
「では、遅くなりましたけれど、お仕事の話を」
屋敷の中、広く高級感のある応接室で、馬車で揃っていた面子が今度は対面的に向かい合う。
ユーリアの横にはルシアンが立っていて、大きなローテーブルを挟んで、ふかふかした数人掛けのソファに、レオとフィーが腰掛けている。……フィーは入るなり置かれていた茶菓子のクッキーをじーっと見つめて、今しがた許可を出したので、さくさくという音を立てながら、ひたすらに貪っているが。
屋敷へ到着して真っ先、ルシアンがユーリアを異様なほどに心配しながら馬車から下ろした。レオはなんとなく冷めた目で見てしまっていて、気づかれる前に表情を戻す。
あー、そういう関係かー。くっそうざいなー。
……というのもたしかにあったが、発熱がないか調べたり、そのあとの食事――雰囲気は女性向けカフェのランチのような――で、薬を服用していたことから病気か何か患っているようだ。マナ欠乏症は総じて治療不能な恐ろしい病気、なので服薬する理由が見当たらない。
さて、話は戻る。
仕事の話を切り出したユーリアだったが、疲弊したような諦めたような、そんな様子だ。ルシアンは眉根をよせていて、思わしくない話だとその表情が言っている。
「私を、魔装具の義手にしてほしいのです。相手は――、叔父のレーゲン。3ヶ月前に右腕を失いました。よく怪しげな、……身内が言っていい言葉ではないですね」
「俺は取引先の個人情報は守る、ようにはしてますからあまり気にせずに。レーゲン、っていうと、……大まかに把握してるのは、議会員で熱心な宗教家でしたっけ」
「ええ、大まかには合ってます。お前の体がダメなのは、無神論者だからだ――とか、よく言われますけれど」
バツの悪い様子で、ユーリアは弱々しく笑った。あまりいい思い出のある相手ではなさそうだ。
「……マナ欠乏、それはさておき、魔装具を作るにあたって必要なことを知っていますか?」
できる限り、貼り付けた商人の顔を崩さずにレオは質問した。
――この時点でわかっているのだ、この薄命の女は、魔装具にはなれない。
「……多少は、知った上です」
「技師として、説明する必要もあるので、念の為俺から説明しますね」
指をひとつ、立てた。
「魔装具はおおよそマナで作られます」
マナは、ざっくばらんに言えば命だ。といっても、精神状態や健康状態の依存も強い。一般的には、頭・右手・左手・胴・左足・右足、でマナが違うというのが、お偉いさんの発表だ。
補足として、それは寿命を削るというのは全く該当しない。
2つ目の指を立てた。
「魔装具になれるかは、その覚悟、願い、想い――など、マナが動くような鍵が必要です」
3つ目をたてる。
「今のユーリアさんが、覚悟を決めなければ、魔法具のコアさえ作れないでしょう。少なくとも、俺には貴女がそこまでのレーゲンさんへの想いを持っているようには見えないし、そんなに肉体的に虚弱では――死ぬでしょうね」
「……っ」
息を詰めたのは、ユーリアではなかった。むしろそのユーリアは、まだ弱々しく微笑んでいるだけだから――泣きそうにしているのは、横の男だ。
「ええ、私の知識と何ら違いはありませんでした。だから、公的なところへ依頼しなかった点もあります。覚悟は、技師様が到着してから、3日で決めると、前々から決めていたのです。知っていますよ――あなたは死ぬと知っていても、公認技師様たちと違って、やってくれるって」
「……痛いところをつかれましたね、誰が噂を流してるんだか」
レオは魔装技師としては一流を自負しているが、資格も何もない闇医者のようなものだ。だからこそ、こういった話だってくる。やれやれと、レオはソファに深々体重をかけた。
「……3日間滞在して、それで覚悟を確認してくださいませ。ルシアン、前金のお支払を」
「お嬢様……」
「いいの、いいから、早く」
「……わかりました、少々お待ちください」
別室の金庫かなにか、ルシアンは小走りで部屋を退出した。深々腰掛けたレオの服の、腕部分がくいくい、と引っ張られるが放っておきながら、ユーリアへ言葉を投げた。
「彼は幼馴染かなにか、ですか?」
「いえ、少しだけ違います。……んー、それでも、幼馴染という表現もあっているかもしれません。足が動かない私へ、唯一できた友達なのです。ほかは皆呼ぶか、誰かが寄越さないと、会えませんから。……ああでも、その、よければ、なのですが」
ユーリアが少しばかりもじもじとして、てへへ、とでも言い出しそうに笑う。
「お二人にも、友達になってほしいのです。……その、したいことが、あって」
「ぶー、ぶー! レオ、またおんなのこたべる?」
「……人聞き悪いこと言うな」
ぽんっとレオの膝にフィーが飛び乗る。あまりの人聞き悪さに、小声ながらいつもの声音で喋った。
「きゃー! たべられる!」
「はいはい……」
ぽい、とその口へ自前のチョコレートを放り込んで黙らせる。おとなしくもきゅもきゅ食べ始めたフィーをみて、ユーリアは面白そうに目を細めた。
「本当に、仲良しですね」
「まあ、そうですね。ちょっとマセガキで、いつもお菓子を求めるモンスターですよ」
「女の子は、おませさんですもの。あと、よければ、レオさんも普通にしてくださいね? これでも耳がよくて」
「……、ルシアンがキレない程度にさせてもらうよ」
さきほどのやり取り、聞こえていたらしい。聞こえてもおかしくはないと言えば無いが、ある意味は良かったかも知れない。レオはフィーより予定していた設定を守れるが、流石にニコニコ営業運転を続ければ、顔が筋肉痛になってしまう。
こんこん、とノックの音がして、扉の向こうで「ルシアンです」と名乗りが聞こえる。ユーリアが「どうぞ」、と促して、やけに大きなアタッシュケースを持ってきた。まてよ、ほんとに前金か?
「……魔装技師様、こちらが前金です。滞在中の費用も必要かと、少々多めにしております。こちらから、数日の滞在を求める手続きをしたおぼえがありませんでしたから」
「まあ、……魔装具つくるときは多少滞在するし、日程には問題ねえんだが、前金コレ何倍だ?」
「1.5倍ほどですね」
「あ、あー……まあ、うん。何も言うまい」
公認技師って、いいもの食ってんだろうなぁ――。
彼らと何ら変わりない金額。といっても、旅をするレオとフィーは固定の住居を持つ彼らよりお金がかかるのだろうが、それにしてもひどいものだ。
差し出されたそのアタッシュケースを受け取って、黒に金で魔法陣の描かれたカードを出す。置いたアタッシュケースへぽんっと触れさせて、そのケースをルシアンへ返した。
何事もなく流れ作業でそれをしたレオへ、フィーを除いて2人の視線が向いていた。
――きらっきらの、羨望の眼差しが。
「それって、何魔法です!?」
「術式をカードに込めてる、といっても行先設定……」
「あー、まてまて。不用意に異国のモンは出すものじゃねえな」
異国のものでもないし、作ったの、俺じゃねえけど――。
というのはさておき、前のめりになるユーリアの髪で隠れていた耳が僅かに尖っていて、その異様な興味の持ちようへ納得した。エルフはこの世界ではかなりの研究者を排出するほど、探究心が強い。
ここは話を逸らそう。
「ユーリアはエルフで、ルシアンはダークエルフ、だったんだな」
「いえ、細かく必要あるかはわからないですけど、私も彼も混血種です。それぞれ人間の」
「なるほどな」
「……魔装技師、いつの間にユーリア様へそういう態度」
「ルシアン、取り繕うのはやめましょ。レオとフィーはお友達になってくれたの。あなたも、執事じゃなくて私の友人として、接してほしいわ」
「……こほん。ま――レオ、ひとつ話がある」
ひどく神妙な顔でルシアンはレオへにじり寄った。さすがにその雰囲気に、言いようもない恐怖があって、レオの顔が引きつる。
「……なんだ?」
「シアに手を出したら――」
「レオやっぱり女の子たべるの?」
ぴょこん、レオの視界へフィーが飛び出る。真後ろでルシアンがフリーズし、ユーリアは「あらあらまあまあ」なんて言いながら笑っている。……堪えているのか、肩がぴくぴくしていた。
「……ステイ、いいか。何事にもタイミングってのがある。なあ――フィー、お前の喋るときは大抵真逆だ」
どことなく久しぶりに、レオとフィーは友人を得た。それでも二人は旅をするのだから、時間が限られているだろうけれど。