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<R15> 15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

おっさん冒険者はパーティーを追放された後「女体化スキル」に目覚め、元仲間達に次々と精神的ホモ行為で復讐する

作者:たかはし

「悪いがお前とはここでお別れなんだよなあ」

 その日もボブは、仲間達からなじられていた。 
 ついにはパーティーから出て行けという話まで出始めている。

 ボブは腕の悪い冒険者だった。剣は苦手、魔法も苦手。
 それでもアイテム鑑定のスキルを持っているため、どうにか勇者パーティーに所属できている。
 この世界では鑑定人が希少なのだ。

 若い頃はパーティーの賑やかし役、言わばマスコットのような扱いを受けていた。
 無能であっても若いだけで大目に見て貰えた。

 だが三十八歳の今となっては、そうもいかない。
 ボブの風貌に、かつての愛嬌は欠片も残っていない。
 小太りで毛深く、顔立ちも醜い。背は低く、四肢は短かった。
 ちりちりと縮れた黒い髪には、白髪が何本か混じっている。

 加齢が全て悪い方向に働き、ボブの美点をヘドロのように覆い隠してしまっていた。

 それに対してパーティーの仲間達は、若くて見目麗しい青年ばかりだった。

 勇者アルバート。
 賢者エドワード。
 神官アーサー。

 文武に長けた彼らからすれば、ボブは許しがたい存在だったのかもしれない。

「お前いつパーティー出てくんだ? 何回言えばわかるんだよ」
「すいません。許してください。もう間違えません」

 つい三分前のことだ。
 ボブは戦闘中、うっかり回復ポーションではなく解毒ポーションをエドワードに使ってしまったのである。
 些細なミスだが、エドワードとアーサーは鬼の首を取ったかのように突いてきた。

「これがもっとシビアな戦闘だったらどうするつもりだ? 責任取れんのか?」
「すいません……すいません……」

 ボブは土下座の姿勢で、ひたすら謝り続ける。背中はエドワードに思い切り踏みつけられていた。

「出、て、け、よ。いいな? 今日中だぞ?」

 ボブはそっと顔を上げ、助けを求めるように視線をさまよわせた。
 いつもなら勇者アルバートが仲裁に入ってきてくれる頃合いだ。
 けれど今日のアルバートは、遠巻きに離れて見ているだけだった。その上、顔はニヤニヤと笑っていた。見れば知らない女と肩を組んでいる。

「やばっ。ほんとに土下座しちゃうんだ。あたしこういう人無理だなー」
「な、嘘じゃないだろ? こいつプライドとかないから」

 ああそういうことか、とボブは納得した。今日のアルバートは女連れなのだ。
 普段は気さくな男なのだが、女が一緒にいる時のアルバートは別人になる。
 その場で立場が一番下の男をいびり、自らが上位者であることを女にアピールする悪癖を持っているのだ。
 もちろんこの場合、いびられるのはボブの役割である。

(もう嫌だ)

 ボブは屈辱の涙を流しながら、「俺パーティー抜けます」と申し出た。
 アルバート達の反応は「やっとかよ」だった。



 日が沈むと、ボブは荷物をまとめて歩き始めた。
 パーティーを抜けるきっかけになった解毒ポーションの瓶も、鞄にしまってある。
 これのせいで一人になったが、これのおかげで一人になれたともいえる。
 そう思うとなんだか手放す気にはなれなかった。

(こいつは俺に、背中を押すきっかけをくれたのかもな)

 背中を丸め、力ない足取りで歩を進める。

(田舎に行けば、俺のようなおっさんでものんびり暮らせるところがあるかもしれない)

 スローライフなんていいかもしれないな。
 そんなことを考えながら、ボブは歩き続けた。

 二週間ほど旅を続けた。
 安住の地は見つからなかった。

 もう一週間歩いた。
 とりあえず人のいない場所へ行きたかったので、緑の多い方向を選んでは進んだ。
 それが間違いだった。

 鬱蒼と木々の生い茂る森に迷い込み、ついに食料が尽きた。
 やむをえず周辺のキノコやハーブを採取して口にしたが、どうやら毒を持っていたようだ。
 ボブは嘔吐し、血便を漏らし、白い泡を吐きながら倒れた。
 なんて惨めな人生なんだと思った。

 痛みと吐き気の波の中で、ボブは願った。
 こんな汚いオヤジじゃなくて、若くて綺麗な女の子なら皆に優しくして貰えるのだろうか。
 どこかの姫君にでも生まれ変わりたい。次の人生があるならそれがいい。

『いいでしょう』

 誰かの声が聞こえた。
 ボブはいよいよ天からお迎えが来たのだと解釈した。

 しかし声の主は、ボブの足元にある石像である。
 ボブは知るよしもないが、これは忘れ去られた地母神信仰の名残だった。粗末な造形だが、女神像だ。
 ボブは無自覚のうちに、像の周りのハーブをむしって食べていたのだ。

『そなたは私のために、毒草を刈り取ってくれました。その行いに応え、願いを叶えましょう。人間よ、そなたは次に生を得た時、麗しい乙女となる』

 そしてボブの意識は途絶えた。
 肉体は確実に死に向かっていた。自発呼吸は止まり、心臓も動かなくなった。

 その時、奇跡が起きた。

 ボブが倒れた拍子に、解毒ポーションの入った瓶が割れていたのだ。
 中身がぶちまけられ、飛び散った雫がボブの口元に付着していた。
 その滴がボブを救った。
 口内に流れ落ちた数滴のポーションが、わずかに中毒症状を軽くする。

 ボブは蘇生した。 
 とはいっても、弱々しく心臓が動き始めただけ。
 このままでは再び死がボブを絡めとるのは時間の問題だった。

 救ったのは女神のもたらした誓いの言葉であった。

『次に生を得た時、麗しい乙女となる』

 約束は履行される。神は誓いを破らない。
 一時的に死から蘇ったボブ。それが「次の生」と解釈され、機械的に神の恩寵がボブの体にもたらされる。

 ボブの姿は見る見る変化していった。

 黒く縮れていた髪は艶のある直毛となり、凄まじい速度で伸び始める。
 浅黒かった肌からは色素が抜け、全体的に水気を帯びた。無駄な体毛は消え失せた。
 脂肪は胸と臀部、腿にだけ残してあとは綺麗に溶けていく。
 骨格、生殖器、声帯、全てが一つの目標に向かって作り変えられていく。

「麗しい乙女」

 へと、ボブは変わってゆく。
 体内の毒素は、その過程で消失した。

 美しくも残忍な復讐鬼が、産声を上げた瞬間だった。

「……」

 ボブはゆっくりと上体を起こす。
 何が起こったのか、まだ理解できていない。

 首を振りながら、頭の中を整理する。どうやら自分は死に損なったようだ。何故? 妙な女の声を聞いたような気がする。そのせいなのか?

 ボブはさきほどまで酷い下痢を起こしていた下腹部をさすった。痛みも不快感も消えている。
 いや、他にももっと重要なものが消えている。

 そもそも腹の膨らみが、半分以下になっている。
 贅肉のない引き締まった感触に、ボブは奇妙なものを感じた。
 大慌てで視線を下げると、ブカブカになった襟元から白い谷間が見えた。

「……?」

 胸が膨らんでいる。まるで女の乳房だ。毛だらけの中年男の胸板が、どこにもない。
 おかしい。変だ。ありえない。俺はどうなった。ボブは恐る恐る立ち上がった。
 足にきちんと力が入る。中毒症状は脱したようだ。
 だが足が細くなっている。普段の半分の太さだ。色も白い。すね毛が一本も見当たらない。

「毒のせいなのか?」

 呟いた瞬間、ボブの背中を電流が走った。
 高く澄んだ、女の声。それが自らの喉から出てきたのだから、ただ事ではない。

(嘘だろ)

 そういえば意識を失う直前、次の人生は綺麗な女の子になりたいと祈った気がする。
 それが通じたというのか?

 ボブは鞄を開けると、ランタンとナイフを取り出した。
 灯りをつけ、刀身を覗き込む。
 磨き抜かれた刃に、妙齢の美少女が映っていた。繊細な顔立ちだが、どこか匂い立つような色香がある。

(これが新しい俺)

 ボブの頭の中を、様々な想像が駆け巡った。
 これならどこかでやり直せる。きっと誰もがちやほやしてくれるだろう。裕福な男と結婚するのもいい。
 とはいえ男を恋愛対象として見るのは、しばらくは無理そうだが。
 それなら独り身でも構わない、この姿を鏡で見ているだけで当分は楽しめそうだ。

 ……いいのか?

 自分が本当に求めているのは、そんなものなのか?
 誇りも尊厳も奪われ、踏みにじられてきたこれまでをそれで取り戻せるのか?
 ボブの中で何かが囁く。

 今のボブにできること。真にやるべきこと。

(復讐)

 ボブは形のいい唇を歪めて笑った。酷薄な艶があった。




 新しい体は以前より体力があり、簡単に森を抜けられた。
 長い足は疲れを知らず、飛ぶように走れた。
 森の出口で通りがかった商隊に声をかけると、信じられないくらい好意的に対応してくれた。

「森でキノコに当たってしまいまして」

 というボブの言葉を、彼らはまるで疑おうとしなかった。
 ボブの吐瀉物と血便にまみれた服を見かねて、着替えまで用意してくれた。

「お嬢さんならただで結構」

 と、金にうるさいはずの商人がにこやかに笑っている。
 これが若く美しい女の人生なのか、とボブは愕然となった。
 中年男のままだったら、きっと叩き出されていただろう。

 商隊はこのまま町まで向かうらしい。
 またとない機会である。ボブは町まで連れて行って欲しいと頼み込んだ。
 腕を絡ませて胸を押し付けると、商人は鼻の下を伸ばして了承した。

 ボブは馬車の荷台に乗せて貰うことになった。
 商品を守るためだろう。荷台には屋根があり、(ほろ)がかけてあった。
 中に入れば、外から隠れる形となる。
 しばらくの間、ボブは密室で一人だ。

 馬車が動き出す。
 荷台の上で、ボブは自身のステータスを確認した。
 強さを数字で表した、通称ステータスウィンドウを表示するのは冒険者なら誰でもできる。

【名 前】 ボブ
【年 齢】 17
【性 別】 女
【職 業】 無
【体 力】 120
【魔 力】 200
【筋 力】 70
【耐 久】 70
【敏 捷】 100
【魔 攻】 160
【魔 防】 150
【スキル】 地母神の加護 アイテム鑑定

 まず目が行ったのは年齢だった。
 かつてのボブは三十八歳だったはずが、その半分以下になっている。肉体年齢が十七歳相当ということだろうか。
 また筋力と耐久も男時代より下がっていた。

 しかし他は、軒並み上昇している。それも大幅にだ。
 この世界の平均的な男の能力値が、大体100前後といったところ。120もあれば立派なものとされている。
 150なら天才、200なら神話の領域だ。

 今のボブは魔法関連のステータスが軒並み150を超えており、魔力に至っては200もある。
 あらゆるパーティーから後衛職として声がかかる人材だ。
 神官、魔術師、賢者、何にだってなれる。

 最後に、スキル欄に目をやる。
 地母神の加護。
 これは何だ。男だった時は「アイテム鑑定」のみだったはずだ。
 体を女にされただけではないのか? ここまで作り変えられたのか?

 あらゆるスキルは、任意に発動したり解除したりできるはずだ。
 地母神の加護とは一体何を発動し、何を解除するのだろう。

 ボブは「地母神の加護、発動」と小声で唱えた。何も変化が起きない。
 不発なのか。よほど弱い能力なのか。

「……まさかな」

 ふとある可能性に思い至った。スキルがとっくに効果を発揮しているのだとしたら?
 なにせボブの身にはもう明らかな「変化」が見られている。
 それを解除するということは。
 ボブは恐る恐る、

「地母神の加護、解除」

 と口にした。
 すると体が重くなり、手足が太く変わるのも見えた。手の甲から指にかけて、こんもりと体毛が生えている。
 元の自分の腕だ。男だった頃の姿だ。

 そう。

 これは即ち、性別を自由意志で切り替えるスキル。
 無能なおっさんと天才少女、どちらの自分も使い分けられる――

「ほう」

 これは悪用できそうだ、とボブは笑う。
 邪悪なアイディアが次々に浮かんでくる。

 再び女の姿になったボブは、新しい名前を考えることにした。
 いくらなんでもこの外見で「ボブ」は無理がある。
 今の自分に相応しい名前。

 ボブはロバートの短縮形。ロバートの女性形はロベルタ。

 ロベルタ。よしこれでいいだろう。
 安直だが、ボブの女としての名が決まった。

 ボブのこの変身を見た者は、誰もいない。

 数日かけて、馬車は町へと向かった。
 道中、何度か休憩を取った。水浴びをする機会もあった。
 全身を洗い清めたボブの、いやロベルタの体からは花のような香りが漂ってきた。
 若い女の臭いだった。

 かつてボブだった頃の脂っぽい体臭とは大違いだ。

 一行は町に辿りついた。
 ボブは礼を言って商隊と別れると、まず冒険者ギルドに登録した。
 ロベルタ名義でだ。

 それが済むと、パーティーメンバー募集の掲示板に書き込みをした。

『初心者です。気長に育ててくれる優しいパーティーを希望します。名前はロベルタ。十七歳の女です。自分に相応しいクラスがまだ見つかってないので、相談に乗ってくれると嬉しいです』

 すぐに大勢の冒険者が声をかけてきた。
 なんせロベルタは圧倒的に高い素質を持った、美しい少女なのだ。争うようにして勧誘合戦が始まった。
 その中で一番よい条件を提示してきたパーティーを選び、加入した。

「薔薇の団」という中堅のパーティーだった。全員が男だった。

 ちょうど後衛が手薄で、手頃な人材を探していたのだと説明される。
 だが理由はそれだけではないだろう。薔薇の団の面々は、盗み見るようにしてロベルタの体に視線を送ってくる。

(女日照りというやつか)

 別に構わなかった。利用できるものはなんだって利用する。
 全ては復讐のため。

 こうして、ロベルタの女冒険者生活が始まった。
 男時代とは大違いだった。擦り傷一つで大げさに心配され、パーティーメンバーがその身を盾にして守ってくれる。
 ドロップした装備は、ねだれば何でもロベルタに回してくれる。

 まさに姫だった。

 装備だけでなく、技術も連日のように貢がせた。
 団内の魔術師や神官から様々な魔法を教わったのだ。
 ロベルタが甘えた声を出すだけで、どんな指導も受けられた。

 少女の頭は覚えが早く、見る見る強力な後衛として育っていく。
 職業は「賢者」を選んだ。
 かつてボブと呼ばれていた頃、自分を何度も足蹴にしたエドワードと同じ職業。

(お前は無属性閃光(フレア)の魔法が苦手だったな、エドワード。今の俺を見るがいい。片手で連発できるぞ)


 一年の月日が流れた。
 ロベルタは十八歳になり、大陸最強の女賢者として名を轟かせるようになっていた。
 怒りと憎しみを糧に、己を鍛え続けた結果だった。

 評判を聞きつけ、懐かしい顔ぶれがロベルタの前に姿を現した。

 魔王討伐のため旅を続ける、勇者パーティーの面々である。
 アルバート、エドワード、アーサー。
 三人の青年は告げる。

「君の力が必要なんだ」

 かつて要らないと切り捨てたおっさん冒険者を、媚びた笑顔で勧誘する勇者アルバート。
 ロベルタは少し迷うふりをしてから、スカウトに応じた。

(お前達の全てを破壊してやる)

 胸の中で舌なめずりをしながら、ロベルタはアルバートと握手を交わす。
 薔薇の団を抜け、古巣へと舞い戻る。目標に一歩近付いたといえる。

「おや、君はアイテム鑑定ができるんだ?」

 ステータスウィンドウを開きながら、アルバートが言った。
 ロベルタは動じた様子を見せぬよう、細心の注意を払って「ええ」と答える。
 まさか勘付かれたか、と冷や汗が流れる。

「いやちょっと懐かしくなってね」

 アルバートとエドワードは顔を見合わせ、押し殺した笑いを見せた。
 アーサーは「やめとけよ」と二人をたしなめる。
 三人の中ではアーサーが一番常識的な振る舞いを見せるが、ボブに最も激しい暴力を振るったのもこの神官である。切れると人が変わるタイプなのだ。

「去年までうちにも鑑定士がいたんだけどさ、そいつのこと思い出して」

 ……それってどんな方だったんですか、とロベルタはたずねる。
 アルバートは実に愉快そうに答えた。

「すげえ汚えおっさんだったよ! もう臭いのなんのって。あれって加齢臭ってやつだろ? おまけに何をさせてもてんで駄目。今どうしてんだろうなあいつ。どっかで首でも吊ってんのかな」

 ぎゃはははは、とアルバートの笑い声があたりに響き渡る。
 ロベルタの中で何かが壊れる音がした。それは良心と呼ばれるものだった。

 パーティーに加入したロベルタは、めきめきと頭角を現した。
 攻撃、補助、回復、およそ魔法と呼ばれるものなら何でもこなした。
 おまけにアイテム鑑定まで可能なのだから、自然とパーティー内での発言力は強まる。

 ロベルタの台頭で一番煽りを食らったのは、同じ賢者のエドワードであった。
 なにせ役割が被っている。それでいて何をやらせてもロベルタの方が上手くやる。

 いつしか賢者エドワードは、勇者アルバートから頻繁に小突かれるようになっていた。

「おいおい、まだフレア習得できねーのか? ロベルタ見習えよ馬鹿が」

 アルバートは口説きたい女の前では、その場で最も立場の低い男にマウントを取る。
 そうやって自分を上に見せたがる人間だ。
 アルバートはあろうことかロベルタに惚れ、エドワードはかつてのボブと同じポジションに落ちぶれたのである。

 笑いが止まらなかった。
 ロベルタは巧妙にアルバートを誘惑し、着実にパーティーの実権を握っていった。
 今やアルバートは、ロベルタの操り人形と化していた。

 頃合いだと判断した。

(まずはエドワード、お前だ)

 ロベルタは「最近エドワードが体を触ってくる」とアルバートに吹き込んでみた。
 でっちあげだが、そんなのはどうでもよかった。嘘など色仕掛けでいくらでも真実にできる。
 すがるように。しなだれかかるように。か細い声で助けを求めると、勇者アルバートは立ち上がった。
 ありもしない罪を罰しようとエドワードに殴りかかり、やや遅れてアーサーもそれに加わった。

 二人がかりである。
 一方的なリンチだった。
 今やエドワードは血まみれになり、足腰もおぼつかなくなっている。

「悪いがお前とはここでお別れなんだよなあ」

 頭を守るようにしてしゃがみ込んだエドワードの背中を、アルバートはぐりぐりと踏みつけながら言った。
 かつてボブに向けられた言葉が、今まさにエドワードに放たれたのだ。
 ロベルタは天にも昇る快感を味わいながら、成り行きを見守る。

「俺は何もやってない」

 うわ言のように繰り返すエドワードだったが、次第に呼吸が浅くなり、やがて――事切れた。

「誰にも言うなよ」

 そうアルバートは命じた。
 アーサーとロベルタは静かに頷く。
 死体は山に埋めた。

 その晩、ロベルタはアルバートの寝室に呼ばれた。
 仲間を殺めたことに一応は罪悪感があったらしく、アルバートは酷く弱っていた。

「俺が悪いのか?」

 酒の力を借りて、かろうじて正気を保っているように見えた。
 こんな無様なガキが救世の勇者だなんて。いっそ人間の世界は魔王に滅ぼされてしまえばいいとロベルタは思った。

 だがそんな本音を悟られるわけにはいかない。
 ロベルタはそっとアルバートを抱き寄せると、「私がついてるわ」と耳元で囁いた。
 若い勇者はそこで理性が飛んだらしい。

「いいだろ?」

 ロベルタは押し倒され、息の荒くなったアルバートにのしかかられた。
 怖気の走る思いだったが、全ては絶対的な勝利のため。
 この程度の恥辱がなんだというのか。

 ロベルタは「いいわ」と答え、女を演じ切った。

(中身は男同士だろうに。愚かな奴だ)

 翌日から、アルバートは人目もはばからずロベルタの肩を抱くようになった。
 迷惑だった。
 そういうのは二人きりの時にして欲しい、と注意する。それでもアルバートは手を離そうとしない。

 女好きなのである。

 そしてそれはアーサーも一緒だった。神に仕える神官でありながら、いい女には目がないのがこの男だ。
 アーサーは血走った目でアルバートを睨みつけるようになった。
 パーティーの空気は目に見えて悪化した。

「だから女なんか入れたくなかったんだ」

 とアーサーはロベルタに当たるようになった。
 しかしこれは嫉妬の裏返しだった。欲しくて欲しくてたまらないものなのに、手に入らないからこそ悪態をつく。
 本当にどうでもよければ、視界に入ってもなんとも思わないだろう。

 ロベルタはアーサーの這うような視線を常に感じていた。
 うなじを、きゅっと締まった小股を、たわわに実った胸元を、目でなぞられているのを知っていた。

 だから、たった一言で良かった。

「本当に好きなのは貴方なの」

 とアーサーに告げ、なのにアルバートに迫られたとうそぶいた。
 力づくでものにされた。抵抗はできなかった。腕力では敵わない。自分は汚れてしまった。
 涙まで見せれば、新たなマリオネットの誕生である。

 正義感と性欲に突き動かされたアーサーは、アルバートと決闘を始めた。
 滑稽極まりない光景である。
 内心では小躍りしながら、ロベルタはオロオロと慌てふためいて見せた。

 その様子を二人の男は「自分を心配している」と互いに解釈し、壮絶な殺し合いを続けた。
 アーサーの右腕が飛び、アルバートの左目がえぐられる。即死呪文、麻痺呪文、火炎呪文、ありとあらゆる攻撃魔法が乱れ飛ぶ。

 最後に立っていたのはアルバートだった。
 腐っても勇者といったところか。全身に深手を負いながらも、どうにか生きている。

「なんだったんだこいつ、急に」

 肩で息をするアルバートに、「彼は妬いてたの」と声をかける。

 これで残るは一人。
 今ならアルバートは弱っている。ただ魔法を放つだけで仕留められるかもしれない。
 だがロベルタの積年の恨みはその程度では晴れない。そもそもアルバートとの付き合いが一番長いのだ。
 それは即ち、最もボブを痛めつけていた期間が長いということでもある。

 この男はただの報復では済まされない。
 人生を、全てを奪い取らねばならない。

 絶望より深い絶望。
 それを与えるため、今のロベルタにできること。

 もはや狂気の域に足を踏み入れた復讐心は、軽々と人の倫理を超えた。

 続けざまに自らの手で仲間を殺め、衰弱したアルバートの心にロベルタはいともたやすく付け込めた。
 元々己に惚れていたのである。
 こうなるのは自然な流れだった。


 ロベルタは、アルバートと結婚した。
 一年と半年後、子供も産んだ。
 男児だった。


 貞淑な妻を装い、その機会を待った。
 幸せの絶頂というタイミングで、全てを切り出すために。

 新婚のロベルタとアルバート、そして赤子の三人は宿で休んでいた。
 静かな夜だった。
 ベッドの上ではアルバートが肘枕をしている。穏やかな表情で、我が子の寝顔を眺めていた。

 ロベルタはアルバートの隣で、シーツを肩まで被っていた。
 どこからどう見ても若い一家の、幸福な一時だった。

 アルバートはロベルタの体をさすりながら、「いいだろ?」とせがむような声で顔を近付けてくる。

「そろそろ二人目が欲しいんだよ」

 ずっとずっと、この時を待っていた。

「あなた、今幸せ?」
「当たり前だろ」
「そう。今から私が言うことを聞いても?」
「なんだい。どこかで無駄使いでもしてきたか」

 何を言う気さ、とアルバートは面白そうに聞いてきた。
 ロベルタに心を許し、油断し、全く深刻なことを考えられなくなっている。

「昔あなたには鑑定士の仲間がいたそうね」
「……ああ、それがどうかしたか」
「名前はボブ」
「――どこで聞いたんだ?」

 ふん、とアルバートは小馬鹿にするように息を吐いた。

「ああ、冒険者連中から聞いたのか。あいつが何だって? もしかして会ったのか?」
「ある意味そうね。頻繁に会ってるようなものだし」
「……何か言われたのか?」

 アルバートは眉間に皺を寄せて言った。

「なるほどな。あいつから色々昔話を聞かされたのか。そうだな、確かに俺はあいつに少々冷たく当たりすぎたかもしれない。反省してるよ」

 よくあることだろ? とアルバートは笑った。

「もういいじゃないか。済んだことだし」
「済んだこと……?」
「そうそう。時効なんだよ時効! 何年も前のことを一々引きずってる方が気持ち悪いって」
「そう……ならこれも許してくれる? 私があの子を産んだのは一年以上も前のことだし」
「……子供?」

 ロベルタは深く息を吸い、そして言った。

「私がボブなの」

 アルバートの表情が怪訝なものになる。何を言われているのかわからない、という表情だった。
 部屋の中は静まり返り、かすかに赤子の寝息だけが聞こえてくる。

「……ボブ……? どういう……?」
「こういうこった」

 ロベルタは久方ぶりに地母神の加護を解除し、ボブとなった。
 しなやかな女体は瞬時に変化し、四十男の贅肉に埋もれた肉体が現れる。
 醜く太く異臭を放ち、体毛は熊のように濃い。

 アルバートは震えながらベッドから転げ落ちた。

「なんだ……? ロベルタ? どうしてお前がここに……変身魔法なのか? いくら何でも悪ふざけが過ぎるぞロベルタ。俺のロベルタ……」
「まだ受け入れられないのか? お前は女になっていた俺に惚れ、俺を抱き、俺との間に子供を設けたんだよ」
「……嘘だ」
「精神的には男同士だったのになあ? なあ? どうするんだよおい?」

 アルバートは身を起こすと、口元に手をやった。

「う゛お゛え゛っ゛」

 びだびだと不快な音を立てて、床に胃の中身がぶち撒けられる。
 女好きで面食いのアルバートが、男と夫婦生活を続けていた。
 その事実に体が拒否反応を示したのだろう。

「ふざけるな……ふざけ……お前も! ボブ! お前だって俺と同じ苦痛を味わったはずだ!」
「そうだな。地獄のような一年だった。だが同時に、心躍る一年でもあったよ。お前にこれを打ち明ける瞬間を思うと、どんなことにだって耐えられたね」
「……貴様ァ……正気かよ……」
「俺をここまで狂わせたのはお前らだろ?」

 アルバートは再び体を折り曲げ、嘔吐を繰り返す。ついには赤いものの混じった吐瀉物が出てきた。

 精神的にはホモだった。おっさんを抱いていた。圧倒的なメンタルホモ。
 脳がホモに犯され、世界に悪寒が満ちていく感覚。
 ロベルタと一つのコップを使い回したことが何度もあった。間接ホモだ。
 ロベルタと風呂に入ったこともあった。混浴ホモだ。ホモなのに混浴。意味がわからない。

 アルバートは深く混乱し、後悔し、己の全てを呪った。
 剣を取り、ボブの鼻先に突きつける。

「ぶっ殺してやる!」
「やってみろよホモ勇者!」
「ホモはてめぇだろうがぁ!」

 ボブは女の姿に切り替わった。総合的な戦闘力はこの体の方が高いための判断だった。
 しかしそれは強さ以外に別の恩恵をもたらした。

 アルバートが怒りとも悲しみともつかない顔で、剣を持つ手を震わせ始めたのである。
 すぐにでも切りかかってくるかと思ったが、どうやら躊躇しているらしかった。

 それもそうか、とボブ/ロベルタはほくそ笑む。
 中身は憎い憎い変態親父でありながら、外見は最愛の妻そのものなのだ。
 軽蔑しきっていた小汚い中年男と、惚れた女が同一人物。

 これ以上の苦しみが、果たしてこの世にあるだろうか? ないはずだ。
 ロベルタは泣きながら剣を取り落としたアルバートの顔に、フレア魔法を打ち込んだ。
 閃光があたり包み込み、ホモまみれの勇者が蒸発していく。

「……ロベルタ……子供は、どうするつもりだ……」

 それが、勇者の残した最後の言葉だった。

 全てが終わった。
 範囲を絞って放ったため、子供には傷一つない。

「ふふ……」

 ロベルタは、自分と憎い男、両方の血を引く赤子に目をやった。
 さてどうしたものか。
 愛着と憎悪、どちらの感情も抱いた我が子。

 ロベルタは――

「ふ、ふふっ……ふははっ……」

 ロベルタは、そしてロベルタの中のボブは、笑いながら泣いていた。
 言いようのない達成感と、とてつもなく大きなものを失った感覚。二つがごちゃ混ぜになった、感情の波が精神を飲み込んでいく。

「あはっ。あはははっ。あはは! ははは! ははは……。うああ。うあああ。うああああああ! ああああああ! アルバート! アルバート! 俺の、私の夫! お前は俺をいたぶった! だが私には指輪をくれた! お前は俺を虐げた! だが私には優しかった! あああああ! あああああああ! あああああああーッ!!」

 慟哭は一晩中続いた。
 子供は母の上げる声に目を覚まし、怯えて泣き出した。
 二人は一緒になって、疲れ果てるまで泣き明かした。


 それから十五年が経った。
 勇者の血を引く少年と、その美しい母親は二人で魔王を倒し、歴史に名を残した。
 新たな勇者は自らの国を立ち上げ、名君として人々に愛された。
 国の標語は、「復讐は何も生まない」だった。
 これは勇者の母が、何度も口を酸っぱくして教えた教訓だからだ。

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