第9話
「さぁ、できたよ。きれいだねミオリ」
「ありがとう。おばさん」
この半年で、肩の少し下のくらいの長さだった私の髪は、肩甲骨のあたりまで伸びて結うことができるようになっていた。おばさんは器用に編み込みして、リボンをつけて可愛くしてくれた。
「新しい服もよく似合うね。隊長さん、ドキドキしちゃうね」
リィナの言葉に私のほうがドキドキする。
私が今着ているのは、店をよく手伝ってくれるからってヤールさんが買ってくれたもの。薄いピンク色のワンピースで胸元や裾にレースが施されている。普段はこんな格好しないから、ウキウキする。こっちに来て、毎日暮らすことが大変でおしゃれなんて忘れていた。
そんなやりとりをしていた時、お店の戸が開いて隊長さんが入ってきた。
私を見て驚いた顔になってる。変なところでもあるのかな。髪似合わない? ワンピース変?
「あの・・」
私はおそるおそる隊長さんに聞いてみた。変って言われたらどうしよう。
「いや、すまない。あまりに可愛いので驚いただけだ」
うわっ、なにそれ。隊長さんの言葉に恥ずかしくなって、顔が赤くなる。
「はいはい、もう出かけて下さい。あたしたちも出かけるんだから」
リィナがちょっと呆れたような口調で言った。
「隊長さん、今日は観光客も多いから気を付けて下さいよ」
「勿論です」
おばさんに言われて隊長さんは真剣な顔で返していた。そうか私、悪党に見つかっちゃだめなんだった。でも、カラコンしてるし大丈夫だよね。それに、この半年でラインドアの人たちの習慣や振る舞いをおばさんから教えてもらって実践してるから、異世界人っぽさもないと思うんだけど。
村の中央広場に着くと、お祭りに来た人々で賑わっていた。こんな小さな村のお祭りなのに観光客が来るなんて、それにカップル度が高いんだけど。
私と、隊長さんもそう見えるかな。見えたらうれしいな。
ぼぅとしてると、隊長さんが私の前に手を差し出してきた。
「人が多いから手をつないでおこう。ミオリは小さいからはぐれると困る」
「ありがとう。隊ち・・」
私は言いかけて、オレムさんのお願いを思い出した。
「キールさん」
私がそう言うと、隊長さんはすごい勢いで私を見て、またすごい勢いで顔をそらした。
えっ、名前で呼んじゃだめだった。
「ごっ、ごめんなさい。隊長さんのこと、名前で呼んでってオレムさんに言われて、でも失礼でしたよね」
「いっ、いや。失礼じゃない。たっ、ただ、驚いただけだ。大丈夫。名前で呼んで構わない」
「よかった」
ホッとして、差し出された隊長さんの手をとった。
「まったく、オレムのやつ」
隊長さんの呟きは私には聞こえなかった。
「あーっ、オレム副隊長。あれ、隊長とミオリちゃんじゃないですか」
一緒に警邏するヴァンが2人を見つけた。2人ともいい笑顔で屋台の並びを見ながら歩いている。
「あーっ、手、手つないでる。副隊長! 手つないでますよ。あーっ、ショックだ」
「ヴァン、うるさいぞ」
私は、一喝したがヴァンはじめ隊員たちの落ち着きがなくなった。
「がっかりだな。明日から何を希望にすればいいんだ」
「やっぱり、ミオリちゃん、隊長のこと好きだったんだ」
「がっかりだけど、雑貨屋のロイじゃなくて良かった」
「そうだな、あいつ少しばかり顔がいいからって鼻にかけているからな」
「それに、隊長もいい顔で笑っているじゃないか。隊長には幸せになってほしいし、俺は大賛成だな」
「そうだな、隊長にゃ勝ち目ないもんな」
よくわかってるじゃないか。私は心のなかで呟く。それにしても楽しそうだ。私のプレゼントはどうだったかな。破壊力抜群だったと思うんだが、隊長は動揺したかな。
私は、そんなやりとりが広場の隅で行われているなんてこと知らずにお祭りを楽しんでいた。
隊長さんの案内で屋台を巡って、櫓から撒かれた大麦の穂を受け取った。受け取ったもので、その年の幸運度が違うんだって。大麦の穂は、おみくじでいうと中吉くらいみたい。隊長さんは、雑貨屋のロイさんの妹に「お兄ちゃんのかたき」って言われながらジャガイモみたいなものを投げられてた。隊長さんは余裕でキャッチしてたけど、かたきってなんだろう。ジャガイモみたいなものは、大吉みたいだけど当たったら痛いよね。結構、過激なお祭りなんだね。
屋台をやってる村のおじさんが「ミオリちゃん、隊長さんを誘ったのかい。さすが目の付け所が違うね。隊長さんなら安心だ。幸せになりな」って声をかけてくれた。他にも、村の人から似たような言葉をかけられた。どういうこと? 隊長さんは、その度に苦笑いしている。
広場を一回りした後、西側の噴水の前で隊長さんに聞いてみた。
「キールさん、このお祭りってなにか意味があるんですか」
隊長さんは、少しの間をおいて教えてくれた。
「やっぱり知らなかったか。・・・・この祭りは、女性が好きな男性を誘って来るものなんだ」
「えっ、えっ、えーっ!」
私がすごく驚いているのを見て、隊長さんはくっくって笑ってる。
うーっ、顔が赤くなる。リィナ、もっとよく教えなさいよ。恥ずかしいじゃない。
「来年は、好きなやつを誘うんだな」
「えっ・・・・」
笑みと共にさらりと言われた言葉に胸に痛みが走り、次第に悲しくなってくる。そんな風に簡単に言わないで下さい。隊長さんにとって私はどんな存在なんですか。私が好きなのは隊長さんなんです。隊長さんなんですよ。
「わっ、私が好きなのはキールさんです!」
思わず口から出てしまった。
「ミオリ・・・・」
隊長さんは眼を見開いて私を見つめている。驚いているんだろうな。でも、私の想いは溢れて言葉となって口をつく。
「キールさんは困るかもしれないけど、好きなんです」
隊長さんを見上げ、しっかりと空色の眼をみて伝える。うぅ、ドキドキして、泣きそうになる。
隊長さんはちょっと困った顔をして、口元を押さえてる。
隊長さんからはなかなか返事がなかった。やっぱり迷惑なんだなと思って俯いた時、
「好きだ。俺もミオリが好きだ」
答えてくれた言葉に驚いて、慌てて顔をあげると隊長さんは微笑んでくれた。耳たぶや頬がちょっと赤くなってる。私と同じようにドキドキしているのかな。
嘘みたい。隊長さんも同じ想いだったなんて。本当に本当? 赤くなった隊長さんの顔が本当だって言ってるようでじわじわと実感が湧いてくる。私はうれしさと緊張がとけたのもあって、へなへなとその場に崩れ落ちそうになった。隊長さんが、慌てて支えてくれる。
ちょうどその時、広場の上空に花火が打ちあがった。
「きれい」
私は、隊長さんに身体を支えられたまま花火を見続けた。