第5話
「2通目ですね」
オレムから、王都の通達を受け取る。
中央神殿の印が押された通達は3か月前に1通、今回の1通と2回届けられている。
中身は見なくてもわかる。禍つ人の捜索についてだろう。
俺は嘆息して開封する。
中央神殿からの通知には、禍つ人がこの国に現れ既に半年が経過しているであろうこと、黒い瞳を持つ者を見つけた場合は速やかに連絡すること、禍つ人を匿った者は厳重に罰する旨が書かれていた。
ミオリがトリア村に保護されて半年。
中央神殿は見つからない禍つ人にいら立ち、とうとう大神官たちが直接捜索を始めたという。
大神官たちの、占術は侮れない。ここが見つかるのも時間の問題かもしれない。
ミオリは金色亭を手伝いながら、この世界の生活の術を女将さんから学んでいた。女将さんが言うにはミオリの世界は、ラインドア王国より数段進んだものであるらしい。機械を用いて便利に生活することができ、教育も十分に受けることができるそうだ。彼女も不自由なく育ってきたらしい。
ここでの暮らしはつらくはないだろうかと女将さんに問うと「つらいだろうけどね。あたし達の前じゃ、そんな素振りは微塵も見せないよ」との返答だった。
なにか自分にできることはないかとも聞いてみると「頻繁に顔を見せに来てくれればいいよ。トラウト隊長のことは一番信頼しているようだからね。この世界で最初に見た人間だから、刷り込みでもされてんのかね。ははは」と笑われた。
ミオリは、俺が金色亭を訪れると笑顔で迎えてくれる。客の対応をすぐに済ませ、慌てて俺の方に駆け寄ってくる姿をみると自然に笑みがこぼれる。確かに、親にすり寄る雛を思い出す。
リィナはそんな俺を見て「隊長さん、よく笑うようになったね」と言った。その言葉で、自分が自然に笑うことがここ数年なかったことを思い出した。ミオリが、無心に俺を信頼し頼っている。そのことが、自分の心に何らかの変化をもたらしているということに気づかされた。
ミオリは女将さんの遠縁の子ということになっている。
トリア村は国境にあるが、僅かに温泉が湧いているので少なくない数の観光客が訪れる土地でもある。旅行者に、ミオリの異世界人としての異質さが漏れないのは<カラコン>と、彼女自身の努力おかげだろう。ミオリは女将さんからラインドア人の習慣や言葉遣いなど細かに教わりそれにならっている。
金色亭には、明るく気立ての良い子がいると評判で、居酒屋に通い詰める若者もいると聞いた。砦からも、幾人かが常連となっていると聞いている。
金色亭で働くミオリの姿を思い出す。よく動いて、笑顔で客に対する姿には好感がもてた。
早くニホンに還りたいだろうに。よく頑張っている。
数日おきに森に入っているが、あの場所には、未だ変化がないままだった。
「このまま、隠し通せるといいのですが」
オレムが、通達を覗き込む。
「そうだな。だが、神官どもも本気だ」
「あんなにいい子が禍つ人なわけないじゃないですか。そもそも禍つ人ってなんなんでしょうね。古い書物に、真偽も不明で僅かに記録されている程度なのに」
オレムのいう通りだ。ミオリに世界を滅ぼすような力があるとは思えない。
しかし、ミオリが持っていたあの機械。悪用しようとすればできるのかもしれない。ミオリのように異世界から迷い込んだ者が、悪しき知識や悪しき心を持った人間だったとしたら・・・。この世界は、簡単に滅ぼされてしまうのかもしれない。
俺と、オレムがそれぞれの考えに耽っていると、部屋のドアが大きくノックされ、それと同時に3人の隊員が入ってきた。
「隊長! 誕生日おめでとうございまーす」「さぁさぁ、お祝いでーす」「今日はみんなで金色亭に行きますよ!」隊員たちは、大声で話しながら俺とオレムの腕をとった。
「なんだ、お前たち。突然」
オレムが抵抗する。
「まぁまぁ、今日は隊長の誕生日ですよ。呑みましょうよ」
「隊長を連れていくと、ミオリちゃんが喜ぶんですよね。笑顔がいつもと違うというか」
「隊長は保護してくれたお兄ちゃんですからね。一番信頼されてるんですよね」
3人はそれぞれ口にする。
「それじゃ、趣旨がちがうだろ。隊長の誕生日を祝うのに、どうしてミオリの笑顔云々が出てくんるだ」
オレムが疑問を口にする。
「だって、俺たちミオリちゃんの笑顔好きなんだもん」
「はーっ」オレムはため息をついた。
隊の中でも、若いノリのよい3人組だ。金色亭の常連になっているらしい。隊員たちはミオリを迷い人だとは知らない。森の中で、行き倒れていた隣国の娘だと思っている。
3人は、俺の腕を引いたり、背中を押したりして執務室から連れ出した。誕生日などもうめでたくもないが、祝ってくれるらしい。まぁ、抵抗せずについていくか。
「オレム副隊長も、待ってますからね」
一人の隊員が、室内に残ったオレムに声をかける。
「わかった。他の隊員も集まっているんだろう。鍵をかけたら、すぐに行こう」
「保護してくれたお兄ちゃんねぇ・・・。浅いなあいつら。まぁ、本人も気付いてないようだから仕方ないか」
執務室の鍵を閉めながら、オレムが口元を緩めたことを俺は知らない。