小話「カレンドア伯爵の帰還」
「お嬢様、旦那様が戻られました」
侍女の声に身体が震える。
ジンが帰って来た。
王都で自らを禍つ人と名乗り、ディーン皇子に加勢して国王を排斥したと“影”から聞いた。
その行動はこの東の領内にどのような影響を及ぼすのか非常に不安だった。領民はジンを領主と認めないのではないか、彼はここを追われてしまうのではないか。その時、わたくしはどうすればいいのだろうと。
でも、それは杞憂だった。
彼はすでに良き領主だったのだ。彼の実績の前では、彼が国王を斃した禍つ人であるなんてことは些末なことだったのだ。その証拠に、彼は無事に屋敷に辿り付くことができ、領民が屋敷の前に集まってジンの帰還を祝福している。
彼は、ディーン皇子を支えるために、王都に2か月滞在していた。
ジンは王都の迷い人と話すことができたのだろうか。彼の問題は解決したのだろうか。
わたくしは、ジンとどんな顔をして会えばいいの。
階下に降りていくと、ジンは使用人たちに王都土産を渡している最中だった。
「王都の酒もあるぞ。今日は酒盛りをしよう」
「ありがたい」
「レディたちには、リボンやレースを購入してきた。救国の迷い人が選んでくれたぞ」
「わーっ、可愛い! 縁起もよさそうですね」
ジンも使用人たちも笑顔だった。
「ジン、おかえりなさい。わたくしにはなにを下さるの?」
「リデラ」
ジンの瞳がまっすぐにわたくしに向けられる。その瞳には今まで見られたような迷いや寂しげな色がなかった。彼は変わった?
「あるぞ。とびきりのがな。だが、ここでは渡せない」
ジンはそう言うと、私の手を取り執務室に向かう。
「王都の迷い人、ミオリに会った」
ジンの言葉に黙って頷く。
「彼女は私のいた時代より約400年後から飛ばされたらしい」
「まぁ」
とてつもない時間の流れに言葉を失う。
「彼女は私の知りたい答えを持っていた」
ジンは静かに話し始めた。
リデラも知っての通り、私は戦の最中にこの国に飛ばされた。私は戦の結果と家族がどうなったのかをどうしても知りたかった。家族はあの後、殺されてしまったのではないか、不幸になったのではないかと思いが常に私の心を苦しめた。
ミオリは、戦はわが軍の勝利だったと教えてくれた。あの戦以降は大きな戦もなく平安な世が続いたとも教えてくれた。おそらく家族は無事に暮らせたのだろう。それを知ることができて良かった。私だけがのうのうとこの世界で生き続けていいものかと思い悩んでいたが、家族が無事に過ごせたのなら、私もここに足を付けて暮らしても良いのかもしれない。
「リデラ」
ジンが静かにわたくしを見つめる。
よかった。ジンはこの国に居続けることを選択したのね。
「今更だが、その・・・・あの・・・・」
急に歯切れの悪くなったジンを見つめる。彼は俯いて手の中の小箱をくるくると回している。
「この箱の中にお土産が入っているのね」
「あっ」
私はジンの手の中の小箱を取り上げた。
ジンはなかなか言いたいことが言えない時がある。重い話しをする時や照れている時にそれが顕著なのよね。このままじゃ話が進まないわ。トラウト様に言われた通り、わたくしから動くことも必要だわ。
「なにかしら、楽しみ」
小箱のリボンをほどき箱のふたを取ると、透明な光を放つ宝石を嵌め込んだ指輪が現れた。
「ジン、これ・・・・」
髪飾りかなにかと思っていたわたくしはあまりのことに箱を取り落としそうになった。まさか、指輪とは思わなかった。
「けっ、結婚してくれないか。君と一緒にこの国で生きていきたい」
「あぁ、ジン・・・・」
わたくしの待ち望んでいた言葉。
「長い間、待っていてくれてありがとう」
「本当に、わたくしおばあちゃんになるかと思ったわ」
わたくしはジンに飛びついた。ジンの手がおずおずと背中に回される。
その時、立ち聞きしていた使用人たちの荷重に耐えかねて、部屋のドアが壊れて使用人共々倒れこんできた。
皆、ばつが悪そうに笑っていたけど、誰かが「おめでとうごさいます」と言った途端にお祝いの言葉が乱れ飛んだ。ジンとわたくしは顔を見合わせて笑った。
よかった。ジンはやっと解放されたのね。ミオリから答えをもらえて本当によかった。
「本当にびっくりしました。伯爵から聞いてはいたけど田んぼが広がってるんだもの」
あれから2年、目の前の小柄な少女はお茶を手にして微笑んだ。
「でも、センスないでしょう。コメに似ているからコメモドキよ。ダイズに似た植物もダイズモドキですもの。この領内にはモドキって言葉がたくさんあるわ」
「あはは」
わたくしの言葉に少女が笑う。
彼女は領内の風景に言葉を失い、米やミソ、ショウユを使った料理に涙を流した。
傍らにはトラウト様が寄り添って心配そうに見つめている。
大丈夫よ。トラウト様。涙は悲嘆や苦しみじゃない。彼女の足はちゃんとラインドア王国に着いているわ。
「リデラ、キクが起きたよ」
ジンが昨年生まれた長女を抱っこして部屋に入って来た。お昼寝から目覚めたのね。
わたくしはジンからそっとキクを受け取った。
「キクちゃん!?」
少女は笑顔でキクの顔を覗き込んだ。
「そう、華憐な花の名前だそうね」
「はい、そしてとても強い花ですよ。特に野菊は強いです。祖父の家の庭にもありました」
少女の言葉に頷く。
地中に強く広く根を伸ばしていく花、年月を経てその根は太くなっていく。
ミオリ。あなたもこの国でそんな風に生きて。わたくしたちはいつでも力になるから。




