第8話
キールさんに抱きしめられて、キールさんの心音を聞いていると段々と落ち着いてくる。初めて会った時みたい。なんだかとても長い間離れていたような気がするけど、たった半月程度なんだよね。こんな風に感じるのも、キールさんが私にとって大事な人だからなんだろうな。
「キール、トレイアはいなくなったよ」
皇子がキールさんに声かけるのが遠くに聞こえた。耳が塞がれているからよく聞こえない。
「知ってる」
キールさんは私を抱きしめたまま答えている。
「大体、かたはついたと思うけどね」
皇子は溜め息をついて呆れたように続ける。
「知ってる」
キールさんの答えは同じ。
「もう、ミオリを離してもいいと思うけどね」
皇子が苦笑いしているのが聞こえる。
「邪魔するな。せっかくミオリが俺を抱きしめてくれているのに」
うわっ、キールさん! 嬉しいけど、嬉しいけど、恥ずかしいです。
私は慌てて、キールさんの背に回していた手を放し「もう大丈夫です」の意味を込めてポンポンと背中を軽く叩いた。
キールさんが、溜め息をつきながらゆっくりと私から離れていく、温かい空気が徐々に薄れる感覚にちょっと寂しさを感じた。
「ありがとう、キールさん」
「当然のことだ」
キールさんの澄んだ空色の瞳は、どこまでも私を優しく包んでくれる。
「コホン」
軽い咳払いが聞えた。皇子だ! 皇子のケガはどうなったんだろう。周囲を見渡し皇子を探した。
「皇子、ケガは、ケガは大丈夫ですか」
「たいした傷じゃないんだけど、心配させたね」
皇子はそういうけど、ケガした方の腕に目を向ける。腕には衣服を裂いて包帯状にしたものが巻いてあり、すでに止血されているのが目に入った。血が流れ出ていないことに安心する。だけど、だらりと下がった腕に新たな不安が湧き起こる。動くんだろうか? 神経とか大丈夫なのかな?
皇子は私の視線を受けて察したのか、僅かに苦痛な表情を浮かべてケガした方の腕を上げて見せてくれた。
「あぁ、動くんですね。よかった」
私が安堵の溜め息をつくと、皇子は口の端を上げて頷いてくれた。“影”がたくさん付いてても完璧に守ることは難しいんだな。
あれっ、そういえば皇子を守っていたスレイさんはどうしたんだろう。私はスレイさんを探して周囲を見渡した。
「スレイだったら、完敗だって呟いて出て行ったよ。まぁ、数か月は戻ってこないんじゃないかな」
皇子が苦笑して答えてくれた。皇子の隣ではキールさんが少し不機嫌な顔をしている。
完敗? 皇子側は勝ったのに? どうしたんだろう。私は首を傾げて皇子を見た。
「まぁ、気持ちはわかるけどね」
皇子はスレイさんが去った理由は教えてくれず、苦笑いするばかりだった。
「ミオリ殿」
深みのある声に振り向くと、東の迷い人、黒髪に青い瞳の佐山さんが立っていた。この世界の衣装に身を包んでいるけれど、どことなく感じる違和感。やっぱり日本人なんだ。瞳の色が違うのはハーフなのかな。
「はい」
少し緊張する。何を言われるのかな。何を話そうか。聞きたいことはたくさんある。
「私は東と西を分かつ合戦の最中にこの国に飛ばされた」
東と西を分かつ合戦? 佐山さんは平成から来たんじゃないんだ。合戦って何時代? そうだ! 場所! 場所を聞けばわかるかな。
「場所は? その合戦はどこで?」
「関ケ原だ」
関ケ原! 教科書に載ってるあの関ヶ原の戦いのこと! そうだ、たしか徳川軍と石田軍で戦ってて、徳川軍が東軍だったはず。あの戦いは確か1600年だった。私は歴史の年表を思い浮かべて答える。
「私はその戦いから約400年後のニホンからここに来ました」
「400年・・・・」
伯爵は絶句している。私と伯爵の間には、想像もつかない程の時間が流れていた。私だって400年前の人に会うなんて思いもしなかった。
「私が飛ばされた後、戦はどうなったのだろう。東軍は、東軍は勝ったのだろうか。国は平安になっただろうか。もう、戦など起こらなかっただろうか」
暫く沈黙していた伯爵が言葉を発した。その瞳は不安げに揺れている。
勝ったのは東軍。その後の戦のことは私には分からない。でも、それは伯爵にとってどうでもいいことなんだ。きっと、残してきた家族や人々が心配なんだ。
「戦は東軍が勝ちました。関ヶ原の戦い以降は、何百年も大きな戦いはなく平和な時代が続きました」
「そうか・・・・」
私の言葉に伯爵はひどく安堵したようで、両手で顔を覆って天井を仰いだ。
「ミオリ殿ありがとう。私はこの国に骨を埋めよう」
伯爵は私の手をとった。私を見つめる伯爵の瞳には強い光が宿っている。なにか決心できたのかな。その顔はとてもすっきりとしていた。
「それにしても・・・・。ミオリ殿は、聞いていた年齢より幼く愛らしいな。トラウト殿にはそういった趣味があるのだな」
伯爵は私を上から下まで眺めて呟いた。えっ!?
「そっ、それは違う伯爵! ディーン! どうしてミオリはこんな格好をしているんだ」
キールさんが皇子にすごい勢いで詰め寄っている。
そうだった。私の恰好はフリフリドレスの13歳仕様だった。絶対、絶対にキールさんに見られたくないと思ってたのに。
「だって、年頃の娘が私と離宮にいたら変な噂が立つだろう。幼くしておけば大丈夫かなっていう苦肉の策だよ。幸いミオリはそれが可能だったからね」
皇子は苦笑いして弁解している。
「救国の迷い人は13歳。トラウト家にミオリを迎えるのは3年後ですな。皇子少々恨みますぞ」
振り返ると宰相さんが扉から入って来たところだった。皇子は口角を上げて答えている。
キールさんのお父さんは、私とキールさんのこと知っていたんだ。
「我が家の嫁に代わり“禍つ人”を引き受けて下さりありがとうございます」
キールさんのお父さんは、東の伯爵に頭を下げた。
「いや、私は本当に彼にとっては禍つ人であったのだろう。私は国王に引導を渡すために飛ばされたのかもしれない」
伯爵は国には厄災は起こさなかったけれど、国王には災いだった・・・・。そして、私は皇子を正気に戻した迷い人としてラインドア王国に周知されていくのかな。
んっ!? ちょっと待って、キールさんのお父さん今『嫁』って言ったよね。『嫁』って。その前にも『トラウト家に迎える』とかなんとか。
私は傍らに立つキールさんの服の裾を引っ張った。
「キールさん、あの・・・・嫁って?」
こちらを向いたキールさんの顔はうっすらと赤い。
「ちっ、父上先走り過ぎです。俺はまだミオリに何も言っていないのに!」
「そうか。では、皇子、カレンドア伯爵そして今後、国を担う方々よ。今からこの国を立て直すための会議を始めますぞ」
宰相さんはみんなを促して会場から去って行く。宰相さんは立ち去り間際に扉の前で足を止めた。
「待っているぞキール。お前にも死ぬほど働いてもらうからな。ではミオリ、また会おう」
「はっ、はい」
私が答えると宰相さんは笑顔で去って行った。隣ではキールさんが溜め息をついている。
次回が本編最終話となります。
最後までお付き合いくださると嬉しいです。




