第7話
読んで頂きありがとうございます。
物語もそろそろ終盤です。最後までお付き合い願います。
会場には怒号、剣の交わる音、人の呻き声などであふれかえっている。
スレイさんは、私を抱えたまま敵を躱して剣を振っている。時々、間近に人の呻き声が聞こえてくるからすごく怖い。皇子はあまり血を流したくはないって言っていたけど、少しは仕方ないんだろうな。でも少しってどのくらだろう。
私は怖くて目を開けられず、スレイさんにしがみついていた。
「グレイシア総神官! 神殿兵の要請を!」
会場にトレイア大神官の焦ったような声が響いた。国王側の兵が足りないの? 戦いは国王側に分が悪いのかな。
「トレイア、神殿はあるべき形にもどすと決めた。この件については引かせてもらう」
周囲の怒号の中、静かに響く声が聞き取れた。
神殿のあるべき姿? もう国政に関わらないってこと。
薄く眼を開けて声のする方を見ると、神官衣に錫杖を持った位の高そうな神官が背を向けて会場から出て行くところだった。それをトレイア大神官が睨み付けているのが目に入いる。神殿の協力がなければ彼は孤立する? 状況は皇子に有利に進んでいるようだけど。
床に目を向けると倒れて流血している人が見えた。慌てて目を瞑る。
もう少しで決着する。そう思った時、私の耳にスレイさんの舌打ちが聞えた。
「皇子が囲まれた」
「えっ」
眼を開いて皇子を探す。
皇子は会場の中心でトレイア大神官と数人の黒衣の兵に囲まれていた。だらりと下がった左腕には血液が伝っている。えっ、負傷したの。あんなに強い皇子が。
「ミオリ、ここで待てるか。代わりの“影”をつけておく」
スレイさんの言葉に黙って頷く。スレイさんが皇子の元に向かうと、音もなく給仕姿に剣を持った男の人が現れて私を守るように横に並び立った。
会場を見渡すと壇上には国王が立っていて、周囲の様子を伺っている。その表情は厳しく、怒りを含んでいるようだった。国王を討とうと若い貴族が壇上を目指すけど国王側の兵に阻まれて近づけない。
国王の後ろには宰相が控えていた。彼が何事が声かけたのか国王は振り返って答えている。
「ここまでですな。グレン国王」
「お前が仕組んだか」
「いえ、ディーン様です。良い国王になりそうではありませんか」
「ふん。どうせお前も一枚かんでいるんだろう」
「さぁ」
「お前も3年前に潰しておくんだった。議会のいうことなど聞かずにな。グレイシアは去ったし、トレイアは使い物にならん。こちらの勢はそがれるばかりだ。完敗は見たくない。さぁ、殺せ」
「その役は私ではありません」
「まだ隠し玉があるか。まぁ、どうでもよいわ。・・・・トラウトよ。今更と思うかも知れんが、わしにも理想はあったのだ」
「あなたはやり過ぎました」
国王が宰相と話し終えて、前を向くとその表情からは怒りが消えていた。一体何を話したんだろう。国王派の分が悪くなってきているけど逃げないのかな。
皇子はスレイさんが加勢してから順調に周囲の敵を倒している。意外なのはトレイア大神官だ。神官だから剣なんて使えないと思ってたのに、組み合った相手を次々と倒していく。
そんな時、会場の一番大きな扉から多くの兵を従え、剣を持った黒髪碧眼の男の人が現れた。
私の目はその剣に釘付けになった。だって、それは日本刀だったから。でも黒髪碧眼? 迷い人なの?
「グレン国王よ。私は佐山仁太郎。東の領土に住まう迷い人、お前にとっては禍つ人だ」
男の人は名乗りを上げると国王を睨み付けた。
日本名だ! 瞳の色は青いけど、日本からの迷い人なんだ。いつから、いつからこの世界にいるんだろう。私は佐山さんを凝視する。
皇子は佐山さんを見てホッとした表情を浮かべている。あぁ、そうか東の伯爵って彼なんだ。
佐山さんの登場で、会場は鎮まりかえった。
「東のカトレンドア伯爵。やはり禍つ人であったか。瞳に騙されたわ」
「私はお前にとっての厄災よ」
佐山さんが薄く笑いながら壇上の国王に近づく。国王を守っていた兵たちは佐山さんの放つ雰囲気や見たこともない形の日本刀を恐れているのか一歩も動かなかった。
「あの娘にばかり気を取られていたが、もっとお前を監視しておくべきだったのだな」
グレン国王の声が会場に響く。
「佐川美織は皇子を正気にした。彼女は救国の迷い人であろう」
「救国か・・・・」
国王が皮肉気に嗤う。
「幽閉か、斬首か」
佐山さんが国王の首に剣を突きつけた。
「お前たちに監視されてまで、生きていたくはない」
国王が断言すると、佐山さんは黙って頷いた。彼に従っていた兵が国王の手に縄をかける。
「グレン王!」
叫んだのはトレイア大神官だ。国王は彼の呼びかけに一瞬目を向けたが、なんの表情も答えもなく壇上から降り会場から去った。
「お前が、お前が現れなければ・・・・」
怨嗟の声に会場に目を向けるとトレイア大神官と目が合った。彼の瞳には激しく強い怒りが渦巻いている。
「許せん」
彼は剣を手に私に向かって来た。
どっ、どうしよう。すごい速度で向かって来る大神官になす術もなく立ち尽くす。“影”は応戦の構えだけど、大神官からは異様なまでの殺気が放たれている。
怖い! 私は目を瞑ってその場にしゃがみこんだ。
ガキッ! 間近で剣のぶつかり合う鈍い音がする。
えっ!? 驚いて目を開けると、キールさんが私を守るように立ちトレイア大神官の剣を受け止めているのが見えた。
「待たせたな」
キールさんは振り向いて私に声かけると、トレイア大神官の剣を跳ね除け攻め始めた。
キールさんだ。キールさんだ! ちょっと痩せちゃったけど、本当にキールさんだ。やっと会えた。嬉しくて視界が霞む。
「お前があの小娘を匿ったせいで、すべてを失った!」
トレイア大神官が、猛攻するキールさんの剣を受け止め後退しながら叫ぶ。
「お前は、始めからなにも持ってはいない」
キールさんが答えると、トレイア大神官の顔が苦痛に歪んだ。神殿兵の多くは撤退し、マリアンヌ皇女の姿も今は会場にはなかった。彼が頼りにした貴族もほとんどが捕らえられてしまったようだ。
「許さん、許さん。小娘と東の伯爵は絶対に許せん」
トレイア大神官は憑かれたように剣を振るけど、キールさんは難なく躱す。
「ミオリの命を狙う者は野放しにはできない」
キールさんが、トレイア大神官の利き腕を斬りつけると、彼は剣を落とし腕を押さえた。その表情は強い苦痛に歪んでいる。右腕からは大量の血液が流れ出てくるのが見えた。
「捕らえよ」
キールさんが兵に声をかけると、彼らはトレイア大神官に駆け寄り捕縛した。
トレイア大神官は、されるがままで私を睨んでいる。
「見なくていい」
キールさんが私の前に立った。
「小娘! 必ず・・・・」トレイア大神官が叫び出したのが聞える。
「聞かなくていい」
キールさんが私を抱きしめ、両手で耳を塞いでくれた。
あぁ、キールさんだ。キールさんの温かさに触れた。体温もその優しさも。
「やっと、会えた」私はそっとキールさんの背中に手を回した。




