第4話
リィナに手を引かれて階下に降りる。
階段の途中で、あの男の人と目があった。きれいな空色の瞳。昨日のことを思い出して、少し恥ずかしくなって口元が緩んでしまった。
隊長さんから聞いたのは、私がある程度予想していたこと。
ここは日本、ましてや地球じゃない。
そして、彼らは私を還してくれる方法なんて知らない。絶望が私を包む。
でも、みんな優しかった。方法があるかもって、守ってくれるって。
おばさんはママみたいに私を包み込んでくれた。隊長さんたちも優しく見守ってくれた。
なんとか、なるかな。日本に還れるまでここでなんとか頑張れるかな。
あれから3日。
隊長さん、副隊長さん、リィナと一緒に、私が倒れていたという森に来ていた。
ある物を探すためと、倒れていた場所を見たいという私の希望を隊長さんが聞いて連れてきてくれた。
「ここですか」
そこは国境の森の中で、時々隣国の盗賊なんかが野営するため、警備隊員がパトロールしているらしい。
そして、あの日は隊長さんがパトロールにあたっていたって聞いた。私はとても運が良かったと思う。あの日、私を発見したのが盗賊だったら、今こうして生きていることはなかったかもしれない。
私が倒れていた場所は、木々がぽっかりと抜けていて、柔らかそうな草が生い茂っていた。
「そう、ここで淡い光に包まれて倒れていた」
隊長さんが、私の両脇に手を入れて馬から降ろしてくれた。
リィナも、副隊長さんと同乗していた馬から降りて来て、私に寄り添って手を握ってくれた。
リィナが心配してくれているのがよくわかった。
大丈夫だよリィナ。だんだんこの世界のことわかってきたし、みんな優しいし、還れるその日まで頑張るから。もう泣かないよ。そんな思いを込めてリィナの手を握り返した。
倒れていた場所を歩いてみる。今は、光ってもないしなんの変化もみられない。
周囲を見回すと、少し離れた場所に目的の物、私のカバンが木に隠れるように落ちていた。
急いで駆け寄り、中を開けてみる。
よかった。荒らされてない。スマホ、お財布、ノートにテキスト、全部そのままだった。
そして、今回の目的の物も。
「どうかな。これだと瞳が薄い茶色に見えないかな」
私はカラコンを着けて隊長さんたちの前に立った。皆、驚いて目を丸くしてる。そうだよね。こんな物この世界にはないだろうし、要らないだろうしね。
「えーっ、どういうこと。あっという間に目の色が変わっちゃったよ。ミオリ何したの」
リィナが私の眼をのぞき込んでくる。
「ミオリちゃんじゃないみたいだね」
副隊長のオレムさんもじっと見つめてくるし、隊長さんも私の眼を凝視している。
うぅ、みんな見すぎです。いたたまれなくなって、つい俯いてしまった。
昨日の夜、女将さんからこの世界には黒い色の瞳の人間はいないって聞いた。
私の黒い瞳は珍しいから、悪党に捕まって見世物小屋に売られる可能性があるって。
見世物・・・・嫌です。何とか、隠せないかって話になって、カラコンのことを思い出した。
こっちの世界に来る前に、お姉ちゃんから、文化祭のメイド用の変装道具として使うからって頼まれて買ってカバンに入れてあったんだ。
「瞳に色のついた、うーん、薄い膜みたいなものを被せてるんです」
なんて説明していいのかわからない。
「これだったら、ラインドア人って言っても大丈夫だね」
リィナの言葉に、隊長さんもオレムさんも頷いてくれた。良かった。
カバンの中から、スマホを取り出し電源を入れてみた。家で飼っている猫の待ち受け画面が表示された。
画面の中の猫は私を見つめている。また、涙が出そうになった。慌てて心の中で(すぐ帰る、すぐ帰る)って呪文のように唱えた。
「なにこれ。すごい!ミオリの世界ってどんななの!」
リィナが画面をのぞき込んで興奮気味に言った。
隊長さんもオレムさんも驚いた顔を見合わせている。
「これは、遠くの人と話す機械なの。他にもいろいろ便利なものがあるけど。どうやって作ってるとか、仕組みとかは私にはわからないの」
電波はやっぱり圏外。すぐに電源を切った。できるだけ長持ちさせたい。つらい時には、アルバムの写真をみたいから。
帰りも隊長さんの馬に乗せてもらった。馬が初めての私に合わせて、速度をゆっくりにしてくれる。
時々馬の足を止めて、私に疲れないか聞いてくれた。
隊長さんの馬は、始めは私を乗せるのを嫌がって少し騒いだけど、今はゆっくりと歩いてくれていた。
隊長さんは、毎日私の様子を見に金色亭に来てくれた。この世界でうまくやっていけるのか心配みたい。そんなに心配しなくても大丈夫なのに。金色亭のみんなは優しくしてくれるし、この世界にも慣れてきてるし大丈夫だよ。帰れる日まで頑張れると思う。