第3話
私の決心は揺らぐことなく、お茶会の日を迎えた。
「私の醜聞などどうでもいいんだけどね」
皇子は溜め息をついて、いつもの幼い衣装を着せられた私の手をとった。
一緒に王城に行って、お姉さんに挨拶した後はいろんな部署を回ってくるって。
なにかの根回しでもするのかな。
「でも、皇子が礼に欠いたことをして、禍つ人に操られているからだってことになれば、皇子の改革も操られて実施したってことになりますよ。結局、国王になっても国は禍つ人に乗っ取られたって考える人もいるんじゃないですか。皇子が頑張っても良い国にできないかもしれない。そんなの嫌です」
私は頬を膨らませながら言った。
「君の安全の方が優先なんだけどね。そんな風に考えてくれてるんだ。ありがとう」
皇子は苦笑いしながら答えてくれる。笑ってる場合じゃないんだけどな。
「だからって危険に飛び込むことないのに。意外に頑固だな」
「本当に」
スレイさんの言葉にニナさんが溜め息で返している。
皇子と私が馬車に乗りこむと、2台目の馬車にはニナさんが乗車した。彼女は私の侍女として同行してくれることになっている。お茶会の場にニナさんがいてくれるのは心強い。
「姉上、私のミオリをいじめないでくださいよ」
皇子は、笑顔だけど氷のような視線をマリアンヌ皇女に向けて挨拶する。
「そんなことするわけないじゃない」
それを受けた皇女も笑顔だけど、やっぱり目が笑っていない。
怖い! 二人ともきれいだからすごい迫力。でも周囲には火花が散ってるよ。背後でニナさんがブルッと震えたのがわかった。
皇女側の侍女は皇子の綺麗さに見とれているけど、二人のやりとりが怖くないのかな。それとも王城ではこんなこと日常茶飯事なのかな。
皇子の挨拶が済むと、私は皇女の私的な応接室に通された。
王城内はどこも豪華できれいだけど、ここは一層華やかできれいだった。
敷き詰められた絨毯は毛足が長く可愛い花々が描かれているし、テーブルも調度品も品がよく装飾されている。飾られている絵画や彫刻も重厚感があって、なんだか圧倒される。
侍女に案内されて席に着くと、テーブルの上もすごかった。
数多くのお皿に色とりどりのお菓子が並べられ甘い香りを漂わせているし、お茶からもいい香りがする。
思わずキョロキョロしていると、クスッっていう笑いが聞えた。
「お菓子が珍しいの? 禍つ人の国にはないのかしら? あぁ、平民だったのね。ディーンもお菓子くらい食べさせてあげればいいのに。どうぞお好きなのを召し上がって」
皇女が私を見て失笑している。
来たーっ。こんな直球で嫌味言われたの初めてだよ。お菓子は離宮でだって食べるし、そもそも日本のものの方が美味しいから。それにこれ毒入りでしょ。
「この国のお菓子は美味しいですよね。グラン・バーズってお店のお菓子が好きです」
一応、笑顔で答える。たぶん顔は引きつってるよね。スレイさんはどこかで笑ってるんだろうな。
私が王都で一番のお菓子屋さんの名前を挙げると、皇女や侍女は一瞬眉を寄せて不快な表情を浮かべた。
お菓子屋さんなんて知らないと思ってたんだろうな。
それとも、平民って言葉に反応しなかったのが悔しかったのかな。反応のしようがないよ。実際、平民だもん。
「あなた、ミオリにお菓子を取り分けてあげて」
皇女がニナさんに指示した。
ニナさんがお皿に数点の焼き菓子をとって私の前に置く。緊張しているのかお皿が小刻みに震えてる。大丈夫だよニナさん。何度も練習したでしょう。
私は焼き菓子を手にして俯くと、口元をハンカチで覆って食べるふりをして、袖口から袖の中に見えないように菓子を落とした。何度も練習したから上手くいったけど、皇女は驚いて見ている。
「すみません。私の国では口の中に食べ物や飲み物を入れるところを見られるのを好まないんです」
申し訳なさそうに言うと、皇女は一瞬悔しそうな表情を浮かべた。
「それとも、私がちゃんとお菓子を口に入れるところをご覧になりたいですか」
ちょっと意地悪を言ってみる。
「いいえ。お好きなように」
皇女は興味のない風を装って返事した。
「次の夜会では、何色のドレスを着るの?」
「えっと、ピンクです」
ニナさんがフリフリピンクの幼く見えるドレスを準備してくれている。ちょっと憂鬱。
「マリアンヌ様は?」
「わたくしは、ブルーですわ」
「髪型はどんな風に」
「まだ、決まっていないわ。その日の気分で決めるつもりよ」
「・・・・。」
あぁ、話題がもう無い。会話が弾まない・・・・。
私は、お茶のカップに口を付けて飲むふりをしつつ1口も飲まずに受け皿に戻した。量が減っていないのは一目瞭然だけど、皇女から問われることはなかった。
唇にお茶の水分が着いて少しピリピリする。できるだけ、表情に出さないでハンカチで口元を拭う。
目の前のこの美しい皇女は本当に私を殺そうとしているんだ。そう思うと身体の芯が冷えてきて、悪寒と頭痛がしてきた。だめだめ、ここで倒れたら相手の思うツボだよ。大丈夫、大丈夫。ニナさん、スレイさんが付いててくれる。頑張らなきゃ。
「お前、お茶を注いで頂戴」
皇女がまたニナさんに指示した。
ニナさんがティーポットを持って一歩前に進もうとしたところで、隣に並んでいた侍女がサッと足を出して彼女を転倒させた。
ニナさんは慌てて立ち上がったけど、ティーポットの中のお茶はすべて絨毯の上に流れ出て、シミを作ってしまっていた。
「お前、なにをしているの! 敷物が汚れてしまったじゃない」
皇女の叱責が飛ぶ。
「もっ、申し訳ございません」
ニナさんは深く頭を下げる。
足をかけたのは皇女の侍女なのに。絶対、皇女の指示で動いているのに。
「まったく、使えない侍女ね。お前は男爵家の四女だそうね。まぁ、通常なら王城の私的な応接間まで立ち入ることなんてできないものね。恐れ多くて体が思うように動かなかったのね」
皇女の言葉に他の侍女たちがクスクスと失笑しているのが見えた。
「さぁ、このシミどうしましょう。この絨毯は隣国の高級品を輸入したものなのよ。本来なら、お前なんかが触れることもできないのよ」
皇女の顔はなんだか生き生きしている。人に対して嫌味や意地悪を言う時がとっても楽しいんだろうな。
他の侍女たちもそう、楽しそうにクスクス笑いしている。
「どうしましょうか。シミを舐めとってもらおうかしら。男爵家の四女ですもの、そのくらい平気よね」
投げつけられる皇女の言葉を、ニナさんは俯いて黙って聞いている。
いつもニナさんが悔しそうに話している身分の差・・・・。今まで感じたことはなかったけど、これがそうなんだ。理不尽だよ。そんなので差別されていいわけないのに。
私は席を立つとニナさんの隣に立った。
「ニナさんのミスは私のミスです。私が絨毯を拭きましょう」
ニナさんを転倒させた侍女からハンカチを奪うように取り上げた。侍女は驚いて目を丸くしている。
「あなたの足癖はだいぶ悪いようですね。皇女に仕える立派な侍女でも悪癖があるんですね。ニナさんには悪癖なんてありませんよ。彼女に所作を習ったらどうですか」
侍女の眼をしっかり見て言ってみた。侍女は顔を真っ赤にしている。怒っているのか、自分を恥じているのか。後者ならいいけど。
屈みこんで、絨毯を拭き始めると侍女たちがざわめく、やめさせるべきか迷っているんだろう。
皇女は澄まし顔で見て見ぬふりを決め込んでいる。
「マリアンヌ皇女。絨毯の毛が変な風に縮んで色も青っぽくなっているんですけど。近衛兵に報告した方がいいんじゃないでしょうか。ただのお茶なのに、変ですよね。あっ、毒でしょうか。まさか、皇女を狙って・・・・」
お茶を口にした時の刺激から絨毯に変化が出てるかもって思ったけど、その通りで良かった。
皇女の澄まし顔が少し崩せるもの。
私が扉の方に行きかけると
「お待ちなさい!」
皇女の焦ったような声が部屋中に響いた。
振り返ろうとした時、目の前に背の高い侍女が立ちはだかった。
驚いて動けないでいると、侍女は私を抱え喉元にナイフを突き付けた。




