第8話
「想いを告げてみては・・・・」
「だめ! 怖いわ。このままがいい・・・・。今のままでいいの」
リデラは俺の言葉を即座に否定し、両手を組んで俯いてしまった。
「伯爵の隣に誰が並び立ってもいいのですか」
リデラはハッとしたように顔を上げ、俺を見た。
その表情は、今まで誰にも指摘されなかったであろう言葉を受け、ひどく驚き困惑しているようだった。
少しの間をおいて、彼女は静かに首を振った。
ミソを持って部屋に飛び込んで来た彼女の様子を見れば、彼女が伯爵に全幅の信頼を寄せ、好意を抱いているのは明らかだった。伯爵も今までの様子から、リデラに妹以上の感情を抱いてると十分に理解できた。
どちらかが勇気を出さなければ、現状から脱却はできないのだろう。
異世界にとらわれている伯爵にそれは無理な話だ。リデラが思い切らなければならないのだろう。
「少し、勇気を出すだけでいいのです」
俺の言葉にリデラは逡巡しながらも決心したように頷いた。
「トラウト殿。待たせたな。準備が整った」
伯爵の手には、布に包まれた長い棒状の物が握られている。おそらく、ニホンの剣なのだろう。
「携帯食は7日分用意したが」
「5日で戻ります」
「5日!? だいぶ急ぐな」
伯爵は俺の言葉に驚いた。
「えぇ、一刻も早く王都に戻りたいので。伯爵は馬には・・・・」
「馬鹿にするな。向こうの世界では、ここでいう騎士だったんだ。何千里でも早がけして見せよう」
伯爵は口角を上げ不敵に笑った。
彼が馬の扱いに慣れていて良かった。これで短期間で王都に帰ることができる。できるだけ早く王都に戻ってディーンの計画に添わなくては。ミオリのことも心配だ。
屋敷を出たところでリデラが伯爵を呼び止めた。
「ジン、行ってらっしゃい」
リデラは言葉と共に伯爵にハンカチを手渡した。ハンカチには、黄金色の植物が風に波打つ風景が刺繍されている。
伯爵は一瞬眼を見開いたが、刺繍を見て柔らかく微笑んだ。
「ありがとう」
「ジン、必ずここに、カレンドア領に帰ってきてください」
伯爵は黙って頷き、受け取ったハンカチの刺繡にキスをした。
「リデラ。必ず帰って来よう。王都の迷い人に会えば、私の中の問題が解決すると思う。待っていてほしい」
リデラは顔を赤く染め、嬉しそうに頷いた。
俺の視界の隅で伯爵家の使用人たちが小さくガッツポーズをとったのが見えた。侍女の中には涙ぐんでいる者もいる。「やった」「これで先代も安心だ」「良かったわ」「これで酒が呑める。願掛けして禁酒してたらかな」「トラウト様グッジョブです」などの囁き声が漏れ聞こえてきた。つい、顔が緩む。みなこの2人のことを心配し、見守っていたんだな。
☆
カレンドア領都を出て2日、俺たちは領内の西端の荒れ地で野営を張っていた。
伯爵は見事に馬を操り早がけし、野営にも何ら苦痛を訴えることなく睡眠をとることができていた。ニホンで騎士だったというのは本当なのだろう。ミオリから騎士の話は聞いたことがなかった。住んでいた地域が違うのだろうか。
そして、伯爵の瞳はどうしてミオリのように漆黒ではないのだろう。
冬の荒れ地は冷える。上空の風も強いのだろう、夜空の星が瞬いている。
大岩の下を野営地として火を焚き、伯爵と共に当たっているが身体はあまり温まらない。湯を沸かし、茶を飲むと少しは違うが、それも僅かですぐに冷気にあてられる。
「伯爵はニホンから飛ばされたのですよね」
「そうだ」
伯爵は手の平で茶の入ったカップを包み、暖をとっている。
「王都の迷い人もニホンから来たと言っていました。彼女の瞳は文献の通り、漆黒の瞳でした。伯爵の瞳はなぜ青いのでしょう」
俺の言葉を受け、伯爵は視線を遠くに飛ばした。ここにあるものを見ずに遠くを見ていると感じた。
「私はニホンでは珍しい人種だったんだよ」
伯爵は自身について語り始めた。
私の父は宣教師に追従する従者だった。
父は宣教師たちに従って日本の都から僻地である東方を目指して旅をしていたが、途中の村で母に出会い恋に落ちた。
しかし、村長である祖父は2人を許さず、父と母は村を出て各地を点々とする暮らしをしていたらしい。ニホンは排他的で外国人である父を喜んで受け入れてくれる場所はなかったと聞いている。そんな生活の中、私が生まれたため両親は安住を求め、東方の中規模の町である新原に腰を落ち着けた。町であれば時々外国人が訪れることもあり、父の容姿に特に嫌悪の眼を向ける者も少なかったようだ。父は町の商家に雇われ力仕事をし、母は小間物作りをして日々生活していた。
妹が2人生まれ生活は苦しかったが、貧しいながらも充実していたよ。両親は仲が良かったし、私たちを全力で愛してくれた。
ある日、私が町の子どもたちに喧嘩を吹っ掛けられ、殴り合いになっていたところに御館様が通りかかった。大勢の子どもに囲まれているのに臆せずに戦っている私の姿を見て、御館様は小姓として雇うことを決めた。青く燃える瞳が気に入ったと言って、私の頭を撫で豪快に笑った姿を今でも時々思い出すよ。
こうして私は8歳にして御館様に使えることとなった。
当時のニホンは小さな国が数多く存在し、互いに自国の利益のために戦う乱世だった。それを、統一する者が現れつかの間の平安が訪れたが、今度は後継者の争いで国を二分する大きな戦が起こった。
平和だった新原の御館様にも出陣の要請がきて、私は御館様に従って戦場に立った。
私はその戦いのさなかに、この世界に飛ばされてしまったんだ。
戦いがどうなったのか、ニホンはどうなったのか、両親や妹たちは平和に暮らすことができたのか、それがとても気になっている。もし、御館様が負けていたら、ニホンがひどい乱世になっていたら、家族は殺されたんじゃないかと・・・・。自分はこの世界で安穏と暮らしていて、罪悪感を感じるんだ。でも還ることもできずにいて。私はどうすれぱいいのか・・・・。そんな思いを抱いて何年も過ごしてきた。
君が迷い人の話をした時、とても心惹かれた、強く会いたいと思った。彼女は私の知らないことを知っていると君の話から感じたんだ。
「ミオリなら、伯爵の知りたいことに答えられるかもしれません」
伯爵の言葉に静かに答えると、彼は穏やかな瞳で俺を見て頷いた。
☆
王都まであと1日。
俺と伯爵は町の食堂で昼食を摂っていた。
俺たちの食卓の傍で商人らしき2人組が話している内容に俺の耳は釘付けになった。
「皇子が正気になったって聞いたか」
「聞いた。聞いた。なんでも、禍つ人が皇子を正気に戻したって話だな」
「皇子が正気に戻ったってことは、グレン国王をどうにかするんじゃないのか」
「だといいがな。グレン国王にとっては禍つ人だったが、国にとってはそうじゃないんだな」
「国王限定の厄災ってとこか」
ディーンが正気に戻ったと公表したのか。
「で、その禍つ人がとっても可愛らしくて。皇子は片時も離さないらしい」
「あぁ、聞いた。皇子の想い人と言われているらしいな」
「まぁ、まだ13歳っていう話だから、結婚とかはできないんだろうがな」
「婚約くらいはするんじゃないか」
俺は音を立てて、席を立った。周囲の客が驚いて眼を丸くしている。
「伯爵、すみません。早急に王都に帰らなくてはなりませんので、俺は先に出発します。離宮、離宮を目指して来てください」
俺は話しながらも出口を目指して進んだ。慌てて躓きそうになったのを堪えて、外に出てラインに跨る。
一体、どういうことだ。ミオリが皇子の想い人! 13歳! 婚約!
「余裕がないねぇ、キール君。私とリデラの世話を焼いてる場合じゃなかったのか」
伯爵の溜め息が俺に届くことはなかった。




