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隊長さんと小さな迷い人  作者: らさ
第3章
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第7話

「伯爵のことが好きなのですね」

 俺の言葉にリデラは頬を染めた。


「ジンを見つけたのは私なの」


 リデラはジン・カレンドアと出会った3年半前のことを話し始めた。



 春待月3日。

「本当に光の柱なんて見えたの?」

 わたくしは、領内の東端に広がる深い森林の手前の村で、村長から事情聴取をしていました。

 2日前に森の奥深くから天に向かって光の柱が立ち、数時間して消えたというのです。


「お嬢様、本当です。今のところ、森に変わりはないようですが。なにやら良くないことではないかと思って、領主様にお知らせしたのです。村人も不安なようです」

 村長は森の方を向いて表情を曇らせながら言いました。村長に追従している村人も深く頷いて森に眼をやりました。


 わたくしは、身体の弱い父を助け領内を視察したり、領民の要請を受けて町や村々頻繁に出向いていました。今回も村人の訴えがあってすぐに領都を出たのですが、わたくしが到着した時には光の柱は消えた後でした。

 光の柱は村人たちに、未だ恐怖を与えているようでした。

 そのため、柱が消えたからと帰途につくわけにはいかず侍従と村長と共に森に入ることにしたのです。


 森の路には雪が20センチ程度降り積もり、森の中の音という音を吸収していました。空気は冷たく澄み、肌に突き刺さるようでした。馬が雪を踏みしめるキュッキュッという音だけが周囲に響き渡ります。

「春の名を頂く季節にはなりましたが、春はまだまだ先ですな」

 村長は森の路に積もった雪に難渋しながら、わたくしを振り返り苦笑しました。

「本当にね」

 わたくしは首元のストールをきつめに巻き直しました。


 森の中を30分近く進んだところで、進行方向に淡く光っている場所があることに気付きました。

 その場所に近づくと、少し開けた空間に男が光を纏って倒れていたのです。

 男は妙な鎧を着け、その鎧と着衣は泥と血にまみれていました。そして、見たこともない剣を握っていたのです。

「近隣の者ではないわね。こんな鎧も見たことがない」

 わたくしは馬を降り、男の傍に寄りました。

 男は触れるのもためらわれるような汚れた状態でしたが、光に包まれており生死も不明では放置しておくこともできませんでした。


「もし、大丈夫ですか」

 わたくしが男の身体に触れた瞬間、彼を包んでいた光がわたくしの腕を伝って天に昇っていったのです。

「お嬢様!」

 周囲の者は慌てましたが、わたくしの身体に異常は現れませんでした。むしろ、光が伝った後の腕はぽかぽかと温かったのを覚えています。


 わたくしが、男の身体を揺すり、大きな声で呼びかけ続けると、彼はうっすらと眼を開きました。その瞳は青く、わたくしが彼に抱いていた「迷い人では?」という思いが揺らぎました。文献では迷い人の瞳は黒色とされているからです。でも、この異質ないでたちは迷い人でしかないという確信めいたものも同時に感じていました。


 彼はわたくしを見て、とても驚いたようでした。そして、慌てたように周囲を見回し呆然としていました。

「ここは・・・・」

 彼はわたくしを見て、かすれた声で問いを発しました。

 わたくしは、ここがラインドア王国であること、彼がおそらく異世界からこの世界に飛ばされてしまったであろうことを説明しました。

 説明の途中から彼の表情は苦痛に満ちて、わたくしが話し終えるとその場に崩れ落ちて号泣したのです。

 わたくしも村長も黙って見守るしかありませんでした。


 迷い人を保護したら国に報告しなければならないのですが、この国では禍つ人と呼ばれ悲惨な末路を辿る者のが多いのを知っていたので、とりあえず村長と村人に箝口令を敷いて屋敷に連れ帰ることにしました。


 彼を村長宅で湯あみさせ、この国の衣服に着替えさせると意外にも若いことに気付きました。

 彼は温かいスープを摂り、一息つくと落ち着きを取り戻したようでした。


「我は、佐山仁太郎。新原藩の武士でござる。カレンドア殿には何と御礼を申し上げてよいか」

「礼には及びませんわ。保護は領主の仕事ですもの」

「領主? 御館様のようなものか」

「オヤカタサマ?」

「カレンドア殿、我は本当にニホンには還れないのだろうか」

 彼は私の眼を射抜くようにして見つめました。この眼の前では嘘などつけないと感じました。

 わたくしは、還る術は見つかっていないこと、ラインドア王国では迷い人は不吉な者とされていることを説明しました。

 そして、彼には迷い人の最たる特徴である黒い瞳がみられないことについても説明したのです。

「我は異質ですからな」

 瞳の件については苦笑したのみで何も語りませんでした。

 彼が後に語ったことは、自分の世界で騎士のような仕事をしていたこと、イクサの最中にこの国に来てしまったこと、年齢は27歳であることなどでした。


 彼を屋敷に連れ帰ると、父は彼を屋敷の使用人として採用したのです。

 父とわたくしの考えは一緒で、国王に迷い人を保護したことを伝えるつもりは一切ありませんでした。


 彼は与えられた仕事、主に庭仕事や力仕事を黙々とこなしました。他の使用人ともうまく関わることができ徐々にカレンドア家に馴染んでいきました。

 その一方で、彼は休日の度に野山を散策していました。今、思うと帰り道を探していたのだと思います。


 彼の野山の散策が、カレンドア領にとって幸運をもたらすようになったのは、彼を保護して1年程度が経過した頃でした。

 彼は彷徨った山中で小さな金山を発見して金を産生することに成功しました。

 また、沼地でなんの価値もないと思われていた植物が、彼の世界ではコメと呼ばれているものに似ていて実が食べられることがわかりました。彼はそれを「コメモドキ」と名付け、量産できるよう品種改良に励みました。更に父に相談し領民の協力を得て、マイン大河から水路をひきスイデンというものを作りました。

 コメモドキが量産されるようになると、彼は加工方法や保続食の大量生産にも取り組んだのです。それは、不作にみまわれることの多かったカレンドア領にとっては大きな収穫でした。

 最近では「ダイズモドキ」を発見して加工方法について研究中しています。

 こういった様々な物を持ち帰るため、彼が異世界を行き来して色々なものを持ち込んでいると噂になったのでしょう。

 ジンはカレンドア領の発展にとても尽力してくれたのです。私も彼の傍らで様々な研究や事業に取り組むことがとても楽しくて、その日々はとても充実していました。


 父はジンの功績を評価し、また人柄をとても気に入ってカレンドア領のためにと養子縁組をしたのです。本当は、わたくしの夫にと願ったのですけれど、ジンはそれを拒否しました。理由は「自分だけが幸せになるわけにはいかない」でした。


 黄金色に波打つコメモドキのスイデンを見て、彼が呟いた言葉がわたくしには忘れられません。


「似ているけど違う・・・・」


 彼はひどく寂しい遠い眼をしていました。

 ニホンが、ニホンに残してきた何かが彼の心を占めているのでしょう。


「ジンにとってここはいつまでも異郷で、私はいつまでたっても妹なのよ」

 リデラが寂しく笑った。



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