第5話
読んで頂きありがとうございます。
土曜更新を目指しているのですが、諸事情で日曜となってしまいました。
待っていてくださった方、すみませんでした。
今回から隊長さんの話が少し続きます。
東のカレンドア領に入ると、これまでとは違って旅がしやすくなった。
路がよく整備されており、馬も走りやすいのだろう騎乗していても安定感がある。
宿で提供される料理も種類が多くなった。季節は冬に入ったのに田畑には種類は少ないものの作物が実っている。
町や村では領民たちが、笑顔で仕事をしている姿をみることができた。カレンドア領には活気がある。
豊かな領地だ。領主の手腕がうかがえる。
明日の領主邸訪問に備え、早めに宿入りし休む。
ディーン皇子の親書に目を通した伯爵はどうでるだろう。
ミオリの体調はもう回復しただろうか。熱かった手や赤い顔を思い出す。
ディーンの友人に腕のいい薬師がいたから、もう元気になっている頃だろう。そう思い込むことにした。
カレンドア伯爵は本当に禍つ人なのだろうか。本当に異世界を自由に行き来できるのだろうか。
もし、ミオリがそれを知ったらどうするだろう。
ミオリがいなくなったら・・・・。
眠れない。このまま王都に引き返したくなる。
寝返りをうった時、窓の外に人の気配を感じた。間諜か。気配はこの領地に入った時から感じていた。
カレンドア伯爵の手の者だろうが、俺を害する気は感じられない。
このまま、何も考えずに眠ってしまおう。きつく瞼を閉じた。
「で、私はどうすればいいのでしょうね」
眼の前の男は、ディーンからの親書を読み終えると、試すような笑みを浮かべ俺を見た。
「まぁよくも、このような文書を私に届けたものですね。私が国王にこれを伝えてしまったら、皇子はもう幽閉だけでは済まないでしょうに」
「皇子は伯爵を信じているのです。カレンドア領の領主は領民を大切にしている。そのことを皇子はよく知っています。このまま、国王の圧政や神殿の横暴が続くことを良しとはしないはずです」
伯爵の瞳を見つめて言葉を返すと、彼は笑みを浮かべ「どうでしょう?」と軽く首を傾げた。
カレンドア伯爵。年齢はたしか30歳で独身。
彼は、3年前にカレンドア伯爵家に使用人として採用され、その後暫くして前カレンドア伯爵家の養子となり伯爵位を継いでいる。出自が不明なのに、ここまで登りつめたということは前カレンドア伯爵にその手腕を見込まれたのだろう。その見込みも外れてはいなかったわけだ。
彼は黒髪だがミオリとは違い、薄い青色の瞳を持っていた。身長も低くはなく、中肉中背のバランスのとれた肉体の持ち主だ。青い瞳の人間はこの世界にいくらでもいる。容姿だけではない、立ち居振る舞いもラインドア人そのもので、違和感は感じなかった。彼は迷い人ではないのだろうか?
「どうしました」
黙り込んでしまった俺に、伯爵が訝し気に声をかけてくる。
「失礼ですが、東の領地は広大ですが、豊かではありませんでした。この3年でここまで領地を発展させることができたのは素晴らしいことです。伯爵はなにか良い策をお持ちだったのですか?」
俺の言葉に、伯爵の顔が歪んだかと思うと、次の瞬間には大きく吹き出した。
「くっ、ははっ。私が禍つ人だという噂を信じているのですか? まったく馬鹿馬鹿しい。私のどこが禍つ人だというんでしょう。瞳は黒くはありませんよ。所作に違和感がありますか? 悪しき力なんてものもありませんがね」
彼は俺に鋭い視線を向けた。
「えぇ、迷い人に悪しき力などありません。迷い人である人間を『禍つ人』と呼び、悪しき力を有していると考えているのは、その力を欲している者たち、力を恐れている者たちです」
「ほう。トラウト殿は迷い人についてよくご存じのようだ」
伯爵の双眸が光る。
「約半年前に迷い人が保護されました」
「あぁ、なかなか見つからなかった迷い人ですね」
「はい。黒髪に黒い瞳の15歳の少女です。彼女には悪しき力などなく、ただの普通の女の子でした。しかし、彼女の持っていたものはこの世界では悪用できるものかもしれませんでした」
「何を持っていたのですか」
伯爵は、興味があるのだろうソファから身を乗り出してきた。
保護された迷い人が同胞なのか気になっているのでは? ならばやはり迷い人か。
「スマホというツウシンキキだと話していました」
「知らないね」
伯爵が嘘をついているようには見えない。本当にスマホについては知らないようだ。
「では、カラーコンタクトはご存知ですか」
「いや」
カレンドア伯爵は、溜め息をついて首を振った。この様子も本当に知らないようだ。
伯爵は迷い人ではない・・・・?
「迷い人や迷い人が持っていた物には興味がありますが、私には領民を守るという仕事があります。国王に王としての資質がないというのは皇子と同意見ですが、現政権を斃すのにはリスクがありすぎる。国神教の有する神殿騎士隊も侮れないですからね。残念ながら皇子のお力にはなれません。お引き取り願えますか」
伯爵に断言される。協力は得られないか。
伯爵がソファから腰を浮かした時、執務室の扉が大きな音を立てて開いた。
「ジン! できた! ミソが出来たよ! これで美味しいスープができるんでしょう!」
扉を開けたのは、眼鏡をかけ白いエプロンをつけた赤毛の若い女性だった。彼女は喜色満面でカレンドア伯爵に向かって来る。俺のことは眼中にないようだ。
彼女が手にした食器の中には茶色い泥のようなものが入っていた。ミソ・・・・。初めて聞いた言葉ではないような気がする。
女性が持っている食器を見た瞬間、カレンドア伯爵の表情が変化した。
驚愕の表情、苦悶の表情、そして諦観の表情。その後は片手で顔を覆って天井を仰いでしまった。
「リデラ・・・・」
伯爵の溜め息が室内に響きわたった。
ミソ、ミソ・・・・。どこかで聞いた。
ミオリからか・・・・?!
ミオリが母親の作ったミソシルが飲みたいと言ったことがあった。そのミソか!
「来客中だ」
伯爵が女性に声をかけると、女性は周囲を見回した。
「えっ、お客様・・・・って。トラウト様じゃないですか! どうしてここに」
「リデラ、知ってるのか」
「知ってるもなにも。宰相のご子息ですよ。3年前までは宮廷騎士団の副団長で、超モテモテだったんですから。でもどのご令嬢ともお付き合いすることがなくて・・・・。そうそう、その節は父が大変御世話になりました」
リデラと呼ばれた女性が俺に頭を下げたが、まったく記憶にない。前伯爵とは面識がないはずだが。
「リデラ。また暴走してるぞ。私にはまったく話がみえないぞ。トラウト殿も驚いているようだ」
「あぁ、ごめんなさい。トラウト様とは初対面ですものね。でも、わたくし3年前はトラウト様の愛妾候補でしたのよ。ふふっ、見事にふられてしまいましたけど」
リデラは微笑んだが、まったく意味がわからない。3年前といえば、ディーンと共に国の変革に向けた話し合いや剣の鍛錬に明け暮れていて、結婚や恋愛についてはまったく関心がなかったのだが。
いや、待て。それよりもミソだ。伯爵はやはりミオリと同じ迷い人だ。それについて聞かなくては。
伯爵に顔を向けると非常に不機嫌な顔をしていた。
「リデラ。愛妾などと・・・・。一体どういう状況でそういう話になっていたんだ。そして、トラウト殿には可愛い妹を振った理由を尋ねたい」
彼の眉間の皺は深く、双眸は鋭く、声音は聞く者に悪寒を引き起こさせた。
いや、まったくわけがわからないのだが・・・・。




