第4話
バルコニーで夜空を眺める。
星がキラキラと瞬いている。星空はどこでも同じできれい。家族や友達はなにしてるだろう。会いたいなぁ。
ふと、キールさんの顔が浮かんだ。
家族のことを思い出して、寂しくて仕方のない時にキールさんは必ず傍で話を聞いてくれた。寂しさを口にしたわけじゃないのに、金色亭が閉店する頃に現れるキールさんにいつも驚かされた。きっと、私のことよく見ていてくれたんだと思う。
ふっと笑みが浮かぶ。すごいなキールさん、いつでも私に温かさや力をくれる。夜会に一人で色々な眼に晒されているのに、キールさんのこと想ったら怖さがだいぶ薄らいだよ。
「あら、嫌だわ。禍つ人がこの夜会にいるなんて」
「本当。皇子を元に戻したなんて言われてるけど、どうかしら。意外に皇子を操ってるのかもしれなわよ」
「まぁ、怖い」
物思いにふけっているうちに、いつの間にか数人の令嬢がバルコニーに出てきていた。ゆっくりと私の方に近づいてくる。私が1人になるのを待ってたんだろう。こういう人たちは命を狙ってはこないけれど、悪意ある言葉で心を傷つけてくるから怖い。
「ねぇ、あなた。どうやって皇子に取り入ったの?」
「本当に。子どもなのにねぇ」
「怪しい術でも使えるんじゃないの」「怖いわ」「嫌ねぇ」
令嬢たちがクスクス笑いながら、更に距離を詰めてくる。うぅ、怖い。
「ミオリ様。もうお友達ができたのですね」
私が令嬢たちに囲まれるという時に、バルコニーの入り口から声が聞こえた。
声の主は、ちょっとお腹のふくらんだ背の高い女の人と、品のいいママくらいの年齢の婦人だった。
誰?
彼女たちを見ると令嬢たちは「すぐに邪魔をする」「宰相夫人と娘よ」「お腹が大きいのに」「トラウト家は遠慮すべきじゃないのかしら」などと口にして慌てて去って行った。彼女たちはその様子を口元にうっすらと笑みを浮かべて見ている。すごい。余裕で令嬢たちを追い払っちゃった。
宰相夫人と娘って、キールさんのお母さんとお姉さん?
私が彼女たちを見つめると、二人はゆっくりと近づいてきた。
「あぁ、可愛いわ。本当に子栗鼠のようね。ぎゅっとしてもいいのかしら」
「駄目よ、母様。父様に言われたでしょう。それより」
なんだか、小声で話しているようだけど私には聞こえない。
背の高い女の人はカツカツと靴音をたて、私の傍を通り越して、庭園の植えこみに向かって声を張り上げた。
「“影”なにをやっているの! 令嬢の中に得物を持っていた者がいたわ!」
声に反応して、植え込みからスレイさんの声がした。
「気配には気づいていた。何か事を起こすようであれば仕留めるつもりだった」
「仕事が遅い! この子に傷一つでもつくようなことがあったら、ただじゃおかないわよ!」
女の人は植え込みをじっと睨んでいる。スレイさんは植え込みから出て、バルコニーの端まで近づいてきた。
「やっぱり。噂に名高いトラウト家の長女か。この状況でよく大声が出せるな。この庭は間諜だらけだぞ、うちの国だけでなくな」
「ふん、たいした数じゃないわ。皇子の“影”の質も落ちたものね」
「ちっ」
スレイさんはキールさんのお姉さんを一睨みすると姿を消した。
「あっ、あの。助けてくれてありがとうございました」
「いいえ、たいしたことではございませんわ」
お姉さんはにっこり微笑んでくれた。
「あの、でもスレイさんってすごく腕が立つって皇子が私につけてくれたんです。その、優しくて強いんですよ。だから、本当に何かある前に守ってくれると思うんです」
さっきのやり取りが心にかかって、つい言葉に出てしまった。スレイさんは悪くない。
「まぁ、あの“影”に信頼を寄せているんですのね」
「はい、お兄さんみたいで頼れるんです」
私が笑顔で答えると、風もないのに庭園の隅で葉擦れの音がした。キールさんのお姉さんは、音の方をみて口角を上げた。
「ミオリ様。わたくしはサリー・エイル。こちらは母のカミーラ・トラウトですわ。以後、おみしりおきを」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
彼女たちは私に微笑んでくれた。二人ともとってもきれい。キールさんのお母さんなんて目がキラキラしてる。それに、私が禍つ人って言われてること、なんとも思ってないみたい。私とキールさんのことは知らないはずだよね?
「ミオリ!」
皇子が私を探して、バルコニーに現れた。慌てていたのか少し息が切れている。
「あら、皇子遅いですわね。想い人からはひと時も離れてはなりませんわ」
サリーさんが皇子を睨みつけるように見つめて言った。その視線に皇子が怯んでいるのがわかる。サリーさん強い、強すぎる。
「では、わたくしたちは戻りますわね」
宰相夫人とサリーさんが、皇子と私に一礼して会場の中に戻っていく。
「子栗鼠を守ってくれるのはありがたいですけど、弟の結婚が3年も伸びてしまいましたわ」
「本当に。わたくし、子栗鼠とキールの子の顔が早く見たかったのに。他に方法はなかったのかしら」
彼女たちが皇子とすれ違いざまに何か言っているのはわかったけど、やっぱり私にはよく聞こえなかった。どうして皇子に栗鼠の話なんかするんだろう?
「ミオリ。周りからドンドン固められてるよ。逃げ道はないね」
私の傍に来た皇子はちょっと疲れた様子で呟いた。
固められてるってなんだろ? 逃げ道って?
☆
「やはり、弟にはかなわないのね」
わたくしは会場で多くの貴族に囲まれているディーンを見て唇をかんだ。
「マリアンヌ、大丈夫だよ。後は私に任せなさい。この国を統べるのは君しかしない。君が女王になるために私はどんな助力も惜しまないよ」
「トレイア様」
彼はサラリと銀髪を揺らして、わたくしの手をとり口づけた。
美しい婚約者。幼いころから遠くに見て待ち続けたトレイア様。やっとやっと私のことを見てくれて正式に婚約してくれたのに。ともに国のために在ろうと誓ったのに。
弟が正気に戻ったということは、わたくしの皇位継承はなくなったのよね。父上は諫言したディーンにあれほど立腹していたのに。
弟とあの禍つ人が邪魔。わたくしとトレイア様がこの国の頂点にあるために。
☆
まったく、とんだ誤算だ。
マリアンヌが皇位継承権を持っていたから婚約したのに、ディーン皇子が正気に戻るとは。いや果たして気が触れていたのかどうかも怪しいものだったが。
あの禍つ人には本当に皇子を元に戻す力があったのかもしれない。とにかく、あの小娘は危険だ。間諜に殺すよう命じているが、皇子は小娘の傍を片時も離れないという。皇子の“影”も周囲を固めていて、なかなか近づけないと何度も失敗している。役立たずどもめ。
今回の件で、皇子派に寝返る貴族もいるだろう。まったく面倒だ。また、工作が必要になる。神殿への喜捨を増やすよう民に命じるしかあるまい。
地方貴族たちの不穏な動きがある今、できるだけ多くの貴族を取り込んでおかねば。




