第1話
翌日、私の体調はほぼ回復して侍女の仕事を再開した。
「ミオリ、もう大丈夫なのか。もう少し休んでもいいんだぞ」
厨房に顔を出すと、リッチーさんが声をかけてくれる。でも、リッチーさん。片手にフライパン、片手にソースパン持ってて大変そうだよ。
私は体調が戻ったことを伝えて、ソースパンの方を引き受けた。
んーっ、いい香り。お腹が空いた。
ニナさんがテーブルを整えて戻って来た。なんだろう表情が少し硬い気がする。
「皇子が朝食後に私たちに集まるようにって」
緊張した声音で皇子の指示が告げられた。
いよいよ、計画が始まるんだ。一体、どんな内容なんだろう。
朝食後、ニナさん、リッチーさんと共に皇子の執務室に向かった。
「ミオリ。ありがとう。君のおかげで私は自分を取り戻すことができたよ」
扉を開けると皇子が満面の笑みを浮かべて私の方に向かってきた。
えっ、何? 私はいつもと違う様子の皇子に戸惑って言葉が出ない。
皇子はそのまま私の前に立つと、私の手をとり跪いた。
キャーッ、どうしたの皇子! 皇子綺麗だから、絵になりすぎるよ! 映画みたいだよ!
んっ!? 皇子はいつもと違う行動をとりながら、視線を上の方に何度も向けている。そして、上を向いた後、私に視線を向けてくる。なにか合図をしてるみたい。
上、上、天井。あっ、間諜!? そうか、天井で誰かがこの様子を見てるんだ。
大変だけど皇子に合わせてお芝居しなくちゃならないんだ。うまくできるかな。
「ディーン皇子が元に戻られて良かったです」
どう返していいのかわからなくて、とりあえず笑顔を浮かべた。うぅ、絶対変な顔になってるよ。
「本当に君には感謝したりないよ」
「過分なお言葉です」
「ミオリ、ずっと私の傍にいてくれないか」
皇子は私の手の甲にキスをした。
ギャー! どうしたの、どうしたの、どうすればいいの! 私は完全にパニックに陥ってしまった。
「皇子、ミオリはまだ13歳ですよ。それに異世界ではあまりこのような習慣もなかったようですから、刺激が強すぎますわ」
ニナさんが、やんわりと私の手を皇子の手の中から取り戻してくれた。ありがとうニナさん。
でもニナさん。私15歳だよ。年齢を偽るのにはなにか意味があるのかな。
「あぁ、そうだったな。すまない」
皇子が苦笑する。なんだかついていけなくて口がぽかんと空いてしまう。
あっ、リッチーさんも目を丸くして、口が半開きだ。ここで、事情を理解しているのは皇子とニナさんだけなんだろうな。
「ニナ、明日、ミオリを連れて登城すると父に連絡してくれないか」
「かしこまりました」
ニナさんが一礼した。
えぇ、また国王に会わなくちゃいけないの。嫌だな。
「行ったな」
皇子が天井を見た後に呟いた。
「鼠が聞いていたからな。さて、これからが本題だ」
「皇子、俺にもわかるように説明して下さいよ」リッチーさんは困った様子で懇願した。
私は緊張が解けて、その場に座り込んでしまった。なんだか、身体に力が入らない。ニナさんが苦笑して助けてくれる。
皇子に促されて、私たちは執務室のソファに座った。
「君たちも知っての通り、この国の現状は最悪だ。民は疲弊し、国庫も危うい。こんな時に他国から攻められたら、敗北するのは目に見えている。しかし、父にはそれがわかっていない。ただ、神殿からの甘言に酔い、操られ、隣国に攻め入って財を得ようとしている。父には退位してもらうしかない状況だ。しかし、3年前の轍は踏みたくない。私は密かに志のある有力貴族と手を組み父を斃す計画を立てているが、東の広大な領地を有する貴族だけが未だ返事を濁している。なんとか説得を試みているという状況だ」
皇子の表情は暗く、時々溜め息まじりに話される内容に私たちも考え込んだ。
「しかし、こんな時に禍つ人とされるミオリが現れた。今が好機なんだと思う」
皇子は力強い瞳で、私を見つめた。
「実は、有力貴族たちが動きはじめているのに神殿と父は薄々気づき始めているようなんだ。彼らの眼を逸らすために、私はミオリによって正気になったと公言する。父と神殿の隙を狙って、東の領主の到着を待ち一気に事を進めるつもりだ」
計画はわかった。わかったけど、うまくいくのかな。薄々気付いているのなら、こちらを潰そうとするだろうし。あの大神官が黙っているとも思えないけど。
それに、正気になった皇子って国王に従わない存在だもの、また命が危なくなるんじゃないのかな?
「わからないって顔してるね」
私は皇子の言葉に素直に頷いた。
「私は、父に追従する姿勢を取る。国政には興味のない風を装うんだ。それでも、神殿にとって私の存在は目障りだから、暗殺者が押し寄せるだろうけどね」
皇子は笑みを浮かべながら話しているけど、笑ってる場合じゃないから。
「ごめんね、ミオリ。こうなった以上、君の命も危ういんだ。君がいなくなれば、また私の気が触れると考える者もいるだろうし、禍つ人は自由に人の思考を操ると考える者もいるかもしれない」
「私もですか・・・・」
また、命の危機ですか。私は溜め息をついた。
「だから、君には私の想い人になってもらうよ」
「はぁ、想い人?」
いやいや皇子。「だから」ってなに? わからないから。そんな役目いらない、いらないから。
「君を守るには終始一緒にいなければならないだろう。ずっと一緒にいるってことは、どんな時にも行動を共にしなくちゃならない。おそらく、父は私が元に戻ったことを周囲に知らしめるために何らかの会を催したりするだろうからね。どんな場にも連れて行けるように、そういう設定にしたい。ずっと傍にいて守るためにね」
「ずっとですか?」
「そう、ずっと。あと5日もすればスレイが戻ってくるから、それからは彼に頼むつもりでいるけど。それまではね」
「大丈夫です。自分の身くらい自分で守れます」
「それは無理だよ。君は小さな女の子だ。この世界の恐ろしさも知らないだろうしね」
そう言って、遠い眼をして表情をなくした皇子に寒気を覚えた。
「ミオリ、私たちはあなたを失いたくないわ」
ニナさんの声にハッとする。彼女を見ると真剣な表情を浮かべていた。傍でニッチーさんも頷いている。
「でも、想い人って・・・・」
「大丈夫よ。さっき、鼠はあなたの年齢を13歳って聞いて帰ったでしょう。13歳なら子どもだから、肉体関係や結婚の対象として見られるのはまだまだ先よ。社交界でも下世話な噂にはなりにくいわ。幸い、ミオリって見た目は本当に子どもだし。計画が成功した暁には、やましい眼もなくトラウト様のところに行けるわよ。でも、本当に結婚できるのは3年先になっちゃうけどね」
「ニナさん・・・・」
「ニナ・・・・」
私と皇子は同時に脱力した。
ニナさんの言う通りなんだろうな。設定については、皇子も十分に考えてくれたところなんだろうけど。子どもって・・・・。まぁ、ホントのことだからいいけど、包み隠さないところが彼女らしい。
リッチーさんは、またぽかんとしてる。あとで、きちんと説明してあげなくちゃ。
「でも、トレイア大神官は私が15歳だって知ってますよ。村で情報収集してたもの」
「そんなの何とでもなるわよ。職を得るために嘘ついたとか、異世界とは時の流れが違ってたとか。大丈夫、見た目子どもだもの」
ニナさん、2回も言わなくていいです。わかりました。嘘ついたことにします。つい、頬っぺたを膨らましてしまった。傍で皇子が苦笑いしている。もう。
明日は皇子と登城か。気が重い。




