第12話
翌朝、目覚めると身体が少し楽なことに気付いた。
「いい夢が見れたからかな」
私はベットのなかで、にまにまと笑った。
夢にキールさんが出てきてくれた。大丈夫だ、傍にいるって、手を握ってくれた。優しい空色の瞳が私を包んでくれた。あぁ、なんていい夢だったんだろう。
「夢ねぇ」
思いのほか近くで声がして、慌ててベットに上半身を起こした。
傍らの椅子にニナさんが座って、こちらを見ている。
「ニナさん、ついててくれたんですか」
「えぇ、皇子に言われてね。時間ごとに薬を飲ませたり、額のタオルを変えたりしたわ。勤務に響くから仮眠をとりながらだったけどね」
そうはいってもニナさんの顔には疲労が見て取れた。ごめんなさい、ありがとう。とっても嬉しい。
この世界にまた大切な人が増えた。
「ありがとうございます」
「いいわよ。おかげでいいもの見られたし」
「いいもの?」
「こっちの話。あとで皇子に聞いてね」
私が首を傾げてもニナさんは教えてくれなかった。
「本当にびっくりな展開だわ。でも、あの人独占欲強いわね。怖くて震えたもの」
ニナさんが何事か呟いている。なんのことだろう。
私が起き上がろうとした時、扉がノックされた。
ニナさんが対応に出て、皇子を連れて戻って来た。
「やぁ、かなり良さそうだね。薬が効いたかな」
「ありがとうごさいます。お薬を用意してくれたんですね。ニナさんから聞きました」
本当にだいぶ楽。抗生剤を飲まないと治らないと思ったけど、よくなって良かった。薬ってなにでできてるのかな。薬草? 今度こっちの世界の薬について調べてみよう。
「でも、皇子。薬よりもあの方のほうが効いたようですよ。夢だと思ってるけど」
ニナさんが苦笑いしている。
「そうか。ミオリ、いい夢が見られたのかい」
「はい。トリア村で保護してくれた隊長さんと夢の中で会えたんです」
ダメだ。嬉しくて、恥ずかしくて顔が赤くなる。つい、俯いてしまった。
「よかったね。でもね。それ、夢じゃないよ。昨日、キールは君に会いに来たんだ」
皇子の言葉に驚いて顔を上げると、皇子とニナさんがクスクスと笑っていた。
えっ、キールさんがここに来てくれたの。村は、村は大丈夫なの。えっ、そしてキールさんはどこに行っちゃったの? 離宮にいるの? どこ、どこにいるの? 会いたい。
私がベットから降りようとすると皇子に制された。
「ごめんね。キールはもう王都にはいないんだ」
「えっ?」
皇子の言葉に全身から力が抜ける。
あぁ、私の馬鹿。熱なんて出してなきゃ、キールさんにちゃんと会うことができたのに。目の前が涙でかすんできた。
「あぁ、ごめんミオリ。大丈夫、大丈夫だよ。あと10日も待てば戻ってくるから」
皇子が私の涙に気付いて慌てる。ニナさんも慌てて、ハンカチを私の目元にあててくれた。
「10日?」
「そう、キールは私の指示で東の領地に向かったんだ。10日後には戻ってくる予定だから少し我慢して待っててくれないかな」
10日待てばキールさんに会えるの? それを聞いたら私の涙はピタリと止まってしまった。
でも、どうして皇子の指示で辺境の地の国境警備隊の隊長さんが動くの? どうして皇子はキールさんのこと名前で呼んでるの?
「わからないって顔してるね」
皇子は眉間に皺を寄せている私の顔をみて苦笑いしている。
「キールはね。私の幼馴染なんだよ。彼は宰相の息子で、私と同じ歳だったから、物心がつく前から私の遊び相手として度々王城に上がっていたんだ」
皇子の口から淡々と語られるキールさんの正体に、私は驚きすぎて言葉が出なかった。
皇子の幼馴染! 宰相の息子! 国王との面会の時に、傍にいた上位のあの役人がキールさんのお父さんだったんだ! どこかで見たと思ったのは、キールさんに似ていたからなんだ。
私、私、なんて人を好きになっちゃったんだろう。いくら想いが通じたって、大貴族の子息と禍つ人じゃ一緒になんかいられるわけないじゃない。
なんだか、急に悲しくなってきた。キールさんの傍にいられない・・・・。10日後にどんな顔してあえばいいんだろう。このまま、キールさんの前から姿を消したほうがいいんじゃないかな。
「ミオリ、考えてることが、手に取るようにわかるよ」
俯いて考え続ける私に皇子が静かに声かけた。きっと、わかりやすい表情を展開してたんだろうな。
「だって、そんなに凄い人だなんて・・・・知らなかった」
「ミオリ。トラウト家は変わっててね。貴族社会のなかでは、当たり前の政略結婚をすることがないんだ。身分についても頓着するところがないしね。実際、彼の姉の夫は王都でも有名な商人なんだ。妹たちも自由に恋愛して、すぐ下の妹は自分で伴侶を見つけて結婚したよ。ただ、キールについてはなかなか良い相手が現れないから、母親が焦って見合いは進めてたりしてたけどね。でも、キールは君を選んだ。トラウト家は君を受け入れると思うよ」
「でも、私は禍つ人って言われてるんですよ」
ただの女の子じゃなくて、国に厄災をもらたすなんて言われているのに、受け入れてもらえるなんて思えない。けれど、私の言葉に皇子はニヤッと口角を上げて笑った。
「それは、私が払拭してあげるよ。ただ、君の協力が必要だ」
「協力?」
「そう。体調がもどったらバリバリ働いてもらうからね」
皇子の瞳に強い光が宿ってる。キールさんを東の領地に派遣してなにかをしようとしているの? ラインドア王国が変わる? 皇子の造る平和で豊かな国を見てみたいと思う。そのために私に協力できることがあるならしたい。
「さぁ、もう少し休むといい」
皇子は私に横になるように言って、ニナさんが私の肩を抱えてベットに横にしてくれる。
「もう一ついいこと教えてあげましょうか」
ニナさんが、いたずらっ子みたいな顔をしてる。なに?
「トラウト様はあなたの額にキスして行ったわよ」
えぇーっ!
「しかも、なかなか君の傍から離れなかったしね。それから・・・・」
私はそれ以上、聞くことができなくてベットに潜り込む。恥ずかしい、恥ずかしい。キールさんったら、キールさんったら! でも嬉しくて、嬉しくて額を何度も撫でてしまった。
「あのクッキーの人、可哀想ですね」
ニナが鏡台の前の菓子袋を指した。
「そうだね。でも、まぁ仕方ないね」
悪いなスレイ。なぜだかわからないけど、彼女の傍にはキールにいてほしいと強く思うんだ。そして、キールの傍には彼女にいてほしい。
私は皇子とニナさんがそんな会話をしていることにも気付かず、ベットに潜り込んだまま眠りこんでしまった。
翌日、皇子から心臓が止まるほどの大役を任されることも知らずに。




