第8話
皇子の食器は空になっていた。良かった食べてくれて。
「リッチーさん、これから皇子の食事をすべて作ることはできますか」
「できるけど、王城からの料理も出すように言われてるんだけどな」
指示に背くことになるのか、リッチーさんは顔を顰めた。
「それは廃棄処分して離宮で作るようにして下さい」
「ミオリ、何かわかったの」
ニナさんが不安気に聞いてくる。
「たぶん、毒なんじゃないかと思って」
確信はないけど伝えてみる。
「毒! どうして? 皇子はここから出られないし王位継承権もないのよ。気が触れてからは、子どもも望まれなくなって令嬢も来なくなったし。毒が盛られるなんて意味がわからないわ」
ニナさんは腑に落ちない顔だ。確かに私にだってわからない。
「令嬢が来ている時に度々見られたってことは、令嬢ともども毒殺しようとしたのかね。でも今回はなぜなんだ。令嬢なんて来てないしな」
リッチーさんも半信半疑といった具合で呟く。
「私もその辺の事情はわかりません。でも、皇子は私たちが毒の入った料理を食べないように厨房の料理まで処分したんだと思います」
これも推測だけど話してみた。
「俺たちは皇子に救われているっていうのか」
リッチーさんがそう言った時、厨房の隅で小さな物音がした。見るとネズミが王城の料理のそばで息絶えている。卵料理を食べてしまったらしい。
リッチーさんはそれを見てひどく驚いた顔をしている。そうだよね。皇子の行動がなければ彼はすでにこの世にいないんだもの。
「わかった。料理はすべて俺が作ろう」
リッチーさんは強く断言した。
「わかったわ。ミオリよ」
それまで黙っていたニナさんが口を開いた。
「ミオリと皇子の間に子供が生まれたら大変だものね。気狂い皇子と禍つ人の子なんて禍々しくない? 王族すべてを滅ぼして末代まで呪いそうだわ」
私はニナさんの言葉に苦笑いした。確かに怖そう、あり得ないけどね。
日本だったらまだ子ども扱いされる年齢だけど、この世界ではそんな対象として見られるんだ。
日本には還れなさそうだし、この世界で一人生きていくのは寂しいな。家族もほしくなるのかもしれない・・・・。私の傍にはずっとキールさんがいてくれるといいな。
「なに赤くなってるの」
ニナさんの言葉にハッとする。うわっ、私今なに考えていたの。
「ミオリ、皇子が正気だってわかって好きになっちゃったの」
ニナさんが検討違いな方向で追究してくる。
「ちっ、違います」
慌てて否定するけど
「皇子、きれいだものね。でもね、どんなに綺麗な令嬢がきても相手にしなかったのよ。ハードル高いわよぉ」
ニナさんは決めつけている。違うんだってば。
「私にはトリア村に好きな人がいるんです!」
「あら、そうなの。残念」
私たちが揉めているとリッチーさんが突然ポンと手を叩いた。
「そうか。俺たちが毒の入った料理を食べないようにしてくれてるってことは、皇子は正気ってことだ。なにか理由があって気狂いのふりしているんだな」
当たり。でも、リッチーさん時間かかりすぎですよ。
「私たちも皇子を守って、皇子の行動を邪魔しないようにしなくちゃね」
リッチーさんとニナさんは拳を握った。
その日は、なかなか寝付けなくて水を飲もうとランプを持って厨房に出向いた。
吐く息が白い、暖房がないってつらい。手先も足先もとても冷たくなってる。
途中、皇子の執務室の扉が少し開いてて、中から明かりが漏れているのに気付いた。執務室は普段使われてないし、皇子はもう休んでいるはずなのに。私は執務室の方に向かった。
「・・・・看破され・・・・これから」
「しょうがねぇな。・・・・甘いんだよ」
執務室から言葉が漏れ聞こえる。これが深夜の呟きってやつ? でも、呟きっていうより会話みたい。一人じゃない感じするし。
あっ、この声! 私は執務室に向かって走り、少し開いていた扉を勢いよく開けた。
執務室の中には皇子が一人、椅子に座ってぼんやりしていた。私が勢いよく現れたものだから、皇子は私の方に顔を向けた。
「あっ、ごっごめんない。知り合いの声が聞こえたような気がして」
私は慌てて謝った。
「あの、スレイさんって、神殿騎士なんですけど。また、会えるって言ってたから、つい。ここで会えるわけないのに・・・・すみません」
私が頭を下げると、皇子は溜め息をついて首を振った。
えっ、なにこの反応。
「スレイ、どういうことだ」
皇子は執務室に続いている隣室に向かって声をかけた。
えっ!?
隣室からスレイさんが苦笑いしながら、私に向かって片手を挙げて現れた。神殿騎士の制服じゃなくて、黒ずくめの服を着て腰には剣を差している。
「私を責めることはできないな。甘いのはお前の方だろう。余計な言葉を残して」
皇子がスレイさんに非難の眼を向けている。
「悪い、この子の前だと素に戻っちまって。つい気を許しちゃったんだよなぁ」
私は目の前の展開についていけなくて呆けたまま立ち尽くしてたけど、スレイさんに頭をグリグリされてやっと現実に戻った。
「スレイさんの雇い主って」
「そう、ディーン皇子。皇子が正気だって見破ったんだって。まぁ、この人詰めが甘いからな。だからこんなところに閉じ込められているんだろうけどな」
スレイさんは溜め息まじりに話す。そうだよね。私に見破られるんだから甘いよね。というかどうして今までだれも見破れなかったんだろう。私は苦笑する。
「雇い主って・・・・。お前、そんなことまで話したのか」
皇子は頭を抱えている。皇子の気持ちもわからなくはないなぁ。だって、スレイさんっていで立ちからして間諜じゃない。私なんかにペラペラ喋っちゃう間諜って・・・・。
「だって、この子」
「ミオリです」
「そう、ミオリの雰囲気ってこう、ふんわりしててな。気が緩むっていうか。ついな」
スレイさんは苦笑いした。
皇子は溜め息、私は引きつった笑いをスレイさんに返した。
「まぁ、知られてしまったものは仕方がない。いずれ君にも協力をお願いするつもりだった」
私が協力? 首を傾げて皇子をみたけど、皇子はにこやかに微笑んでるだけだった。
「まぁ、今日は遅いしまた話そう」
「はい」
私が踵を返して退室しようとすると、スレイさんが私の腕を取って手のひらを上向かせた。
その上にポンときれいにラッピングされて赤いリボンを結んだ小袋を乗せてくれる。
「土産だ。王都で一番美味いって言われてる菓子店の焼き菓子だ。昼から懐に入れてたから少し割れてるかもな。なんせ、何時会えるかわからなかったし」
スレイさんは頬をポリポリ搔きながら言った。
「ありがとうございます! お菓子なんてトリア村以来です。嬉しい」
私は本当に嬉しくて、子どもみたいに満面の笑みを浮かべた。
☆
「お前が女の子に菓子をねぇ」
ディーンが驚いたように俺を見ている。
「なんか、気になるんだよなぁ。見つめずにはいられないというか・・・・」
俺は彼女が出て行った扉の方を見て言った。
「たぶん、好きな奴いるぞ」
「知ってる。でも、自分の立場とやらで彼女を救うことができないんだろう。そんな奴に負ける気しないけどな」
「まあ、私にはどうでもいいことだ。スレイ、今日話したことを北、南、西に伝達してくれ」
「了解」
俺は執務室を後にした。暫くミオリと会えないがさっきの笑顔を胸に頑張るか。




