第7話
さっそく、夕食から給仕に立たされた。
ニナさんはできるだけ皇子と関わりたくないんだって。私だってそうだよ。
「皇子はぼんやりしているだけだから大丈夫よ」って言うけど、気狂いなんて言われてるんだもの。いつどんな行動とるかわからないじゃない。怖いのは私もなんだけどな。
皇子はいつもいる大きな窓のある部屋で食事を摂る。私は大きくて長いテーブルに指示通り食器を並べた。食器を並べ終えると、皇子はゆっくりと窓際から移動してくる。
あぁ、ちゃんとお腹が空く感覚があるんだな。ずっと座ってばかりでお腹なんか空かないと思った。食べてばかりで運動してないのによく太らないな。なんていろいろ考えていると、皇子はいつの間にか食事を摂り始めていた。
あっ、そうだ。自己紹介しようと思っていたんだった。
「ディーン皇子、私はサガワミオリと言います。ミオリとお呼びください。トリア村で砦の隊長さんに保護されました」
んっ!? 皇子がスープをすくう手を一瞬止めた。僅かの間ですぐに元に戻ったけど、言葉に反応してる?
「村では金色亭っていう宿屋で働いていました。私、ずっと自分が禍つ人と呼ばれる存在だってこと知りませんでした。みんな優しくしてくれて。私が王都に連行される時もみんな心配してくれました。私、村に帰りたいんです。村には大切な人がたくさんいて・・・・」
なんだかとりとめのないことを話し始めてしまって後が続かなくなっちゃった。つい俯いて次の言葉をみつけようとする。
あれっ、食器の音がしない。
ふと、顔を上げると皇子が私を見ていた。その眼や表情はとても柔らかくて、いつものぼんやりしている顔じゃなかった。
私が呆けて皇子の顔を見ていると、皇子はさっと表情をなくしていつもの顔に戻って食事を再開した。やっぱり違和感。
「慣れないことが多くて、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします」
私はお辞儀をして自分の話を終えた。
「ニナさん、皇子ってホントに気狂いなの?」
私は食器を洗いながらニナさんに話しかけた。
「そうに決まってるじゃない。日がな一日ぼーっとしてるし、声掛けにも反応しないし」
「私が気になるのはそこなんです。だって、話しかけている時に一瞬でも動きが止まることがあるじゃないですか」
「えーっ、気のせいじゃないの。偶然よ。偶然」
ニナさんは呆れた表情で、私の話に取り合ってくれなかった。
「偶然なのかなぁ」
離宮で働き始めて2日が経った。
皇子はニナさんの言う通り何にも興味を示さず、一日中庭ばかり眺めている。人の声にも反応しない。
洗面や入浴、食事なんかは普通にしてるけど、なんだかいつもぼんやりしている。
夜の奇声とか、部屋での独り言はいつ聞いてしまうかとビクビクしているけどまだ聞いたことがない。
最初はどうなるかと思った離宮の生活だけど、ニナさんやリッチーさんのおかげで案外不安なく過ごすことができている。
でも、ここは私の居場所じゃない。どうすれば村に帰れるんだろう。キールさんや皆に会いたい。
「きゃーっ、ニナさん! ニナさん! 皇子が」
離宮に私の声が響き渡る。
皇子が朝食の卵料理を口にした途端それを吐き出して、テーブル上の料理をすべて床に叩き落としている。お皿やコップも床に落として割り始めている。一体どうしちゃったんだろう。
「皇子! ディーン皇子! おやめください」
ニナさんが叫ぶと、すべてを床に落としてしまった皇子は表情もなく部屋を出て行ってしまった。
「時々、あるのよね。なにが気に食わないのかしら」
ニナさんは溜め息をついて、食器の欠片を集め始めた。私も箒を手にする。
時々? なにかきっかけとかないのかな? でも、料理を口にした途端だよね、料理に問題があるとしか思えないけど。
「厨房もやられた。俺たちの朝食もなしだ」
「あぁ、もう嫌」
リッチーさんが厨房からやってきて伝えた言葉にニナさんは項垂れた。
皇子は、厨房の調理台に乗せられていた私たちの朝食も床に叩き落としてしまったらしい。わざわざ厨房まで行って暴れるの? 何かおかしい・・・・。
「この卵料理はリッチーさんが作ったの?」
「いや、これは王城から運ばれたものだな。でもいつもは召し上がっていたんだぞ」
「味が変わったのかしらね」
ニナさんは溜め息をついて掃除を再開した。
「前にこんな風になった時も口に入れてから吐き出したんですか?」
「うーん、そうだったと思うけど」
「なにか、きっかけはありますか」
「そんなのなかったなぁ・・・・。あっ、そういえば離宮に令嬢が送られてきた頃が一番多かったような気がするわね」
「令嬢ですか・・・・」
令嬢が送られてきた頃って奇行が目立つ前だよね。じゃあ2年以上前かな。今、令嬢がいるわけじゃないし。よくわからないな。
私たちは厨房を掃除するために戻った。ここもひどい有様だ。ニナさんが深い溜め息をついた。
「食べられるものがないですね。お腹空いちゃいますよね。皇子も」
私は周囲を見回した。
「今、離宮にある材料じゃろくなものは作れないな」
リッチーさんは溜め息をついた。
厨房はさんざんな状況だったけどジャガイモ、チーズ、小麦粉が目についた。これだけあれば、金色亭のダンさんお得意ニョッキのチーズスープが作れる。私は調理を開始した。
「おいおい、皇子にそんなもの食べさせるわけにはいかないよ」
「禍つ人の作ったものには口をつけないかもよ」
リッチーさんとニナさんが口々に止めるけど王城の料理、口にして吐き出したってことが気になった。
そして、わざわざ厨房にきて他の料理を処分することにも。
「私に試させて下さい。私たちは皇子に守られているかもしれません」
そう口にすると二人は黙って私の作業を手伝ってくれた。
スープをワゴンに乗せて皇子の元に向かうと、皇子は相変わらず庭をぼんやりみている。
「皇子お腹空きませんか? スープを作ってみました。私がリッチーさんとニナさんに見守ってもらって離宮にあるもので作りました」
私は2人の監視の元、離宮内のもので作ったことを強調して説明した。皇子は私の声に反応することなく庭を見ている。
「ここに置いて行きますね。気が向いたら召し上がって下さい」
私たちも厨房で朝食代わりのスープを口にした。
「あら、美味しい。意外だわ」
「ほんとだ、うまい」
リッチーさんとニナさんが褒めてくれた。私はこのスープがダンさんと私の共同開発料理で村では結構好評だったことを話した。
スープを食べていたら、またトリア村を思い出しちゃった。
ここで侍女の仕事をしながらずっと暮らしていかなくちゃならないのかな。私が逃げたら、村が罰せられて焼かれちゃうから帰れないけど帰りたい。
ここで一生暮らすなんて嫌だ。
なにか、なにか考えなくちゃ。村が焼かれずに、私がキールさんやみんなの元に帰れる方法。




