第6話
お城を出て再び馬車に乗せられ20分くらい走った。
馬車を降りるとお城が遠くに小さく見えた。
なんだか、村からどんどん遠ざかっているような気がして寂しくなる。
目の前には、お城が小さくなったような、離宮と呼ばれる建物。
建物の周囲は柵で囲まれていて、正面には門番の兵隊さんがいる。
逃げ出すのは無理そう。思わずため息が出る。
トレイア大神官が門番に声をかけていると、離宮の入り口の扉が大きな音を立てて開き、中から侍女らしき2人の女性が出てきて揉め始めた。
「もう嫌! ここの担当は辞めさせてもらうわ! こんな気味の悪いところ真っ平よ」
「待って! アリアに辞められたら、私一人でどうすればいいのか・・・・」
「一人で頑張ってよ。あんたは家の事情もあるし、辞めるわけにはいかないんでしょ。でも、私は嫌なものは嫌! 父に頼んで王城勤務に戻してもらうわ」
「どうした」
「トッ、トレイア様」
「お見苦しいところを申し訳ございません」
トレイア大神官に問われた侍女たちは慌てて頭を下げた。
「耐えられんのなら辞めればいい。今日からこの禍つ人もここに幽閉だ。人手が足りないのなら使って構わない」
トレイア大神官は私を指して言った。侍女たちは眉間に皺を寄せて怪しむように私を見ている。
これから、ずっとこんな視線を受けていかなくちゃならないのかな。心が折れそうになる。
「禍つ人と言っても危険な力など持っていない。ただの小娘だ」
大神官は吐き捨てるように言った。
「ニナ、新人が入って良かったわね。じゃっ」
アリアって侍女は門を開けてもらうと、トレイア大神官に一礼して小走りで王城のほうに去って行った。ニナって侍女は茫然としている。禍つ人が新人じゃ困るよね。
「入れ」
トレイア大神官の言葉に従って開かれた門を通ると、ニナさんは私から少し遠ざかるように後退した。
門番が門を閉めるとトレイア大神官は私に声をかけることも、見ることもせずに去っていた。
彼との関わりはここまでなんだと理解する。もう会うこともないんだろうな、会いたくもないけど。
日が暮れ始めた離宮には冷たい風が吹いている。私は思わず両手を擦り合わせた。
それに気づいたニナさんが、恐る恐るといった感じで自分に付いてくるよう手招きした。私は黙って彼女に付いて離宮に入った。
離宮の中は、王城のような派手派手しさはなく落ち着いている。なんだか、砦の執務室を思い出してほっとした。
ニナさんに付いて広い部屋に入ると、庭に面した大きな窓が目に飛び込んできた。
窓際の椅子に男の人が座ってぼんやりとした様子で庭を見ていた。男の人は金髪に夕陽を受けてなんだか光って見える。眼は遠くてよくわからないけど、国王と同じ碧色みたい。「きれいな人。映画みたい」心の中で呟いた。この人が気狂いの皇子なのかな。
ニナさんが男の人の傍まで近づいて私に手招きする。
「ディーン皇子」
ニナさんは皇子に声をかけるけど、彼は庭をぼんやり見ていて視線を向けない。ニナさんは構わずに言葉を続けた。
「彼女は禍つ人だそうです。トレイア様が今日からここに幽閉になると連れて参りました」
ニナさんの言葉に皇子はゆっくりと私に視線を向けた。私と目が合うとなんの感情も映していなかった瞳がわずかに見開かれた。でもすぐに元通りの無表情になって庭の方に顔を向けてしまう。
気狂い? 私は違和感を覚えた。
「アリアが本日で離宮を辞職しました。トレイア様から禍つ人に侍女の仕事を手伝わせてもよいとのお言葉を頂きましたので、今日から禍つ人と一緒にお仕えさせて頂くことお許し下さい」
皇子は庭をみたままで反応はない。ニナさんは皇子の返事を待つこともなく、私に付いてくるよう言って退室した。
「驚いた。私がここにきて初めてよ。皇子が言葉に反応して動いたのって。よっぽど禍つ人って言葉に驚いたのね。そうよねぇ、なかなか見られるもんじゃないものね。しかも全然禍つ人っぽくないし。子供だし」
ニナさんは廊下を歩きながらブツブツ言ってる。なにげに珍獣扱いされてるような言動に少しムッとする。
「リッチー、アリアが辞めたわ。彼女が後任、禍つ人だそうよ」
ニナさんは厨房に入って、料理していた恰幅のいいおじさんに声をかけた。
「禍つ人・・・・」
おじさんは私を凝視した。なんだか手がちょっと震えている。こんな大きな人が、私を見て震えるなんておかしいよ。吹き出しそうになるのを堪えて深くお辞儀した。
「でもなんの力もないってトレイア様は言ってたわ」
「厄災を起こす力ないの? 人を狂わせちゃったりしないの?」
リッチーさんは恐る恐るといった感じで聞いてくる。
人を狂わせるってなんだろう? 私はついに声をあげて笑ってしまった。
「そんな力ありません。私はサガワミオリといいます。トリア村で保護されました。村ではミオリと呼ばれていたので、ここでもミオリって呼んでくれると嬉しいです。よろしくお願いします」
挨拶して頭を下げるとニナさんとリッチーさんが息を呑むのが分かった。
「こんな丁寧な挨拶する子が禍つ人なわけないな」
「ほんと、ただの小さな女の子じゃない。なにが怖いのかしら」
二人の言葉にホッとする。良かった、わかってくれて。こうして理解を示してくれる人が増える度に何かが変わるような、村に戻れる日が近くなるような気がして勇気づけられる。
それから二人が自己紹介してくれた。
リッチーさんは35歳、二児の父。通いの調理師で王城から運んできた食事を温めたり、自分でも数品追加調理して皇子に提供しているとのこと。
ニナさんは18歳、男爵家の四女。彼女も通いの侍女で夜は王城の使用人寮に戻ってしまう。離宮で働きはじめて一年半だそうだ。
私がもうすぐ16歳だというと二人はとても驚いた。
夜は皇子と二人きりになることを心配して、ニナさんが部屋の鍵を2つにするよう門番に頼んでくれるって言ってた。皇子は何にも興味を示さないけど、念のために注意したほうがいいって二人して口を揃える。
皇子のことも教えてくれた。
ディーン・フォン・ラインドア第一皇子、26歳。3年前に国王の浪費と神教団との癒着を指摘して退位を迫ったためにこの離宮に幽閉された。ディーン皇子が殺されなかったのは、グレン国王の子のなかで唯一の男子だったから。ラインドア国は皇位継承について直系を重んじるから、皇子を生かして男子を儲けようとしたみたい。でも、皇子は離宮に送られてくるどんな女性とも関係を結ばなかったって。そうしているうちに奇行が目立つようになって気狂いって言われるようになったそうだ。
ニナさんが言うには一日中椅子に座って庭を見て、時々自室に籠ってブツブツと何か呟いてるそう。夜は稀にだけど奇声も聞こえるって。ニナさんの寮の方まで聞こえるって。ねぇ、本当に夜は私一人で大丈夫なの。すごく怖いんだけど。




