第2話
「寒いなぁ」
呟くと呼気が白い靄となって消える。
今は森の中で小休止中。私も街中でなければ馬車から自由に出してもらえる。
夜の森の中は暗くて寒い。隊列の騎士さんたちは焚火に当たってるけど、私は傍に行くことが許されていないので、焚火を遠目にみて倒木に座っている。
金色亭の暖炉にあたりたいな。みんな何してるかな。キールさんはどうしてるかな。また鼻の奥がツーンと痛くなってきた眼もウルウルする。涙をこぼしたくなくて星空を仰ぐ。
バサリと音がして視界が真っ暗になった。
「ほら、はおれ」
スレイさんが、私に頭に騎士のマントを落としてくれた。
「ありがとうございます。でも、スレイさんが寒くなっちゃうからいいですよ」
私がマントを外そうとすると、スレイさんは「ガキが遠慮すんな」って強引にマントの首元の紐を結んでくれた。そして、温かいお茶の入ったカップを無言で手渡してくれる。
「それにしても、さっきは驚いたな。あのばぁさんのためとはいえ、自分の命までかけなくてもいいだろう」
私はスレイさんのあきれ顔に苦笑いを返した。人が殺されるのを見たくなくて、あんな行動とったけど思い返すと体が震えてくる。
「あんなことはもう止めてくれよ。驚きすぎて頭が真っ白になった。トレイア大神官が引いたから良かったものの、本当に殺されていたかもしれないぞ」
「はい」
「大体、お前は人のこと心配している場合か。王都についたらどうなるかわからないんだぞ。それになぁ、トレイア大神官の神経を逆なでしすぎだ。あの後、俺たちがあいつを宥めるのにどれだけの労力を要したと思ってるんだ」
うぅ、お説教。スレイさん、ママみたい。
「いいんですか。禍つ人にこんなに優しくしてくれて」
ちょっと長引きそうなお説教が怖くて話の方向を変えてみる。
「・・・・違うだろう。お前は禍つ人なんかじゃない」
スレイさんは少し考えた後、私と眼をあわせて真剣な顔で言ってくれた。
「迷い人は、厄災を起こす禍つ人なんて呼ばれているが、悪の力なんてありゃしない。異世界から迷いこんできたただの人間だ。ただ迷い人にはこの世界にはない進んだ知識、悪用できる知識、珍しさや美しさがあって、それが権力者を惑わせたんだ。権力者達は知識を悪用したし、美しさに溺れた。まぁ、稀に黒い腹を持つ迷い人もいたようだが、生き残るのに必死だったんだろ。自分の世界から切り離されて、不安がないわけがないだろう。だが、お前からはそういった黒さは感じない。ここ数日の様子を見ていて、普通の女の子だってのがよくわかったよ」
スレイさんは優しく語りかけてくれた。
すごく、すごく嬉しい。なんだかまた涙が出てきそう。
ちゃんとわかってくれる人もいるんだ。禍つ人だからって忌避する人ばかりじゃないんだ。
私は声を出して泣きそうになるのを堪えようとお茶を口に含んだ。
「・・・・お前、なんで逃げ出さないんだ」
スレイさんも自分のカップのお茶を数口飲んだ。その後、ポツリと聞いてくる。
「・・・・だって、村と砦に迷惑がかかるじゃないですか。村が焼かれたら私・・・・」
私が、言葉を継げないでいると
「悪い」
スレイさんがまた頭をぐりぐりしてきた。
「神教団は手段を選ばないからな」
「スレイさんは神殿騎士じゃないんですか」
そういえは、私が捕まった時に砦の執務室にはいなかった。
「まあ、そうだな」
あれっ、違うのかな。スレイさんにしては歯切れの悪い答え方に首を傾げた。
「本当の雇い主は別にいる。しかし、今回の仕事は役得だな。迷い人はみられるし」
「本当の雇い主って?」
「おっと、ここまでだ。お前といるとつい素に戻っちまう。今、言ったことは忘れな。その方が身のためだ」
優しい表情だったスレイさんの顔が、一瞬すごく怖く見えて私は言葉を発することができなくなった。スレイさんって一体何者なんだろう。
「王様もスレイさんみたいに、私が禍つ人じゃないって分かってくれるかな。分かってくれたら村に帰れますよね」
「そうだな」
スレイさんは、優しく微笑んでくれた。
その時、休憩終了の合図が聞こえた。
スレイさんにマントを返そうとしたけど、馬車の中も寒いだろうからって受け取ってくれなかった。
☆
俺が持ち場に着くとトレイア大神官が近寄って来た。あぁ、面倒だ。
「スレイ、禍つ人に近づきすぎだ。寄生されたか」
「いいえ、そのようなことはありません」
「お前は見張り役だ。禍つ人と必要以上に言葉を交わすな」
「はい」
「私の曾祖父は、禍つ人に寄生され全財産を失うところだった。曾祖母の才覚がなければ、私の家は没落していただろう。私は曾祖母から祖母、母へと受け継がれた禍つ人の話を聞いてきた。禍つ人は断罪されるべき者だ。関わらない方が身のためだぞ」
トレイア大神官は、俺に忠告すると隊列の前方に戻って行った。
まったく、ありがたい忠告だ。大神官ともあろう者が先入観で禍つ人を語って、あの小さな少女を見ようとしない。よく見れば、なんの力もない女の子じゃないか。
トレイア大神官に歯向かって、ばぁさんのことをかばったあの時の顔なんて子猫が震えながら虚勢を張ってるようじゃなかったか。
「ぷっ」
やばっ、思わずあの時の少女の顔を思い出して吹き出してしまった。馬で並走していた同僚の騎士が冷たい視線を送ってくる。俺が睨み返すと、同僚は慌てて視線を外した。
王都まであと4日半か。
この仕事、もう少し長くてもいいな。んっ!?
俺は、この業務がもう少し長くてもいいのにと一瞬でも思ったことに驚いた。
「あー、どうした俺」
俺の呟きは暗い森に吸い込まれていった。




