5発目 今日の私は機嫌が悪い!
岸那の一件が終わってから一ヶ月ほどが経過した。どうもあの一件で有名人になってしまい、直後は次から次へと果たし合いを申し込む者が後を絶たなかった。もちろん全て返り討ちにしたけど……。体に触れさせることなく素早く打ち倒してしまう為『アンタッチャブル凛堂』とか変なアダ名をつけられて避けられるようになってしまった。まあ、ある意味タッチされると困る体なんだから結果オーライだろう。そんなこんなで入学してから久しぶりの平和を味わっていた。ところが……私を悩ませるものがある。女の子特有のアレである。
「あ~、気分悪い~」
私は教室の椅子に寄りかかっていた。体がだるい……そして熱っぽい。今日胸にサラシ巻く時、痛くて思わず悲鳴を上げちゃったよ。まったく、この期間だけは何度味わっても慣れないな。うう、こういう時だけは男として生まれたかったと思うよ……。でも、ここが不良高校でホント良かった。まともに健康診断すら行われないからな。
「何か機嫌悪そうだな」
声のする方に顔を向けると松谷が立っていた。元気そうだな~、おい。こっちは最悪だというのに……。
「な~んだ、私に一撃でやられた松谷くんじゃないか」
「いつまで引っ張るんだよ、それ」
「そりゃあ、君に台無しにされた焼きそばパンが三倍になって返ってくるまでだよ」
「分かった、分かった。今度マスターズの焼きそばパン、奢ってやるから」
「よし、許そう!」
マスターズは学校の近くにあるパン屋さんだ。あそこのパン、いつも焼きたてがあって美味しいんだよな~。殴獄生にも桜国生にもファンが多い。私もその一人だ。
「そういえば、岸那は?一緒じゃないのか?」
「ああ、岸那は薫ちゃんの付き添い。定期検診だってさ」
「そっか」
そういえば……私は病気にかかったらまずいんじゃないか?学生証は完全に男って書いてあるぞ……。目付き悪いし。今日はまだいいが闘いを仕掛けられた日に体調が悪かったら……。
体調悪い、でも闘う→やられる→病院に担ぎ込まれる→バレる→退学
うーん、どうすべきか……。そんなことを考えていたら昼休みが終わってしまった。午後の授業中も悩んでいたが結局いい答えは見つからなかった。相談できる相手がいないのがなあ……辛いよな。
その日の帰り道。私はいつも通り商店街を抜けて帰ろうとした。実は私の今住んでいる所は学校から近く、歩いて十五分ほどの所にある。帰り道にある商店街はそれほど寂れてはいない。近くに大型スーパーとかが無いからだ。その商店街を半分ほど行ったときのことだった。
「止めて!離して!」
女の子の声が聞こえてきた。今歩いている道を一本裏に入った方からだ。体調はまったくもって優れないが明らかに嫌がっている声を聞いては放って置けない。裏道に足を向ける。するとそこでは殴獄生が桜国生の女の子に壁ドンをしていた。おお~、これが噂の壁ドンか……。初めて見たぞ。しかし、いつまでも見ている訳にはいかない。
「おいお前、何をしている!嫌がってんだろ、その子!」
男は振り返ってこちらを睨んだ。女の子もこちらを見てキョトンとしている。予想外の助けに驚いてるようだな。
「てめえ……アンタッチャブル凛堂だな。てめえには関係ねえだろ!」
うん、その二つ名やっぱりなんか恥ずかしい。私に直接言わないで。とは言え、こいつ私のことを知ってるのか。なら話は早い。見たところ、こいつはそんなに強くない。少し脅せば手を引くだろう。私は男に向かって構えた。
「その子から離れないんなら、俺が相手になるぞ」
「あのなあ、こいつは俺の……」
「今日の俺は機嫌が悪い!やるのか!やらないのか!どっちだ!?」
「ちっ!」
男は舌打ちをして女の子から離れた。成功だな。去り際、男は意味深なことを言った。
「てめえ……これで面倒なことになったら責任取ってもらうからな!」
責任を取る?ナンパの?嫌だなあ~、私にそんな趣味はないよ~。体を張るのは喧嘩だけで十分です。
「すいません。ありがとうございます」
女の子は私に手早く礼を言うと小走りで去ってしまった。おお、シンプルだなぁ。まあ、あの感じなら怪我も無いだろう。それにしても……
「あ~疲れた。帰ろう!とっとと帰ろう!帰って、おやつタイムと洒落こもう」
私はズンズンと家に向かって歩き出した。この時、私は気づいてなかった。自分が再び厄介ごとに首を突っ込んでしまったことに……。