2発目 騎士と姫 前編
「一年の中で早速動きがあったらしいぜ!」
宣言をしてしまった翌日、登校すると校門の所で入間にそう告げられた。入学初日に戦うとは……どんだけやる気があるんだよ。まあ入学初日にあんな宣言をしてしまった私が言えたことではないか。ふう、ダメだ。私らしくないな。一度決めた信念は死んでも曲げない。それが私、凛堂葵だ。どのみち高校を無事卒業するためには避けては通れないだろう。相手が殴りかかってきたら対処しなくてはならない。
「それで?何がどうなった?」
「ああ。駄錬中の蛇腹と霊豪中の岸那がやり合ったらしい。まあ、蛇腹が岸那に仕掛けた、というのが正しいんだろうがな……。結局返り討ちにあったらしいが……」
「うん?歯切れが悪いな」
「この蛇腹って奴は諦めが悪い上にずる賢い奴でな。このまま黙って引き下がるとは思えないんだよ」
「正々堂々戦ったんだろう?それで負けたなら素直に諦めろよ」
「まさか!不意打ち上等な上に凶器まで使うような奴だぜ?」
「腐ってんな……」
どうしようもない奴だな……。別に武器を使うのは構わない。武術にだって武器を使ったものがあるんだから。問題はそれを扱う人間の精神だ。
「それで?もう一方の岸那というのは、どういう男なんだ?」
「岸那は中学三年の時に霊豪に転校してきて、わずか半年で霊豪を占めちまった男だ。格闘スタイルとしては長い足を生かしたキックボクシングだな」
「キックボクサーか……厄介だな」
キックボクシング……日本版ムエタイと言うべきか。蹴りだけのイメージがあるが実は肘打ちがあるんだよな。遠距離では多彩な蹴り技、中・近距離では膝や肘で攻撃してくるので間合いの取り方に苦労した経験があるな……。できれば戦いたくない。
「それと、これは余談なんだが……おっ!ちょうどよかった。岸那が来たぜ」
入間の指す方向を見ると長身の男が歩いて来る。身長は180cmくらいかな。顔はサングラスをかけているから分かりづらいけど、キリッとした顔つきをしているな。髪は長く、後ろで一本に束ねている。なるほど足が長い。あの足から蹴りが繰り出されるのか……。すれ違おうとした、その時、岸那は足を止めて私を見た。少しドキッとしてしまった。やれやれ、こういう状況でもなければなあ……。
「何か用か?」
精一杯虚勢を張る。それにしてもこいつ、乙女の顔をまじまじと見つめるな……。
「ん?ああ、すまなかったな。お前の顔があまりにも綺麗だったんでな」
「はあ!?な、なな、何を言ってんだ、お前!」
バ……バレてないよね?私の顔、赤くなってないよな?今まで生きてきて言われたことのないセリフに上ずってしまった。
「はは、冗談だよ。面白い奴だな、お前。俺は岸那 進。お前は?」
「わ……俺は凛堂葵だ」
「ふ~ん、凛堂ね。オッケー、覚えたわ。じゃあな」
そう言うと岸那は校舎の方へと消えていった。思っていたよりも軽い男だ。だが……去っていくその背中には微塵の隙も無かった。
その日の昼休み、私は入間から朝の話の続きを聞いた。岸那に変なことを言われたせいで午前中ずっと気になっていたからだ。入間は手帳を取り出して話し始めた。何の手帳だ?それ。
「岸那には年の離れた妹がいる」
「妹?」
「ああ、生まれつき足が悪くて車椅子を使って生活しているらしい。岸那が霊豪に転校してきたのも、その辺りが関係しているらしいぞ」
「お前の話は『らしい』が多いな」
「しょうがないだろ。直接本人に聞いたわけじゃないんだから」
それもそうだな。葵ちゃん、失言、失言。しかし足の悪い妹、か……。意外に重いもの背負ってるな、あいつ。
「まあ、俺からは仕掛けないよ。そんな話を聞かされてはな」
「あいつがリストに挙がっているのは、その実力からさ。あいつ自身が戦いを望んでいる訳ではないな。そういう意味では、凛堂の敵じゃないさ」
私もできれば永久中立国でありたかったんだけどな。残念ながら私にも背負っているものがある。
さらに時は進んで、その日の放課後。私は体育館裏に呼び出された。松谷という男にだ。入間によると、こいつも霊豪中の出身らしい。岸那の右腕とか左腕とか言ってるが……。
「お前が凛堂か?ふん、噂通り優男だな」
噂になってんのかよ!と突っ込みたかったが止めておこう。しかしいい加減、誰か私が女だって気づかないかな?気づかれたら困るけど気づかれないのもまた寂しい。そんな複雑な乙女心。
「さて、その実力見せてもらおうか!」
そんなこちらの気も知らず、松谷は殴りかかってる。完全に喧嘩殴りだ。型も何もあったもんじゃない。ガタイは良いが、こいつは素人だな。私は松谷の右ストレートに外側から左腕を当てて軽くいなす。そのままバランスを崩して前のめりになった松谷の後頭部めがけて左の回し蹴りを叩き込んだ。ズン、という音と共に松谷は地に沈んだ。再び動く気配はない。
「ほ、ホントに口ほどでもない奴だな……。でも、爽☆快!」
やはり人を打ち倒すのは気持ちが良いな。本当のことを言えば、今日の戦いはする必要が全くない。ただ……私の中の格闘家としての血が……私を戦場に誘うのだ!……なんちゃって。いかん、いかん。火の粉を払うのは良いがあまり目立っては本末転倒だな。私は気絶している松谷を引き摺って保健室へと歩きだした。ところでこの学校ちゃんとした保健医いるのかなぁ。