プロローグ
私の名前は凛堂葵。幼少の頃に両親を失い、母方の祖母に引き取られた。祖母は私に優しくしてくれたが、私はそのまま甘えて良いとは思わなかった。自分一人でも強く生きられるようにと空手を始めた。元々才能があったのか私はグングン実力を伸ばしていき、中学に上がる頃には近隣で相手になる奴などいなくなってしまった。無論、男を含めてだ。おおよそ女らしくない。自分でもそう思う。
そんな私に転機が訪れた。中学三年の春、祖母が突然こんな事を言い出したのだ。
「葵ちゃん、都会の高校に行った方がいいわ。お金の心配はしなくてもいいから」
私は全力で断った。元々高校に通うつもりなど無かった。そのまま就職するつもりだった。そう簡単に就職はできないだろうが、それでも少しは生活の足しになるはずだ。しかしそう言って断る私に対し祖母は首を横に振った。
「若いうちに自ら道を塞いでしまうような事をしてはダメ。葵ちゃんは自分の幸せだけを考えなさい」
私は泣いた。泣いて誓った。絶対に生まれ変わってやる、と。そこから私の猛勉強が始まった。それに伴い、どん底近くにあった成績がどんどん上がっていった。志望校は桜国高校。スポーツが盛んな女子高で規律も正しく、可憐がイメージの進学校だ。今の私のイメージからはかけ離れているが生まれ変わると誓った私にはぴったりの高校だ。今までのがさつな態度を改めて清楚でおしとやかな女性になるんだ!
厳しい戦いであったが努力の甲斐あって私は見事合格することができた。そして……
「ど う し て こ う な っ た ?」
私は今、高校の校門の前にいる。校門には殴獄高校と書いてある。目の前に広がるはずだった満面の桜はあるはずもなく、あちこちがボロボロになった古木が一本あるだけだ。私が身を包んでいるのも桜を模して可愛くデザインされたセーラー服ではなく、どこまでもシンプルで特徴の無い学ランだ。入学の日に合わせて綺麗に伸ばしていた髪は見る影もなく、人生で一番短くした状態でオールバックにしている。げんなりした顔で斜め後ろを見やると、自分が描いてた通りの風景が広がっていた。桜が満面に咲き乱れる桜国高校の校門だ。
事情を説明しよう。受験当日、私は愚かにも風邪をひき高熱を出してしまった。今までの努力を無駄にするわけにもいかないと思った私は受験を強行したのである。桜国高校と殴獄高校はものすごい近距離にある。たまたま同じ日に試験をしていた両校を熱でフラフラの私は間違えた。確かにおかしいとは思ったのだ。あれだけフラフラだったのによく受かったな、と。普通の学校ならあり得ない。しかし殴獄高校は普通の学校ではなかった。どれくらいかと言うと、『自分の学校の受験票を持っていない女の子を男子校にも関わらず合格させてしまう』くらいだ。後日送られてきた合格通知と書類には『性別 男』と記載されていたが……。私にはそこまで魅力が無いだろうか?
正直言って私は悩んだ。殴獄高校は男子校なだけではなく近隣でも有名な不良高校だ。もしも私が女だとばれたら……それはもう、猛獣の檻に入れられたエサである。まともに考えれば行けるはずもない。だがすっかり桜国高校に合格したと思い、赤飯まで炊いて喜んでくれた祖母を思うと……私は退くに退けなかった。すでに引っ越しは完了していたし、今まで失ったお金も帰っては来ない。
私は意を決することにした。髪をバッサリ切り落としムースで固めた。胸は心配するほどのことは無い。元々大したサイズではないのだ、サラシを巻いておけばいいだろう。鏡の前に立って確認する。
「うん、ちょっと線の細い男……といった感じだな。いける!」
漢女誕生の瞬間である。
そして今、校門の前にいる。登校してくる人間はまるで不良の見本市。いるわ、いるわ。今日からここでやっていくのか……。私は大きく溜息をついた。
「生まれ変わるって……こういうことじゃなかったのに」