ジャスティスマン氷の死闘!
「あらあら、こまったわね~」
デパートの抽選会場で動きやすいようにTシャツとジーンズ、うなじ辺りで長い髪をまとめた柔和そうな顔つきの二十代の女性、寺子屋ゆかりは困っていた。
危機感を感じさせない視線は地域によっては『ガラガラ』『ガラポン』と呼ばれている八角形の木製の箱に取り付けられたレバーを握り回すことによって側面に取り付けられた穴から球が零れ落ちる抽選会場ではおなじみの道具、新井式回転抽選器に向けられていた。
もう少し厳密に言うのなら、新井式回転抽選器から飛び出した三つの球に向けられていた。
『おめでとうございまぁぁす!!』
スーツにハッピという和風なのか洋風なのか判断に困る格好の店員が手に握ったハンドベルよりも少し大きな洋リンを何度も打ち鳴らし、周囲に其処まで言わなくともと思えるほどおめでとうだの一等賞だのという言葉を連呼する。抽選会場に居る他の店員達もそれに便乗し、抽選会場は一時誰もが足を止めてなにがあったのか確認し始めるほどの喧騒に包まれた。
「ゆかり姉、一体どうしたのよ?」
荷物をコインロッカーに預けてきたお嬢さん、セニョリータこと瀬野莉多は喧騒の中心に居るゆかりに声を掛けた。
莉多が何気なく新井式回転抽選器から飛び出した球を見ると赤、白、白。抽選会場の一番目立つ所に掲げられている抽選景品と色を確認した。白は六等、景品はボックスティッシュ一箱。それから昇順に黄色、青、緑、銀、金ときて赤。
「六等二つに特別賞一つ、まぁこんなもんよ……ええっ!?」
幼馴染の明治正佳と一緒になるぐらいしかくじ引き運のない莉多がこれまでの人生の中で見たことも無い価値のある球だ。
「や、やったじゃない、ゆかり姉! ええっと、特賞は……」
まるで自分の事のように喜ぶ莉多は胸を躍らせながら特賞の景品を確認する。
「ゆか姉、莉多の奴どーしたんだ? まるで宝くじが当たったように喜んでさ?」
莉多に荷物の大半を持たせられ、それを一時的に預けたロッカーの鍵までもを持たせられているカールこと、明治正佳が遅れてゆかりに合流した。
「見てみて、カール! ほらほら、特賞! 特賞よ! すごくない!?」
「すごいけど、なんでお前が出したみたいに言ってるんだよ。これはお前の手柄じゃなくってゆか姉の手柄だろうよ」
「なによ、感動薄いわね、特賞よ、レジャー施設特別無料招待券よ! あー楽しみ!」
「ちょっと待てよ莉多、なんでお前が一緒に行く気になってるんだ、ペア招待券だろこういう場合は女女でなく女男で行くのが……」
もうすっかりゆかりから誘ってもらえる気になっている二人は実に醜い争いを繰り広げ始めている。
「あらあら」
にこやかに二人のやり取りを微笑ましく見守るゆかりだった。
唐突であるが、此処で寺子屋ゆかりとカールとセニョリータの関係について説明しなければならないようだ。
それはまだ正佳と莉多が幼い頃の話である。二人の両親は共働きで帰宅時間はやや遅め。まだ小さい子供を二人だけで家に置いておくのは何かと危険であるし、鍵っ子にはしたくないという思いから二人は両親が帰ってくるまで学童保育施設『やすらぎ』に預けていた。
二人よりも七つ年上だったゆかりはその時二人のお姉さんとしてよく面倒を見てくれ、成長した今でも付き合いが続くほどの間柄になっている。
先日、二人が事件に巻き込まれたときもやすらぎで行われるイベントの為の買い物であった。
「おめでとうございます、それでは特賞の受け渡しを行いますのであちらのステージへどうぞ!」
スーツの上にハッピを来た店員が即席で作られたようなステージにゆかりを案内する。周りには立派な一眼レフカメラを持った店員が居ることから、しばらくの間強運の持ち主として晒され……もとい、晒されるだろう。
「今オブラートに包まなかったよね!?」
莉多の言葉を聞いて、内心なんにでもツッコミを入れる幼馴染の生態を心配する正佳が居た。
「えっ!? 俺そんな事全然思ってな……」
正佳の言葉を遮るように、少し台詞選びにオヤジを感じられる店員のマイクパフォーマンス。正佳と莉多は晴れ舞台に立つゆかりの姿を見守ることにした。
「いやーおめでとうございます! まずはお名前を教えていただきましょうか」
「はい、寺子屋ゆかりと申します」
チケットを渡せばすぐに終わりそうなものだが、店員は何故かインタビューのようなものを始めてしまう。
抽選会場はエスカレーター近くの多目的ホールに設置されており人目を惹きやすい。かつ、日曜日ということもあってか家族と一緒に買い物に来たのはいいものの、待たされて暇を持て余している男達が多かったということもあって、抽選会場だけでなく、抽選会場を見下ろせる二階エレベーターホールにも人だかりが出来ていた。
「いやー、チケットおめでとうございます、ペアチケットですが、誰か一緒に行く予定の男性とか居るのでしょうか?」
「うふふふ」
「……そ、それにしてもお綺麗ですね」
「あらあら」
ゆかりのやり取りを近いところで聞いていた正佳と莉多はお互いに顔を見合わせた。
「で、出たあ、ゆか姉のあらあら、まぁまぁ、うふふふ!」
「面倒な時全部あれで押し通すのよね……」
場を盛り上げようと必死にゆかりの情報を聞きだそうとする店員と、ゆかりの鉄壁の防御。店員の意図する方向とは違うが、完全にエンターテイメントとしては成功している。二人のやり取りを眺める大衆達はいかに情報を聞きだせるか、いかに情報を守りきれるかという二人の攻防に楽しみを見出していた。本当に暇な人達である。
「そ、それでは、引き続き、大食い大会の方をお楽しみください!」
店員VSゆかりの勝負の結果は言うまでもない。
「うわ、なんだかとっても面倒臭いことに巻き込まれた感しない?」
デパートで行われるイベントは抽選会だけでなく、夏の大食い大会も予定されていたのだった。タイミングが良かったというべきか悪かったというべきか。大食い大会開催前にたまたまゆかりが特賞を引き当ててしまい、抽選の特賞と、大食い大会の表彰を一気にやってしまおうという店側の計らいで、正佳たちは特別席に招待される形となった。
特賞景品を人質に取られている正佳達は辞退する訳にもいかず、用意された特別席で大して興味もない大食い大会を観戦する事になった。
「暇ねぇー」
「同感」
莉多と正佳は特別席に座って、大食い大会挑戦者の紹介に耳を傾けている。
「テレビとかの大食い大会だとすっごい細身の人が居たりしてワクワクするんだけど、そりゃ食うわねって体系の人ばかり集まったわね……」
「これだけの太さの挑戦者が一同に集まると周囲の気温がちょびっとだけ上がった気がしない?」
「特別枠ーとか言ってゆかり姉までまさか出場させられるなんてね……」
「ゆか姉が一人浮いてる。太さ的な意味で」
椅子から身体がはみ出し、机にぎゅうぎゅうに押し込まれている四人の挑戦者と比べこじんまりと椅子や机に納まっているゆかり、サイズ的におかしいのは挑戦者なのか、特別参加枠のゆかりなのか解らなくなるほどだった。
「ルールを説明します、ルールは……」
店員が大食い大会のルールを説明しようとした時、会場の照明が一瞬落ちた。
すぐさま照明が戻ると大食い会場には新たな影が一つ。
長い髪に女性らしさが溢れる身体つき。そしてそれを強調するかのような過激なデザインの服。遥か昔のビキニアーマーというジャンルの格好に似ている。
要するに特撮番組に出てくる悪の女性幹部のような格好をした女性が大食い会場に現れたということだ。
『おぉー、よく出来てるなぁ、テレビとかじゃ見ない顔だけど、女性の大食い選手か』
女性の登場をイベントの一種だと勘違いした見物者達はそれがイレギュラーな事であると気がつく事もなく、携帯電話のカメラでその妖艶な姿を記録に残している。後に妻に見つかり修羅場になるとも知らずに。
そんな雰囲気の中、これが想定外な事態であるのかを知ってしまったのは皮肉にも特別席に座り、スタッフの声が聞こえる位置に居た正佳と莉多だ。
「ちょっと……またおかしな事態になってきてない?」
「べ、別に俺達には関係ないよな、危なくなったらゆか姉連れて逃げるしか……」
正佳と莉多は今後どうするか相談しているとステージ上に居たセクシーなカッコウの女性と目が合う。
『見つけたぞ、ジャスティハート! それも二つも!』
びしっと女性から指を順番に指された正佳と莉多。彼女の言うジャスティハートという単語には聞き覚えが無い。
『私はダークインモラルのヘルレディー!』
妖艶な格好の女性、ヘルレディーは長い髪をかき上げながら自身の名前を口にした。
「だっ、ダークインモラルだと!? あのっ! まさか、あのダークインモラルがこの街にまで現れるなんてッ!」
ヘルレディーの言葉に反応したのはゆかりとの勝負に負けたスーツ&ハッピの店員だ。
店員の言葉により他スタッフにも動揺が広がり始める。
「え、ちょっと待って、何ナチュラルに驚いてるの? 私そんなの初めて聞いたわ!」
「キミ達、あのダークインモラルを知らないというのかっ!」
「いやいや、なにLTEが音楽グループじゃなく携帯の高速通信の事なんだ、みたいなやや現代常識みたいな事知らないみたいに言ってるの!?」
動揺によりややコギャル化する莉多みたいな~。
「うるさい、茶化すな!」
「奴等がジャスティハートを奪い去っていった時、その場所にはなにも残らない……」
店員はそう言って肩を抱いてぶるりと身震いをする。
「そんな江戸市中を騒がせているような盗み殺しとか何でもする極悪の盗賊団みたいに言われても!?」
『ふふ、こんなところにジャスティハートが二つもあるなんてね、それも極上のものが……』
舌なめずりをしつつ、ヘルレディーが一歩、また一歩と正佳と莉多に向けて近付いてくる。
「あれ、ちょっと、あなた……四国さん?」
『ぎ、ぎくぅっ!? え、瀬野さん、なんで!? い、いや、これは!』
莉多は一歩また一歩と近付いてくるヘルレディーの顔を見て、記憶の中にあるクラスメイト、士国玲の顔が思い浮かんだ。
「なにを言っているんだ、莉多!士国さんな訳ないじゃないか! 士国さんはこんな格好指定ないし、そもそも士国さんはこんな片目が隠れるようなデザインの眼鏡なんてしてないじゃないか!」
正佳は莉多の頭を心配する。この非常事態だ、恐怖でおかしくなっても無理は無い。
「カール、その特撮番組に出てきそうな顔半分を覆うマスクを眼鏡と言うのは無理があるわ! それに今滅茶苦茶反応したわよね、士国さん!」
おかしくなった莉多はなおもヘルレディーがクラスメイトの士国玲であるという説を捨てようとしない。
『い、いや、私は士国玲などではないわ、瀬田さん! 明治君もなんとか言ってよ!』
「ナチュラルに私達の名前呼びすぎよ!?」
『待てぇッ!』
絶体絶命――。誰もが起こり来る惨事に目を背けていたとき、会場の端からとても力強く、頼りになる声が響いてきた。
「絶対絶命って今そんな危機的状況じゃなかったと思うけどなぁ!?」
「この声、まさか――」
絶望から目を背けていた正佳が声のした方向を向くと勇ましい姿の正義の味方、そう、ジャスティスマンが其処に立っていた。
「勇ましいって、ヘルメットにバンダナ(パン屋のお姉さん巻き)にエプロンして焼きかけの焼き鳥を手に現れられても!? そして煙臭ッ! ねぇ、もしかしなくともそのエプロン、入り口付近で出ている移動販売の焼き鳥のお店のものよね!?」
『なっ、キサマは!?』
『鳥のもも肉プリプリ! 私の焼く焼き鳥は正義の焼き加減! そう、正義の使者ジャスティスマンだ!』
「わぁ、おいしそう! じゃなくて、その名乗り正義の味方じゃなくって絶対焼き鳥屋の名乗りよね!?」
『まぁ、いい! 邪魔をするのなら容赦はしない、行け!』
ヘルレディーが懐からとある球を取り出し、会場に転がっていたペンギンの形を模したカキ氷機に投げつけると球とカキ氷機は眩い光を放ち始める。
「な、まさかあれは!」
正佳が驚きの声をあげる。そう、カキ氷機は姿を変え、ペンギンの姿をした怪人へと変貌を遂げていた。
『なっ、なんと禍々しい姿なんだ!』
ジャスティスマンは一歩下がり、生み出されたばかりの怪人と対峙する。
「禍々しいって、ただ単にペンギンの着ぐるみを着たただの人にしか見えないのだけれど……」
『ふぁふぁふぁっ! やれぇ、コマンドペンギン!』
《承知!》
「カッコイイ! 無駄にコマンドペンギンの声がかっこいいんだけど!?」
『私も正義の為に負けるわけには行かない!』
ジャスティスマンとコマンドペンギンの熱い戦いが今始まろうとしていた。
「えー、では始まりました大食い大会、選手の紹介です。南極よりやってきた大食いの使者、コマンドペンギンさん」
《勝利を!》
コマンドペンギンはその場で頭を垂れ、ヘルレディーの手の甲にくちばしを付けた。
「えー、本店の前の焼き鳥屋で働いているバイトのジャスティスマン選手!」
『焼き鳥一本80円! 五本で350円!』
ジャスティスマンは両手に持った焼き鳥を掲げる。
それから数名の選手紹介が終わる。
「ルールの説明です。皆さんは頭上にあるその氷を全て食べきってください!」
選手の頭上には大きな氷の塊が鎮座している。大きな氷には機械とチューブが取り付けられておりチューブは選手の目の前の器の前まで伸びている。
「器の下には重量計があり、量が減れば随時氷が補給される事になっています、それでは皆さん、頑張ってください!」
選手達の頭上にある機械が動き出し、氷を削り始める。氷の減り具合から丁度十杯分ぐらいの量か。
「さぁ、選手達がいっせいにカキ氷を食べ始めました。どの選手もペース配分を考えて食べ始めている!」
誰もが一定のペースで食べ始め、どの選手も氷の減り具合はほぼ一緒である。
選手達の頭上にある氷が三分の一ほど減った時、試合が動き始める。
「おーっと、相次いで巨漢の選手達が舞台を降りて何処かに駆け出していく! 席を立てばリタイヤ扱いになるのに何故だぁ!?」
「あれだけ冷たいもの食べればお腹壊して当然じゃない!?」
《好機!》
「いや、全然好機じゃない! 滅茶苦茶震えてるじゃない!? 無茶しないで! もともとこんな量一人で食べきるなんて無理よ!」
コマンドペンギンが挑戦者が減り好機と見たか、一気に量を減らそうとスピードアップを目論む。。
「スピード全然上がってないんだけど!?」
それを見たジャスティスマンは焦る。大食いで自分のペースは大事であるが、スピードも大事である。制限時間内に食べきらなかった場合は残りの量で勝敗が決まる。此処はペースを崩してでも減らさなければ――と。
――南無三。ジャスティスマンはそう呟いてカキ氷を一気にほおばり始めた。
『えっ、ちょ!?』
「あんなの聞かなくて良いんだからね、あなたはあなたのペースで食べればいいのよ!?」
自身の体調を心配してくれる莉多を安心させるためにジャスティスマンは更にスピードを上げる。
『う、うおおおおおっ!』
「あぁ、馬鹿ッ! そんなにかっ込んじゃ……ッ!」
『うわぁぁぁぁっ! 頭が、頭が割れるぅぅ!?』
「おーっとジャスティスマン、とうとうカキ氷の洗礼、頭キーンに見舞われ始めたぁぁ!」
頭を抱え悶えるジャスティスマン。それを見て笑った者が居た。そう、コマンドペンギンだ。
《策成れり!》
「あなたもカッコイイ事言ってるけどもう限界来てるわよね、壊れた玩具みたいに少量の氷をすくって口に運んでいる姿が痛々しいわ!」
『私は……私は負ける訳にはいかない……』
《無駄な事を……》
激しい戦いが続いている。両者とも互角の戦いである。頭上の氷はもうわずか。そう、互いに最後の力を出すタイミングを計っているのだ。
「氷全然減ってないんだけどなぁ!? 気のせいじゃなければまだ半分ぐらいあるわよ!?」
『私は、私は負ける訳にはいかない! ジャスティハートを守るため!』
《笑止!》
ジャスティスマン、コマンドペンギン、お互いに最後の力を振り絞り、カキ氷をかきこむ。
――勝敗は……?
「優勝、寺子屋ゆかり選手ーっ!」
其処にはステージ中央で表彰をうけるゆかりの姿があった。
こうして、今回のヘルレディの襲撃を阻止したジャスティスマン。だが、彼はまだ気がついていなかった。これからが本当の戦いである事に――。
「ちょっと、これで終わり? ねぇ、色々とおかしいよね!?」
正「お疲れ様ー」
莉「酷い、今回酷い」
ジ「まったく、苦しい戦いだった……」
正「一気に今回キャラ増えたなぁ」
莉「そのうちこれにも登場するんじゃない?」
ジ「そういえば前回のなぞが解決してないのだが……」
正「あ、そういえば!」
莉「てへぺろ☆」