ジャスティスマン参上!
「ちょっとカール、遅いわよ!」
ずんずんと大股で歩く少女は脚を止めて振り返った。
気が強そうに見える釣り上がった瞳で少女は後方を歩く青年を見据え、そこそこ大きな声で檄を飛ばす。
「お前……そんなに言うんだったらコレを一塊でもいいから持ちやがれッ……」
カールと呼ばれた青年は両手で抱えるようにして、綺麗にラッピングされた箱をいくつも抱えている。その箱の塔は頭まで積みあがっており、十分な視界さえ確保できていないだろう。それに加え彼は左右で二つ、計四つの大きな買い物袋を腕にぶら下げている。誰の目から見ても、明らかに積載量過多である。
「もう一ヶ所で全部終わるんだから、気合で頑張りなさいよ」
少女、瀬野莉多はそう言いつつも青年の腕にぶら下げられている買い物袋二つを受け取った。思いの外、重かったのか受け取った瞬間、表情を歪めた。文句を言いつつ受け取るとは実にツンデレである。
「うるさい、だまれ!」
顔を赤くし、サイドテールを揺らしながら莉多はそっぽを向いた。
「最後の場所ってどこだよ?」
荷物が減り、安堵の表情を浮かべていた青年、明治正佳が莉多に最後の目的地を聞く。
「本屋よ」
莉多の答えを聞いて、正佳の表情が強張った。あまり特徴のない昨今よく見られるライトノベル主人公のような顔つきの正佳がだ。
「うるせぇ!」
「死ぬ……絶対死ぬ……」
正佳はフードコートにある丸机に突っ伏してうわ言のように呟いている。エアコンの効いた店内だというのに正佳の額から流れる汗の量は尋常じゃない。
「全くだらしないわね」
プラスチックトレイにハンバーガーとポテト、ジュースを二人分乗せた莉多が正佳の真正面の席に座った。
二人は小さい頃からの腐れ縁である。なんの運命の因果か、家は隣同士、クラスは今日に至るまでずっと同じ、席替えをすれば隣。くじ引きでペアを作れば一緒と周囲の囃し立てる気すら粉々に粉砕するほどの縁を持っている。
「大体、こんな馬鹿みたいな量を一度に買う馬鹿がいるか! 明日がお祝いの日でそれまでにプレゼントを用意するように言われてたじゃねーか!」
「色々と事前調査してたからしょうがないじゃない! カールに任せると偏った物しか買わないから女の子にブーイングよ」
「ぐぐっ、そういわれるとグゥの根もねーが、お前だってプレゼントのあの小説全巻セットとか、読み終わったら自分が貸してもらう気満々だろ!? プレゼントって言うより、自分が読みたかっただけじゃねーの?」
「ぎくぅッ!? なな、なんの事かしらねー? それを言うならカールだって、あのゲームソフト、協力プレイ出来る手下が欲しかっただけじゃない?」
「ぎ、ぎくぅッ!?」
正佳と莉多はお互い頷きあい、
『冷めないうちに食うか』
乾いた笑いを浮かべながら少ししなび始めたポテトを口に運んだ。二人の心は2ポイント汚くなった。
『うるせぇっ!』
「しかし羨ましいなぁ、俺達の時のプレゼントって組み立てるブロックのお城とかだったよな? そう考えると今のチー坊らのプレゼントっていいよな、ゲームソフトとか」
「いやー、値段的に言うと私達の方が恵まれてるわよ? 今日チラッとブロックのお城とか値段見たけど結構したわよ?」
莉多はそう言うと左手の指一本を立て数字の1、右手を開いて数字の5を作った。正佳はその手の形を見て莉多が言いたい数字を理解し、飲み物を噴出しそうになった。
「ごほ、ごほ、マジかよ……」
「もう、汚いわね」
莉多が正佳にナプキンを渡した時、急に店内全ての照明から光が失われた。
「なに、なにッ!?」
慌てて周囲を見渡す莉多。その表情はどこか不安げでいつもの強気は形を潜めていた。
「停電? いや、停電にしては暗すぎるよな……?」
正佳はそう言って辺りを見回した。
「り、莉多……今何時だっけ?」
「は? カール、なに言ってるの、そろそろお昼過ぎたからお昼にしようって――ッ!?」
唐突に変な事を聞いてくる正佳の質問に対し、莉多は呆れた様子で口を開きかけたのだが、正佳が言わんとする事を理解し、言葉を失った。
「よ、夜? いや、夜ってレベルの暗さじゃ……」
フードコート西側の壁にある大きな窓の外には夜とは言えないほどの漆黒の闇が広がっていた。
『一体なにが!』
正佳や莉多の他の客達も異変に気が付き、声をあげ始める。フードコート内の店の店員達も一体なにが起こったのか解らないまま、ぽかんとしている。
『出られない、なんだ? 壁みたいなものが行く手を塞いでいるみたいだ!』
その場から離れようとした人たちは皆そこに見えない壁があるかのように、ある一定の場所から前に進めていない。
「か、カール……」
「一体なにが起こっているんだ?」
『落ち着いてください、皆様、落ち着いてください!』
必死に店員が混乱する人達を落ち着けようと声を荒げるが、人々の悲鳴や怒鳴り声にかき消され、意味を成さない。
正佳と莉多は嫌な予感を胸に抱きつつ、ゆっくりと壁際まで下がった。
『此処からは誰も出られない、闇の世界……』
どこからか気味の悪い声が響く。その身体の置くまで響く声に、一瞬音が全て途絶えた。
誰となく、その気味の悪い声の持ち主を探し始めた。全ての視線が一人の人物に集まった。
頭から大きな黒いシーツを被ったような不気味な人物がぽつんとフードコートの中央に立っていた。
『ちょっとキミッ!』
異常事態にふざけた事を言う人物を注意しようと店員の一人が怪しい人物に近付いた。
怪しい人物はそう背は高くなく、店員の三分の二ほどしか背丈はなく、中学生になったばかりの子供のような大きさである。
『こんな時にいったい何をふざッ……』
店員の言葉は最後まで聞き取れなかった。
怪しい人物の足元から伸びたなにかが身体を触れると同時にその場に崩れ落ちた。
『ばっ、化け物ッ!!』
唐突に起こったありえない出来事にフードコート内はパニックに陥る。一刻も早くその場から逃げ出そうと誰もが一斉に駆け出した。
「い、今の、なに……? あの人、死んじゃったの?」
「り、莉多! ここから離れよう、早く!」
化け物の足元でピクリとも動かない店員を前に、莉多はその場にへたり込んでしまった。
『……久々のニンゲンは旨い……』
ずるりと、化け物は歩くというよりも足を引きずるようにゆっくりと前に、正佳と莉多へ向け進みだした。
莉多の手を引き、なんとかその場を離れようとする正佳だったが、腰が砕けた莉多はなかなか立ち上がる事が出来ない。
――なんとか逃げなきゃッ!
正佳はそう思ったのだが、腰が抜けている莉多を抱えてそう長く逃げられそうにない。それに莉多が自由に動けたとしても、何メートルもあるフロアのはずなのに見えない壁が行く手を塞いでいるようで、半径十メートルそこらしか移動できない状況ではどうにもならない。
「来るな、来るなよッ!」
正佳は手当たり次第に椅子やお冷のセルフサービス用に置いてあるコップを化け物に投げつけるが、化け物の足元から伸びる触手のようなものに弾かれるだけだ。
十メートル、七メートル、五メートル……。
ゆっくりと化け物は正佳と莉多に近付いてくる。
正佳の目にはピクリとも動かない店員が横たわっている。自分もあの店員と同じようになるんだと思ったとき、全身から力という力が抜けた。
立ち上がろうにも力が入らない。正佳はせめて莉多だけは守ろうと震える莉多を抱きかかえた。
――もう、駄目だ!
『タアァァァッ!!』
目を硬く瞑った正佳と莉多の耳に飛び込んできたのはガラスの割れる音と轟音。
正佳と莉多は恐る恐る目を開けると、驚くべき光景が広がっていた。
割れた窓ガラスの外。急に暗くなった空も割れていた。真っ黒な絵の具を塗りたくったような空の一部にぽっかりと穴が開き、其処から太陽の光が差し込んでいる。
真っ黒な空に開いた穴から差し込む太陽の光はそのまま割れた窓を通り、床に散乱したガラスの上に横たわる赤い物体に光を浴びせている。
目を凝らしてよく見ると赤い物体は刺々しくはあるが、右半身を床に付け、丸まっている人のようだ。
バイクレーサーの着るようなレーサースーツに水着の全身を覆う水着、レーザーレーサーを合わせたようなスーツに胸や手足にSF映画で出てくるような刺々しいアーマーやガンドレットなどを装着している。そして頭にはフルフェイスヘルメットを改造して作ったような見ていて痛々しいデザインのヘルメットが装着されている。
正佳と莉多はそんな人物の姿を見て、特撮ヒーローみたいだという感想を抱いた。
二人の目の前に迫っていた化け物は多くの机や椅子を巻き込み、数メートル後方まで飛ばされたのか、倒れた机や椅子に挟まれる形で横たわっている。
「い、今のこの人? がやったの?」
「じょ、状況からしてそうだと思う……」
正佳と莉多は地面に横たわる赤い特撮ヒーローをぽかんと眺めながら二人で口を開いた。
無傷の特撮ヒーローはすっくと立ち上がり、未だに机や椅子に挟まれた形の化け物に対しファイティングポーズを取る。
「ちょっと待って!? 明らかに無傷じゃない! あの姿勢は絶対背中を強打して呼吸し辛い状況になっているわ、内臓にダメージを受けているわ!」
そう、ヒーローの身体を心配する莉多を安心させるため、ヒーローは勢いをつけて空中で前転をしながら受身を取らない事でダメージの有無を証明する事にした。
『ちょ!?』
「ほら、明らかに動揺してるじゃない!? まだ横になっていなきゃ駄目よ、ほら、足腰にきてるじゃない! 生まれたての子鹿みたいになってるわよ!?」
『うおおおおっ!!』
ヒーローは意を決してその場で全力ダッシュし、空中で前転すると背中から綺麗に着地した。
『かはッ!? ど、どうだい、お嬢さん、私は……これしき……の……事では……』
「無理に喋らないで!? 言葉言葉の間に呼吸音がコヒューコヒューって明らかに痛々しい呼吸音になってるわ!?」
『私……は、正義の使者、じゃ、ジャスティスマン! き、キミ達の……正義の……光が私を導い……最後まで……諦めずによく……頑張った、もう大丈……ごふ、ごふっ!』
ジャスティスマンの言葉を聞いて正佳よ莉多は心底安心した。これで助かる、絶望に沈んでいた心に希望の光が差し込んだ。
「全ッ然! 安心できない!? 息も絶え絶え、そんな状態でポーズを決めるヒーローに一ミクロンも安心できないわ!?」
『二人とも、下がるんだ! ヤツが動き出す!』
ジャスティスマンが手で正佳と莉多を制すと一歩前へと踏み出した。
『キサマ……ジャスティスマンか!?』
『そう、お前達の天敵、ジャスティスマンだ!』
『キサマも養分にしてやる!』
椅子を跳ね除けながら化け物が立ち上がる。ジャスティスマンも正佳と莉多に被害が及ばぬように二人から離れる。
『くっ、これがヤツの特殊能力か! 頭がクラクラする!』
「だっ、大丈夫か、ジャスティスマン!?」
「いや、それただの脳震とうよ!? あんな馬鹿みたいな事するから!」
正佳と莉多の声援を受け、力を付けたジャスティスマンは化け物の触手を掴む。ジャスティスマン、化け物、互いに力で相手を倒そうとその場に踏ん張る。
お互いの力は互角、此処からは集中力の勝負となった。全力の力をいつまでキープできるか、些細な気の緩みも許さない緊張の一瞬だ。
『なっ、なんて力だッ!』
最初は互角だったものの、次第にジャスティスマンが押し込まれ始める。このままでは危ない!
『くっ、このままでは! こうなったら本気を出すしかないかッ!』
ジャスティスマンはしっかりと触手を握りなおすと大きく深呼吸した。
『ジャスティス・ダーッシュッ!』
その叫び声と共にジャスティスマンの脚部アーマーのふくらはぎ部分から激しい閃光が走ると、ジャスティスマンが驚くべき力で化け物を押し返し始める。
正佳も、莉多もジャスティスマンのどこにそんな力が隠されていたのかと、驚きを隠せない。
「いけっ、ジャスティスマンッ!」
「いや、なんか昔から知ってる風に言わないで!? しかもあれ本人の力じゃないわよね!?」
『時間がない、これで決めるッ!』
ジャスティスマンは化け物をフードコート内の一つの店、ラーメン屋の壁に化け物をぶつける。その衝撃はすさまじく、化け物は壁にめり込んだ。
『必殺! ジャスティスキィックッ!!』
空中で一度回転すると、脚部アーマーのふくらはぎ部分から激しい閃光が走る。ブースターで勢いを付け、ジャスティスマンの飛び蹴りが化け物の頭を捉える。
『うおおおっ!!』
化け物の頭を踏みつけるような体勢で激しくブースターから閃光が走る。化け物の身体にはかなりの衝撃が伝わっているのだろう、全身が壁にめり込んでいるほどだ。
ブースターの推進剤が切れたのか、次第に閃光が弱くなるとジャスティスマンは化け物の頭を蹴って宙返りをしながら華麗に化け物に背を向けて着地する。
『成敗ッ!』
ジャスティスマンがそう叫ぶと化け物は光の塵となって消えていった。
「すげぇ……」
「助かったの?」
正佳と莉多は脱力し、周囲を見回す。先ほどまで漆黒の闇が広がっていた窓の外は時間相応の明るい空が広がっていた。透明な壁も消え去ったようで透明な壁に群がっていた人達はその場に将棋倒しになるように倒れこんでいた。
『う、うぅ……ん』
横たわって動かなくなっていた店員は化け物が倒れたことによって目を覚ましたようだ。
『よし、これで大丈夫だな、さらばだ!』
ジャスティスマンは床に散乱したガラスを全て集め、ガムテープで細かい破片を集め終わるとそのままエレベーター乗り場へと颯爽と歩いていった。
『えっ、これ上の階に行くエレベーターですか? あ、すいません、私は下に降りたいんです』
一度エレベーターに乗り込んだジャスティスマンは上に上るエレベーターに乗ってしまい、恥ずかしそうにエレベーターから降りた。
これが明治正佳と瀬野莉多のジャスティスマンとの最初の出会いだった――。
「え、これからもあんなのとまた会う事になるの!?」
ジ「一話終了、お疲れ様正佳君、莉多君!」
正「お疲れさまーっす」
莉「お疲れ様でしたー」
ジ「なんとかあとがきを利用しようと考えたのだが……」
正「SSッぽいことやるわけね」
莉「こんなトコでネタ使ったらかなり早くネタ枯渇するわよ?」
ジ「そういえば気になったが、莉多君は何故正佳君をカールと?」
正「あー、それ次回辺りで説明来るんじゃね?」
莉「次回までのなぞということで!ヒントは連想ね!」