窓を開けたらカバンが降ってたんだけど
その日は朝から土砂降りのカバンが降っていた。
「土砂降りのカバン」という表現は日本語文法的におかしく、意味がわからないと思うが、僕にはそう表現するしかできなかった。
土砂を巻き上げ、降り続けるカバン。
一歩家の外に出ただけで頭にカバンが当たった。
痛い。どうやらコレは夢ではないようだ。
昨日、母に「明日はカバンが降る確率90%だから、傘持って行きなさいよ」と筋トレしながら言われたときは、筋肉がつきすぎて脳みそまで筋肉(略して脳筋族)になってしまったのかと思ったが、可笑しいのは僕の方らしい。
いや、待て、冷静になれ。もしかしたらこれは夢かもしれない。というか、このおかしな状況を考えるとその可能性の方が高いだろう。確かめるために頬をつねってみたいが……怖いのでやめておこう。
そんなことを考えているあいだにも、カバンは僕の頭や肩に当たり続ける。
そろそろ本格的に痛いので、母に言われた通りに傘をさして出かけることにしよう。
おお、僕の予想に反して意外と防げる。傘ってすごかったんだな。スマホで時間を確認すると八時三分、急がなければ。
急がなければ遅刻になる。無遅刻無欠席を至上とし、皆勤賞を狙う僕にそれは痛い。今まで大雨が降ろうが台風がきようが(学校は当然のように休みだった。解せぬ)地震・津波・火事がおころうが(文字通りの意味だ )槍が降ろうが(文字通りの意ry)ウーパールーパー(アルビノ)が降ろうが(文字通ry)一切の躊躇いもなく、外に出て学校へと登校してきた。
そんな僕に担任の教師は、時折なにかを含んだ目線を向けてきたものだ。
きっと僕の優等生ぶりに頭が上がらないのだろう。さすが僕。学校始って以来の優等生。
そして、僕の優等生っぷりは皆勤だけではない。勉強もできる。学期末ごとに担任から手渡しされる通知表には、最高の評価である五の数字が並んでいる。ただ一つ、体育だけは四だが、それはきっと、体育担当の教師が僕の優等生っぷりを恐れて、実技の部分の評価を下げたに違いない。クラスの友達もそれなりにいるし(決して少なくはない)、友達全体の女の子率がわりと高い気がする。特に普段目立った行動はしてないが、それはつまり、落ち着いているということだ。皆勤で、勉強もできて、友達もいて、かわいい女の子の友達も多く、品行方正な優等生――それが僕だ。
今日も遅刻せずに学校へたどり着くことができた。
僕は席に座り一息吐いて、今朝の学校への登校時を思い返した。
カバンが降ってくるなんてどう考えても普通じゃない。
それに適応している周りの人間も普通じゃない。
通学路の途中なんて、降ってくるカバンの奪い合いが行われていたのを見かけた。ここはバーゲン会場か。そう思ったのを覚えている。
女性、ときどき男性が物凄い形相でカバンを奪い合っていた。傘をさしている人なんて僕を含めて数名だ。(僕の通っている学校の制服を着た女子生徒が何人かいた気がしたが、きっと気のせいだろう。うん。僕は何も見ていない)
なんだ? ブランドがどうの金がこうのと言っているが、それは持って帰っていいのか? というか使えるのか? 正直某国のブランド物並みにパチモン臭いぞ。
そんな現実逃避をしたくなるほど衝撃的な光景だった。思わず顔がリアルに引き攣った。明日は筋肉痛になるかもしれない。主に顔の筋肉の。
そんなことになったら大変だ。治るまで無表情とか、普通に怖い。男友達はまぁどうでもいいが、かわいいあの子に話しかけられたりなんかしちゃったりしたら、どうしたらいいんだ。あと、教師にも誤解されたりするかもしれない。
顔の筋肉ってどうマッサージしたらいいのだろうか。とりあえず指で押したり揉んだりし続けてみよう。
顔を触り続けながら、今朝の光景の異常性を改めて認識する。みんなは何も感じなかったのだろうか。
ふいに、僕の名前が呼ばれた。声がした方へ顔を向けると、そこには級友の女子が立っていた。
陽奈乃という、比較的仲の良い子だ。
「どうしたの? 玲」
陽奈乃は心配そうに僕を見上げる。
まあ、友人が絶望的(等比社)な表情をして両手で顔を押さえていていたら気になるよな。
大丈夫だ、問題ない ということをどう伝えようか迷っていると、僕の優秀な脳内に複数の質問の回答が過ぎった。
以下の選択肢より選んでください。
▼「別になんでもないよ。………ところで逆立ちしてくれない? 今すぐこの場で」
「ぐうぅぅ!!! う、疼くぜ!! 俺の眼球の奥の筋肉が!!!!!!」
「ちょっと顔の皮を剥ぎ取ろうと思って。皮がペリペリ剥がれていく痛みって
堪らないよね(*´Д`)/ヽァ/ヽァもちろんそれが終わったら目潰しもするけ
ど、よかったら陽奈乃踏んでくれない?」
どうみてもギャルゲ(風)の選択肢です、本当にありがとうございました。
僕の脳内は蛆でも湧いているのだろうか。それとも毎日ギャルゲばっかやってた反動?しかも狙ったように選択肢がアウ/(^o^)\ トーなものばっかなんだけど。なにこれイジメ?
ジャパニーズHE☆N☆TA☆I☆、中二病、ドMとかどんな最低なラインナップだよ。
こんな選択肢出すようなゲームがあってたまるか!!
しかし、黙ったままでは不審がられる……と、とりあえず、一番無難なのを選ぼう。
「別になんでもないよ。………ところで逆立ちしてくれない? 今すぐこの場で」
「嫌だよ!」※彼女は制服です。
おお、即答してきた。逆立ちくらいできるだろうに、なんでしてくれないんだ。……まぁ僕が同じことを言われたら絶対断るが。
「ハァ……これだからお前はダメなんだよ」
「心配して声をかけたのになんか失望された!」
なんか勝手に声をかけてきたやつがなにか喚いている。その時、
「玲、また陽奈乃をいじめてるのか?」
陽奈乃の背後から声がした。僕はやや大げさな動きをつけながら言った。
「!?陽奈乃の背後から声が……っ! まさか背後霊が……ヒッッッ!!!??」
言い終わる前に何者かに背後からくすぐられた。どういうことだ……。
「よくやった!! 雪那」
「ありがとう~! 咲子!」
「咲子と雪那! おはよう」
……僕以外の三人が会話している。いきなり背後からセクハラされた上にぼっちか。どうなってるんだ。
陽奈乃の背後にいた背後霊が咲子で、セクハラしてきたやつが雪那だ。朝から席の周りを女子に囲まれてうらやましいだろう! ……決して、男子の友達が少ないとかじゃないからな。
決して男子の友達が少ないとかじゃないからな!!(大事なことなので二回ry
「玲ところでいつもの間抜け顔にさらにアホ要素を足して二で割ったような顔でなんで不審な行動をしていたんだ?君の周りに着席している生徒がヒいていたよ?君には最低限のTPOは備わっていると思っていたのはボクの勘違いだったのか?嘆かわしいああ誤解しないでくれよ君がよくやっているギャルゲーのキャラのように君が心配で~なんて思っているわけではないから朝からゴ●ブリと同列に語れるほどの存在の君に脅かされている可愛い可愛い天使B乃と悪戯好きな小悪魔D菜のために仕方なくこのボクがこ!の!ボクが下賎で貧相な君に聞いてあげているんだ」
ここまで一気にノンブレス。
咲子の毒舌っぷりと陽奈乃雪那賛歌には、慣れていても朝からはキツいものがある。
カバンが空から降ってきたなんてことがあった日では尚更だ。珍●景に投稿できるぞこの光景。
そう、カバンはまだ雲一つない空から降り続けている。
雨の亜種みたいなものならせめて雲から落ちてこいよ、と思った僕は、悪くない。
そうだ! こいつらにも意見を聞いてみよう!
「おいそこの、朝からなんか人類には理解できないような意味のわからない音をだしてた腐れボクっ子()とセクハラ魔と陽奈乃。カバンが降ってるのを見てどう思う?」
「セクハラ魔じゃないよ~! ていうか、カバン…? なにそれ~?」
「ただの“アメ”でしょう?」
(この三人娘の中では比較的)常識人のB乃が首を傾げて言う。まるで僕の言っていることが理解できないというように、心底不思議そうに。
「ハッ! とうとうボケたか? 玲。陽奈乃の言うとおり、ただの“雨”だろう。………まあ、少し色に違いがあるが」
咲子が鼻で哂いながら言う。……どうでもいいけど言ってる内容は陽奈乃とだいたい同じなのに何故ここまで嫌味に返せるんだろうか。怒りを通り越してその(無駄な)才能に畏怖すら抱くわ。
「そうだねぇ~、私が見る限りでは普通の“飴”に見えるよ~? まあ~空から落ちているっていう時点で普通じゃないかもしれないけど~」
雪那が独特のおっとりした口調で言う。黙っていたらゆるふわ系お嬢様に見える(行動はじゃじゃ馬)雪那は、この前死力を尽くして全クリしたギャルゲーのヒロイン東雲桃胡に似ていてとても好……ゲフンゲフン。
て、
「「「「え??」」」」
****
…………わけがわからない。
僕の聞き間違いか? いや、そんなわけはない。三人もそれぞれ考えてこんでいるようだ。
……沈黙を最初に崩したのは咲子だった。
「……みんな、何を言ってるんだ? 今、空から降っているのは"雨"だろう?」
窓の外を指さしながら、普段とは違う真面目な顔をして言う。
「うんうん~。“飴”がたくさん降ってるよね。あれ、地面に落ちたとき割れないのかな~」
「割れる…?」
割れる …割れる“アメ”ってどういうことだ? ……!! もしかして、
「……もしかして、雪那が言っているのは、食べられる"飴"……キャンディのことか?」
「うん~! あれ~? 違うの? キャンディじゃないのかな~?」
雪那がそう言ったあと、四人がほぼ同時に窓の外を見るが、僕には何度見てもカバンが降っている光景にしか見えない。
「……ボクには、真っ赤な―――それこそ鮮血のような赤色の“雨”が滝の如き勢いで降り注いでいるように見えるんだが」
咲子は眉間にしわを寄せて言う。
あまりの驚愕からか、もはや口癖の一種(そうでなければ病気)である毒舌を忘れている。
…………いつもこうならいいのに。
「……っていうか怖!? なんだよ“鮮血のような”って!! まさか血じゃないだろうな!?」
「ふむ……。そういえば登校中は鉄臭い臭いがした気も………」
僕は表情筋と声量を最大限大きく使い叫んだ。
「思いっきり血液じゃねえか!! なんで気付かないんだよ!! 怖っ!! 何が怖いかってそんな中普通に登校してこれたおまえが一番怖い!!」
「失礼な……。血の雨なんて珍しくもなんともないだろう? 君の頭は大丈夫か?」
咲子は道端で子供に塩をかけられて今にも死にそうなナメクジを見るような目で僕を見た。
「おまえの頭が大丈夫か!? どこらどう見てもその事態は異常だろ!? おまえは世紀末の住人か何かか!? それともどこかのラノベの主人公か!!」
「そんなに叫ぶな……。君の汚い唾液が飛ぶだろう? 付着したところからボクが腐ったらどうする」
「聞いてねえし! しかも地味に傷つくこと言ってくるし!!」
この制服は家に帰ったら洗わねばならんな、などと言いながら完璧なシカトをこく咲子。
フッ、 わかってたさ。おまえがこういう性格だってな……!!
僕の目にキラリと光った物が……なんてことはなく、まだ発言していない陽奈乃に目線を向けた。
「ええっと、わたしが最後だよね? わたしには普通の“アメ”、というよりは雪に近いのかな? 蛍みたいにすこし光っている雪みたいなモノが落ていきているように見えるよ? 光の色は黄色じゃなくて透明なんだけど」
……あれ? なんか陽奈乃の見てるものだけ、すごいキレイな気がする。少し、いやかなり羨ましい。僕なんてカバンなのに!
「見事にみんなバラバラだな」
「でも、玲以外はみんな“あめ”っぽいよね~」
「これはどういうことなんだ……?」
一体、何が起こってるんだ……?
――――と、ここで、教室の前の扉から担任が気だるげに入ってきた。
「あ、いつの間にかSHRの時間だね」
陽奈乃の言葉で、咲子と雪那も気づき、みんなとりあえず席についた。
担任が話しているその日一日分の連絡事項を聞き流しているとき、雪那からメールが来た。どうやら、僕と陽奈乃と咲子に一斉送信したらしい。あいつはBCCとかのやり方を知らないので、みんなのアドレスが筒抜けになっている。
『じゃあ、この話の続きは放課後にでも話そうか~? みんななにか予定はある? (`・ω・´)』
予定はない。教室で話すのか?……っと、送信。どうせ聞かなくてもあいつらと僕に予定なんかないだろうに。
案の定、みんな、いつもどおり予定は入ってなかったらしく(ラノベを読みたい!、攻略中のゲームが……! ………などは、予定としてカウントされない)、一時間目が始まってすぐ、またメールが来た。
『みんな予定はないらしいよ! (*´ω`*) 場所は教室でいいよね~?』
それにすぐさま『おK』と返し、英語の授業の準備を始めた。
****
放課後。(何かちょっと時間の流れが速い気がするが、僕の思い過ごしだろう。たぶん)
僕、陽奈乃、雪那は夕日に照らされる教室に集まり、咲子が来るのを待っていた。
そろそろ夏も終わる。僕たちは三年生だ。来年この高校を卒業する。立つ鳥跡を濁さず……とまでは言えないが(いろいろと問題を起こしてきた。それはもういろいろ。もちろん教師にバレないように上手く隠蔽してある)、大したモノを残すことなく去っていくのだろう。きっと進路も別々になる。しばらくはこの四人で集まることもないんだろうな、なんて考えると、僕の柄ではないがセンチメンタルな気分になった。
「…スマン、待たせたな。…ん? 玲、何黄昏ているんだ気持ち悪い。似合わないのだからやめておけ」
前言撤回。こいつにたいしてそんなことを感じる日は来ないだろう。永遠に。
「遅れてきたくせに何言ってんだ!」
「だから謝っただろう? 君の耳は飾りか? それなら邪魔だからとってしまえ。………それにボクはこの話合いに必要なことをしていただけだ」
言うと同時に、咲子の骨っぽい白く細長い指が挟んでいるメモをひらひらとふった。
前半の発言に怒鳴りそうになったが、後半を聞いて顔に疑問符を浮かべる。
「なんだ? それ」
「ほかの生徒からの情報だ。今もなお降り続けているモノ、のな。同学年から後輩や先生にまで聞いてきた。さすがにこの短時間では全校生徒、とまではいかなかったが、これがあるだけでもすこしは話が進むんじゃないのか? ……そんなこともわからなかったのか? これだから君はダメなんだ」
やれやれ、とどこかで聞いたようなことを言いながら、鼻で哂ってドヤ顔をされた。
確かに昼休みのときなど教室にいなかったが、そんなことをしていたとは。
それにしてもその顔ムカつくな。
「さすが咲子~! 咲子の無駄に広くて浅い人間関係に感謝しなきゃね! ありがと~!」
「咲子すごいね!」
「そうだろう! そうだろう! 何も考えず今までの時間を無駄に消費し続けていた、そこにつっ立ってる馬鹿なんか比較対象にもならないくらいな!!」
本当にこいつの顔ムカつくな。それに雪那は褒めているのか? ソレ。
「それで? その、僕と比較対象にもならないほどすごい咲子さん、そのメモ帳を見せていただけませんか?」
「仕方ないな。天使陽奈乃に褒められて、ボクは今機嫌がいい。下等生物である君にも見せてやろう。というか、下等生物である君には文字が読めるのか? 読めなかったら遠慮なくボクに言うがいい! このボクが、直々に、下等生物である君に読み方から何から懇切丁寧に教えてやろう!」
……ムカつきすぎて言い返すのもめんどくさい…。
「アリガトウゴザイマスサキコサマー」
棒読みの返事を咲子に返し、持っているメモを奪って内容を見る。走り書きだが、字は意外にも綺麗だった。
「……結構たくさんの人の証言が書いてあるけど、“アメ”っぽいものを見ている人が多いな。中にはちょっとおかしいのとかもあるけど」
「おかしいのって?」
「……お金とか……ヤバイのだと………ナイフとか」
ナイフ……って、ナイフ!? どうやって学校まで来たんだコイツ!!
「「ナイフ!?」」
陽奈乃と雪那の声が綺麗にハモった。
「そういえば、そんなことを言っているヤツもいたな」
なんでコイツこんなに冷静なんだ。怖いな……。
「……あ、」
「どしたの、玲?」
「いや、今朝ここにくるまでの道で、ブランドがどうのこうの言いながら、バーゲン会場みたいにカバンを奪い合ってる人達を見たんだけど、もしかしたら、その人達には、カバンが金にでも見えてたのかなーって思って」
ブランドとか言ってたし……と言うと、咲子が答えた。
「正解、とまではいかなくとも当たらずとも遠からず、なのではないか?空から金銭や宝石の類が落ちてきている風に見えたのなら、そんな行動をとっても可笑しくないしな。まあ、ボクには傘もささずに赤い雨に自ら濡れにいくキチガイどもに見えて、われ知らず不覚にも何やってんだあのマジキチ……と呟いてしまったが。とにかく、見えているモノに個人差があるという説は確定だろう。ボクたち四人を例としてもまったく違うモノを見ているのだから。そして陽奈乃ほどキレイなモノではないが、多くの生徒が“アメ”っぽいモノを見ているということは基本は“アメ”ということなのかもしれないな。もちろんこの案はただの推論で、ほんとうは何が降っているのかなんてことはまだわかっていないけれどね」
そう締めて、咲子が淡々と考察を述べた。さすが永遠()の中二病。ラノベだのゲームだの読み漁ったりしているだけある。この程度の推理はお手のものか。歪みない。
その残念さ具合に、密かに戦慄している僕を置き去りに話がさくさく進んでいく。
「じゃあ、やっぱり見ているモノはみんな違うんだ。不思議だね~」
「それもそうなんだけど~私は咲子のその観察力が気になるかな~?」
「レイト●教授シリーズと逆●裁判、各種ラノベで鍛えたからな。このぐらいはできて当然だ」
「まるでシャーロック・ホームズみたいだったよ!! 咲子かっこいい!」
「ありがとう陽奈乃。陽奈乃に褒めて貰えるなんてとっっても嬉しいよ」
「うん~確かにかっこよかったよ~! ちょっと怖いぐらいに~」
訂正。全然進んでいなかった。むしろ蛇行していた。
僕は話を再開するべく、みんなの言葉を遮って意見を述べる。
「話を戻そう。見ているモノに個人差があるのは、僕も確定でいいと思う。二人はどうだ?」
陽奈乃と雪那はそれぞれ頷いた。
「じゃあ、個人差がある、という前提で話を進めよう。本当は何が降っているのかは……まったく検討がつかないな。咲子の推察通りなら“アメ”に近いモノだが、もし仮にそうだとしても、僕や、金・ナイフと答えた人たちのイレギュラーはなんなんだ……?」
本当にわからない。そもそも、この件は一番最初の前提からして非現実的すぎて、頭の良い僕でも正直おてあげだ。こんなおかしなことは、僕の今までの約十七年間の人生の中で、一度たりともなかった。空から土砂降りのカバンって……意味不明にも程がある。例えば、もし友達とリレー小説ようなものをしようとして、そんな書き出しをされたら、そいつを一発ぶん殴っ………
「おい、なんか玲が一人で考えはじめたぞ」
「ぼっちだね~」
「玲…?」
「それにしても~、冷静に考えるとやっぱり、今の状況は非現実的だね~」
「そうだね。まるでファンタジーみたい」
「おお、そうだな! るで二次元の世界にでもいるかのようだ。どうせなら、ボクの二次元嫁もヒロイン役としてだしてほしいね!! この状況もラノベとかならありえそうだな」
「最近のラノベはもうなんでもアリだからね~」
「……ラノベか……いまの今の状況をラノベの話だと考えると、いろいろ推察ができそうだ」
……ラノベ?
「確かに……。もとの前提が現実的じゃないから、そっちの方がいろいろ推測はできそうだな」
「まあ、何も思いつかないよりはたくさん思いついたほうがいいしね!」
………………………。
「そ れ だ !!!!!!」
「「「!?」」」
「それだよ! ソレ! ラノベの話として考えてみればいいんだ!!」
三人の怪訝な視線が僕に注がれる。
ちょっ……そんなに見つめられると照れるじゃないか……。(気持ち悪い)
「だからラノベだよラノベ! こんな展開ラノベだったらありふれてるだろ? 普通に考えたってわかるわけないんだから、いっそのこと夢とかラノベだって決め付けて考えたほうがいいんじゃないか?」
「すっっっごい極論だね……」
陽奈乃が呆気にとられてまじまじと玲を見た。
常識を捨てて考えろと言っているのだ。驚くのも無理はない。
「しかし真理でもある。……このまま話し合いが二進も三進も進まなくなるよりはいいしな」
「つまり~、今この時をラノベの世界だって考えればいいってことですよね~」
咲子と雪那が顔を向かい合わせて言う。
「いいか? 今からこの世界はラノベだ!!! そう思えば次に思いつくのはなんだ!?」
僕は咲子を指さした。こいつならいいアイデアも出るだろう。(中二病だし……)
「君に指名されるのが屈辱だが、まあそれは置いておこう。……そうだな、ベタかもしれないが“人の心を映したもの”または“精神状態”とか、どうだろう? それならAに見えているカバンも納得できるしな」
「「あ~~~(納得)」」
「おい、待て待て待て! どういう意味だソレ」
思わず突っ込む。前者も意味がわからないが、後者はもっと意味がわからない。精神状態がカバンって一体なんなんだ。
そう抗議すると、さっき咲子の発言に頷いた陽奈乃と雪那の哀れみを込めた目が僕を貫いた。
やめて! その視線はさすがの僕でも半分くらいしか耐えられないっっ!
「……もし、咲子のその考えが真実だとすると、僕とかお金の人とかは、ほかの大多数の“アメ”が見えてる人たちとは違う精神状態……ってことになるのか?」
「いや、違うっていうか、普通に異常なんじゃないのか?」
「異常かはわからないけど、玲はなんか変わってるよね~」
なん……だと……。まさか、このTHE☆優等生の僕が、鮮血が空から降り注ぐ中を平然と歩いて来たらしい、このマジ●チ女()よりも異常……だと……!!??
「いやいやいやいやいや!!! そんな、精神的異常者だから“アメ”以外の物が降って見えるなんてありえないだろ! どこのラノベの話だよ!! ……ってラノベだと思って考えろって言ったの僕か……」
普段の僕なら絶対にしないであろうミスをしてしまった。どうやら僕は、自分自身で思っている以上に動揺しているらしい。少し落ち着こう。深呼吸深呼吸。
「……玲って、もしかしなくてもバカなの? 陽奈乃?」
「……うーん」
「いや、馬鹿に決まってるだろう。……それにしても、我ながら結構現実味のある予測だな。まあ、この状況で現実味も何もない気もするが」
……確かに。本当に認めたくないが、現実的かという一点を除けば割とありそうな設定だな……。
少なくともこの四人の中では、確かに僕だけがイレギュラーだ。
悩んでいると、隣からプチッと小気味いい音がした。
「迷っていても仕方ない! もうその設定でいくぞ!! 玲は異常者!! “アメ”以外が見えているヤツらも異常者!!! これでおK!!!!」
切ってはいけない血管が切れると共に、咲子が仁王立ち+ドヤ顔で宣言した。
………って全然よくない!!
「いやいやいやいやいやいやいや!!!? 何言っちゃってんの!? なんもよくねえよ!? まだなんも解決してねえよ!!?」
そんな僕の全力の抗議は、次の咲子のセリフで切って捨てられた。
「五月蝿い! だいだいなあ、こんなペースでこの小説が終わるか!!」
「メメタァ!!」
「もともと、二十日までには書き上げる予定だったんだぞ? それが思わぬ文の冗長さと神(作者)の一人がミスったせいで五日も無駄にし、数えればもうあと五日しかないという驚愕の事実!! もうメタでもなんでもいい!! とっとと話を進ませろ!!!」
「おぅふ………」
/(^o^)\ナンテコッタイ。こいつ全部バラしやがった……!! もはやメタ発言どころじゃねぇ。違うナニカだ………!!!
なんて小芝居をやっている暇もない。そうだ。早く展開を進めないといけない。
起承転結で言えば、もう転辺りにはきているんだ。がんばれ、僕!!
ゴホンッ!!
気を取り直してテイク2。
流石の僕も、あんなグダグダなところから続きはできない。というかしたくない。
よく『小説は書いているとキャラが勝手に動く』とは言うが、動きすぎだろ。せめて紙面の中で動きまわれや。
「……納得はしてないけど、僕が異常かもしれない、というのはわかった。それで、どうするんだ?」
「それでって?」
陽奈乃がキョトンとした顔で聞き返す。
「え? ……あ、そうか、もう結論でちゃったな。納得はできないけど。すまなかったな、陽奈乃」
「ううん。全然大丈夫だけど……そもそも、なんで今日こんなことが起きてるんだろうね?」
……そうだ。朝からみんなと話してた、降ってくるモノについての結論は、半ば無理やりにだけど出てしまった。 だけど、この現象の根本的な原因がまだわかっていない。
「ふむ…………。さすがのボクでも、どうしてこうなったのかは、皆目検討がつかないな…」
ここまでそのチート具合をフル活用してきた咲子も、これにはお手上げらしい。
「……う~~ん……心…映した…普通は“アメ”………」
「………」
みんな、それぞれで考えてるみたいだ。正直僕にも皆目検討がつかない。さっきのラノベ方針で、みんなで考えるか。
「おい、お前ら。個人で考えずに、なんでもいいから意見だしあってみんなで考えた方がいいだろ? ……とりあえず、朝から“アメ”と思われるものが降ってて、その人物の心や精神状態によって降ってるモノが違う。それで、僕のように“アメ”以外のモノが見えるやつは異常なんだと。……この前提で考えよう。」
みんな、それぞれ頷いた。
「…よし、さっき僕が言ったように、ラノベだと思っていろいろ考えてみよう。もう、ここまで来たらなんでもアリだ」
「なんでもアリ~!? じゃあ~……あ、今思いついたこと言ってもいい~?」
「うん。なんでも言ってみろ」
全員が雪那に注目する。いかにも人前で話すのが苦手そうな雪那は、少し緊張している様子で話しはじめた。
「え~、あ、ほんとに今思いついたばっかりでアレかもだけど~、ごめんね~! えっと、その人の心の中によって見えてるのが違うっていうのが、実は、プラシーボ? だっけ~? みたいに、なんか、強く思いこんじゃって、ほんとにそう見えちゃったりするってやつなのかな~……って~、思って~」
「? ……つまり、ただの思いこみによって見えてるモノが違うと?」
「う、うん~! そんな感じ~! ……えっと、くだらない案でごめんね~?」
……プラシーボ……確か、偽薬を、薬だと思いこんで服用したら本当に効果がでるっていう……。プラシーボ効果か……。思いこみで変わるってことは、今、確かめられるな。
「今の雪那の考えを確かめてみようか。みんな、普通の、普段降る“雨”が今、降ってると考えろ。余計なことは考えずに、それだけを強く想像してみよう。」
「わ、わかった」
「了解!」
「玲なんかの言うことを聞くのは癪だが……。まぁ雪那の案だからな、やってみよう」
………。
………………。
………………………。
………さっきから、“雨”が降ってる様子を思い浮かべているが、目を開けてみれば、目の前の窓にはカバンが降り続けているおかしな光景が広がる。
恐る恐る、みんなにも尋ねてみる。
「…………みんな、なにか変わったか……?」
「……残念ながら鮮血のままだ」
「…そのままだよ」
「………私も、やっぱりキャンディだね~……みんな……ごめんなさい~」
「いや、謝るな、雪那。このボクですら何も思いつかなかったのに、一つでも案を出せたのは凄いよ」
「そうだよ。わたしも全くなにも浮かんで来ないもん!」
「うん。違ってたけど、もしかしたら案外、正解に近いかもしれないだろ?」
思いこみ。違うみたいだったけど、でも、思いこみというのは結構現実的でありえそうだな。例えば……
「例えば、今の思いこみじゃなくて、過去の……昨日とか、なんか、関係あるかもしれないな。みんな、他になんか思いつかないなら、雪那のこの案を広げていってみればどうかな?」
「玲にしてはいい考え方だ。(~~~~♪)……っと話の途中にスマン、少し抜ける」
唐突に誰かの携帯の着信音が流れた。特徴的な音楽は咲子の物だ。いつきいてもあのオドロオドロしい音楽には慣れない。つうか、シューベルトの魔王って。あいつはいったいどこを目指しているんだ………。
どうやらメールではなく電話だったようで、一言断って教室から廊下へと出て行った。
「この中じゃあ、僕じゃなくて咲子が一番変人だよな……」
鬼の居ぬ間になんとやら。咲子が戻ってこないうちにコソコソと話す。
「(う~ん、玲も大概だと思うけどな~)……そうだね~。咲子の見ているモノは怖いしね~。でも、咲子だし~。実際に血の雨とか降らせたことありそう~……。玲もカバンとかイミフだけど~」
「あれ? 今なんかさらりと侮辱されたような気がする」
基本、咲子雪那は僕にあたりがキツい。完璧な女尊男卑。多人数は暴力とは正にこのこと。それをこんなところで実感するとは。
「わたしは“アメ”じゃなくて、D菜が見えているキャンディが見たいな。そういえばそのキャンディって食べられるの?」
「ええ~? お腹壊しそうだから食べてない~」
「空からキャンディが降ってくるなんてメルヘンだよね。夢の国のお話みたい」
「そう~? 朝学校へ来るとき、傘をささないと大変だったよ~? 粒が大玉だから当たったら痛いし~」
「う~ん……。リアルだね……」
「リアルだよ~」
咲子の通話が終わるまで雑談をして待っていると、ほどなくしてガラッと音を立てて教室の扉が開いた。
「すまない。思いのほか時間がかかった」
「ああ、別にいいぞ。僕たちも気にしていない。なんの用だったんだ?」
「それが………急に用事ができてな……。………母に呼び出されたんだ」
苦々しそうに顔を歪ませて言う。
「……悪いが僕は、もう今日は帰らせてもらう。……そろそろ外も暗くなってきたし、お開きにしないか?」
窓の外を見ると、もう太陽は沈んでいいて、星が輝いていた。
話に夢中になっていたせいか、ずいぶん時間が経っていたようだ。
「そうだな。あんまり遅くなっても女子は帰り危ないし、今日はこのくらいにしとくか」
「そうだね」
「もうこんな時間なんだ~! 帰りは玲も気をつけなきゃだめだよ~!」
それぞれの帰り道は、咲子と雪那は途中まで一緒の道らしいが、僕と陽奈乃はバラバラだ。
「じゃあ」
僕は片手を軽くあげながらみんなにさよならを言って、家族はもうすでに帰宅しているであろう自宅への家路を急いだ。
****
僕が、雪那が心配(?)してたと思われることもなく無事に自宅にたどり着いたのは、もうあたりが完全に暗闇につつまれていて、ゴールデン枠の番組が放送してるような、そんな時間だった。
「ただいま」
「……あ、おかえり。今日は珍しく帰り遅かったねー」
「うん。ちょっと陽奈乃とかと話してた」
「陽奈乃ちゃん?陽奈乃ちゃん、最近見てないけど元気?」
「うん。たぶん」
「たぶん? ……そうだ、今日ちゃんと傘は持っていった?」
「持っていっ……?」
「???」
あれ? そういえば今の今まで忘れてたけど、今日僕に傘を持っていくように言ったのは母だ。でも、そのとき、おかしなこと言ってなかったか?
確か……「明日はカバンが降る確率90%だから、傘持って行きなさいよ」みたいな………。昨日は筋トレしすぎてちょっとおかしくなったのかと思ったが、これが聞き間違いでなかったとしたら……
「? ちゃんと持っていった?カバンが降ってて大変だったでしょ?」
「え……」
混乱している僕を置き去りに母は話を進める。
「“アメフラシ”だかなんだか知らないけれど、“カバンが降る”って現象は迷惑よねぇ。しかも大多数の人たちには違うものが見えているし。気狂い扱いされちゃたまったものじゃないわ。まったく。私たちが見えているものこそ、正しいのに」
「は……え………?」
母はソファに寝転んでテレビに視線を向けたまま、ブツブツと文句を言い続ける。
僕はそれを聞きながら、急速に意識が遠のくのを感じた。
ピピピピピピピッ!!
「…………あれ?」
目覚まし時計が「起きろやゴラァッ!!」とばかりに、大音量で鳴っている。一先ずそれを止めてから、ベットの上で上半身を起こす。微かな違和感を感じて部屋を見回すと、朝日がカーテンの隙間から差し込んでいた。ん……? 朝日?
「……なんだかとても夢見が悪かった気がする」
昨日の記憶は夢と混濁しているようでよく思い出せない。
頭を押さえながら、空気を入れ替えようと窓に近寄った。
シャッ!
カーテンを開けた先に目に映ったのは………。
完……?
以前掲載していた、リアルの友人とメールでリレー小説をした物のリメイクです。
友人からOKがでたので、載せます~(ΦωΦ)
りれーしょーせつー(某青狸風)
↓お題はコレ!!
『傘とカバン』
玲、陽奈乃、咲子、雪那は口調はともかく、性格は実際の人物を元にしていますwww
咲子→ピンクの人
雪那→友人
親愛なる玲に捧げます(・ω・)