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結局、夕方になるまで買い物に付き合わされるはめになった。
「くそ……なんだかんだで荷物持ちを引き受ける役になってる自分に嫌気がさす……!」
「まーまー」
昼飯を食べた後は別に鈴宮を尾行するなどといったことは無く、普通に大手アニメグッズ専門店にゲームセンター、同人誌の専門店にイベント会場。
端的に言ってハードスケジュールだった。
両手に荷物を持っているアリカは満足そうではあるが。
「本当にポンポン金がお前の財布から出てきたことに驚きだよ! もうお前からも俺に小遣いくれよ」
「凄い恭弥、お金の事は皆悩んでいるんだね。恭弥がそんなプライドをかなぐり捨てた台詞を吐くなんて思わなかったんだよ」
「結局お金は大切なんだ、人生の先輩である俺からのアドバイスな」
「間違ってはない、間違ってはいないはずなのに恭弥の口から聞くと凄く不安に感じる!」
「……大体、この荷物で電車って厳しい上に他の乗客の迷惑だよなぁ」
「む、それは割と否定出来ない。今ならまだ帰宅ラッシュに遭遇しない時間にギリギリ間に合うかもしれないけど」
まいったなー、二人がそんな事を呟いていると……ふと見上げた視線に鉄筋の塔が映る。
「防衛塔……か」
「ここからだとよく見えるんだね」
「実際、距離も近いからな。もう目と鼻の先だぞ」
防衛塔……と言うのは政府によって建てられた、主に各地の監視を目的とした施設だ。
大罪種が攻めて来た時や、テロが起こったりした時にいち早く対応出来るためだ。
ここで情報が管制され、自衛隊への救援が要求されたりするため、今のそこそこ平和な日常を考えれば……防衛塔が静かなのは良い事にも思えるのだが。
東京タワーよりも少し低いくらいのその巨大さは、ある種の畏敬の念も感じさせる。なにせ、そんな巨大な防衛塔は、各地に点々と設置されているのだから。
大罪種と言うのは基本的には集団行動を行わない。
何故なら知能が無い、そしてあるのは人間を喰らうという殺人衝動だけだ。
つまり、人がいない地域では活動が穏やかなのだ。
今でいう旧ソ連の領土では、大罪種がそこら中を闊歩していると言われているが、人間に放棄された土地で奴らが何をしているのかは不明だ。
それらの侵攻を防ぐために米国領土アラスカでは強固な"壁"を造り上げた。
それが絶対の防御壁になり得るかどうかはともかくとして、さらにアラスカ周辺の人々が強制的に移住した事で当面はなんとか大侵攻を防いではいる。
そしてそれはヨーロッパでも同じだ。
彼らも魔導による結界に加えて、その付近の住民を移住させる事で仮初めの平和を保っている。
……日本は、海に囲まれた島国であるため……他国に比べて大罪種の侵攻の可能性は低いと言われている。
大罪種は海を渡る事も可能だが、統計的に例が少ない。
そのため稀に近海に出現した大罪種を現地の魔導師または自衛隊が殲滅する事で平和を保っている。
これだけ聞くと、なんだかんだで世界は平和なんじゃないかと思うかもしれない。
しかし、これらの対策手段は希望的観測の強いモノが多く……
仮に"壁"が破壊されたら? 結界が破られたら? 海棲の大罪種が大量に現れたら?
そんなイレギュラーで簡単に全ては崩れさる。大罪種について、人類が持つ情報は限りなく少ない。
こんな現状で、平和に甘んじているのがいかに危険か気づいてはいないのだろうか。
それどころか今、実際に日本人が直面していた問題は大罪種だけではなかった。
それを知るのは今日これから起きる、ある事件が原因なのだが。
「?」
ウゥウウウウウウウウウウウウ!!
と、防衛塔から赤い光が放たれ、耳障りな警報が鳴り響いた。
「なんだ!?」
「なんか嫌な予感がするかも、恭弥!」
アリカがそう言って構えたその時だった。
ここまで聞こえてくるほどの轟音と共に、防衛塔の上部から噴き出す爆発が、人々の思考を支配した。
「な………………!?」
「爆…………発って……?」
先ほど言った通り、ここから防衛塔は目と鼻の先にある。
そのため道行く人々の中には悲鳴を上げる者や、携帯のカメラ機能を使って写真を撮る者もいる。
「爆発事故かな……?」
そうであればまだいい、だが最悪の事態を考えれば悪い想像はそのさらに上を行く。
そもそも、防衛塔自体の事故で外へ向けてあの警報を放つ理由が無い。
"あの"警報……サイレンは確か第一種警戒体制。
大罪種、またはテロクラスの事件であるのだから。
「あんな所で何が爆発するってんだよ、どう考えても人為的なモノに決まってる……!」
いつになく真剣な表情で、恭弥が告げる。そして、
「早いとこ、ここを離れた方が良さそうだな」
「そうだね。で、どうするの?」
アリカの言葉の続きを聞く前に、
「決まってんだろ」
「あ、やっぱり?」
恭弥は駅の構内にはいる前に、有料のコインロッカーに強引に荷物を押し込んでいく。
「ちょっとー、あんまり乱暴に扱わないでよね!?」
「……おっと、悪いな」
恭弥が適当に返すが、アリカも緊急事態ということでそれ以上は言わなかった。
荷物を詰め終えて鍵をかけ終わった所で、恭弥は短くアリカに向けて言った。
「……行くか」
「絶対そう言うと思ってたよ!」
二人は未だどよめきの止まない人ごみの中を走って突っ切っていく。
……そうして、二人が本気で飛ばした結果、ものの十分程度で現場には辿り着く事となった。
現場には、既に非常線が敷かれていて恭弥達のような一介の学生は当然立ち入り禁止となっていた。
テープ状の黄色と黒の縞模様を見れば一目瞭然だろう。
「思っていたより自衛隊の到着が早かったね。それならそれでいいと思うけど……どうする?」
「大丈夫かー? 見た所装備も普通の暴徒鎮圧用だぞ? 本命はまだ到着していないとみた」
恭弥が物陰から、防衛塔の上部を見上げている自衛隊の面々を見て言う。
それと、近くまで来ると防衛塔の高さがわかる。長時間見上げていれば首が痛くなるであろうほどに……、
「っ!?」
「どうしたアリカ?」
急に引きつったような表情で、短い悲鳴を上げたアリカ。
「あ……恭弥……?」
すると、ゆっくりとある地点を指差すので、恭弥が首を伸ばすようにしてそちらを見ると、凄惨な光景が視界に飛び込んでくる。
「なっ……頭を撃ち抜かれ……スナイパーかよ!?」
そこには、頭を撃ち抜かれ、形容し難いモノをぶちまけた隊員達の姿が。
「これはモタモタしていられないぞ? 奴らが防衛塔を使って何かを企んでる可能性もあるからな……犠牲と手柄を天秤にかけていつまでも様子を見てる自衛隊なんかに任せておけねぇ」
「奴らって?」
「俺の予想だとテロリストか何かだと思う! 突入したら二手に分かれて行動するぞ」
「それはいいんだけど……部外者の私達が現場に飛び込んでいったりしたら止められないかな?」
「今はそれどころじゃないだろう。それに本命の部隊が到着した所ですぐには動かないさ。敵の素姓も、戦力も分からないうちはな!」
「でもそれは私達も一緒じゃない? 多分向こうの数はとんでもないよ、二人で全部倒せるかは微妙だと思う」
「あぁ、そこなら問題ない」
「?」
走りながら、恭弥は言う。
「全部を倒し切る必要なんて無い。だからアリカが雑魚そうなのを引きつけている間に、俺が中枢……展望フロアに行く」
「それはちょっと……全部を倒し切らなくて済む理由は?」
「自衛隊だって、いつまでも下で手をこまねいているわけにはいかない。だから十分な戦力が揃えば、いずれ痺れを切らして突入してくる、それまでに俺たちで敵の部隊長ポジションの奴を叩く。後は自衛隊が浮き足立った雑兵を片付けて終わりだ」
「な、なるほど。なんとなく問題なさそうに聞こえる」
「まぁ問題はあるんだけどな」
「え?」
恭弥が急に弱気な表情で言う。
「部隊長ポジションの人間が相当の使い手だったり、その雑兵達が異常に強かった場合とかだよ」
「あぁ、意外と短絡的だったー」
「だからもしもヤバそうだったら本気で逃げろ。俺もお前に無理させる事なんざ望んじゃいないんだよ」
「うんっ! ……って、恭弥はどうするの!?」
「話は後だ、行くぞ!」
「えぇっ!? ちょっと、待ってよー!」
物陰から飛び出すと、恭弥とアリカは塔の入り口へと走り出した。
背後から隊員の制止させようとする声が聞こえてきたが、もはや二人は振り返ることすらしない。
そうして事件の中心へと走りながら恭弥は呟いた。
「ふざけやがって……防衛塔を狙えば、自分達も大罪種の危機に曝されるかもしれないって、何故気がつかない!?」