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「で……どうしてこうなるんだ?」
休日、日曜日。
恭弥とアリカは家から少し歩いた後に電車に乗り、ある都内の電気街に来ていた。
道行く人々が黒を身に纏い、一種の緊張感が支配する街、秋葉原だ。
駅から出て広がる街並みはどこも騒然としていて、何というか都会そのものと言った所だ。
「どうしてもこうしてもないよ恭弥! 今日は私の買い物もといデートに付き合ってもらう約束だったでしょ?」
「あぁ、そうだったな……まさかあの日たこ焼きごときを奢らせたツケがこんな所で回ってくるとは思ってもいなかったよ」
そう、まさかあんな日常の会話が次なるフラグになるとは誰も思うまい。
「だいたい、デートなのかこれ? デートってのは恋人同士がするもんだろ……?」
「違う違う。年齢は問わず、男女が二人で出かければそれはデートなんだよ!」
「……そういうもんかね」
「そういう事! そんな事より早く行こうよ、こんな駅前で突っ立ってると絵とか買わされちゃうよ?」
「そ、そうだな……」
恭弥の手をぐんぐんと引いて進むアリカ。今日はフリフリとしたワンピースに、いつも通りの巨大なリボンを頭に乗せたスタイル。
まぁ他人からすればデートに見えるかもな……と、恭弥は小さな溜め息をつく。
周りを見ても、カップル……は少ししかいないが各々楽しそうに笑いあっている。
現実、どこに行っても民衆はこんな感じである。日本の守りは堅く、それどころかここは首都東京。より一層防衛力は高いのは言うまでもない。
「……に、してもなぁ。世界から大罪種……化け物がいなくなったわけじゃあねぇってのに」
つい、皮肉たっぷりで思っていた事を呟いてしまったその時、アリカが店の看板を指差して言った。
「うわぁー! 見て見て恭弥! 『魔法少女グレムリン』があんなに大きく!?」
「俺が知るかよ……。それにしてもグレムリンって、魔法少女なのに随分と邪悪な名前してやがるな。敵キャラじゃねぇの?」
「グレムリンは小悪魔系正義の味方なの! 『別に、悪党が悪さしてたから助けに来たわけじゃないんだからねっ!』が決め台詞の」
「おい、じゃあなんで助けに来たんだグレムリン。それに、小悪魔ってかただのツンデレっぽい口調じゃねぇか。安売りぶりが加速してるな」
恭弥が胡散臭そうな表情でいるので、アリカは頭のリボンをぶんぶんと振って詰め寄ってくる。
「いいの!細かい事は! 魔法少女はこの荒廃とした世界に夢と希望を運ぶ、廃れる事の無いコンテンツなんだよ!」
「そんなもんが生まれるレベルには荒廃は免れてるんだけどな。そもそも魔法少女がそんなに好きならお前、自分でやれよ。『魔導少女』って事にはなるが似たようなもんだろ」
「なっ…………!!」
「?」
アリカが驚いたような表情のまま固まる。
さらには腕を組んで考えると、きゅぴーんと何かを思いついたように飛び上がった。
「その発想は無かった!!」
「いやいや、頼むからやめて下さいお願いします」
……迂闊だった。
これ以上俺の胃が痛くなる要素を作るわけにはいかない。
今よりもさらにフリフリの、短いスカートを履いて「きゃるる〜ん」などと奇声を発して踊り狂うアリカを想像して、恭弥は頭を抱える。
「よしアリカ、冗談はさておきさっさと済ませるぞ」
「え? 冗談だったの?」
「当たり前だろ! 馬鹿か!?」
「何で!? 何でそんなガチ切れしてるの!?」
「あーはいはい、わかったわかった」
「無視!?」
「うぅ……」と涙目のアリカを尻目に歩を進めていく。
大通りに出て少し進んだ所に大きな青い看板の大型電化製品店を見つけた。
よく見ると街のあちこちに同じ看板が見つかるのだが……とりあえずはここで問題ないだろう。
一階の携帯エリアを抜けて、奥のエレベーターに乗る。
するとアリカが一番上のフロアのボタンを間髪入れずに押す。
「フィギュア」の文字が見えた気がしたが、実際どうだっただろうか?
「ふんふん、ふーん」
浮遊感と共にエレベーターが上がっていく。
アリカは恭弥とは対照的にテンションが上がってきたようで、鼻歌交じりにリズムを刻んでいる。
鉄の扉が左右へと開き、フロアから流れるアニソン(おそらく)が恭弥の耳に流れ込んでくる。
「わぁああ……」
パァァ……と輝くような表情で振り向くアリカ。
面倒ではあったのだが、つい自分の表情までもほころぶのがわかった。
「言っとくけど……あんまり騒ぎ過ぎるなよ? こっちも恥ずかし……」
「うん!」
恭弥の言葉を遮りながら、「とてもよく出来ました」な返事をするアリカ。
「……ったく」
それとは対照的に、しょうがないな、とまるで生徒を叱る教師のようなノリで呟く恭弥であった。
華やかなポップで彩られたおもちゃコーナーでは、アリカと同い年くらいの少女が各々武器を構えたり、水着姿を披露していたりと、混沌な空間である。
……もちろんフィギュアの話だ。
そんな中で、アリカは箱に入った少女達を愛でるように物色していく。
(これじゃあ雛と似たようなもんじゃねぇか……人としてはどっちがセーフなのか知らんが)
「恭弥ー、私はこれにする!」
「へぇ、そうか」
どうでもよさそうに、ふとその巨大な箱を見て思った。
「おい、それいくらするんだ?」
「え?」
恭弥がその箱をガッと掴んで値段に目をやる。驚くべき事に恭弥が楓から月に渡されているお小遣いとほぼ同額だった。
「おいアリカ、悪い事は言わねえ……それはぼったくりだ」
「違うよ! ア○ター製は出来がいいし、コスパ的には全然悪く無いよ!」
「は、はぁ……?」
つい首を突っ込んでしまったのが原因で、アルケーだのマッスグマだの延々とフィギュアの製作会社について聞かされる事となった。
要約すると、「まぁ安い」との事らしい。
「その金はどっから出てるんだ?」
「パソコンのねー、ブログで儲けたの!」
「まさかのアフィリエイト!?」
「ふざけやがって……俺の小遣いですら、バイトしてない高校生の中じゃ平均以上の水準のはずなのに!?」
「大丈夫! 今日は見返り無しで私が出してあげるから」
「そういう問題じゃねぇんだけどな……そもそもそんなもん飾るスペースなんか俺達の部屋にあったか?」
「えっ……恭弥の本棚が……」
「くそっ! やっぱりか! そんな事だろうと思ってたよくそったれ! お前はどこまで人の生活スペースに侵食してくれば気が済むんだ?」
「こ、細かい事を気にしない恭弥……大好き!」
そう言い捨ててアリカは会計に行ってしまう。
「ちっ、大体ウチには他に部屋もあるってのに楓の野郎……」
『居候に二つも部屋を渡せるか! 狭い部屋じゃないんだ、仲良く二人で寝ろ!』
アリカが初めてウチに来た時の楓の台詞が脳裏に浮かぶ。
いくら布団が別とはいえ、同じ部屋に突っ込んで、間違いが起きるかどうか考えてはいないのだろうか? 当然する気も起こす気もないが。
「恭弥恭弥、次行こう次」
「まだあんのかよ!? もう十分過ぎる荷物になってんぞそれ!」
「この街に来て同人誌を買わずに帰るなんて……私には出来ないかも」
「そんな使命感はいらない」
「おーねーがーいー!」
「………………」
「アリカのお願い聞いてくれたら……何でも言う事聞いてあ・げ・る♫」
「っ……!」
これでもかと言わんばかりの笑顔による、異常にあざといお願いの仕方だった。
こんなので喜ぶのは、騙されるのは、ロリコン気味な変態か雛くらいだろう。
だが、
「一応聞いてやる、具体的にどんな?」
「め、メイドでご奉仕とか?」
何故自分で言っておいて照れる?
「しかも、そのサイズでメイドは怪し過ぎると思う。非合法臭い」
「サイ……どこの話!? 恭弥は私を怒らせたよ」
そう言って、キラリと鋭い眼光が光る。
「背の話だよ馬鹿! 」
「あー! チビって言ったー!」
「例えお世辞でも、お前の事をナイスバディと言うのは無理があると思うぞ」
「う、うわあああああああ!?」
現実を目の当たりにした、アリカの悲痛な叫びが響く。
確かにこれは、呑気過ぎる……ほどの平和な時間。
今まで色々悩んでいたのが、馬鹿馬鹿しくなってくるくらいには。
「わかったわかった、今日は最後まで付き合ってやる。でもその前に昼にしないか?」
「ランチ……?」
「昼飯をランチって言えば女子力が上がるとか思ってないよな?」
そう言って疑わしい表情の恭弥。
「ギク! そ、そうだね。時間もちょうどいいしお昼ごはんにしようか!」
「実際、妥当な所だとそれだな……どこにする?」
「どこでもいい」
「くそっ、やっぱりこいつ面倒だな」
即答で「どこでもいい」と言われた時、こいつは果たして男がどれだけ困るかを考えた事はあるのだろうか。もちろんアリカに限った事ではないのだが。
「でも恭弥って他の女の子と食事なんてしたことないでしょ? 雛ちゃんくらい?」
「心の声ってか、地の文を読むなよ。あとうるせえ文句あっか」
「恭弥は私がいないと駄目なんだもんね」
「ああ?」
「ね?」
「…………ちっ」
なんとなく、満足そうな表情をしているのがわかった。そのため、もういちいち反論するのが無駄だというのも。
そんな事を話しながら、二人は全国的に有名なファストフード店に入る。
「ムードもへったくれも無いんだけど」
「うるせぇな、ここらへんの店にムードを求めてんじゃねぇよ」
「それはちょっと失礼かも。恭弥が無知なだけでしょ?」
「なんだと?」
「番号札三番のお客様ー!」
「あ、こっちでーす」
アリカが立ち上がって番号札を振り回す。店員が追加の品を持ってきたからだ。
「お前、よくそんなに食えるな」
「大きくなるためだよ」
「ファストフードでそれは太るんじゃねぇの?」
「恭弥忘れてない? 脂肪はちゃんと燃焼すれば太らないんだよ!」
「あー、お前の場合は問題なさそうだな」
言って、恭弥の視線が顔から数センチ下に向く。
確かに、"ここ"には脂肪がいかないと大きくならないからな。
太らない代わりに、其れ相応の代償もあるということか。
「なーんか、とっても失礼な事を考えてない? 恭弥!」
「き、気のせいだろ……?」
殺気交じりの視線を浴びて、ついキョロキョロと目を泳がせてしまう恭弥。
しかし、そのスイミングアイによって、思わぬ人物の存在が視界の端に映った。
「鈴……宮?」
「え?」
見覚えのあるシルエットに加えて、あの周りを全く気にしていない態度。
ふんわりとしたパーマの茶髪を、くるくると弄びながら、携帯をカチカチといじっている。
「本当だ、あれ鈴宮さんだよねぇ。どうしてこんな所に?」
一応向こうには聞こえない程度の小声で話す二人。
「さぁ、普通に買い物にでも来たんじゃねぇの?」
しかし、わざわざここまでか?と、自問し直す恭弥。
それに対して、
「まさか同志?」
キラリと目を輝かせるアリカ。
意外な展開ではあるが、その可能性は若干薄い気もする。
教室でも静かで、謎めいた雰囲気は持っているものの基本的に真面目な彼女の姿を思い浮かべると、先ほどのアリカのように美少女フィギュアに夢中になっている姿は想像出来ない。
「さすがにそれはなさそうだけどな。電化製品の方が目的だろ……」
「そうかな……? あっ、行っちゃうよ」
そんな事を話している間に、鈴宮は立ち上がると、トレイを片して店から出て行く。
だが、別に追いかけるつもりは恭弥にはさらさらなかった。
いくらクラスメイトとは言っても、話した事も無い人間に街で急に声をかけられても、向こうが驚くだけであろうから。
「まぁ気にすんな。それよりお前は早く追加の品をたいらげちまえ」
「人の事をフードファイターみたいにー! お腹が空いてるだけだもん!」