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暁楓、この学園の保険医兼、実技教師であった。
実年齢は二十八歳、実際それよりは若めに見える。
保険医が何故……いや、何故魔導の実技教師などが保険医を兼任しているのかは謎だが、有能な人物なのは間違いなかった。
五年前の大戦では、日本での防衛戦にも参加していた日本製の魔導師であり、恭弥とアリカの現保護者である。
そんな楓は今、学園の保健室にて現息子の柊恭弥に"教育"をしている所だった。
「何か言い残す事はあるか、柊恭弥」
「特にありません」
「あぁ?」
「待て待て! 違う、俺は決してそういうつもりで言ったんじゃ……!」
「問答無用! 殺されろ!」
「う、おああああああああ!?」
恭弥は楓の攻撃、簡単に言えば刀による一閃を紙一重で躱す。
「危ねえな! 殺す気かよ!」
「はっ、そんな程度の一撃で死ぬような教育はしていないだろうが!」
楓は刀を振りかざしながらも、笑みを浮かべながらジリジリと恭弥を壁際に追い詰めていく。
「ストップストップ、あんた生徒斬り殺したらクビだぞ? ニートだぞ?」
「あいにく、貴様一人の死体ぐらい……隠す場所も方法もある」
「くっそ、PTAが黙ってねぇぞ……と思ったらあんたが俺の保護者だっけか。くそったれ」
両手で楓を制するも、全く効き目の無い様子を見て、恭弥は諦めたように言った。
すると楓の方はと言うと、若干涙目になりながら。
「何で昨日入学式でこっちに顔出さないんだよっ!! しばらく帰って無いんだから『久しぶりに会いたい……いや、顔ぐらい見ていくか』ってのはないのかよおおおおおおおおおおおお!!」
などと、外に聞こえないのかと心配になるほどの発狂をしながら、言った。
「仕方ないだろ! 昨日はなんだかんだで忙しいし、大変だったんだよ! それに、今日来てやったんだからいいだろ?」
「よくない」
「子供か! それとまずは刀をしまえ、話はそれからだ」
「話? そもそも話すことなんて無いんだからねっ!」
楓が腰に手を当て、こちらに向かって指をさしたポーズで言う。
『だからねっ!』をつければなんでもツンデレになると思うなよ、いい歳したエセツンデレめ。
「そうかよ、じゃあ俺は教室に戻るぜ。昼休み終わっちゃうからな」
恭弥がそう言って保健室の扉に手をかけようとしたその時だった。
「なっ…………!?」
……ドアノブに禍々しい呪符が貼り付けてあるのを発見してしまった。
「おいエセツンデレ、これはなんだ」
「エセツンデレって何だ? それと、そいつに無防備で触ると死ぬぞ?」
「そんなとんでもないもんをブービートラップに使ってんじゃねぇよ! 危なく死ぬところだっただろうが!」
油断も隙も無いな、まったく。
「まぁ慌てるな、さすがに死ぬのは嘘だ」
楓はその長い亜麻色?の髪をかきあげながら言う。
「せいぜい一生童貞を卒業出来なくなる呪いがかかる程度だ、まぁ今時の中高生には少々手遅れな術ではあるが……」
「おい黙れエセ教師」
「本物だ! って、それとも教師にしては若すぎるって意味なのかな?」
「くっ……そ、何を言ってもペースを掴まれてしまう。確かに昔からこの人はそういう人だったけどもー!」
恭弥はうんざりした様子を頭を抱えるて叫んだ。
「おいおいあんまり叫ぶなよ、通りかかった人が『一体保健室で何が!? いけない教育現場を目の当たりにした私は!?』とかって勘違いしたらどうするつもりだー?」
「そんな家政婦みたいな生徒はいねぇよ。それに、あんたみたいなのじゃなくて、もっと若い先生だったらそんな展開でもよかったかもな」
へらへらと、ささやかな逆襲を込めて笑う恭弥。
ピキピキ……と、楓の歳のわりに綺麗な肌に、血管が浮き出る。
「おっと、落ち着けって楓、先生よ」
恭弥は言いながら、思わず後ずさりする。
そんな恭弥を尻目に、楓はすっと立ち上がって語り始める。
「……で、本題に戻ろうか」
「本題なんざねぇだろうが!!」
恭弥がツッコミを入れるも、楓は落ち着いた調子で。
「あるともさ」
楓が、急に真面目な口調で言った。
と同時に、パチンと音を立ててあの得体の知れない呪符が弾け飛んだ。
「恭弥よ、この学園の……魔導序列と言うのは知っているか?」
「魔導序列? あぁ、確か実技を含めた……成績が優秀な上位ニ十人のこと……だったか?」
「あぁそれだ、基本的には経験も知識も積んでいる二、三年が大半であるのだが」
「だが、なんだよ」
「選考基準は年に二回行われるトーナメント制の模擬戦、主にこれで決められる。これがどういう意味かわかるか?」
楓は紅茶のマグカップをすすりながら、恭弥の反応を見て、続ける。
「成績がどうこうと言ったところで、結局の所実力で、武力で全てが決まる。そこに人間性は加味されない、魔導師になる上で性格の適正は関係無いと言うことなのだ」
……まぁお前が教師になれるくらいだからな、と思ったが、茶化しても許されるような雰囲気ではなかったため恭弥は黙って聞いていた。
「いいか、この学園にはただ力を振るうことを愉しんでいる奴らも存在する。そして、そんな奴らがランキングの上位に存在するために、志を持った、将来の可能性を持った人間が潰される事だって多々ある」
「何が言いたい?」
「そんな奴らも含めて、今の、ましてやこんな学園経営なんかにせいを出してる人間は、"敵"の事なんざこれっぽっちも考えていない、私達の敵は同じ人間なんかじゃあない」
楓は、カップを強く握りしめると。
「わかっていないんだよ、そんな事を平然としていられるのは五年前のあの"現実"を知らないからだ。悲劇を知らない人間がさらなる悲劇を食い止めるために立ち上がる事なんて出来ない」
「楓……あんた……」
「……先生と呼べよ」
楓は立ち上がると、窓の外を覗くようにして恭弥に背を向ける。
「でも、私は教員側だから、偉そうな事言っても説得力も無いし、何も変える事はできない」
その言葉に、恭弥は反応する。
「説得力なんて……今更俺に対してあんたが見せつける必要も無いだろうが。それに、わかってんだ。俺が、今やるべき事ってやつも。あんたに救われたあの日から……未だに俺は思うんだよ、あんな事もう起こさせたくないって、あんな目はもう誰にもあわせたくないって……」
言って、次の言葉が見つからなくなる恭弥。あの日の事を思い出して胸が、震える。
「そうか、だが恭弥。無理だけはするな。ランキング上位にもなれば、もう既にプロの魔導師として戦えるレベルの人間はゴロゴロいるのだから」
そうして、楓はしばらく何も言わなかった。
そんな楓の心中を察して、恭弥は気楽な調子で言う。
「安心しろよ、無理はしねぇさ。それに、そんな奴らを変えるために戦えるのは……俺だけじゃない」
「何……?」
楓の質問を無視して、恭弥は扉から出て行く。
「じゃあな、あんたもたまには帰ってこいよ。アリカだってたまには家族水入らずでいたいだろうよ」
言い残して、恭弥は去った。