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『魔導師育成機関』には、大きく分けて三つの種類の生徒が在籍している。
特別なカリキュラムをこなし、元々の才能も相まって魔導の力を発現する事が出来た、『魔導師』としての烙印を押された者。
さらに言えば英国製の魔導師……だ。
彼らの中でも、特に優れた者は基本的に、入学してくる前からそれだけの実力を持っていた場合が多い。
由緒正しい魔導師の家柄の人間などで、
さらに親が魔導師として優れていれば、その遺伝的な才能を開花させる可能性はさらに高くなるであろう。
一度力を手にした人間は、さらなる力を求める事をやめられなくなる。
自らの欲望を満たすため、一族の地位を上げるため、理由は様々。
こうした事実によって、強力な力を持った魔導師の遺伝子を巡る争いが絶えないのは、また別の話である。
そして、新入生も含めて最も多いのが、『才能測定』で初めて魔導の才能が明らかになった者。要するに"元素人"である。
今までは彼らも普通に、魔導などといったオカルト技術とは無縁の生活を送っていた。
よく言えば平穏無事、悪く言えば平凡で退屈。
そんな彼らの生活に、不意に現れた超常の力は、
少なくとも今の現状に満足していなかった者達にとって、魅力的であった。
五年前の大戦が終了した時点で、この学園が設立された時、悔しさを感じていなかった人間がいないはずはなかった。
大罪種によって、理不尽に奪われた彼らは、どんな形だろうと力を求めていたのは間違いないという事だ。
生き残るためには、戦うしかない。
そんな感情から、才能のある者は力を求めた。
二度と大切なものを失いたくないから、大切なものを奪った大罪種に復讐したいという気持ちがあるから。
物語の主人公であるかなんて関係ない。一人一人に戦う意志があったからこそ、彼らは力を求めてこのような学園へ訪れたのであった。
最後に、元々魔導の力を発現していただけでなく、"英国"の魔導師でない者達も存在する。
それが、柊恭弥や、神宮雛のような"日本製の魔導師"だ。
彼らは他の生徒とは異なる理由でこの学園に通っている。
その細かい理由は様々だが、前中者のように、英国に対する敬意、信仰を全く持たない。
隙あらば学園ごと乗っ取ってやろう、極端に言えばこんな考えである。
ただ、彼らが学園の闇に気づいているのにも関わらず、それを公にはしない理由があった。
何故なら、この学園自体は、対大罪種における重要な軍事拠点だ。潰すのには惜しい、戦力としてはキープしておきたい。
だからこその、"破壊ではなく掌握"。
それが『御三家』の意向で、そこの跡取りである神宮雛や一之瀬玲二、彼らはそういった指示の通りにするためこの学園に潜入しているのである。
そう考えると、学園を変えようとする意志がありながらも、家柄なんて関係のない立場でいる柊恭弥、暁アリカはだいぶ特別な立ち位置にいるのかもしれない。
暁楓という師匠の元で、"既に十分すぎるほどの力を持った"二人は。
†
「……で、反省する気はあるわけ?」
板張りの教室に、座布団も無しに正座させられているのは、前述した柊恭弥。
そして両方の腰に手を当てた状態で、恭弥を威圧するように見下ろしている雛。
はたから見れば、説教中の生徒と教師の図式。
なぜこんな事になったのかを思い返す。
確か先ほどまで、クラスの男子……厄塚達と雑談を繰り広げていた。そしてその中で起きた議論が発展し、ヒートアップして、"少々"騒がしくなった。
ここまでは特に問題もなかったはずだ。騒がしいと言っても今は昼休み、わざわざ咎められるほどの事ではないのだから。
そう思ったからこそ、恭弥はあえて短く言い放った。
「ありません」
「ぶっ飛ばすわよ」
「もうぶっ飛ばしただろ!?」
まさか騒がしいクラスメイトを黙らせるために魔導の力を持ち出してくるとは思わなかった。
雛の『鎖炎鎖縛』はわりと強力だ、少なくとも、"並の敵"なら一撃も攻撃を受けずに完封できる程度には。
それをあれだけの至近距離から放っておいて怪我人が出ていないのだから、一応手加減はしていたらしいが……。
「てか、そんな事よりなんで俺だけ正座させられてるわけ? 貴重な昼休みの時間を潰してまでお前に付き合う義理はないんだけど的なー!?」
「ええい! うるさいうるさい! 女子もいるこの空間であんなエロトーク繰り広げておいて何を言うかー!」
「えー? それと俺だけ捕まってる理由と何の関係がー!? あっ! 厄塚てめぇ! いつの間に逃げやがった!?」
厄塚は恭弥と雛から少し離れた所で、教室の扉から首だけ覗かせてこちらを見て笑いかけてくる。
それどころか、よく見るとさっき一緒になって話していた連中もいる、なんと薄情な奴らだろうか。
「大体、元はと言えばあんたが悪いのよー! "大きい事はいい事だし"だぁ!? 殺されたいの!?」
「キレる所そこかよ! しかもこれまた悪意を感じるような聞き取り方しやがって! 本当にそんな事思ってるわけないだろ!」
「えっ」
『えっ』
「えっ」
雛、厄塚達、そして恭弥の順番で、思わず気の抜けたような声が放たれた。
そして、
「恭弥の奴やっぱり裏切りやがったぞ!!!!」
男子生徒の誰かがそう叫んだ。
「だから俺の言った通りだったろ?」
「おい待て!何でお前はそんなに得意そうになってやがる!?」
「やーい、ロリコンー」
「今ロリコンって言った奴誰だ!? 出てきやがれ!!」
「………………」
「はっ……!?」
ずいぶんと雛が静かになったと思ったら、彼女は絶句していた様子だった。
それだけならばまだいい。これはおそらく、大地震の前の余震のようなものだ、離れた方がいい。
キレる理由もよくわからないまま、恭弥は痺れ始めていた足をむずむずと動かした。
そして次の瞬間、恭弥は素早く立ち上がると扉の方へ向かって飛び込むように走る。
そのままスピードを緩める事なく廊下を駆け抜けていくと、背後から、要するにたった今、後にした教室から轟音が響き渡った。
「……………………あ、ぶねえ」
見るのも怖かったし、そもそもこれ以上関わりたくなかったので、恭弥は振り向く事もしなかった。