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魔導戦記リザレクション  作者: Lass
終章 待ち望んだもの-salvation flame-
33/41

行間 5

「はぁ……はっ……!」

ほんの数十秒だけ、時は遡る。

……と、その前に。

ここで息を荒くして首をもたげる少女がここに来るまでに至った経緯。

そこを明らかにするためには、時はさらに数十分遡る必要があるため、そこは割愛しよう。


結論から言って、タナトスに忘れ去られた少女アブローラは、自力で街まで向かう必要があった。


――――用意していたはずの、ジョーカーの如き脱出手段は不意に失われて。

それどころか、仲間であったはずの真っ黒な少女にも置いてきぼりを喰らった"彼女"は、本来予定していたのとは全く異なる方法で、ようやく現場に辿り着いた。

「くそっ……。や、られた……、タナトスの奴……!」

立川の基地で、タナトスはアブローラにとって憎き少年、柊恭弥ひいらぎきょうやと対峙した。

そこまでは、想定内だった。

それは、アブローラ自身が引き起こした事なのだから、文句も何もあるわけがない。

しかし、問題はその後の展開。

タナトスは何を思ったのか、少年だけを連れて消えてしまったのだ。

「何でこんな事に……! おかげで基地から自力でヘリを奪い取らなければならなくなった。それに、地上から撃ち落されるのを想定して街の少し前に降りたおかげで、ここまで辿り着くのにも時間がかかった」

ヘリを奪う際に行われてた銃撃戦で、肩の辺りに被弾したせいだろうか。

ズキリ、と鋭い痛みが肩から腕へと走り、手すりを掴む右腕を離しそうになった。

ここは、ビルでいうと十四階ぐらいか。

非常階段を上って来たアブローラは、ビルの谷間から吹きつける突風を受けて、嫌な記憶を呼びこしてしまっていた。

「これも全てあいつが悪いのよ……いつもいつも私の邪魔をして」

理不尽な怒りをぶつけられてる恭弥は、この時ちょうど、腹部に風穴を空けて死にかけていた所だったのを彼女は知らないのであるが。

アブローラの頭上、ビルの屋上から、頭の奥まで響くほどに耳障りな轟音が鳴り響いた。

この生き物の肉声とはまるで思えない咆哮は、間違いなく『暴食』のものである。

「ちっ、これがなければ、兵器としては優秀なんだけどねえ」

そして、アブローラはその音源と同じ場所から、"タナトスの強い魔力"を感じ取っていた。

(おそらく……この上、そこにタナトスはいる。あいつのきまぐれはいつもの事だけれども、今回ばかりは理由を聞かせてもらわないと済まないってわけ)

アブローラは、非常識な同僚に溜め息をつきながらも、屋上を目指して上り詰めていく。

先ほどから、妙な違和感を感じてはいたのだが、その違和感の正体が今の所想像もつかない。

結局の所、アブローラは進むしかないのだ。

物語の本筋から一度外れてしまえば、自動的に進路が戻るなんて都合の良い事態にはそうそうならない。

もしもそのような事態を望むのならば自力で、強引に進路を戻すしかない。

そうするしかないのだ。

例えそのせいで、自分の進む道が変わるとしても、それをわかっていたとしても、彼女は目撃しなければいけない。

すると、不意に上から大きな震動が起こる。

大きなものが空から降ってきたとか、そんなものではなかった。

放たれた魔力の奔流が、大気を震わせ、大地を震わせる。

まさにそんな感じであった。

天井に大きな空洞が見えて、そこからは声が聞こえた。

憎たらしくもどこか落ち着いた様子を感じさせる、これがタナトスの声だとアブローラにはすぐに理解出来る。

「……しょうがない、よね」

その空洞の真上から、下にいたアブローラには一直線で声が届いた。

そして、気になって上の様子を覗こうとした。

その結果、アブローラは予想外の事態を目の当たりにする。

舞い踊るようにして、戦う少女。

その少女の姿には見覚えがあった、それどころか、彼女こそがアブローラの探していた"タナトス"であったのだから。

思い返してみれば、アブローラ自身、タナトスが本気で戦っている所など見たことがない。

そもそも、真面目に戦っている所すらも、見た事がないかもしれない。

そんな彼女が何者かと交戦しているのは久しぶりに見た、アブローラの率直な感想であった。


その彼女が、"まさか大罪種と戦っている"などと思わなければ。


「嘘……でしょ?」

思わず声が漏れた。

周りを気にする必要はなかったのだが、それでも思わずアブローラは口を自らの手で塞いだ。

見てはいけないものを見てしまったとでも錯覚したのだろうか。

それとも、自分の中に突如現れた一つの仮説を認めたくなかったのだろうか。

しかし、こういう時の自分が、驚くほどに冷静であることに彼女は気付いた。

そして、頭の中に現れた一つの答えを、彼女は容赦なく口にしてしまった。


「タナトス……裏切ったのか……!?」


どんなに信じたくなくても、目の前で起きている現実に対して、アブローラはそう口にせざるをえなかった。

信頼関係とか、そんなものは元々なかった。

目的を越えて交友関係にあったとか、そういった事もなかった。

何が一番恐ろしいかというと、タナトスが"自らの敵"に回るという事自体が、考えたくもないほどに恐ろしい。

しかし、アブローラにもここで退けないと思えるだけの理由があった。

私達の計画が、私達の起こした闘争が、こんな個人の気まぐれで無にされてたまるか。

恐怖を、脅威を、アブローラは押し殺しそうとした。

どちらにせよ倒せない相手であるなら、計画を頓挫させただけの報いを、受けてもらう必要がある。

狙うのは、決定的な隙。

否、逆に彼女の隙を自らの手で作り出してやろうと思った。

柊恭弥、彼があれだけの力の差を見せ付けられて、立ち上がれる理由の一つは"切り札"にあると思っていた。

うまくいけば、タナトスに対して傷を与えられるであろう必殺の切り札を持っていると、アブローラはある意味で恭弥を信頼していたのだ。

そして、チャンスが訪れる。

恭弥が音速にも似た速度でアブローラに向けて突進する。

この時アブローラは発動した。

自らの能力にして、対象の距離感を狂わせる。『ミスト迷宮ディスタンサー』。

これは自らの魔方陣から放たれた薄い霧状の瘴気が、相手の視界、神経に働きかけて感覚を狂わせる能力である。

もちろん、本物の霧のように靄がかかったりはしないため視認することはできない。

しかし、この能力は霧がだんだんと深くなっていくかのように進行していくため、最初に干渉出来るのは視覚だけ。

そのため、この時点ではタナトスの感覚は視覚以外は正常だった。

だが、

それでも恭弥の全力に、全くの油断した状況で対応するのに、視覚を狂わせられていたのは致命的だった。

――――次の瞬間、眩い閃光が周囲を襲った。

最後に、タナトスに攻撃が命中するのを確認した時点で、アブローラの意識は闇へと葬られていた。

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