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魔導戦記リザレクション  作者: Lass
終章 待ち望んだもの-salvation flame-
32/41

3

「やった……のか……?」

暴力的なまでの魔力の衝突は、まるで爆散するかのようにして辺りに粉塵を撒き散らす。

恭弥からは、アリカのシルエットだけが見えていた。

ぞして時間が経つにつれて、その粉塵が放射線状に晴れていった。

見ると、あれだけの力を解放したせいか、タナトスの一撃を受けたからかはわからないが、ぐったりとした様子で膝をつくアリカの姿があった。

「おい――――」

恭弥は、そんな様子のアリカを見て、駆け寄らずにはいられなかった。

が、『炎環』によって立ち上がる事が阻まれたため、ギリギりで踏みとどまらざるを得なくなってしまった。

そこで、粉塵が完全に晴れたので、アリカの前方までもが見えるようになる。

先ほどまで、タナトスが立っていた場所。

そこからは、いるだけで重圧プレッシャーを放ち、この空間を支配していた黒い影の姿はもうない。

跡形もなく消え去っていた。

そんな事実に安堵した次の瞬間。

「は…………あっ……!はっ……!」

胸を締め付けられるような痛みに耐えながら、うずくまるアリカからは、嫌な汗が流れ出ているようだった。

これには恭弥も"普通でない"と一瞬でわかったので、焦った様子で、

苛立ちを隠さずに呟く。

「くそっ、これはいつになったら解除されるんだよ!」

口ではそう言いながらも、恭弥自身、自分の状態には気づいていた。

腹部に空いた風穴は未だ塞がってなどいない。

『炎環』の効力で今の所痛みは和らいでいるが、本来なら気を失うほどの痛みであろう。

さらに、身体を動かそうとする際に生じる、明らかな違和感。

これによって、自分がどれだけのダメージを負っているのかわからないわけではなかった。

むしろ、自分の身体の事ぐらい誰よりもわかっているつもりだ。

しかし、"だからどうした"。

自分を護って傷ついた人の元に、自分以外の誰が駆け寄るべきだというのだろう。

そんな事すらも叶わないくらいなら……いっその事こんな輪っか、"ぶっ壊してやろうか"。

そう思って、恭弥が強引に立ち上がろうとしたその時。

――――声が、聞こえた。


「ストップ」


「!?」

背後から聞こえたのは、甘く、しかしどこか苦い印象を孕んだ、妖艶な声。

そんな、娼婦のような囁きに、恭弥は思わず勢いよく振り向く。

すると、そこには当然のようにして君臨する……漆黒の少女。

「落ち着いて、キミの傷は普通に深いよ。無理に動けば今度こそ死ぬかもしれないよ」

彼女……タナトスは全くの無傷で、座りこんだ恭弥を見下ろしていた。

「何故……!?」

恭弥が言葉を漏らした。

するとタナトスは、「?」といった様子で小首をかしげる。

そして、逆に不思議そうな顔をして言った。

「普通に考えてもみなよ、彼女が消し飛ばしたのはあくまで私が放った魔力の塊"だけ"。要するに私の一撃を相殺しただけなんだよ? 私が無傷なのも当たり前だと思わない?」

タナトスが当たり前のように告げる。

恭弥は、それを聞いた上で、ある事実を思い出した。

ここに来る際に、タナトスが俺に見せた能力の正体はなんだったか?

にわかに信じがたかったが、あれは明らかに『空間転移』そのものだった。

考えてみれば単純なことだった。

仮に先のアリカの一撃が、タナトスを瞬間的に上回るとしても、その一撃が届くとは限らないのだ。

「それにしても、素晴らしい一撃だったよ。さっきの。私もさすがにやりすぎたと思えるぐらいだからね」

「く……そっ……、化け物め」

そのようだね、とでも言いたげな様子で笑みを浮かべるタナトス。今は、そんな些細な事はどうでもいい、とでも思ったのだろうか。

すでに動けないほど疲弊し切ったアリカを見ても、再びタナトスが刀を振るえば今度こそ終わってしまう。

(こうなったら、無理でもなんでも知った事か。俺がやらなければいけない。今この状況を何とか出来るのはもはや、俺しかいない)

血が滲んだ制服を、もはや恭弥は見ようともしないで、思った。

すると、そこで、何やら聞き覚えのある轟音が……否、"咆哮"が聞こえた。

そして、その声は徐々に近づいてきているような気さえする。

「嘘だろ……?」

恭弥は後ろのタナトスさえ無視して、目の前を見た。

不快な咆哮が大きくなると同時に、壁面を登って現れた……大罪種の存在が恭弥の思考を支配していた。

それも、一体や二体ではない。

十体にも及ぶ数の"Level2"が、二人にさらなる絶望を与えた。

『暴食』だけではなく、『嫉妬』まで。

これだけの数を、この状況で、一度に相手にしなくてはならない。

それがいかにありえない事なのか、恭弥は何かに例える余裕すらもなかった。

だから、

「逃げろアリカッ!! 俺の事は置いて、立って逃げろぉ!!!!」

恭弥は、懇願するようにして叫んだ。

意識もはっきりとしていないアリカは、虚ろの世界で、恭弥の声を聴いた。

だが、その言葉の意味を理解出来なかった。

逃、ゲル――――?

一体どういう事なんだろうと、アリカは感じていた。

彼女にも、死んでも譲れないものがあるのだ。

それこそが、恭弥だ。恭弥を置いて逃げるなんて選択は、最初から、最後まで考える事はなかったでだろう。

だからこそ陥った事態。

二人はお互いを護ろうとする故に、"どちらも死ぬ"事になるかもしれないというのに。

「私は、恭弥を護る」

「俺は、お前は死なせたくない」

二人がほとんど同時に言い放った時、一斉に大罪種が押し寄せる。

この状況を、客観的に見れば完全に詰み、であったと言えるだろう。

瀕死の戦士二人に、襲い掛かる化け物の群れ。

誰もが目を逸らしたくなるようなこの状況で、一人、笑みを浮かべていた少女がいた。

そして、次の瞬間その少女が動いた。


「……しょうがない、よね」


溜め息をつく真似事をして、少女はアリカの前に立つ。

その少女は全身に黒を纏い、"漆黒の長刀"を振り抜いた。

一閃。

少女の一撃は最前列の『暴食』を襲い、その大きな頭部がゴトリ、と地に落ちていく。

さらに、返す刀で"血色の矢"を左手から乱れ撃つように放っていく。

「な――――!?」

恭弥も、アリカも、その驚くべき光景に自らの目を疑った。

それもそのはず、あり得ない光景が目の前に広がっていたからだ。

今、自分達の目の前で戦っているのは、"タナトス"。

この最悪の状況を作り出した本人が、大罪種の、Level2の群れを駆逐している。

ただ見ているだけならば、思わず高揚感を得られるほどに、衝撃的だった。

理解しているつもりではあったが、タナトスの力は圧倒的だ。

まるで遊んでいるかのように、次々に敵を討つその様子を見て、その認識を明らかにする。

「何……で……?」

「あはは、どうしたの?」

タナトスは、こちらへ意識を向けた状態で、舞うようにして戦う。

そんな、思わず美しいと思えるほどの演舞を見て、恭弥は逆に不自然に思った。

「お前は一体何なんだよ……! 自分で大罪種を放りに来たり、今度は自分の手で潰し始めたり! お前は東京を滅ぼしに来たんじゃないのかよ!?」

「だーから、私はつまらない事はしない主義なんだ。楽しむためにここに来た、それは間違いのない事実だよ。そして、今は状況が変わった。だから弱い君達に代わって私が壊す。これで説明としては十分なはずだけど?」

タナトスは倒れ伏した、最後の『嫉妬』の頭部を踏み潰しながら、こう言った。

そして、

「というわけで、今日の所は帰らせてもらうよ。だから彼女の名前を教えて欲しいなぁ。恭弥君?」

ニタニタと、冷笑を浮かべながらタナトスは続ける。

その興味深々、といった様子の視線は、今はアリカに向けられていた。

…………よくもまぁ抜け抜けと。

恭弥はそんなタナトスを見て一人、刀を強く握り締め直していた。

(状況が変わった……だの、言ってる意味は全くわからないが、タナトスが何をしようとしていたのかを考えればわかる。どちらにせよ、こいつを許すわけにはいかないって)

当然の事だ。

本当はこんな事したくなかった、とか。

そうせざるを得ない理由があった、とか。

そんな安い、二流な悪役の、言い訳じみた台詞を吐こうともしない。

これではまるで、"気まぐれで始めて、気まぐれでやめた"。

その程度の感情しか、タナトスからは感じ取れなかった。

それを踏まえた上で、恭弥は思った。"こいつは危険だ"、と。

強力な能力とか、そういった点では無い。

言葉には言い表せない……何か抽象的な意味での危険性を放っているのだ。

「待って」

ふと、アリカが弱弱しく声を発した。

その視線は、タナトスへと向けられている。

「?」

「あなたの目的は一体何……? わざわざ、東京を滅ぼそうとするほどの用意をしてきて、"急にそれを放り出してしまうほどの次なる理由"は?」

「私は、今人生を謳歌している。それ以上に語る事は無いし、それ以下の理由なんて存在しないよ。強いて言うなら今はキミに、いや、キミ達に興味があるかな。だから助けてあげたんだ、感謝してくれないかな」

「くそっ、意味のわからねぇ事をベラベラと……」

「わからなくても構わないさ」

「ふざけるな……それに、お前今言ったよな。興味の対象が俺らにあるって。――――何でだ? アリカの力か? 仮にそうだとしても、実力はどう考えてもお前のが圧倒的に上だって誰でもわかる……なのに、どうしてそんな台詞が吐けるんだよ」

「…………」

恭弥の言葉に、タナトスは一瞬言葉を詰まらせた。

が、タナトスは表情を崩さずに言ってのける。

「……いや、キミ達は実際の所普通ではないよ。"私から見てもそう断言出来る"んだからね」

「何を言って……」

「解らないと思うよ、今はまだね」

タナトスはそう言うと、翻すようにして二人に背を向けた。

まるで役目は終わったとでも言うかのように。

しかし、その様子を二人は、ただ見ているだけではなかった。

「待ちやがれ!」

恭弥は、『炎環』の中から叫ぶようにしてタナトスを引き留める。

「やめなよ、瀕死一人と大怪我一人が無茶するものじゃない。まずは、人間として、生きている事に満足しなくてはね」

その言葉を聞いた瞬間、恭弥は歯を食いしばって立つ。

平気で殺そうとしておいて、何が生きている事に感謝しろ、だ。

こいつは、俺たちの事なんて何一つわかっちゃいない。助けてもらったなんて思うな。

東京を滅ぼそうとした、最低最悪のテロリストなんだ、その前提を忘れてはならない。

「逃がさな……い」

アリカが、タナトスへと飛び込んでいく。

瞳から力は失われていないものの、勢いが足りない。

タナトスはまるで子供をあやすようにして、素手で『太陽の剣-ヘリオス-』を掴み取る。

「キミの本当の力は、こんなものではないはずだ。いつか私に届くくらいに成長したら……また会いにおいでよ」

「ここであなたを逃がすわけには……」

数秒間、そんな攻防が続いた後、タナトスが不意に距離を取った。

そうして、彼女の周りの空間が歪むようにして捻じ曲がるのが見えた。

始めて会った時と同じ。

魔導なのか、科学なのかもわからない。正体不明の力。

わかっているのは『空間転移』が可能だということだけなのである。

つまり次の瞬間には、タナトスの身体は空へと消えてしまうはずだった。

しかし、


「…………?」


何者かが、タナトスの右腕をしっかりと掴んだ。

驚くべきスピードであった。

捕まれたタナトスが、珍しく驚いた様子を見せるほどには。

「『黒龍姫こくりゅうき』、完全開放」

"恭弥"が、呟いた。

「どんなに強力な能力だろうと、事象の"処理中は動けねぇ"だろ?」

「恭弥…………!」

アリカが言いかけたのも気にせず、恭弥は、

「油断し過ぎなんだよ。虫の息二人だと思って油断したか? だろうな、お前はそういう奴だ。ある程度の時間接してわかったよ」

だからこそ、と恭弥は笑った。

無理に『炎環』を破壊し、強引に身体を動かした代償は大きかった。

傷は簡単に開き、凶悪な激痛が走って思考が停止するかと思った。

しかし、『黒龍姫』を使った影響で、"一時的に傷は塞がっていた"。

つまり、今恭弥は、後先も何も考えない全力で全開の一撃を放つ事が出来る。

タナトスの撤退のタイミングと同時に、それを叩きこむ。


「今度こそ喰らえよ、俺の、全力をッ!!!!」


「…………!?」

閃光の如き魔力の爆発が、恭弥とタナトスの間で巻き起こる。

全くの不意打ちに、タナトスも驚愕に支配されるしかなかった。

そして、最後の一撃を放った恭弥の身体は、そのままゆっくりと前のめりに倒れていくのみであった。

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