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魔導戦記リザレクション  作者: Lass
終章 待ち望んだもの-salvation flame-
30/41

1

「楽しいなぁ、人生は。これだから……やめられないし、やめたくない」

タナトスはビルの屋上で、今は弱まった雨を浴びながら佇んでいた。

真の目的は未だ、果たせていなかったが、

最悪、敵対勢力である自衛隊にダメージを与えられればそれでいい、ぐらいに考えていた。

(とはいっても、まだ彼は追ってくるだろうし。一応確かめてみる価値ぐらいはあるかな)

先ほど大罪種を使って吹き飛ばした少年の事を、タナトスは思い出していた。

結局、彼が何者なのかは全くわからない。

しかし、あくまでタナトスの見立てでは、この程度の敵に殺されるような実力の持ち主ではないと、そう信じたかった。

(でないと、面白くないからなぁ)

タナトスの行動原理は実に単純明快。自分が楽しめるかどうか、ただそれだけだった。

一つの大きな目的は存在する。

ただ、その目的を遂行する上で、

その過程で、自分が楽しいと思えない事を、タナトスは極端に嫌っていた。

それはつまり、本気で戦った結果とてもつまらない事になるのならば、タナトスは決して本気で戦う事はないだろうということだった。

この街を壊したくて仕方がないといったわけではなかった。

目的を遂行するまでの過程が、"つまらなくて仕方がなかったから"、こういった方法をとったというだけの事。

そう、タナトスは間違いなく狂人だった。

この人格は、テロを起こすほどの人間が集まる仲間内でも呆れられるほどに、狂っていると言えるだろう。

しかし、彼女を知る多くの人間は言う。

彼女の心は何者かによって歪んでしまったのではない。

純粋過ぎる故の――――完全悪アンリマユを受け継ぐ者だと。


彼女はどこを見ているわけでもなかった。

爆音飛び交う戦場を、鳥瞰的に、虚ろな表情で見下ろしているだけだった。

それが油断と言えるのか、彼女にとっては疑問だ。

油断もする、傲慢にもなる。

敵に対して警戒する、必要が殆どなかったから。

そもそも、彼女自身、"敵"と表現する必要のある相手と、今まで交戦した事がなかったのだ。

(いや――――一回だけ、あったかな?)

そんな事に、意識を取られていなければ、首筋に刃が当たるまで、相手に接近を許す事などなかったかもしれないが。


「死ね」


弾丸のような速さで飛び込んできた恭弥が、隙だらけのタナトスに、背後から首に向けて一閃――――『紅蓮』を振るう。

が、タナトスは刃が首筋にめり込む瞬間も、こちらを向こうとはしなかった。

そして、恭弥が驚いたのは、それだけではなかった。

今日一日だけで、信じられない事がいくつも起きた。

しかし、そのどれよりも、今目の前で起きている現実だけは、許容出来ないと思った。


(刃が、一ミリたりとも刺さっていない…………!?)


恭弥は、その事実から恐怖を感じた。

そして、後悔した。

相手は隙だらけだった。

今やらないでいつやればよかったのだと、もしかすると、これがタナトスの最後の隙だったのではないかと思える。

(今の一撃……俺は何故『黒龍姫こくりゅうき』を使わなかった?)

こいつは殺さないといけない、皆を護るために、こいつは生きていてはいけない存在だというのも理解していたつもりだった。

(俺はどこかで躊躇したのか? 人の形をしたこいつを殺すことに)

確かに、ここまで恭弥は人間を殺した事はなかった。

恭弥はそもそも、多くの人を護るために力を磨いてきたのだ。当然のことだろう。

しかし、覚悟はしていたつもりだった。

もしも、

どうしても、

誰かを護るために必要とあれば、人を傷つけることはあると。

人間の敵としての人間が現れた時、恭弥は刀を振るおうと。

「……もったいないなぁ」

タナトスが、思わず距離をとった恭弥に向かって言った。

「勿体無い……だと?」

「やだなぁ、キミ自身わかってたんじゃあないのかい。そして思った、今の一撃……全力なら私を倒せてたって」

「……………………」

恭弥は自分の考えを見透かされていたようで、言い得ぬ不安を感じていた。

さらに、タナトスの口ぶりだと、その考えは間違いだと言っているようにも聞こえた。

「出しなよ、全力をさ。どんなデメリットがあるのか、どんな考えがあるのは知らないけど。私に傷をつけたかったら少なくとも本気でかからないと無理だと思うよ」

「……クソッタレ」

恭弥は、静かに刀を構えなおす。

どちらにせよ今正面から向かっても、タナトスは倒せない。

なら、もっと確実な……完全な隙を見つけないといけない。

二度目はないのだと、自分に言い聞かせながら、恭弥は飛ぶ。

「言われなくても、お前は俺が倒してやる!!」

言って、恭弥が刀を振る。

するとタナトスはやれやれといった表情で、剣を抜く。

その細腕の、一体どこからそんな力が湧いてくるのか不思議になるほどの一撃。

そんな強烈な一撃を受けて、恭弥が大きく仰け反る。

「チッ……」

「まさかキミの実力が、こんなものだなんて言わないよね?」

「どうだろうな……案外過大評価だったかもしれないぜ」

「ふーん、やっぱりそうだったのかな?」

タナトスはつまらなそうにそう告げると、左手をこちらに向けてかざしてくる。

「放て」

「……!?」

タナトスが呟くと同時に、見覚えのある血色の矢がいくつも放たれる。

思わず、依然負傷した右手に疼くような感触が走った。

「……でも!」

恭弥は、思い切り刀を握り締め、それらを打ち落としていく。

この程度の速さには、もう慣れた。

一つ一つの威力も、さほど苦戦するほどではない……これなら。

「反応は良くなってきたね」

「そりゃ、どーも!」

「ううん、全然褒めてないよ。この程度の攻撃を喰らうようなら、つまらないから逆に殺してたよ」

「お前こそ、全力を出せばさっさと終わるんじゃねぇのか?」

恭弥とタナトスは再び、刃を交えながら言い合う。

「そうだよ、でもそれじゃあ……つまらないからね」

「なめやがって」

いつまでも、そんな余裕を抱いたままでいればいいさ。

恭弥はそんな事を思っていた。

次は、確実に仕留める。

もう人間の見た目には騙されない、奴は、タナトスは……正真正銘の、

「化け物だろうがッ!!」

恭弥がそう言って刀を振り抜いた時、タナトスの眉がピクリと動くのが見えた。

「化け物……ね」

「?」

恭弥は、そう言って動きを止めたタナトスを見て、怪訝そうな顔をした。

すると、


「もしかしたら……キミも私と似たようなものかもしれないんだけどね」


「な、に……?」

他人ひとのこと捕まえて化け物呼ばわりはよくないと思うなぁ。それに私は……」

タナトスがそう言いかけた時、不意に何か、頭の中に靄がかかるような感触がした。

これが何なのかは全くわからなかった。

言葉の最後は聞き逃したのかと思った。

しかし、聞き逃すはずがなかった、こんな状況で、タナトス以外に意識がいくなどあり得なかったからだ。

しかし、次の瞬間、違和感の正体がわかった。

それは、猛烈な腹部の痛みと同時に現れた。

「な…………!?」

ふと、自分の腹部を見る。

すると、どこかで見た覚えのある……どす黒い刃が自分の正面に向けて生えているのがわかった。

そして、恭弥はそれまで気が付いていなかった。自分の立っている位置が、いつの間にかビルの屋上の端まで"追いつめられて"いた事に。

それ故に、壁面をよじ登って現れた、背後からの襲撃者に気が付かなかったという事だろう。

恭弥は、タナトスに集中するあまり、それ以外の敵を意識していなかったのだ。

「しかも、お前は……」

恭弥がそう言いかけたが、止める。

何故なら、その敵の両腕は健在で、先ほど自分が叩き落とした個体とは別だという事がわかったからだ。

『嫉妬』の刃が、恭弥の腹部を貫通し、ベチャリという音と共に鮮血が地面に降り注ぐ。

タナトスはそうして恭弥がゆっくりと倒れる様子を、心底つまらなそうな表情で見守っていた。

意識が絶たれそうになる。雨に濡れた地面の感触はとても冷たかった。

身体から力が失われていくのがわかった。

仰向けに倒れた恭弥は、自分の頭上に、再び刃を振り下ろさんとする無表情な『嫉妬』の姿を確認した。

もう一度振り下ろされれば、確実に死ぬ。

驚くほど冷静な恭弥の脳内は、冷静に自分の最期を悟るに至る。

「しかも、こんな何の因縁も無い化け物に殺されるってわけかよ……カッコつかねえなぁ、俺の人生ってのも」

自衛隊は、どうなったのだろうか。

ここに、こいつが現れたって事は……まさか全滅してしまったのだろうか。

それとも、こいつだけが気まぐれで俺の所に現れたのだろうか。

後者の方が、マシな結末だな。

『――――――――』

何を発しているのかは、聞き取れなかった。

そして、『嫉妬』の刃が、勢い良く振り上げられた。

その時、恭弥の中で何かが蠢く。

(こんな所で……死んでたまるか)

生きたい、死にたくない。

まだ俺の戦いは始まったばかりなんだ。

恭弥は倒れた状態から、右手の刀を握り締める。

意識は途切れ途切れ状態で、どこまで出来るのかはわからないが、機会チャンスは今しかない。

そう思った時、『嫉妬』の細く鋭い脚が、恭弥の右手を踏みつける。

「ッ……!!」

恭弥の顔は苦痛に歪む。

雨の中で、『嫉妬』の刃に反射したのかどうかはわからないが、キラリと一筋の光が恭弥の視界の端に映った。

今度こそ、『嫉妬』の刃が恭弥の胸に目掛けて振り下ろされた。

恭弥は、この期に及んでも、諦めるつもりなどさらさらなかった。

それでも、一つだけ。


「悪い、アリカ――――」


恭弥は、一人の少女に向けて、言葉を紡いだ。

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