3
一年二組。
恭弥が教室に行くと、既にほとんどの生徒は自分の座席に着き、周りの人間と雑談している者。
読書にふける者。ただ呆然としている者。
様々な人間がいた。
そして、恭弥は教室の後ろで騒いでいる女子グループを見る。
なぜなら、その女子グループの中心にいたのはアリカと雛。
二人は早くもクラスメイトに順応したようで、恭弥は去年や、今までの自分の学校生活を思い出して少しだけ沈む。
が、この学園は今までのものとは全く異なる事も理解していた。
……強くなる。強くなって、"奴ら"を倒す。
そのために、薄っぺらな、意識の低い有象無象のクラスメイトとの絆などは不要だ。
今までの経験から、このようなヌルい関係を育むような学校生活を、恭弥はよく思っていない。
本当ならこんな所に通う気などもさらさら無かった。
しかし、現保護者である楓の、勧めと言うよりは半ば強制的な意思が働き、恭弥はアリカと共にここへ進学することとなった。
確かに、他人と競争し合う事は、修練として悪くないとは思っているのは事実ではある。
しかし、それだけではない。重要なのは……アリカの存在。
そもそも彼女を一人で学校に行かせるなどと言うのは、本人にとっても恭弥にとっても危険過ぎる。
元々の常識の危うさに加えて、記憶喪失の彼女を、事情の知らない者達の中に放り出しておくわけにはいかない。
ましてや一般の学校なんてとても不可能だ。アリカには当然、魔導の"チカラ"があるのだから。
そんな理由と、そんな思いで、
恭弥はこの状況を受け入れることになったのだ。
そして、恭弥がこんな事を考えながらクラスを見回していると、担任の教師と思われる男が教室に入ってきた。
すると、生徒達も各々の会話を止めて自分の座席に着き始める。
恭弥の隣には、恭弥とは違って華やかな印象を与える金髪の少女……要するに神宮雛が座っていた。
ジロジロとこちらを見てくるのが気になったが、何度も言った通り騒がしくして注目を浴びるのは当然嫌なので……ぷい、反対に窓の外へ目をやる。
こうしている間、担任の教師によってこの学園の説明がなされる。
立派な魔導師に世界を救う……だの、優秀な成績をおさめて英国入りを果たす……だの。
……ずいぶんと夢や希望に満ち溢れた台詞を吐くんだな。と、恭弥は思った。
ちなみに、この学園の生徒の大半は元々魔導の知識もほとんど持たない……元"素人"なのである。
魔導の素養さえあれば、入学試験で足を切られることも無い。
つまり、そんな彼らを教育して、生え抜きの優れた魔導師を英国のために育てるのがこういった学園の目的であり、日本の自衛力を育てる気などは英国側にはさらさらない。
しかし、もはや愛国心も廃れた現代で英国入り……と言うのは、国内でも大変名誉な事とされている。
"世界のために戦う人材"と聞けば確かに素晴らしい、正しい事に聞こえるであろうから。
そのため、恭弥達のような元々この国に存在した日本製の魔導師達に対する教師側からの風当たりは恐らく強いだろう。
恭弥やアリカはともかくとして、一ノ瀬や雛のような、古くからの名家の人間は英国を良く思っていないのだから。この学園で密かに下克上を狙っているような者も多いと聞く。
本当は、こんな狂った世界で……人間同士で争っている場合か、とも思う。
俺たちの戦うべきは英国や、科学勢ではない。大罪種だ。
恭弥はそうして、机の下で拳を握る。
本当は……チカラが欲しい。
世界を変えられるほどのチカラが。
だがそのためにも、まず必要なのはこの学園程度ひっくり返す力か。
英国も日本も関係無い、こんなわけのわからない所で争っている奴らにわからせる……黙らせられるほどの力を、見せつけらなければならない。
恭弥は窓の外から見える、大きな塔を見て再確認した。
アリカは、そんな恭弥の決意を知っているのだろうか。
一番前の席で、絶えずニコニコとして担任の話に集中していた。
雛は、恭弥に無視された事に苛立ちを感じながらも、クラスを見渡して観察をしていた。
どんな人物がいるのか、果たして自分"達"の脅威になるような者はいるのかどうかを。
一之瀬は、いつものように微笑をうかべながら、クラスの一番後ろの席からある特定の人物達を見ていた。
一人は暁アリカ、一人は柊恭弥、そしてもう一人は……。
†
放課後。
この日は入学初日と言うのもあって、行程は入学式→ホームルームのみで終了だった。
昼食は帰ってからにしようと思ったのだが、面倒になった恭弥は近所のショッピングモールでファストフードでも食べて済ませようと思った。
「恭弥、恭弥、私学校で友達が出来たんだよ!」
「へぇ、それがどうかしたか?」
「むー。相変わらずつれない態度とるなぁ」
「け、いつも通りでいいだろ?」
頬を膨らませて言うアリカに、恭弥はニヤニヤと笑いながら言った。
すると、
「本当、あんた信じられない!こんなに可愛いアリカに冷たくして!」
「確かに。ツンデレキャラで通したいのはわかったけど、男のツンデレって正直なぁ……」
横から口を挟んでくるのは、同じクラスの神宮雛、一之瀬玲二。
「何でお前らも一緒なんだ」
恭弥がジト目で尋ねる。
「あたしはアリカと一緒にランチに行きたかっただけだし?」
「え?僕達友達だろ?」
「ふざけんな」
恭弥はそう突き放すが、二人はまるで聞いていない。
それどころか……、
「いや、でもあたしに言わせるとこいつこそ何でいるの、って感じなんだけど」
雛が、一之瀬に向かって指を指す。
「え? だって恭弥がいるわけだし」
相変わらずの、笑顔で言う一之瀬に不審感を持ったのだろうか。
「……なんかさ、こいつ危険なんじゃないの? しかも一ノ瀬って……あの一ノ瀬じゃないの!?」
「うん? 僕は確かにあの"一之瀬"だよ? 落ち目の"神宮"」
「…………っ!」
笑顔こそ崩していなかったものの、その瞳から発せられる"気"は凄まじいモノだった。
何だ、神宮と一之瀬って家同士は仲が悪かったのか?
それならそれで雛の暴走に対する抑止力にもなるんじゃないか、こいつ。
そんな事を考えた恭弥は、やれやれと言った調子で答えた。
「安心しろ、一応友達、だ。それに危険度でお前が他人様に口出し出来る立場だと思ってんのか?」
「ぷ」
「……なんですっ、てぇ?」
笑いを堪える一之瀬と、怒気を孕んだ声を発する雛。
「何だお前、素で笑ったり出来たのか」
「……僕がいつも素で笑ってないみたいだね?」
「違うってのかよ」
「地味に傷つくなぁ……」
「雛ちゃん雛ちゃん、あの服凄い可愛いと思わない?」
「可愛い……けど、アリカにはちょっと合わない気が」
雛は、苦笑いをしながらアリカが指さすコートに視線を向ける。
そこには、モデルばりのスタイルを持ったマネキンの姿があった。
見比べるのが可哀想なほどだが、そのあどけない表情を見るたびに胸が締め付けられるような思いになる。
それよりも、アリカに似合うようなファッションはここにはない。
そうして雛は以前ここに来た時に見た……もっとファンシーな雰囲気の店を思い出した。
「ねぇアリカ、あたしとあっち行かない?」
「え? ま……」
「決まり! 行くわよっ!」
図々しい訪問販売並みの即断即決。アリカはあまりの展開の早さに悲鳴をあげる。
「ふぇぇっ!? ちょ、恭弥助け……」
雛はアリカを連れ、さらに男二人の会話をかき消す勢いで走り出す。
「はいはい、児童誘拐にご注意下さいっと」
が、恭弥はアリカの腕を掴んで間一髪止めることに成功した。
「おい誘拐犯、俺は人混みのせいで疲れてんだ。さっさと飯だけ済まさせろ」
「誰が誘拐犯よ誰が! ヤンキーみたいな見た目してるくせに!」
「……僕には完全に獲物を狩る肉食獣にしか見えなかったけどね」
「黙れってのよ!」
「っていうか恭弥さりげなく私の事、児童って言わなかった!? 児童って小学生の事だよ!?」
アリカが、雛が、そして一之瀬までもが、口々に騒ぎ合っている。
「ったく、少しは静かに出来ねぇのかよ」
英国、米国を中心に他国に深く干渉されている国家、日本。
こんな時代に、こんな国という名の檻の中で、平和に笑い合っていられるのも今の内だ。
戦争の、悲劇の、暴虐の足音がすぐそこまで近づいて来ている事に、この時はまだ、俺すらも気づいてはいなかった。
安息は……続かない。
そもそも、今のこの状況を安息と考えてしまうほどに……人類の大半は平和ボケをしているのだろう。