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立川市は、東京の中でも都心から少しばかり離れたところにある。
しかし、街自体の設備、体力は都心の街に比べてそう見劣りしないレベルなのだ。
それ故、都心に比べて土地も広く、演習場などの自衛隊に必要な設備を置くにはまさにベストな地区と言えるだろう。
しかし、都心から遠いことで一つ、問題点があった。
もしもの時、まさに先日のような事件があった時に到着が遅れるということだ。
普通なら、自衛隊がわざわざ出張るような事件などそうそう起こらないのだが、現に今、東京はテロの脅威に少なからず曝されていることになる。
ならば、都心の中なり地下なりに基地を造ればいいとの意見も出てきてはいた。
ただ、それには多くの問題が発生する事を忘れてはいけない。東京には最も多くの人間が今もこうして暮らしている、災害が起きれば国自体致命傷となりかねない。
……となると万が一の時に必要なのは戦うための力よりも、避難場所だろう。
そんな時のために造られた地下シェルターや、その他の施設で、都心の地下は埋め尽くされてしまっているため、新しく戦力を置くことは現実問題、不可能とされている。
それに、あまり多くの設備を一まとめにすることで生じるデメリットというのも計り知れないのであるから。
『都心地下空間』と題されたレポートを読みながら、真っ黒なツインテールを椅子の背もたれに預けて宿舎のPCを操作しているのは栞と呼ばれる少女。
確か、今日はこの間の学生……柊とか言う少年がテロリストの要求通りこちらに来る日だと。
栞は、苦々しい顔をしながら思い出した。
こうしている今も、震える握りこぶしを抑えるのが煩わしい。
情報を引き出せないのならば、さっさと処理してしまうべきだ。
今回も絶対に何か企んでいるのは間違いないのだから、事が起きてからでは遅いのだから。
栞は国の秩序を守るため、そして"破壊を生むテロリスト"に復讐を誓ったからこそ、自衛隊を志願したのだ。
しかし現実は思っているようにはいかなかった。国は腐敗し、何をするにもどこか保守的な様子が見られる。
出動一つするにも国の承認、それどころか内部での利権争い……なぜこうも外の敵に対して考えをむけないのだろうか。考えるたびに思うのだが、もううんざりだった。
(今の私には力がある……いざとなれば命令違反だろうが独断だって)
栞は手首に装着された『煉機』の起動キーを見つめながら、
そんなことを考えていると、ふとPCの画面端にメールが届いたことを表すアイコンが現れた。
(これは確か……定時連絡……?)
栞は特に興味を持っていないようだったが、一応隊員としてこれを無視するわけにもいかない。
中には、たったいまこちらに到着したレイラ中尉のメッセージが記されていた。
(柊恭弥……基地内に到着?)
さきほど思い出した……学生の名だということに栞が気づく。
彼個人にはさしあたって興味はなかったが、栞は収監されているテロリスト、アブローラの方に興味がある。
ショートパンツにTシャツという……ほとんど下着姿に近く限りない薄着に、隊服を羽織るようにして立ち上がる栞。
特に呼び出されているわけではなかったが、ここでじっとしているのもどうかと思った栞は自室の扉を開いた。
(仮にあの学生までもがテロリストと友好関係にあったというのなら……容赦はしないというだけのことだ)
粛清する相手が一人増える……その程度にしか栞は思っていなかった。
†
「で、ここが自衛隊の秘密基地ってわけか……」
「別に秘密にした覚えはないのだけれど」
車の助手席から降りると、そこには広大な敷地と、無機質ながらもどこか威圧感を与える建物が立ち並んでいた。
昔、沖縄の方に旅行に行った際に遠目に見た……米軍基地と様子はかなり似ていたように思える。
「それにしても意外と静かだな……訓練とかはしないのか?」
「今はわりとそれどころじゃないのよねぇ……常時待機状態って感じだし」
「なるほどねぇ、この間もそれぐらい対応が早ければあんな事にはならなかったんじゃねぇの?」
「…………?」
「とぼけんなよ、事が起きてからじゃないと本気出さないなんて子供のすることだぜ?常日頃から警戒は怠るなよ。そういう職業だろ?」
「……綺麗な身体で帰りたかったら、あんまり調子に乗らない方が身のためだと思うわよ?」
レイラはこちらを振りむきもせずに言った。
「……っ、脅し?」
「違うわ、さすがに犯人と決まってもいない一般市民に対して脅迫なんて……この国の司法制度で裁かれてしまうからねぇ」
「まぁ"この国"でならなぁ」
「うふふ」
ふと、レイラの顔を見るが笑ってはいなかった。
いや、実際には笑顔を作っている。これは内心では笑っていないであろうという意味だ。
少し調子に乗ったか……と恭弥は少しだけ後悔した。
主導権を握られない程度の挑発でとどめておくつもりだったのだが。
「っと、ここか?」
少し歩いたところで、学校の校舎のような大きな建物に辿り着いた。
レイラがIDをかざすことで扉は開く。
恭弥は注意を払いながら中へと足を運んでいく。
広いロビーのような所へ通されたが思っていた以上に人が少ない。
先ほどレイラは訓練中ではないと言っていたが、だったら職員や、兵士達は一体どこへ消えたと言うのだろうか。
その後は二人とも終始無言のまま、奥へ奥へと歩を進めることでアブローラのもとへ向かう。
するとしばらく進んだあと、エレベーターで地下へ下りた後に、広く仄暗い区画が恭弥の目の前に広がった。
見て、すぐにわかる。
地上よりも明らかに厚い壁に、シェルターのように頑丈そうな造りが。
「なるほど、まさに独房って感じだな」
「わかる?もしかして似たような施設にお世話になった事があるんじゃない?」
「あるわけないだろ!? あくまでイメージだよ。イメージ!ドラマとかの影響だよ悪かったな!」
「必死に言わなくても、補導歴くらい調べてあるわよ。冗談の通じない子ねぇ」
「わかった、よくわかった。俺はもう乗らないからな。だからその微妙なボケは禁止しろこの野郎」
「それにしても失礼な子ねぇ、日本人は礼儀をどこの国よりも重んじる国じゃなかった?」
「あんたは日本のイメージが貧弱だな、幻想抱き過ぎだっての」
恭弥が目を細めながら言った。外国人が日本に抱くイメージというのは、例外なくこういうものなのだろうか。
「はい、着いたわよ」
「……!」
不意にレイラが足を止めると、そこにはドラマで出て来るような、鉄格子の入った扉が恭弥を待ち構えていた。
「この中に……あいつが」
「ええ、いるわよ。というわけで急いで急いで!」
レイラはそうやって恭弥を急かすようにして、扉を開け、背中を押した。
足を一歩踏み入れると、重苦しい雰囲気というか、"比喩ではなく"身体が重くなる感覚を感じた。
そして目を見開く。
目の前にいたのは先日戦闘を繰り広げたはずの少女。アブローラ。艶のあった綺麗な黒髪は若干、水分を失ってか、幽閉されたストレスから来ているのかはわからないがパサついた質感に変化していた。
しかしながら、あの鋭い眼光は衰えを見せることはなかった。
手錠で腕を拘束されているのだろうか、彼女は後ろ手に座らされたまま動かなかった。
「来たわね、元凶」
「……意味がわからない」
恭弥は、ここに連れて来られる前から感じていた疑問をぶつける。
この疑問が払拭されないのはお前が元凶だ、とでも言いたげに。
「言っておくけど、私がキミを呼んだ理由は一つだけ。聞きたい?」
「当たり前だ。こっちはそもそも学校があったのに来てやってるんだ、そこすらも聞かないで帰れるかよ」
「まぁ、こうしている今の会話も、外の連中には聞かれてるんでしょうね。だから肝心な所は最後までとっとくけど」
「……一体何を企んでいる?」
「あなたも聞いてるでしょ? 東京をひっくり返すの」
「くそっ、話にならねぇ。だったら先に一つだけ答えろ! お前は『タナトス』って奴に心当たりはあるか?」
恭弥は思わずアブローラと向かい合った机から立ち上がると、声を荒げて言った。
すると、意外な反応が返ってくる。
「な……タナトス……? 何でその名前を!」
アブローラの今まで崩さなかったその表情は一変し、冷や汗のようなものがだらだらと垂れていた。
「昨日の夜偶然襲われてな、それとも奴が俺を狙いに来たのとお前が俺を呼んだのには関連性があるとでも?」
「……そんなはずはない。私は確かにキミを利用しようとしていたが、タナトスがキミを狙う理由なんて存在しないはず。何故だ、タナトスは一体何を考えて……?」
「そうかよ、じゃあタナトスが俺と出会ったのは"偶然"だったんじゃねぇの?」
あまりにも焦った様子のアブローラを落ち着かせるためにも、恭弥は諦めたような口調で言う。
「まぁ、私もそうだと信じたいわね。それならその話題は一旦置いておくとしますか」
「……そうだな」
恭弥からすれば、タナトスについて何かしらを知ってるアブローラから聞きたいことはいくつかあったが、今のところ昨夜の襲撃はこの一連の事件とは関係ないというのがわかった、ひとまずはそれで十分だ。
とりあえず今は一連の流れを解決するのが先である。
「それでは本題、私はキミに協力を要請します」
アブローラは、特に気負いもせずに、簡単に言ってのけた。
しかし、恭弥も今は冷静だった。
「内容を聞きたい所だが……応じるとでも思ったか?」
「いいえ、キミは応じるしかなくなるはず。絶対にね」
「なんだと?」
「憎らしい事に、あの時私を助けに来てしまった"貴様"ならね」
アブローラの口元がわずかに歪むのがわかった。隠しきれていない殺気が溢れ出し、恭弥をほんの少しだけ萎縮させる。
「どういう、意味だよ」
「言葉の通りよ。貴様は人を、目の前の人間を見過ごす事が出来ない」
「それがどうした」
「だからこそ、よ。私に協力しなければ、貴様は多くの人間を見殺しにすることになるわ」
アブローラの要領を得ない物言いに恭弥は苛立ちを隠せなかった。
再び立ち上がると、アブローラの胸元を強く握りしめ、言う。
「さっきから意味わかんねぇことばっかりベラベラと……てめぇは俺に何をさせるつもりだって聞いてんだよ!!」
軽率な行動だとは自覚していた。
別室などで監視している職員たちが入ってきて止められるかもしれない。
しかし、なんとなく恭弥には直感でわかっていた。
"このままだと、手遅れになりかねない何かが起きる"と。
数秒間、薄暗い室内を沈黙が支配する。
すると、ニヤリとして口を開いたのはアブローラだった。
「……そろそろじゃないかしら」
「何……?」
恭弥が怪訝そうな顔をして呟いた。
するとその時だった。
『コンディションレッド発令、コンディションレッド発令』
恭弥にとっては聴き慣れない、騒がしいほどの警報が流れた。
「何だ?」
「…………」
恭弥は思わず机から離れると、状況把握につとめるために辺りを見渡す。
「くそっ、何で誰も入ってこない? これってかなり深刻な状況なんじゃねぇのかよ!」
恭弥はそう毒づきながら、アブローラへと詰め寄る。
「お前は何か知ってるんだろ? 一体これは何だ!?」
するとアブローラは、あくまで冷静に、淡々とした様子で口を開いた。
「大罪種……」
「…………!?」
「これは多分間違いないわね。現れたのよ、市街地に……最悪の象徴が」
「そんな馬鹿な……」
ありえない。
大罪種は、仮に日本に現れるとしてもまずは湾岸付近で最初に発見され、そこで現地の人間によって処理または報告される。
それはつまり、何の前触れも無しに奴等が市街地の中に現れるというのはありえない事なのだ。
そもそもそんな内部にまで奴等が侵攻を進めるというのは結界や防壁が破壊されたという事になる。
そうなってしまったなら今度こそ日本は終わりだ。
いくら魔導師や自衛隊がいようと、そこまで手遅れな状況で戦う事なんて予想されてはいなかったのだから。
「こうなったらもう手段を選んでる暇はないわよ。早く私を解放しなさい」
「何を言ってやがる? ここでお前を解放する意味があるわけないだろ?」
恭弥はそう言うがアブローラが冗談で言ってるのではないとすぐにわかった。
そこまで言い切るほどの根拠が、確かにある。
そう思えたのはこの異様な雰囲気を感じたからだろうか。
「なら見てみなさい。貴様のその携帯にも、ワンセグ機能ぐらいついてるでしょう?」
「は?」
恭弥は腑に落ちない点がいくつかあったのを無視して、取りあえず言われるままに携帯を操作し、テレビ放送を受信する事に成功する。
すると、まるで信じられないほどに、事態は進行していた。
「旧市街地を起点として……大罪種の侵攻を確認、だと……?」
普段よりもかなり切羽詰まった口調のニュースキャスターを見るだけでも、これが何かの間違いだとは到底思えない。
つまり、日本は再び蹂躙される。
このままでは途方もない数の犠牲者が出る……いや、"それどころでは済まない"かもしれない。
(なんとか……しないと……!!)
「なんとかしないと……って顔をしているわね」
アブローラが、そんな風に深刻極まりない表情を浮かべる恭弥に言う。
「私もね、実はあそこに行かないといけないんだけど……そのための足がない。それにこのままだとここから出る事もかなわない」
「……だから俺を利用して、ここから脱走しようってか? 別に俺には、お前がいようといまいと関係ないけどな」
「それはどうかな? 実は私がここから脱走さえ出来れば、現場まで一瞬で辿り着ける"アテ"があるんだけどなぁ」
「……ハッタリに決まってる」
「まぁそうなるわよね、でもいいのかな?このままだと貴様もここから出られず……って事になりそうだけど?」
「なんだと……」
聞き終わる前に、廊下の方から騒々しい音が聞こえた。
そして次の瞬間には、武装した三人ほどの男達が扉を開けてこちらに銃口を向けてくる。
「動くな! 我々は貴様"達"をこの場で射殺する事も出来るのだぞ!」
「ふざけんなよ……何で俺にまであの銃が向けられているんだ……?」
反射的に魔導の力を使って防御するなり、反撃するなりしようとしてしまったが、魔法陣をうまく展開出来ない。
なるほど、ここはテロリストなどの危険人物を幽閉する場所である。
ならばその危険人物が魔導の力を持っているケースを想定しないはずがないだろう。
要するにここには、学園に張られた結界に近い……科学的なジャミング装置が用意されているという事だ。
そもそも何もなければアブローラとて自力でとっくに脱走していたであろうし。
冷静に状況把握に努めているように見えるが、恭弥は正直かなり焦っていた。
見たところ相手方に話し合う余地は無い。おそらく最初から……恭弥はクロの方向に決めつけられていたのだろう。
でないとここまで強硬的な手段はとらなかったであろう。
あくまで重要参考人に過ぎなかった恭弥に、銃口を向けるという手段には。
考えるほどに、恭弥の脳裏には悪い想像しか浮かんでこない。
脳細胞に負荷がかかるのではないかと思うほどに、次の行動を考えていた時だった。
背後から、アブローラが、恭弥にしか聞こえない程度の声量で呟いた。
「で、どうするの?」
恭弥はゆっくりと振り向く。そこには、こんな状況でも変わらずに、力強い眼光を保っている少女の姿だけが映っていた。
「……チクショウ」
恭弥の中で、何かが弾けたような感触があった。
自分一人が、行ったところでどうしようもない事はわかっていた。
しかし、このままではここで全て終わってしまう。
(こんな所が俺の最後だっていうのかよ……そんなの、認められるかよ。俺はまだ、誰一人護れていない)
恭弥はこの時決断する。
例えこの行動が間違っているとしても、そうでないとしても、
(だとしても、俺はもっと沢山の人を護るために……生きる事を選んだんだ……!!)
恭弥の瞳に、力強さが戻る。
そして、
「……やってやる」
今度は恭弥が、アブローラにしか聞こえない程度の声で、呟く。
そして、次の瞬間今まで座っていた椅子を乱暴に掴むと、開かれた扉に向かって勢いよく投げつけた。
「なぁっ!?」
するとこちらに銃を向けていた隊員が、一瞬怯んだ。
さらに、その隙を見逃さずに恭弥は飛び出す。
しかし不意に動いたことによって隊員も戦闘態勢に入ってしまう。
まぁ、当たり前だろう、と恭弥は思ったが、
その勢いのまま中心にいた男の隊員に無遠慮な一撃を加える。
「がっ……」
男は勢いよく突き飛ばされて短い呻き声を上げる。
背後の壁に激突した際に後頭部を強く打ったのだろう。そのまま彼が起き上がってくることはなかった。
そして間髪入れずに、落下した銃……アサルトライフルを拾って体勢を立て直す恭弥。
銃の扱いに慣れていたわけではなかった。
こんなものは日々訓練を重ねていなければ十分に使いこなすことなんてできない。
勘やセンスでどうにかなるわけはない。まして銃火器に関する知識がほとんどない恭弥には。
しかし、それを知ってるのは今ここでは恭弥だけだ。
目の前の隊員達は恭弥を少なからず警戒していたはず、それならば、拾い上げたこれでもハッタリぐらいにはなる。
そうして、恭弥は見よう見まねで銃口を相手に向ける。
すると、恭弥から見て右側の隊員がその状態で叫ぶ。
「貴様……それ以上動くな!」
「それはこっちの台詞だ。この距離での射撃を……俺がしくじるとでも思ったか?」
「…………待て、落ち着け。挑発に乗れば奴の思う壺だぞ!」
(思った通り……)
向こうには人数の利があるというのにもかかわらず、撃ってこない。
それは確実に、恭弥を恐れる気持ちがあるということだ。
そしてそれは、先ほど強硬的な手段を取ってきたことからある程度予測はついていた。
彼等は……考えることを放棄したのだ。
恭弥が仮にどちらの立場であろうとも、それを考えている間に押し寄せる恐怖に耐えられなかったから。
だからこそ、"両方を射殺"するという決が取られたのだろう。
ある意味では、疑わしきは罰せよという至極シンプルな考え方ではあるのだが。
そこで、
恭弥は自分の元々の身体能力のみで地面を蹴って踏み出す。
『……!?』
これには、相手方は驚かされただろう。
銃を構え、さらには銃口を向けられた状態で逆に前へ踏み出すことの意味が理解出来なかったからだ。
普段の演習や、追い詰められた犯罪者を相手にしていた時ならばただの奇行として、冷静に対処出来ただろう。
しかし今彼等が相手にしているのは前代未聞の重犯罪者、テロリストかもしれないのだ。
こんなことはありえない、という一瞬の逡巡が彼らの反応を鈍らせた。
その一瞬の遅れでも、この距離ならば命取りである。
それを心のどこかでは理解していたとしても、もう手遅れである。
恭弥は持っていたアサルトライフルを大きく振りかぶると、左側の隊員に向かって振り下ろした。
想定外の方向から力を加えられたことで、勢いよく銃身、部品が弾け飛ぶ。
しかしその代償をいったところだろうか、銃が耐えられないほどの衝撃を喰らった男はそのまま横殴りに飛ばされて昏倒。
これで二人を戦闘不能にすることに成功した。
正直かなり運に左右されたと思った。今回はうまくいったが何度も成功するような戦術ではないとも。
しかし、恭弥のその奇跡のような快進撃もここで終わりだった。
「動くな」
声と共に、硬い銃口が恭弥の後頭部に当たる感触がした。
そう、二人もの武装した人間を倒したところまではよかった。完璧に近かったと言えるだろう。
それでも、残った一人に対する策は、もう恭弥には残っていなかった。
(くそっ、どうしたら……)
こうして考えている間にも、引き金が引かれる可能性は十分にあるのだ。
悠長な事はしていられない――――!
そう思った時だった。
「ぐっ」
短い、注意していなければ聞き逃してしまったかもしれないほどの小さな悲鳴が聞こえた。
当然それは背後から聞こえた。
恭弥は思わず、銃口を突き付けられていることも忘れて振り返った。
すると、ゆっくりと倒れこんでくる隊員の姿だけが、恭弥の目に映った。
「一体何が……?」
そう呟いた時には隊員は地へと伏していて、そこに現れたのは両手を縛られた状態で佇んでいる一人の少女の姿があった。
「……お、お前がやったのか?」
「そういうことね、全く、詰めが甘すぎるのよ。思わせぶりに飛び出して行ったと思ったら結局原始的なな奇襲と突撃だし」
「ちっ、この件についてだけは礼を言っておいてやるよ」
「あら、殊勝な心がけね。ならその勢いで早く私をここから脱走させなさい」
「……くそったれ」
恭弥は殴り倒した二人目の懐を漁って小型のナイフを取り出す。
そして次にアブローラの両手を拘束している手錠に当てて鎖の部分を引き千切った。
「銃の扱いには、お前の方が慣れてるだろ? 持ってけよ」
「そうね。でも意外だわ、貴様が私に進んでそんなものを渡すなんて、後ろから撃たれる覚悟はあって?」
「はっ、やれるもんならやってみやがれ。クソ野郎が」
二人はそんな風に、適当に言い合って先へと進む。
この時恭弥は……いや、アブローラも同様に不自然さを感じていた。
いくらなんでも人が少なすぎる。
まるで、"ほとんどの人間は外に出払ってしまっている"かのように。