行間 3
――――『魔導師育成機関』。所在地は東京。
この施設は英国によって日本に置かれた"学園"であり、その目的は優秀な魔導師を育成すること。
大義名分としては、大罪種の侵攻を受けた事があり、今なお対大罪種の前線として知られる日本の自衛力の強化。
そして、同盟の証である駐屯戦力として英国の魔導士を派遣すること。
これらを見る限りでは、日本にとってデメリットはない。
むしろ、戦力に乏しい日本としては願ってもない話であるはずだ。
と、ここまでが普通の見解なのだ。というより、この程度の見解しか現れないように民衆が誘導されていると言った方が正しい。
それほどに、大国の力というものは大きい。仮に日本政府側が望んでいようと望んでいまいと、彼らは日本に対して干渉してくる。
それが日本に対するメリット以上に、自国のメリットに繋がるからである。
優秀な生徒、即戦力になりえるほどの生徒。
彼らはそうして成長を遂げた後にここ日本に留まる事はほぼ無いと言われている。
圧倒的な良待遇で英国の本国に移住させられたり、あくまで噂だが、
"危険な術式の実験体コース"に直行というとんでもない話もこちらの世界では流れている。
ここでは英国の話に絞られていたが、基本的に大国は"こんな世界"においても争う事をやめられない。
遥か昔よりそうしてきたからこそ、今の彼らという国があるのかもしれないのだが。
「どう思われますか、学園長」
秘書と思わしき、若い女性が、部屋に入るなりこう言った。
だが、その声に答える……学園長と呼ばれし"モノ"はわずかなタイムラグののち、こう答える。
『どうもこうもないとも、四条くん。もう少し様子を見るように……と言ったはずだ』
その容姿からは想像もつかないほどの若々しい声からは尊大な雰囲気が、そして、学園長はそもそも"今この場にはいないのではあるが"
壁を一面使うほどの大きなスクリーンの向こうには、回転式の高級そうな椅子に腰かけて落ち着いている気のよさそうな初老の男性の姿があった。
「はい、承知いたしました。ですが学園長、彼は彼で自由に動き回っているようですが、特に問題は?」
『大丈夫だとも、今の"彼"ではまだそこまでの実力には達していない。上位ランカーならともかくとして、"一桁台"の、ましてや純血の魔導師が敗北するなどそもそも許されないことさ』
「その通りでございます。だからこそ、反乱の種は早いうちに潰しておくべきかと思われると言いたかったのです」
真面目そうな口調で、一切のブレも無く淡々と、四条と呼ばれた女性……四条初音は告げていく。
「反乱とは物騒だな……彼とて魔導師なんだよ。私に言わせればその彼の目的そが、この学園を潰す事だとは到底思えないがね」
そこで、ここまで事務的に、感情を露わにはしなかった四条がピクリ、と眉をひそめた。
が、だからと言ってこれ以上彼女は言い返すことはなかったのだが。
「私としてはね、むしろ彼の存在はこの学園において大きな利益をもたらす可能性の方が大きいと考えているんだよ。安定し過ぎた生活、変わり映えの無い毎日、それらが進化するにあたって最も必要なのは一石を投じる事。つまり刺激が必要なんだ。衝突し合うくらいに、強い意志を持ったイレギュラーと」
学園長の言葉に、四条は思わず息を詰まらせる。
そして、
「イレギュラーと呼ぶには、彼一人では足りないとは思われないのですか?それこそ誤差の範囲内で終わってしまう事も……」
「その心配はないとも」
学園長は、そうやって感嘆に吐き捨てる。
「私の把握している限りでも、イレギュラーとなりえる人物は"五人"いる。暁楓、彼女を除いた状態でもね」
「五人……ですか」
一人は"彼"の事だろう。だとすると、彼の仲間と呼べる人間は残り三人だ。
仮にその三人が全員含まれるとしても一人、四条には把握出来ていない人間がいる。
当然、それを訊ねた所で答えが返ってくるとも思っていないが。
「面白そうだとは思わないかい? 魔導師と魔導師のぶつかり合いだなんて、ましてやその結末が……蹂躙されて終わる日本を示唆していたとすれば」
学園長は淡く笑う。
「そして、そのための場も用意していたのだよ? 今まで行ってきた序列を決めるための摸擬戦。それを、今年度からさらに試合要素の強いものとする。これで彼らの実力も明らかになるだろうさ……日本製の魔導師がどの程度のものなのかもね」
「……………………」
四条は無言で、ただ立ちすくんでいる。
何か思う事があったというよりは、むしろ何とも思わなかったからこそ、何も口に出せなかった。
「私としては、学園長がそう仰るのなら是と答えるだけです。その過程や、結果がもたらす事自体に興味はございません」
「ふむ、つまらない返答だな。もしかすると今日こそはどうやらキミの意見とやらを聴く事が出来るのかと思ったが、どうあってもそれは叶いそうにないようだな」
そう言いながらも、学園長は四条の反応に何らかの違和感を感じていた。
それが一体どういうものなのか確信するための材料が……無い。
「そもそも、私の意見などというものが学園長にとって何か利益をもたらすとは思えません。私はただ、結果の報告と、その結果を導き出すための手段をどのようにすべきか。それだけを論じるための存在ですので」
言葉を紡いでいる中で、だんだんと話し方が機械的なものに戻っていくような感覚を、学園長は四条から感じていた。
まるで、あらかじめプログラムされた言葉を読むだけか、または外部からの音声を出力するだけのスピーカーのように。
ただし、彼女に関しては、こちらの方が自然であり、違和感の無い普段の姿だ。
「なるほど、なんだか不自然だと思ったが……キミだったのか。特に話していてまずい事を聞かれたわけではないが、わざわざ四条くんの人格を乗っ取ってまで盗み聞きとは相変わらず趣味が悪い」
「…………?」
四条本人は何の事だか理解しかねる、といった顔をしていた。
元々四条という人間は、こちらに対して言われたこと以外の、余計な質問や助言をするような人間ではなかった。
そのはずだったが、彼女がここに入ってきてすぐの数分間……こちらに対して返答を求めるような、それこそ彼女自身から発せられたかのようなむしろ人間らしい反応が見られた。
これこそが、違和感の正体。
四条でない誰かが、彼女の身体を借りて話している以外にあり得ない事態だ。
そして、学園長の知る中で、さらにこの学園内でこんな事が出来るのは一人しか存在しない。
"彼"だ。
目的は不明であるが、聞かれたのは主に"柊恭弥に関する話題"だ。
少なからず、彼と協力関係にある人間なのか。
それとも――――?




