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「雛……か……?」
恭弥は驚いたように言った。
目の前にいる……派手そうに見えながらもどこか気品を漂わせ、腰の辺りまで伸びている金髪のポニーテールを緩く揺らしている少女は、紛れもなくクラスメイトであり魔導師の神宮雛だった。
「はぁ?何言ってんのよ恭弥。ボコられ過ぎて頭までやられちゃったわけ?」
相変わらず口の悪い雛は、不敵に笑いながら言った。羽織っている学園の制服の袖から、タナトスを拘束している緋色の鎖が、その姿を見せている。
そして、タナトス自身は特に焦った様子を見せることは無いが、指の間まで雁字搦めにされた右腕を見てキョトンとしている。
まさか自分の動きを止める事の出来る人間がいるとは思っていなかったのだろうか。
それとも、何らかの考えがあって"意図的に"拘束されたふりをしているのか。
その表情の理由は不明に終わる。
しかし、次の瞬間すぐに、行動を起こそうとしていないのだけはわかった。
「そしてあんたは何者なわけ? 悪いけどこの辺りはあたしのシマなんだよね」
「シマってお前……ヤクザの方か何か?」
恭弥がボソリとツッコミを入れるがそれは無視されて話が進む。
「それと、そこの馬鹿が門限を守れてないからあたしがしぶしぶ迎えに来たってのに……私抜きでずいぶんとお楽しみだったみたいじゃない」
「今日はよく名前を訊ねられる日だね。それと、早く帰りたいって意味では私も同じ思いだけど」
タナトスが眉をひそめながら言った。やはりその態度には微塵も焦りを感じられず、どこか余裕があるような話し方だ。
――――駄目だ。
いくら雛でも、タナトスには敵わない。
それだけの実力差は存在する。むしろ、今この瞬間に拘束をはがされないのが不思議なくらいだった。
「まぁ、だからって……退くわけにはいかねぇよな」
弾丸のような速度で飛び出していく恭弥。
相手の意図は相変わらず不明だが、動くつもりがないならこれ以上の好機はない。
「………………っらぁ!!!」
左腕を振り回して、『霧雨』を振るう。
すると、それに反応して雛も動く。紅い魔法陣と共に、無数の鎖がタナトスを襲う。
その数は、恭弥が目で追えただけでも五本。それらが覆い重なり、補い合うようにして漆黒の衣に巻き付いて、燃えるような紅がタナトスの色を上書きする。
「これ……は?」
「つか……まえたぁっ……焼き締めてあげなさい!『鎖炎鎖縛』!!」
雛が苦悶の表情を浮かべながら言った。やはり、これだけの『鎖炎鎖縛』を同時に展開し、張り巡らせるのは相当辛く、骨が折れるのだろうか。
そして、恭弥はというと雛の作り出したその隙を無駄にしないために、身体に魔導の力を付加させてスピードを底上げする。
その、"普通の人間には不可能なほどの"動きは捕らわれたタナトスの死角に一瞬で回り込む事を可能とした。
(もらった――――!!)
鎖で完全に拘束されているタナトスだが、全身を覆う鎖はむしろ外部からの攻撃に対する強固な鎧になってしまう。だからと言って、斬撃が上から通るほどの鎖では敵を縛るには強度が足りなすぎるのは間違いない。
なら、その拘束が及んでいない部位。
端的に言うと頭部である。
さらにその中でも人体の致命的な死角であり、弱点となる首の裏。
そこへ、恭弥は刀を握り締めた腕を思い切り振り下ろした。
いくら得体の知れない能力を持っていようと関係ない。それほどの無慈悲な一閃だった。
少なくとも首の骨が折れるほどの感触が恭弥の腕に伝わるはずである、死にこそしなくても戦闘不能になることは避けられないであろう。恭弥と雛はそう思った。
しかし、
「ふーん、なるほど」
「なっ……!」
二人は思わず呻き声にも似た声を上げた。
何故ならタナトスは、平気な顔で、依然として地面に両足をつけていたからだ。
驚いたのは、それだけじゃない。
実力差があって、さらに、タナトスの圧倒的な魔力量に斬撃を防がれたなら、まだわかる。
仮にそうだとしても、絶望的な状況なのは変わらないが。
しかし、実際はそうですらない。
恭弥が刀を振り下ろした刹那、タナトスは文字通り"消えた"のだ。
雛の操る『鎖炎鎖縛』の拘束があったにも関わらず、その場から消え失せたのだ。
そして今、悠然と二人を見下ろす形で、街灯の上に立っている。
「もしかしてと思ったけど、やっぱりキミも"違う"みたいだね」
タナトスが、雛に向けて言う。
「違う……ですって……?」
「私の探している人は、こんな緩い鎖で縛りあげる事を拘束とは言わないと思うよ。ほら、これを見て」
言いながら、右の手のひらを開くと、そこには緋色の、紅き鎖の破片が確かにあった。
「そんな……まさか……」
雛が、自らの両手を見直して呟いた。
魔法陣の残滓はもちろん、何かしらの魔導の余波すら雛には見えてはいなかった。
だからこそ、信じられない事もあるのだ。
「素手で『鎖炎鎖縛』を、破ったって言うの!?」
「そんなに難しい事ではないと思うけど?」
「ウソでしょ……そんなのハッタリに決まってる」
「あはは、ご想像にお任せするよ。それに、いいの?」
「何がよ」
ふふふ、とタナトスは含み笑いを浮かべながら続ける。
「もうそろそろみんな起きて来るころだと思うけど、あんまり長引かせるわけにはいかないんじゃない?」
『!!!!』
思えば、先ほどタナトスは"人払い"を解いたような言動をして、その後実際に辺りの気配は戻ってきていていた。
だとすると、こんな道の真ん中で騒いでいるのはかなりまずい状況なのではないだろうか。
「………………」
恭弥が、そんな事を考えながら黙っていると、
「恭弥はもうわかってるみたいだね。私も"少し"疲れたし、今日は帰らせてもらうよ」
映画に出て来るお姫様のように、ドレスのスカート部分を軽く持ち上げてタナトスが宣言する。
「待てっ!!」
「ふふふ、安心してよ。明日辺りまた会えるかもしれないから」
「明日だと……それは一体どういう……」
「おっとストップ、これ以上は言えないや。ごめんね?」
タナトスがちろりと舌を出して、悪戯じみた表情で告げる。
「またね、二人とも。次に会った時にはもう少し強くなっててね?」
「何だと……?」
「でないと……"次は殺しちゃうかもしれないから"さ」
「っっ!!」
圧し潰されるような殺気が、恭弥を襲う。
その視線と、重圧だけで動けなくなるような体験をしたのはおそらく初めてだろう。
その多大のストレスから、胃の奥の方から何かがせり上がってくるような感触を覚え、懸命にそれを堪える。
そして次の瞬間には、二人が動く暇もなしに、タナトスは先ほど同様……煙のように消え去ってしまった。
ふと、雛の方を向く。
萎縮した様子は見せていたが、こちらに比べると平気そうな顔をしているように見える。
精神力の強い奴だ……と思ったが本当にそうだろうか。
むしろ、"気づいていなかった"ようにも見えた。タナトスとの実力差に。
だからこそ、あんなに強気でいられたし、こうして今も平気でいるのかもしれない。
「なんだったのよ……あいつ……恭弥?」
「……わからない」
恭弥が澱んだ口調で答える。
結局の所、タナトスの目的も、テロとの繋がりも、確かな情報としては不明なままだった。
時折思わせぶりな言動こそあったが、何を、どこまで信じていいのかもわかりかねる。
すると、雛は溜め息をつきながら、「まぁいいわ」とだけ言って、
「まずは、帰りましょうか。アリカが待ってる」
「そうだった。っていや、そもそも何でお前がこんな所にいるんだ?」
助けてもらっておいてこう言うのもなんだが、偶然とは思えなかったのも事実である。
なんとなくの予想はついているが、一応恭弥は、家路に向かって歩き出しながら雛に問う。
「何って……あんたが帰るのが遅いから心配して来てやったんじゃない!! ……あ、勿論心配なのはアリカね。こんな夜に一人で留守番させるなんて信じられない、死ね」
「む、言ってる事自体はそこまで間違ってないから反論出来ない」
しかし、そもそも出かけなければいけなくなったのはアリカが原因なのだが、これを言うとまた言い争いになりかねないので恭弥は心に留めておくことにする。
「いつも言ってるでしょ?アリカに心配かけたら殺すわよって」
「言ってねぇよ!確かに俺も悪かったけど、これでいちいち殺されてたら俺の身がもたねぇ」
「うっさいわね……っていうかもうちょっと離れて歩いてくれない?あんたとカップルだと思われたりしたら、いよいよあたしも死を考えなければいけないし」
「やっぱお前メンタル強いわ!俺もう既に負けそう!」
前々から思ってた事だが、何だか雛は恭弥を敵視する傾向がある。
それはまぁ、勿論この脳内ピンク(笑)がとんでもない百合野郎で、
アリカと一つ屋根の下で暮らしている恭弥が嫉妬心から憎悪の対象になるのは間違いなかった。
……とは言っても、当のアリカが雛を毛嫌いするわけでは全くなく、むしろアリカからしても雛には好意的な感情が向けられている。
そのアリカが、恭弥を大切に思っているのだ。雛としては複雑だったが、恭弥をいざという時守らなくてはならないのである。大変不本意ではあるらしいが。
†
「ただい……『ただいまー!!!!!!』」
恭弥に被せる形で、叫ぶように言う雛。
そして恭弥はというと、そんな雛を特に気にもしないで買い物袋をドサリと玄関先に置く。
そんな二人を玄関で出迎えるのはアリカだ。
「おかえり二人とも、私はお腹が空いて死にそうだったんだよ」
大げさなほどに死にそうな表情で、そう言った。
「そうか、そう思うなら動け。手始めに、そうだな。……このやかましい女の相手でもしててくれ」
「あんた、それ誰の事言ってんのよ殺すわよ。それにわざわざ、あまりの苦しみに耐えながらあんたの事を迎えに言ったのが誰だかわかってないようね」
「は、別に頼んでねぇし。つーかお前は俺が相当嫌いなようだな、迎えに行くだけで苦行ってとんでもないだろ」
「ある意味修業僧よねあたし、乙女の恋路は仏の道って言うじゃない?」
「言わねーよ、そもそもお前一応女だろ。僧よりも巫女が正しいんじゃねーの?」
「え……?ああ、そうね。私実は巫女だったの。ちなみに巫女的に言うとあなたの運勢は今年いっぱい最悪でしょう。早急に死ぬ事をお勧めします」
「てめぇ、いい加減に俺もキレるぞ!?」
「ああああああああああああああ!お腹空いたー!!!!」
言い争う二人を見て、早く止めなければ夕飯が遅くなると悟ったのか。
それとも、単純な心の叫びだったのかはわからないが、アリカが奇声に似た大声を発する。
そんなアリカを見て、雛が焦ったように振り返った。さらには、まるで子供をあやす母親のような態度で、
「あああ……ごめんなさいアリカ、今すぐご飯にするから……」
「今日は買ってきた惣菜だけどな」
「うるさいわね!わかってるわよ……って舐めないでよね!あたしだって料理くらい出来るわよ!」
「嘘……だろ……?」
恭弥は恐怖映像でも見たかのような表情で呟くが、その内心では微塵たりとも信じていないようだった。
「くっそムカつく……見てなさいよ!次来た時は吠え面かかしてあげるから」
「よーし、飯にするか」
「聞きなさいよっ!!」
ヒステリーを起こしながら玄関先で騒ぐ雛を放置して、恭弥はアリカを押して居間まで連れていく。
いつもなら雛に対してフォローに向かうアリカだったが、今日はそんな余裕もなかったようだ。
「ゴハン……ゴハンッ!」
「何でお前言葉足らずな片言キャラになってるわけ? いつもよりほんの数時間飯が遅れただけだろ!?」
「イイカラダマッテソレヲワタスンダヨ!!!」
「わっ、馬鹿やめろ!袋が破ける!!」
恭弥がそう言ってアリカを制しようとしている間に、雛が不機嫌そうな顔でようやく居間に現れた
。
その横では、完全にハイエナと化したアリカがビニール製の袋ごといただく勢いで惣菜に手をつけている。
「ミートパスタ!! 海老グラタン!!」
「そういえば雛、お前何でアリカが一人で留守番してるって知ってたわけ?」
「フォーク! スプーン!」
「え? そりゃああんた、来たらアリカが一人だったから事情を聞いたってだけの話よ」
「……お前さ、暇だからっていちいちウチに来るのやめろよな」
恭弥が怠そうな表情で言う。
が、雛はそれに対して「?」といった様子。
「嫌よ、それにあたしがどこにいようとあたしの勝手だと思うんだけど」
「お前はいいかもしれないが、こうやって今日みたいに余計な世話かける事になるだろ」
「あら、あんたにしては珍しいわね。そんな風にあたしの心配するなんて」
出来ればアリカにも余計な心配はかけたくなかっため、先ほどの事は知られたくなかった。
幸運にも、こうして二人で話している内容は空腹状態のアリカには届かない。
「べ、別にお前の心配なんかしてねぇよ。俺はただ借りをつくるのが嫌いなだけだ」
「なんで澱んだ口調で言うかなぁ、あんたにそういうキャラ設定とか望んでないんだけど」
ツンデレじみた口調の恭弥に、雛は心底不愉快そうな表情で、「まあいいわ」とだけ言って口を紡ぐ。
「ごちそうさまー!」
アリカの元気そうな声が聞こえてきた。
どうやら買ってきた食材は全て平らげたようである。
「ん……全部平らげ、た?」
「ふー、恭弥のおかげで満腹になったんだよ」
「おい、アリカ。俺まだ夕飯食べてないんだけど」
「え?」
「一つくらい残しとけよ……」
絶望感に溢れる表情で恭弥が言うと、
「てへっ」
「て、めぇふざけんなぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「き、恭弥がいけないんだよ!もっと早く、私に余裕があるうちに帰ってればこんなことには……」
「うるせぇ!」
食べ物の恨みは恐ろしいのだとでも言いたげな様子で恭弥が叫んだ。
隣では、雛が呆れた様子でこちらを見ている。
この際なので、先ほどの言葉が本当かどうかを確かめるためにも、雛に料理とやらをしてほしいくらいだったが、
そんな事をしているうちに、夜はどんどんと更けていく。
電子的な機械音と共に、風呂の準備が完了したというメッセージが居間に鳴り響いた。
なぜだろうか、理由はさっぱりわからないが嫌な予感がした。
「おろ、お風呂が沸いたみたいだね」
満腹になって満足したのか、ほくほくとした表情で母屋の風呂に向かうアリカ。
「よっと、じゃああたしはそろそろ帰るわね。さっきので汗かいちゃったし」
「ウチで入っていけばいいんじゃん、雛ちゃん」
「……………………いいや」
思い切り考え込んだ後に、何かを我慢するかのようにして雛が答える。
「んー?そっか、わかったー」
「ごめんアリカ、今日まだ家で用があるから早く帰らないと」
「ううん、別に、全然気にしてないからいいけど……」
そう言って、扉を開けるアリカ。
彼女が消えたのを確認すると、玄関先の雛に恭弥が不思議そうな顔で質問する。
「珍しいな、お前の事だから突入してくと思ってたんだけどな」
「馬鹿にしないでよね、あたしはこれでも節度はある方なのよ。さすがに暴走するわけにはいかないしね」
「へぇ……そう、か」
節度があるとは言っても変態に変わりはないのだろうか。
つまりは、感情を制御し、飼いならした重度の変態という事である。
これはむしろ万が一の時は誰よりも危険な存在になりかねない。こんな身近に要注意人物がいるとは思ってもいなかった。
「まぁいいか、じゃあ一応言っとくぜ"気をつけて帰れよ"雛」
「あら、あんたからそんな優しい言葉が聞けるとは想像したことも無かったわよ」
「借りぐらいは返しておくさ、例えどんな奴が相手だろうと」
「やっぱ、変わってないわね。でも……いいよ恭弥。"そういう時"のあんたは、ちょこっとだけカッコいい」
「そうかよ、お前に褒められても身震いがするだけだけどな。こっちは」
「……言ってろバーカ。まぁもしもさっきの女を再び見つけたんならさ、"私の方で"落とし前つけさせてやるけど?」
雛は不敵に笑って言う。
恭弥は一応「ははっ、そうかい」とだけ相槌を打っておくが、雛のその様子を見る限りでは、出来る事なら止めさせるべきだと思った。
今の所、わかっている実力だけを見たら恭弥は自分が雛よりも強いのはわかっていた。
その自分が、恐怖を感じるほどの相手だ。逆立ちした"程度"では勝てない。確実に。
「いいからさっさと帰れよ雛、明日も早いんだからな」
恭弥が追い払うようにして左手を振る。
その時、雛は何らかの違和感を感じ取っていた。
そして、それが何なのか確かめるために、雛はポケットに無造作に突っ込まれた恭弥の右手を掴んで引っ張る。
「痛…………って」
「あんた、これ……」
引き出された右手には、血が滲んで汚れたハンカチだけが巻かれていた。
タナトスとの戦闘でついた傷と雛は知らなかったが、もはやそんな事は問題でない。
「あーあ、何で我慢してんのよ。あんたは」
「……こんなのわざわざ言うほどのもんじゃねぇと思っただけだよ」
「呆れた、あんたって無駄にカッコつけたがりな所もあるのよね。いいからさっさと貸しなさい」
「………………」
恭弥はそれっきり黙ってしまったが、雛はというと自らの武装であり能力、『鎖炎鎖縛』を召喚させてその緋色の鎖を恭弥の手のひらに巻き付けていく。
やがて鎖が穏やかな光を放ち始めた。それは、傷を癒し、浄化する聖なる炎だ。
「完全に治すには時間がかかるけど、血止めて傷をある程度塞ぐとこまではやってあげるわ」
「相変わらず、便利な能力だよな。それは」
「そうかしら」
雛自身は、この力を万能だとは思っていなかった。
彼女はプライドも高く、戦いが始まれば一人で始めて、一人で終わらせたいと考えるほどだ。
だからこそ、近距離戦闘に若干弱く、支援向きのこの力を過信するわけが無いのだ。
実際の所、能力ではなく単純な自分の実力を過信している様子はたまに見られるのだが。
「言っとくけど、終わったら帰るからね。あんたとこんな所でコソコソしてる所あの子に見られたくないし」
「へいへい、あっじゃあそろそろいいんじゃねぇの? そのうちアリカが出てきちまうかもしれねぇし」
「……待ちなさい」
雛がそういって居間に戻ろうとする恭弥を引き留める。
「えっと、何か?」
「もうちょっとだから最後までさせなさいよ。大丈夫、もう……ちょっとだから」
「っ、くぅ……あ……」
傷を治す段階で、神経に魔力が流れ込んだもだろうか。
思わず小さく声が出てしまった。少し恥ずかしい。
「ありゃ、痛かった? もう少し、もう少しだから我慢してよ……」
「大……丈夫だ。だんだんこの感じに慣れて気持ちよくなってきた……って!急に締め付けるなよ!」
「し、しょうがないでしょ!あんたが変な事言うからいけないのよ!?」
「変な事ってなんだよ!ちょっと我慢出来なかっただけだろ?」
玄関先で何を話しているんだろうか。シャンプーが足りなくなっている事に気づいて、まだ濡れた身体を吹ききれてないうちにアリカは恭弥を探していた。
「恭弥、シャンプーどこ?」
たったこれだけの言葉を言いたかっただけなのに、恭弥と雛の会話内容が所々聞こえてきたので、
アリカは思わず固まった状態で、立ちすくんでいた。
「一体何してるの二人共――――――――!???」
アリカがそう叫ぶと、同時に、廊下を曲がって玄関先に飛び出してきた。
アリカはその真紅の髪と同じくらいに頬を紅潮させていた。風呂上りだからかと思ったが、どうやら違うらしい。
「ち、違うのアリカ――――これは治療、治療だから――――!!」
見ると、雛も同様に顔を赤くしていた。
いくらなんでも不可解だと感じた恭弥は、少しだけ記憶を遡って、理由を独自に考察する事にした。
…………で、すぐにその理由がわかった。なんと意外にも、全ての元凶は自分だった。
『うううううううううううう!!!!』
「!?」
二人の矛先は、例によって恭弥一人に向けられる事となった。
やれやれといった様子で、恭弥は大きく溜め息をついた。




