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――――五年前、世界に生まれた新たな種族……『大罪種』。
人間のような体格をしているモノもあるが、その容姿はどう見ても人間のそれとは異なり、破壊と混沌を撒き散らすその力はそれこそ人類を壊滅へと導く、侵略者のものだ。
奴らがどこから現れたのか?
否、どうして現れたのか?
理由が不明なため、宇宙からの侵略者とでも言われた方がまだ納得出来るというのだが。
どうやらそうではないらしい。
初めて大罪種が観測されたのは旧ロシアの領地内。今では大罪種が最も多く観測され"世界から見放された土地"、危険封鎖地区となっている。
五年前の出現時にはロシアを中心としてアラスカ、アジア諸国、ヨーロッパへと大罪種は侵攻した。
その際にいち早く対策をとったのは米軍だ、結果としてアラスカでの防衛戦では迅速な対応により侵攻をそこで食い止める事に成功したのだから。
次に、イギリス王室直属の魔導結社『聖円卓騎士団』。この組織は英国中の魔導師をかき集めることで、通常兵器では効果が薄い大罪種を駆逐した。これまで"魔導"というのは知る人ぞ知る……宗教の延長のようなモノであり、世の中は科学が全てだと思われていた。
しかし、この大戦によって魔導の存在が公にも明らかになり、今や科学と肩を並べるほどの"技術"となった。
最後にアジア諸国だが、この地域では当初、米軍や英国に比べてめざましい戦果は上げられなかった。
一番の前線であるにも関わらず、戦力が少な過ぎたからだ。
中国、韓国と侵攻を進め、日本海側から攻めて来た大罪種を相手に日本は蹂躙され、全てを奪われるはずだった。
が、日本各地の魔導師達によってなんとか持ち堪えているところに、英国の魔導師や米軍も重い腰を上げて防衛戦へと至った。
結果、戦況は押し返しされて日本の領土は守られ、それどころか人類の領土として中国の半分程度まで奪還する事に成功する。これが、後に語られる『原罪黙示録』である。人類はこの大戦でかなりの痛手を受けた、総人口の二割を失って。
しかし、人類は未だ諦めてはいない。大罪種を絶滅させて、安息を手に入れて平和な暮らしを取り戻すことを。
魔導や、科学は、そのための手段で、そのための力だ。
そして、その肝心な魔導の力を学び、魔導師を育てるためにこのような魔導師育成の学園があるのだから。
「恭弥……! 起きてよ恭弥!」
押し殺した声が、心地よい気分を切り裂いて恭弥の耳に届く。
アリカの声……? そうか、俺は……?
重い瞼をこすりながら、恭弥はほんの少し記憶をたどった。
入学式……校長の挨拶に始まり、長い長い来賓の言葉が講堂に響き渡る。これはどこの学校も一緒なのかよ……と恭弥は残念そうに溜め息をついて、そして……寝た。
そこまでは思い出せた。回想終わり。
たった今こうしてアリカに起こされるまでの間に、ある程度のスピーチが消化出来ていた事は喜ばしいが、逆を返せばある程度寝ていたにも関わらず……まだ終わっていないこの不毛な戦いに、恭弥は再び溜め息をつく事で応える。
「それにしても恭弥溜め息つき過ぎでしょ……うつ病なの?」
「そう、実は俺うつ病だったんだ。早退するわ」
恭弥が冗談とは思えないほど真面目な顔で宣言する。
すると、アリカの方も本気なのか悪ノリしたのか、
「何言ってるの? 私を一人にする気?」
こうして瞳を潤ませてくるが、一瞬で演技とわかるので、無視して再び眠りにつこうとする恭弥。
いくら小声でも、あんまり話してたら目立ってしまうというのもあり、恭弥は瞼を閉じる。
しかし、すぐにアリカの声で起こされてしまう。
「恭弥ってばー!」
「うるせぇな……、静かにしろって言ってんだ、ろ?」
言って、思った。
気がつくと式は終了していて、それどころか退場する生徒達で講堂はガヤガヤとしていたため、それで起きてしまったのだともわかる。
「ちっ、寝過ぎたか」
「このバカ! 私何度も起こしたのにー!」
「悪かったよ。ほら、行こうぜ?」
「むー」
恭弥はむくれるアリカの手を取ると、そのまま人の流れにそって、教室へと向かう。
確か楓の奴は二組に入れたとか言ってたな……、
いや、そもそも先に楓の所に顔を出しておくべきか……?
恭弥は少し考えて、動いた。
「アリカ……どうす……」
アリカに聞こうとして振り返ると、そこにアリカの姿は無かった。
「なっ」
慌てて辺りをキョロキョロと見渡す。
――――はぐれたのか? くそっ、面倒だな。あいつを置いて行くわけにはいかないし……ったく。
恭弥が内心悪態をつきながら、探しに行こうと歩き出すと、すぐそこに。
すぐそこに、アリカはいた。何やら見覚えのある金髪の、女子生徒と共に。
「雛ちゃーん! 元気だったー?」
「ちょ……アリカ? 元気だけども……っ!?あんまり触らないでぇっ!」
そこには、仲睦まじくじゃれ合う二人の少女の姿があった。
「あぁ、雛か。驚かせやがって……」
恭弥が二人に向かって歩を進めると、雛と呼ばれた少女は一転鋭い視線を恭弥に送りつつ言った。
「恭弥! 朝はよくもやってくれたわね!?」
「……何のことだよ」
「とぼけるなこの野郎! あたしは一応待ってたのに何が先に行ってろよ!」
「ちゃんとメールしといただろうが。それにしょうがないだろ、アリカが起きなかったんだ」
やれやれといった調子で言うも、金髪の少女は後ろで縛ったポニーテールを揺らしながら激昂する。
彼女の名前は神宮雛、中学時代からの同級生で恭弥の数少ない友達でもある。
「何?それはアリカと一緒に暮らしてんだ自慢なわけ?バカなの? 朝からアリカを起こす係なんて羨まし……けしから、許さない!」
「怖ぇよ! 別にやましいことは無い上、俺だって好きで起こしてんじゃねぇよ!」
「で、出たー! その草食自慢! あんた言っとくけどそこまでくるとヘタレだからね? あたしがあんたの立場ならとっくに……っ、ふ、ふぅ……。ま、まぁそんな事してたらあたしはあんたを許さないしマジで殺す変われ殺す変われ変われ!」
「何でお前ら揃いも揃って人のことヘタレ扱いするんだよ……しかもお前相当ヤバい奴じゃねぇか! 脳内ピンクじゃ済まされねぇぞそれ!」
恭弥に言われて、頬を真っ赤にする雛。「の、脳内ピンク……?」などと恭弥の言葉を勝手に反芻して、さらに赤く染まる。
「二人とも……あんまり廊下で騒いじゃいけないんじゃなかったの? まずは教室行こう? 話はそれか……」
「よーし、そうと決まればさっさと行こう!!」
「え? うわああああああ!!」
アリカの言葉を遮るどころか、
目にも止まらぬ早業、ギャグ漫画のノリでアリカを畳んで連れて行ってしまう雛。
「あ、あぁ……あれはもう色々と末期なんだな……」
ポツリと呟いて恭弥ものんびりと追いかける。
するとそんな時、ふと後ろから声をかけられる……前に、恭弥はその存在に気づいていた。
「俺に何か用か?」
肩をポンポン、と叩こうとした腕を掴み、素早く振り返った恭弥の前に立っていたのは同い年くらいの……黒髪の少年だった。
優男風の彼は、逆に驚いたように言う。
「おっ……と、驚かせるつもりは無かったんだけどね?」
「何者だ? 入学式の時も俺を見てただろ、お前」
「へぇ、やっぱ気づかれてたか。凄いね」
「………………」
「それと君、柊恭弥だろ?」
何故か自分を知っている人物、油断は大敵だなと思いながら恭弥は少年を見て、言った。
「何故俺の名前を?」
「いやぁ、俺も楓先生とは面識があってさ。それで君の事も少し聞いてたってわけ」
「へぇ、あいつが俺の事を……ねぇ、ただの居候って言ってただろ?」
「ははっ、まさか。確かにそう言ってたけど実物を見たら思ったよ、恐らく一番弟子かなんかじゃないかな?」
「弟子……? はっ、そんな綺麗な関係じゃねぇさ、あいつは俺の事は奉公人ぐらいにしか思ってないはずだぜ」
恭弥が苦笑いをしながら言うも、少年はその笑顔を崩さない。
「まぁそんな事はいいだろ? 僕の名前は一ノ瀬玲二、よろしく。確か同じクラスだったはずだぜ?」
「同じクラスなのに、わざわざ早くに会いに来るか普通……?」
「君とは友達になりたかったんだ。この学校では強い奴と組んだ方が何かと都合がいいからね」
「強い? 俺が?」
恭弥が肩をすくめて驚いてみせる。そしてさらに、
「俺はただの新入生で、その辺の見習いと同じレベルだぜ? 過大評価にもほどがある」
「へー、そうかな。その辺の見習いレベルの人間が、僕の視線に"気がつくわけなんてない"と思うけど?」
「………………」
バレている……のか?
まぁこんなところではなるべく力は隠しておくに越したことはないが、あまり突き放したり、わざとらしく弱いフリをするのもかえってこいつに不審がられる原因になりかねない。
それに、今考えてみればこいつの名前……一之瀬。この名字には聞き覚えがあった。
確か、日本製の魔導師……そこそこ名のある名家だったはずだ。雛と同じでな。
それなら楓と面識があったのにも合点がいく。
だがそれならある程度は安心出来る。
実際にこの学園で英国製に喧嘩を売る気なのかもしれない。
英国に忠誠を誓った……とか抜かしているにわか魔導師では無いことがわかった。信頼しても問題は今の所なさそうでもある。
恭弥は脳を回転させて決める、次の言葉を。次の行動を。
「……まあいい、同じクラスの奴相手にしてわざわざ拒む理由も無いからな」
そう言って、恭弥はいつの間にか出されていた一之瀬の手を握ってやる。それっぽい、友情の証っぽい握手だ。
「それじゃ、行こうか。恭弥の連れも教室で待ってるんじゃないの?」
「いきなり呼び捨てかよ」
「え?」
「…………何でもねぇよ、一之瀬」
恭弥の言葉に、一之瀬は楽しげに笑う。
「デレた?」
「うっせぇ、死ね」
「酷いなぁ、君ってあんまり友達いないだろ」
「ほっとけ」
さっきから人の神経を逆撫でする奴だ……さっさと教室に行ってしまおう。
そうして、恭弥は一之瀬と共に歩き出した。