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授業も終わり、怠い身体を一刻も早く休めるべく、恭弥達は真っ直ぐに家へ帰った。
結論から言うと、学園側の回答としては、先日恭弥が行った戦闘介入について『余計な事はするな』との事であった。
向こうの事は向こうに任せろ、外で勝手に魔導の力を使う事は認められない、"科学"と接点を持つな。
そのような言葉から感じ取れたのは、学園はあくまで日本の事は考えていないという事だった。
東京が崩壊する程の事態になるかもしれないというなら、力を持った魔導師達はそれを食い止めるために立ち上がったっていいはずだ。
いや、そうでなければいけないはずだ。
恭弥自身そう思っている。だからこそ、先日の事件の時も迷わず戦場の中心に飛び込む事が出来た。
だが、
(どうすればいい……)
あんまり学園側と関係を悪くしたくはないというの事実だ。
恭弥が学園を辞めた所で何の解決にもなりやしない。
恭弥一人が戦った所で巨大な悪に勝てるはずがない。
学園を、魔導師達の考えを、"中から変える"。今はそのための仲間を集めている最中だ。
途中で投げ出すなんて選択肢は、はなからないのだ。
(次なる混乱が近いうちに訪れるのは間違いないんだ。ならまずは、その時が来ても俺達が動ける土台を作る必要がある――――)
そうこう考えていると、何やら左腕に何者かが腕を絡めてきた。感触でわかる。
何者か、なんて考えるのも馬鹿らしいほどに、その正体に見当はついているのだが。
「って、何の脈絡もなしにしがみつくなよ、アリカ」
「き、恭弥。大変なんだよ!!」
「どうした」
「あれを見るんだよ!」
面倒極まりなかったが、言われてアリカが指で指す方を見る。
そこには、舞い上がった黒煙と、夕飯の支度の最中には決してあり得ない程の異臭が立ち込めていた。
「ちょ……お前……!」
火が他の所に燃え移る心配は無さそうではあるが、黒い炭の塊となった"それ"はフライパンという名の
漆黒のステージの上に鎮座していた。
本来それは食卓を彩るはずの、黄色い卵焼きだったはずだが。今では不祥事を起こしたアイドルのように、見る影も無い。
「…………はぁ、ツイてないよなぁ。本当に」
「ふわぁぁぁ……最近は調子よかったのに……」
アリカががっくりとうなだれて四つん這いになる。
そう、アリカの料理も前に比べて上達はしてきた所だ。しかし、どうも何度かに一回……致命的な失敗をして未知の物質の精製に成功する。
とは言っても、それは人類の進歩においては全く必要の無い。平和の役には立たなそうな物質であるため、口に運ぶには無理がある。
いや、最初の一回は食べたぞ? あまりにアリカが不憫だったし、格好つけて無言で口に放り込んでやった。
結果、危なく懐かしい人達の所に向かいそうになった。さすがに、二度は無理だ。
が、今日は色々と疲れた。
ここで食卓のメインディッシュを失う事になるとかなり困る。
などと考えていたら、さらなる未曾有の大ピンチが待っていた。
「おいっ!何で炊飯器からも煙が出てるわけ?」
恭弥が指摘すると、アリカはムンクの叫びをお彷彿とさせるポージングで叫ぶ。
「うわああ! もうだめなんだよ!!」
~中略~
「……ちょっと待ってろアリカ」
「どこに行くんだよ?」
「そこのコンビニまでな」
「ハーゲンダ○ツ買ってきてね」
「俺は夕飯のメニューを補充しに行くだけだ!デザートに使う金はない!!」
「むー?」
悪びれもせず、彼女はむくれる。
「お、お前のミスでこうなったという事を忘れるなよ。それに今日は材料のストックも無かったんだ、少ない生活費でそんな高級アイスが買えるか?」
「安ければいいのかな?」
「お前俺の話わかってないだろ、まあいい、ガリガ○君で手を打ってやる」
「さっすが恭弥!!」
「図々しい割には安い奴だよな、お前って」
ジロリ、とした視線を送る恭弥を見送るため、アリカが玄関までついてきた。
悪戯っぽくそのオレンジ色の瞳をウインクさせて、くるりと回るように小躍りしている。
「せめて、あの暗黒物質ぐらいは片づけておけよ」
「暗黒!?」
酷い物言いに、アリカは目を丸くしたが、恭弥は無視して外へと出ていく。
「アリカ、行ってくる」
言って、扉を閉める。
空を見上げるともうすっかりと暗くなっていて、星がいくつも瞬いているのが見える。
家を出て、住宅街から少し出た所にあるコンビニへと向かう。
辺りに人の気配は無かった。そもそも今はどこの家も夕飯の支度または最中であろう。
それに元々、この辺りはいつも閑散としているのだ。静かで、夜の浜辺にいるような感覚に陥る。
ここ最近、色々な事が起こりすぎた。そんな脳内を整理するためにも、夜の散歩は悪くない。
家からもれてくる照明を除けば、そう明るくない街灯だけが道路を照らす。
たまに道の角に自動販売機が見えると、そこの周りだけは妙に明るくなっている。今はまだ春先だからいいが、夏になると害虫が群がるのが気になる。
少し、大通りに出ると車がちらほらと通り出す。そして車が来なくなった辺りを見計らって、横断歩道も無い道路を横断する。
するとすぐにコンビニが見えてきた。
先ほどの自動販売機とは比べ物にもならないほどの光量。それを感じたと同時に、それに群がる自分は害虫と同じなのだろうかとネガティブな考えを連想してしまった。
入り口の自動ドアの辺りには若い、恭弥とだいたい同じくらいの少年少女がたむろしている。
各々派手なパーカーなどを制服の下に着込んでいるのだろう。同じ制服姿だというのに多様なファッション性を見せている。
(見るからに不良っぽいな……まぁでも今時横を通っただけで絡まれたりはしないだろう)
そしてさすがに、一般人にいきなり喧嘩を売ったりはしないはずだとも思った。弱弱しい様子を見せればカツアゲされる可能性はあるのだが。
彼らだって、道行く人々にいちいち構う暇があるほど暇では……ないだろうか?
そもそも勉強や部活に忙しい通常のリア充達はこんな夜にコンビニの前でたむろしたりしない気がする……などと、
色々思う所はあったが、恭弥は特に気にしない様子で、駐車所を歩いて入り口のドアへと手をかける。
すると、まさかの事態が起きる。
「おいおいキミィ、一人で何してんの?」
「…………はっ?」
その中でも一番目立っていた茶髪のチャラ男風の男が、恭弥の肩に手を置いてそう言った。
コンビニに来てるんだから買い物に決まってるだろ、と当然のツッコミを入れたくなったが……彼らはどう見ても普通の学生だ。
事を大きくしたくなかったため、恭弥は無視して店内へと入って行く。
店内で喧嘩紛いの事になれば、店側から警察やらに連絡がいくはず。そうなるのは向こうも望んでいないはずである。だったらここは無視しておいて相手が嫌々ながらも引いてくれるように仕向けた方がいい。
そう思って視線を前に戻すと、扉の銀色の枠の部分に、自分の首から上の辺りが映る。
そして、気づいた。
(あ……そういえば俺の頭って……どう見ても不良です本当にありがとうございました)
自らの、普通に目立つその金髪を再確認して、突然、当然のように絡まれた理由が判明した。
心の中で自己嫌悪に陥りそうになった所で、恭弥は首裏の襟の部分を強く引っ張られて少しよろける。
「無視してんじゃねぇーよ!!」
男の声は興奮している声だ。このままだと路地裏からフルボッコの黄金コースだ。
恭弥の内心では殴られるのも嫌、殴ってしまうのも嫌だ。
となれば無視してこの場をやり過ごそうとするのは当然だった。
が、誤算としては周りにいる彼の仲間の存在。
その中には女の姿もある。彼からしてみれば"ちょっとカッコつけちゃおうかな"的なつもりで自分に声をかけてきたのだとわかる。
それを無視されて恥ずかしい事になったのが、どうしても許せなかったのだろう。
だからこその、
「てめぇそんな頭しておいて、調子乗ってんじゃねーぞ?」
キレた口調で、今度は胸倉を掴んできた。ほとんどもちあがっていないため苦しさは毛ほどもなかったが服が引っ張られて伸びるのは御免だ。そう思って恭弥はその腕をちょっと強めに掴んで、離させる。
「がっ……」
「室ちん!?」
今度は、派手なピアスをつけた他の仲間が、声を上げた。
(室ちん…………?)
古風なあだ名のセンスに思わず笑いそうになったが、こらえる。
そしてもう、何もなしに終わらせるのは不可能だともわかったので、プランを"ビビらせて追い払う"に変更。
頭を一瞬でそう切り替えると、恭弥はチャラ男に向き直って、
「………………っ!!」
殴りかかってくる右の拳を簡単にいなす、それも相手が怪我をしない程度に。
そして間髪入れずに相手の左側頭部を手で勢いよく掴む。その際に親指でもって左の眼球を抉る。
…………フリをした。
当然瞼に少しかする程度で止めた。
すると、こちらが何か言おうとする前に、チャラ男は背後に飛び退く。
そもそも何をされたのかわかっていない様子だった。そのため驚いた様子はあっても戦意を喪失した様子は感じられない。
むしろ、やる気だ。
やらなきゃ、いけないのだろうか。
ただの暴力が、自分に効くとも思っていなかったが、恭弥自身……癪だった。
普通に生活していて、普通に買い物に来ただけで、何でこんな目に合わなくてはならないんだ。
少しだけ、イライラしてきた。
やむなく、恭弥は一歩踏み込むと、相手の顔面の少し前をかすめるようにして上段の回し蹴りを放つ。
万が一当ててしまった時のために、威力は抑えていたとはいえ、そのスピードに相手は全く反応出来ていない。
完全に恭弥の脚が通り過ぎてから、慌てたようにしてたたらを踏み、後退する。
そして……今度こそわかってもらえたようである。
後ろのピアス男が、「そいつはやばい」とかそんなような事を言って止めていた。
そうすると彼らは蜘蛛の子を散らすようにしてどこかへ行ってしまう。
(別にどこかに行けとは言ってなかったんだけどな。普通に放っておいてさえくれれば)
「まぁいいか、それより夕飯がどんどん遅くなるから早く帰ろう。あんまり遅いとアリカにキレられるからなぁ」
そんな事をぼやきながら、再び店内へと入って行く恭弥。
バイトと思しき、レジ係の女子高生がこちらをチラチラと見ていたような気がした。
もしかすると、今の一部始終をずっと見ていたのだろうか……、
それはそれで面倒だから、顔を覚えられない内に買い物を済ませておきたい。
恭弥はオレンジ色の買い物かごへ、乱雑に惣菜を詰めていく。
……ちなみに、その様子を見ていた、レジ係の女子高生の眼差しは、警戒した様子というよりは羨望の眼差しに限りなく近かったという。